飲み会はまあまあ好きだ
密室の中で何が行われているのか知れたものじゃない。結局のところ表に出てくるのは表層のごく一部だけ、何にだって裏の事情が存在している。知られたくないこと、知られてはいけないこと、知られるべきではないこと、知りたくなかったこと……誰もが共犯関係にあるというわけだ。
自らの手で自らを縛るルールを決め、自らでそれを反故にする。そんなことをずっと繰り返していた。歴史はそんなことの積み重ねだった。完全に厳格にルールを守ろうという人間は狂っている。狂っているからルールを守るのか、ルールを守っているから狂っているのか、では、そもそも厳守することが困難なルールとは一体どんな必要があってあるのだろう。人間は皆、ルールが好きだ。ルールを守るのも、作るのも。ルールを破るのも、守ったフリをし続けるのも。
ガシャーンと音がして、いま来た道が閉ざされた。罠だった。おれは自らを罠に誘導し、まんまと罠に嵌まり、立ち往生している。これがゲームならばどこかから敵が湧き、そいつらを蹴散らすことに成功すれば、自動的に道は開ける。どんな理屈か知らないが、そうなるのだった。閉じ込めたのならば放っておけばいいのに。そう思わないか。そのうち勝手に飢えて死ぬ。もしくは狂って命を絶つ。大抵のやつはマジな孤独に耐えられない。想像するだけでブルってしまう。恥も外聞もなく漏らしてしまう。
そして、気づいた。本当に隠すべき秘密なんてどこにもなかった。裏も表もない。欺瞞があるだけだ。堂々と欺瞞がまかり通っている。自分が純粋で無垢な善人だと頭から信じ込んでいる。
おれはごめんだ。そんな連中と共犯にはなりたくない。犯すなら、ひとりで。確信してから犯したい。目撃者を揺るがせたい。欺瞞に浸かりきって、すっかり曇ったその目玉に、電撃をお見舞いしてやりたい。おれがおかしいんじゃない。おまえらがおかしいんだ。必死な形相でそう喚いている男を見る目は、いつだってにやついていた。まともな目じゃない。キチガイの目だ。
男はそのままどこかに連行されていった。いまでもたまに、男は笑い話の種になっている。ああはなりたくないね、で締める一瞬の笑い話。おまえらは大丈夫。なろうと思ったって、こうはなりやしないから大丈夫。男ならきっとそう言うに違いない。
警官の態度に、おれはまったく立腹した。おれは路上の喧嘩の仲裁に入っただけの第三者だ。そんなおれに対して、で、おまえさんはなんだ? ときたもんだ。もうおれは関係ないから、行っていいか。そう聞いたら、いや証人だからいてもらわないと困る、だと。おまえらが困ろうと、おれの知ったことじゃない。申し訳ないけれど協力をお願いしてもよろしいですか、くらい言えないのか。だから、お巡りは嫌いなんだ。本当に嫌いだよ。大嫌いだ。
お巡りは人格が歪んでいるやつが圧倒的に多い。連中、どういう教育を受けているのか。うっすら想像はできる。ロクなもんじゃない。おれは連中への対処法も嫌がらせの方法も知っているが、いちいちそんなことをしている時間がなかった。すでに待ち合わせの時間を過ぎているんだ。
可哀想に、若いサラリーマンのやつ、ぶるぶる震えている。でも、キレて手を出したのはそりゃ良くないよ。たぶん大丈夫だと思うけど、まあ仕事クビになったって、なんとかなるよ。そんなに心配するなって。気を強く持てよ、な? リーマンの背中をぽんぽんと叩いた。顔が真っ赤で、いまにも泣き出しそうだ。
そんな顔をするくらいなら、簡単にキレなきゃいいのに。なんて思ってしまうのは残酷過ぎるかもしれない。それに何を言ったって思ったって、もう起こってしまったことは起こってしまったことだ。誰だって、大した覚悟もなしに、やってしまう時はある。おれにだってあった。おれなんて、何度もあった。幸い、おれは生まれつき誤魔化しのスキル持ちだったので、このリーマンのような立場にまで追い込まれたことはないが。
心配するなって。なんとかなるから。大丈夫だよ。背中をぽんぽん叩きながら言った。リーマンはなにも言わず、コクコクと頷いていた。たぶん、必死に涙を堪えていた。きっと根は悪いやつじゃない。でも、馬鹿だ。普段はおれみたいなやつを見下しているだろう。たぶん。おまえもおれも人間だ。人間は大抵が馬鹿なんだ。お巡りは大抵クソなんだ。
そんなことがあって、飲み会に遅れたのだった。おれの子供であってもおかしくないくらいの年齢の女の子といっぱい話せて楽しかった。若いってのは良い。仕事なんてしている場合じゃないですよ。さっさと辞めた方がいいですよ。そんなことを言った。いつかしょぼくれた時の為に、いまを耐え忍ぶなんてアホらしい。もしかしたら、しょぼくれる前に死んでしまうかもしれない。可能性はいつだってゼロじゃない。死んだらゼロだ。少なくとも、ここから見る限りではそうだ。ゼロではないにしたって、こっちで積み上げたものが役に立つとは思えない。結論として、若い頃の我慢はしない方がいい。我慢が死ぬほど好きっていうのなら、止めやしないが。
絶対に辞めた方がいいですよ。いますぐにでも辞めた方がいいです。辛いことを我慢したって、しょうもないことになるだけですよ。そんなことを言った。さすがに若い女の背中をぽんぽんと叩いたりはしなかった。身体が触れ合わないように、かなり距離を取った。おれは警戒心が強いんだ。自分のことも信用していない。やりたいだけやってしまう。正直、相手は誰でもいい。ルックスは良いに越したことはないが、たとえ好みから外れていたって、アルコールが回ってしまえばオールフリーだ。自分のそういう部分は、あまり気に入ってない。昔からずっとだ。
心配いらないですよ。なんとかなりますから。余裕ですよ。そう言った。若い女はにこにこ笑っていた。若いリーマンは泣きそうだった。エラいことになったって混乱していた。普段、調子こいているやつほど、追い込まれるとそんなふうになってしまう。そんなものは、ここいらではよくある光景だ。
女と男。一概には言えないが、おれの経験上では、男の方が圧倒的に頭が悪く、追い込まれると圧倒的に弱い。女は本心を見事に隠しきるスキル持ちが多いし、土壇場の肝の据わり方は、殆どの男には真似できるものじゃない。母が強いんじゃない。単純に女が男より強いんだ。男が強いのは暴力だけだ。ただ、暴力はすべてを引っ繰り返す。純粋な暴力に対抗できるものって、そうそうない。暴力は狡いと思う。だから、お巡りはクソなんだ。暴力を盾に威張るのはクズのやることだ。残念ながら、男にはそういうやつがたくさんいる。もちろん、そうじゃないやつだっているけれど。
おれは女に頼って生きてきた。女がおれを支えてくれなければ、とっくに野垂れ死んでいた。それか、もう全部が嫌になってしまっていただろう。ありがたいことだ。こんなおれに、勿体ないことだ。女がそばにいるだけで、どんな状況であっても、最悪にはならないだろう。最低でも、最悪の一歩手前で踏み止まれる。
相手がいなくてふて腐れている男は、女の悪口を言ったり思ったりをすぐに止めた方がいい。女をきちんとリスペクトした方がいい。なにしろ男は最初から調子こいて勘違いしている。男は女を心からリスペクトするくらいで、やっと対等になれるんだ。清潔感とかファッションとか臭いとか、そんなものは結構どうでもいい。いつまでそんなダサいことを言っているつもりだ。
お互いへのリスペクトがなければ、男女の関係は成り立たない。男女だけではないか。人間ぜんぶそうだ。尊敬のない関係は悲惨なもんだ。絶対にいつか殺し合う運命にある。人間ってそういう獰猛な生き物だ。