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裸のハードライフ

 非小説と小説の間を行き来し続ける。それはまるで現実と非現実を行ったり来たりするようで、ファイナルファンタジーXVのようで、とてもクールだ。かっちりしたジャンル小説だって嫌いじゃないが、と言うか読む分には、SF、ファンタジー、そのあたりはもう大好きだが、あまりにも現代的に小説然とした小説はパッケージングされた調整小説に見えて、おれの好む領域ではないというわけだ。

 小説という監獄から脱走を目指す小説。抜け出した先には何があるのかって? だいたい想像はついている。きっとその先にも小説が広がっている。入れ子構造が永遠に続くだけだ。そこまでわかっていながら、おれはまず目の前の領域を抜けだそうとしているのだった。

 こんな領域なんて、過去何人もの人間が脱出に成功している。はっきり言って、穴だらけだ。だが、その穴すらくぐり抜けられないヤツだってごまんといる。おれもそのひとりというわけだ。もちろん、穴の存在を想像すらしたことのない連中も大勢いる。そういうやつらは、おれとはまったく関係のないところでヨロシクやってくれりゃそれでいい。お互いに眼中に入っていないんだから。

 なんてことを言いながら、実はチラチラ見ていたりするおれなのだが、まあそれはおれの性格だ。嫌なものから目を離せないタチなんだ。超然とすることができない。すべてが気になってしまうんだ。そういう素質を持って生まれたのだからしょうがない。そういう素質がこういうものを書かせていると言うこともできるのだった。


 おれはこの一年間で、これまで生きてきて書いた分よりも、ずっと多くの文章を書いてきた。そのほとんどが、こんな感じだった。おれはまったく飽きなかった。これは驚くべきことだ。同じようなことをずっとやり続けることのできる人間。そいつはキチガイじみているかもしれないが、残念なことにおれは冷静で、そして文章の出来栄えは一年前に書いていたそれよりも、ずっと優れていると思っている。

 真に書いていると言える状態。それが小説であろうとなんであろうと……そんな状態になれるのであれば、なんだっていい。そうは思わないだろうか。誰に語りかけているのだろうか。誰でもない。人間ですらないかもしれない。だが、何者かに文章を捧げている。おれは自分のために文章を書き続けていると信じていたが、それは大きな間違いだったのかもしれない。

 とにかく、日々書き上げられる文章群。おれはこいつを小説と呼んでいる。小説として読まれるかどうかは微妙なところだが、読むことのできる文章群であることは確かだ。読んできみはどう思っただろうか。感想を聞き出したいところだが、感想など聞きたくもないという気持ちもある。評価に晒されたい気持ちもあるのだが、このままひっそりと朽ちてゆきたい気持ちもある。どっちにしろ、なにも変わらないだろう。おれは書き、捧げ物として差し出す。神はリアクションを起こさない。それでいい。それでこそ神だ。


 そしておれはこんなものを書きながら、同時に俗に塗れた生活も送っているのだった。そこでは何もかもがバカバカしくて、可笑しいこともあれば、我慢ならないこともあるという二面性に、常時さらされ続けなければならないのだった。

 まったくやりきれないよ、こんなのとずっと顔をつき合わせてるなんて。でもまあいいさ。やつには義理も借りもない。我慢の限界がきたら、足でも踏んづけてやるさ。思い切り睨みつけてやるさ。それでなにも起こらなくなるだろう。警告が通じないほど馬鹿ではないことを願うだけだな。

 今にも降りそうな空が続いていた。朝からずっと。気も身体も重くなるような空だ。雨雲を背負わされているような気分だ。実際、おれは色々なものを背負わされていた。目には見えないが、極めて重苦しいやつを。責任ってやつを。クソッタレ。だから嫌なんだ。おれは気楽にやりたいだけなんだ。こんな人質をとるような汚い真似……よくもまあ、できるもんだ。責任なんて犬も食いやしない。近ごろの犬はグルメなんだぞ。たぶんな。よく知らないけど、たぶんそうだ。

 おれは芋のソーダ割りをグイっと飲んだ。家で飲むなんて久しぶりだ。しょうがない。鹿児島土産で貰ったんだ。今日飲まなければ、ずっと部屋の隅で転がっているだけになる。貰ったその日に飲んじまうのが一番いいってことだ。

 芋焼酎ってのはスッと馴染む酒じゃない。だがどんな酒でもそうだが、飲んでりゃそのうちモノにできる。そんなに頑張ってまで飲む必要があるのかと問われれば、必要はないと思う。でもまあ、体質の問題じゃない限り、酒は飲めた方がいい。煙草だって、ギャンブルだって、なんだってやった方がいいに決まっている。マジになって生きたってしょうがない。進んで寿命を削ってやる、それくらいの気持ちで生きてゆかないと、いつかそのうち立ちゆかなくなる。金を人生の主軸に据えたやつなんて、もう最低だ。ちょっと金がなくなったくらいで、もう首を括るしかないとか言い出すんだ。黙ってやりゃあいいのに。わざわざ表明しなくてもいいんだ。勝手に金に殉じてろ。くだらねえ。


 おれは上手く小説を書くことができない。それはそれでいいのだと思う。そうは思わないだろうか。上手く書こうとしたって下手こくだけだ。ならば、そのままを出せばいい。過剰な演出や修飾はもうダサい。ノイズだらけの文章。フルテンでかき鳴らすエレクトリックギター。ハウリングと勝負するんだ。ロックってつまりはそういうもんだ。カッコつけるのはロックじゃない。カッコ悪いのもロックじゃない。今はロックと名のつくもの、そのすべてが死ぬほどダサい。歌なんて聴こえなくたっていいんだ。そもそも歌なんていらないんだ。どうせ大したことを歌っていないのだから。裸のラリーズだって何を歌っているのかよくわからないだろう。あれでいいんだ。ふにゃふにゃ声で聴き取れない下手クソな歌。カラオケ屋の廊下でどこかの部屋から漏れてくる歌声に似ている。カラオケ屋の廊下を歩くときは大抵、小便をしたい時だった。でも、いまは部屋が禁煙らしい。と言うことは、煙草を吸いに行く場合もあるわけだ。信じられないことだ。その間、歌っているやつが可哀想じゃないか。おれに聴いてもらえないなんて。

 おれはなるべく皆に気持ち良く歌ってもらいたいし、知らない歌だろうとなんだろうとおまえの歌でおれは盛り上がっているってところを見せてやりたい。カラオケだって音楽活動だ。遊び心を加えてやれば、巨大なライヴショウにだってなり得る。おれが何より嫌いなのは、他人の歌に興味を持たないヤツだ。自分が歌い終われば速攻で次の歌を探し出す。感じ悪い。帰ってソリティアでもやってろって言いたくなるね。

 おれがカラオケに目覚めたのはかなり最近だ。女性が相手してくれる夜の店もそうだ。両方ともずっと嫌いだった。おれはガキだった。あまりにも物を知らないガキだったってわけだ。

 カラオケも夜の店も、要はチームプレイだ。皆の手でその瞬間を彩ってやるんだ。塗り込んでやるんだ。ブスくれたやつ、ナルシスティックに斜に構えるやつは場に必要ない。それがつまりは過去のおれだ。おれは無愛想なナルシストだった。本質はいまでも変わっちゃいない。だがおれは瞬間を楽しむコツを知った。空気を燃え上がらせる快感を知った。それはまさにライヴショウだった。まるでノイズロックのライヴショウ。夜と一緒に、小便と一緒に、すべてが消えてゆく。ハチャメチャに盛り上がった後の明け方は、いつだって寂しいものだった。金もずいぶん減っていた。いつだってそうだった。

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