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第77話 ジュニル最後の抵抗

「……ジュニル。一つ聞くがこれは何だ? 」

「ほ、本日のメニューでございます」

「馬鹿にしているのか!!! 」

「ひぃ」


 グリド・グランデが机を叩き「ドン! 」と大きな音を立てる。

 叩いた衝撃で一瞬フォクとナイフが宙を浮く。同時に出されているスープが少し跳ねた。

 ぴちゃ、と音を立てて白いテーブルクロスを濡らす。

 けれども色はつかない。


 ここはグランデ伯爵邸の食堂。

 グリドが目の前に出された食事にキレて、グランデ伯爵邸のシェフ、ジュニルが呼び出されていた。


「だれがどう見ても水だろ! 」

「そ、そのようなことは……。(わず)かですが残っているもので味をつけておりますので」

「俺は貴様に仕入れも任せていたよな! 仕入れ先はどうした! 」

「そ、それが不作により品物が……」

「それを踏まえてどうにかするのが貴様の役目だろうが! その役目すら全うできんのか! 」

「ぶ、部下が行っておりまして……。その先日の大量退職により人手が……」

「貴様が原因だったよな?! 」

「も、申し訳……」

「言い訳など聞きたくない! まともな料理すら作れんとは料理人の(はじ)さらしが!!! 」


 怒鳴り散らすグリドの言葉に顔を赤くして唇をキュッと締めギュッと拳を握る。

 ジュニルも爆発しそうだがここで耐えなければ次の日には首と胴体が離れているかもしれない。

 グリドの叱咤(しった)に耐えるジュニル。

 解放されたのはスープという名の水が冷めた時だった。


 ★


「くそがぁぁぁぁぁ! 一人で出来るわけないだろうが! 」


 ガン!!! という音を立ててキッチンの保存庫を蹴るジュニル。

 反動で足を痛めたのか「~~~っ! 」と声にならない(うな)り声を上げて床を転がった。

 けれどその床は(ほこり)塗れで彼の服を茶色く染める。


 ジュニルの言う通り食材が無ければ食事は作れない。

 現在不作真っただ中のグランデ伯爵領で食材を手に入れるのは困難である。

 彼の手元にあるのは部下が出て行く前に買い込んだものだけ。


 部下にまかせっきりで彼は商人と直接やりとりをしていない。よって商人との取引を自分でやらないといけなかったのだが、まずその商人がやってこなかった。

 彼は知らないが、現在領地は食材を取り合いで領民達が殴り合いをしているほどに荒れている。それを抑えないといけないはずの衛兵も食料争奪戦に加わり警備機能が働いていない。

 むろんそのような状況で商人がこの館に来るはずもなく、何もせずにこの館は食糧難に(おちい)っていた。


「使用人の奴らもだ。全く不快な目で見やがって」


 机を支えにして立ち上がり、痛みで思い出したのか、再度怒りを燃焼させるジュニル。


 この伯爵邸には多くの使用人が住んでいる。

 もちろん彼が全員分の食事を作らないといけないのだが、材料がないので作れるはずがない。

 加えるのならば材料があったとしても今まで伯爵の料理だけ作っていたジュニルが全員分を作る事は、物理的に不可能であった。


 ――人間、生活水準が高い水準から低い水準に落ちると不満が出る。


 不作により増えた仕事量に下がった食事水準。

 仕事に関しては上司が伯爵であるため行動に移すことはできない分、ジュニルにヘイトが集中していた。


 苛立ちが隠せないのかブツブツと独り言をつぶやくジュニル。

 そして巨大な保存庫を開けて「残り少ない食材」を手に取りかぶりついた。


 ★


 ()()が見つかったのは必然だろう。

 ジュニルは多くの使用人達に囲まれて逃げるに逃げれない状態となっていた。


「シェフ。貴方から食べ物の匂いがしますがこれはどういうことでしょうか? 」

「私達はここ数日なにも食べていないというのに」

「まさかとは思いますがキッチンに食べ物が? 」


 一歩、また一歩下がりながら彼女達の質問にどう答えようかと頭を巡らせる。


 (なぜバレた。キッチンには人を入れていないはずなのに……)


 嗅ぎなれない匂いというのは目立つものである。

 伯爵や文官、使用人達が日々貧相(ひんそう)な食事をしている中で、匂いの濃いものを食べるとこうなるのは必然。

 しかし腹が減った彼はそれに気づくことができなかった。

 きつい匂いを漂わせて廊下を歩いていると使用人達に囲まれた、ということである。


「貴方達。今すぐにキッチンに向かいなさい」

「「「はい!!! 」」」

「食料があるようでしたら伯爵閣下に報告を。良いですか? 幾らお腹が空いているとはいえ手をつけてはいけません」

「「「(かしこ)まりました」」」

「ま、まてお前達! 俺のキッチンに……ぐげぇ」

「黙りなさい。生ごみ」


 上司の言葉を受けて()るメイド達。

 彼女達を止めようとしたジュニルはその場を仕切るメイドの蹴りを受けて、気絶した。


「これはどういうことか説明してもらおうか。ジュニル」

「こ、今後に(そな)えて(たくわ)えていただけでございます! 閣下を(ないがし)ろにする意図(いと)はっ! 」

()()()()、か」

「その通りでございます」

(もっと)もらしい意見だな。しかしジュニルよ。俺はここ最近スープという名の水しか飲んでいないのだが、それについてはどう思う? 」

「申し訳なく思いますが、今後来るであろう更なる食糧難に備えていたのです! 」

「あくまで備え、というか」


 怒りで何度か倒れたグリドは全身青あざを作っているジュニルを冷たい目線で見下ろしている。

 彼の元には幾つか報告が上がっている。

 その中に最近(かじ)ったであろう食材の残骸も見られたとのこと。


 この状況下で伯爵を差し置いて自分だけが食事を摂る行為は処刑もの。

 しかしながらグリドが彼を処分できないでいた。

 ジュニルはこの館に残った唯一の料理人である。

 水しか出さないと言っても今切るとこの館で料理が出来る者がいなくなってしまう。

 故に頭を悩ませていた。


「……貴様に最後のチャンスをやろう」

「チャ、チャンス?! 」

「貴様に監視をつける。その者の監視下で料理を作れ」


 それを聞き生き残れるとわかり安堵するジュニルは即答した。


 その後ジュニルはその監視と共に食料を全部持ち出して逃げた。

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