第67話 変化していく町 2 命のリプル
市場に着くと多くの人が目に入った。
遅れて店が見えて、どれだけ人が多いのかと少し苦笑い。
歩くスペースに困りながらも先に進む。
「ところで今日は何をしに来たんのだ? 」
「町の様子見と何か珍しい物がないかのチェックだな」
「珍しいもの? 」
「ガラス細工もしているらしいし掘り出し物があるかもしれないだろ? 」
「エルゼリアがアクセサリー、か」
「おいソウ。何が言いたい? ゴブリン出汁スープを飲みたいのか? んん? 」
「そ、それはやめてくれ! 悪かった。我が悪かったから! 」
「わかればよろしい」
全くデリカシーのない精霊様だこと。
確かに私はあまりアクセサリーをつけない派だ。
つけるにしても何かしら魔法効果があるものしかつけない。
おしゃれをするタイプでないことは自覚しているが、それをソウに指摘されるのは癪に障る。
「エルゼリアさんじゃないか」
突然声をかけられた。
町に出るとこういうことはよくある。慣れたものだ。
声の方へ体を向ける。
すると一軒の露店があり、少し歳のいった猫獣人の女店主がこちらを手招いている。
「こんにちは」
「はいこんにちは。今日はどうしたんだい? 」
「ちょっとぶらりと町を見ているだけだ」
そうかい、と女店主は頷いている。
何か用事があって呼んだのかと思ったが、みかけたから呼んだという感じみたい。
特に用事もなさそうなのでちょっと広げられているガラス細工を拝見。
色々な形をしたアクセサリーが並べられていた。
「これは店主が? 」
「不格好だろ? まだお母さんには敵わないよ」
「ガラス細工は母に習っているのか? 」
「あぁ。つい最近まで生きるか死ぬかの瀬戸際だったのにいざ工房が動くようになると、「お前を一人前に育てるまで死ねん! 」と言い出してはりきっちゃって。かなり歳がいってるはずなんだけど……」
「元気でいいじゃないか」
「……まぁね」
彼女の話を聞く限りだとかなり高齢のようだ。
しかし元気そう。
女店主も困った顔で「一つどうだい? 」と勧めてくれる。
「今回が初めての出店だよ」
「ギルドは介さないのか? 」
「今この町には商業ギルドが無いからね。それに今更こられても困るってもんだい」
「確かに」
今まで「利益がない」という理由でこの町にギルドを作らなかった商業ギルド。
町の人が自由に商売をしている中、今更この町にギルドを置かれても困るだけで。
そもそもこの町に商業ギルドがあったのならば、もう少し食料が入ってきたはず。
苦しめた相手が今更ここにきても困るだけだろう。
まぁ全て憶測だが。
「因みに一番の出来は? 」
「この猫の置物さ」
広げられている商品から一つ持ち上げ私に渡す。
猫が何かを招いている様子を作ったのだろう。かなり細かい。
これを見るだけでも相当な技術力で作られているのがわかる。
手の平サイズのそれを太陽にかざすとキラキラ光る。
青い部分と赤い部分があるが……。
「塗装……じゃないな」
「リアの町周辺から流れてくる金属を混ぜているのさ。それで色を出している」
「それはすごい」
「そう言ってもらえて何よりだよ。けどまだまだだよ」
「十分に綺麗な一品だと思うが……。これを一つ貰おう」
そう言いお金と交換する。
まいど、というと周りの人達がこちらを見た。
一気に視線を感じて体をビクンとさせて少し警戒。
瞬間、彼らは店に向かった。
「大人気だな」
「良い呼び水になったということか」
「不満か? 」
「そんなことないよ」
肩に乗るソウの顎を軽く撫でると「グル」っと鳴いた。
あの周りにいた人達は彼女の商品を買おうか迷っていた人たちだろう。
しかし代金がわからない。
私が一番良い物を買ったから値段に安心したのだろう。
彼女の露店に向かう人達の中に他の町の商人らしき人も見えた。
彼女はこの後何かしら専属契約のようなものをかわすかもしれないな。
それほどの技術だった。
これからの彼女の商売繁盛を祈るばかりだ。
ガラス細工の露店から外れて店を周る。
あちこちで呼ばれながらもどんな品物が置いてあるのか観察する。
食品エリアを歩くと色々な露店が並んでいる。
野菜に肉にフルーツにと色がいっぱいだ。
稀に他の町から仕入れた珍しいものを売っている店もあったので、それを購入。
食べ物がこの町から出て行くだけでなく、他の町の物がこの町に来ていることに少し安心した。
領内の経済が回っている証拠である。
奥へ奥へ歩いていると店の数が少なくなっている。
仕方ない。
奥へ行くと人が寄らなくなるからな。ここに店を出したいと思う人は少ないだろう。
「む? あれは……」
「人、だな」
多くの荷物を隣に置き建物を背にして座っている人がいる。
顔を下に向けた彼はどんよりとしており服はボロボロ。
不自然だ。
顔はやつれて髭はもじゃもじゃ。
荷物の量から商人であることは分かるが見た感じ何かを売っている様子でもない。
ここに来るまで多くの露店を見てきたがこんな状態の人はいなかった。
暇している所はあったが、そう言う所は周りの店主と話していたり。
「恐らく外から来た商人だろうな」
外から来て失敗することはよくあること。
しかしそれならば場所をかえる。
この町で店を開かないといけない理由があるのだろうか。
「ん? どこへ行くエルゼリア」
ソウの言葉に答えることもなく彼の元へ。
ちょっと頼みごとをして赤いリプルを一つ出してもらう。
私に気が付いたのかボロボロの商人はピクリと体を震わせる。
ゆっくりと顔を上げると目を見開いた。
「酷い顔だぞ? ほらこれでも食べろ」
そう言い一つリプルを差し出す。
聞こえなかったのだろうか? 固まったまま動かない。
首を傾げると「い、いいので? 」と聞いてくる。
「元より君にあげるためにこうして差し出している」
言うと彼は震える手でリプルを手に取る。
そして涙ぐみながら大事に抱えた。
「人族の人生、長くて六十年と言われる中で焦る気持ちはわからんでもないが、まぁ落ち着け」
そう言い残して私はレストランへ帰った。
★
――女神が舞い降りた。
見上げて最初に抱いた感想だ。
俺ダティマスはグランデ伯の命令を受けて続けてリアの町で商売をすることになった。
グランデ伯爵領は現在絶賛不作中。
なにも採れない中、苦肉の策として幾つか他の領地から仕入れたものを売ろうとしたのだが惨敗。
最初はまだよかった。何せ食べるものが残っていたから。
最後に仕入れたもので食いつないでいたが、徐々に持っていた食料はなくなっていった。
そして腹が空き、ついに立つことが出来なくなった。
(この町の人達はいつも今の俺と同じだったのだろうか)
数週間飲まず食わずを続けた結果、霧がかかったような頭で考えた。
代々受け継いだこの仕事。
自分がやっている事に疑問を抱くことなく続けてきたが、それがこの結果。
(腹が、減った……)
腹が空きすぎて、鳴る事すら忘れてしまっているようだ。
視界がぼんやりとする。
誰も助けてくれない。いや今までやったことを考えると当たり前か。
最後に一言、謝りたかった。
申し訳ない。本当に申し訳ない事をした。
俺の心の中は只々「申し訳ない」の一言に埋め尽くされていた。
そう思っていると影が差した。
誰か来たのは分かったが首が動かない。
何とかして顔を上げると、――女神がいた。
光り輝く銀色の髪に、法衣のような白いローブ。
どこかの神官を思わせる姿だがあまりの神々しさに涙が溢れる。
『酷い顔だぞ? ほらこれでも食べろ』
受け取ろうとしたが、腕が拒否した。
――こんな罪深い俺が手にしていいのだろうか?
今これを受け取るということは生きるということを意味する。
――俺は死ぬべきなのではないだろうか。
『元より君にあげるためにこうして差し出している』
――あぁ……、こんな俺を許してくれるのか。
『人族の人生、長くて六十年と言われる中で焦る気持ちはわからんでもないが、まぁ落ち着け』
――俺は……俺は今までなんと罪深い事を。
女神が去った後俺は赤いリプルに齧りついた。
「美味い……。美味い……」
滴る甘い汁を一滴も落とさないようにむしゃむしゃたべる。
涙が溢れる。
リプルをこんなにも美味く感じたのは初めてだ。
シャキシャキと音を立てながらリプルを貪る。
種の一つすら残さず食べると視界が開けた。
「一からやり直そう」
リアの町の門の前で俺は独り言ちた。
グランデ伯爵領側ではない。真反対に位置する門だ。
グランデ伯爵に強制される形であの町で商売を続けていたが、もうかまわない。
刺客が送られてきた時はその時だ。
「女神に助けられたこの命。誰かの役にたてるのならば……」
空を見上げてリュックを背負い直す。
そして俺は商人になるための旅に出た。
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