第48話 エンジミル・ビーンズとリア男爵家、そして新しい一日
私のレストランで行われた懇親会も終わりを告げた。
夜も深まりそれぞれが危ない足取りで帰っていく。
「気を付けて帰れよ! 」
「宿をとってるから大丈夫だ」
リットンが赤らめた顔で返事をする。
本当に大丈夫か、と思いながらも見送りレストランに戻った。
食堂へ向かおうとすると帰宅する人とすれ違う。
「今日はありがとよ」
「それほどでもないよ。また来てくれ」
「もちろんだ」
はは、と笑いながらまた一人出て行った。
波のように人が扉の向こうに消えていく。
収まったのを確認しほっと一息。
「あれ? リア町長。まだ残っていたのか? 」
「はい。皆様が戻られるまで」
「じゃぁこれから帰る感じで? 」
「いえ。その前に一仕事しようかと思いまして」
その言葉に首を傾げるとリア町長は気合いの入った表情をした。
これからすることなんてないと思うが。
私何か忘れていたか?
「皆様。この度は本当にありがとうございました。おかげさまでこの町は再び活気づきました」
食堂に戻るとリア町長が私達の前でペコリと頭を下げた。
そして遅れてコルバーも下げる。
「そんな大袈裟なことはしていない。私は自分勝手にやっただけだ」
「我もだ」
「私もですね。むしろお礼を言わなければならないのは私」
「うむ。異形種たる妾達を受け入れてくれる町というのは少ないからのぉ」
その言葉に複雑な表情をするリア町長。
この国でも異形種を受け入れる町というのは少ないらしい。
比較的種族間差別が少ないというロイモンド子爵領でもあるくらいだ。
見た目形が異なるもの・強力な力を持つ者を忌諱する気持ちはわからなくない。
だからといって同じ人間に含まれる彼らを差別するのは違うと思う。
真に彼らが堂々と過ごせる時代が来ると嬉しいな。
「いえ。結果として町に復興の兆しが見えてきました。この調子でいけばかなり早いペースで以前の、私達の祖父の代の栄えていたリアの町を取り戻すことができるでしょう。これも皆様の力が無ければできなかった事。一度言葉としてお伝えしたかったのです」
リア町長は真面目な顔で言い、続けた。
「なので少し早いですがお礼を」
「お礼? 」
私が聞き返すとリア町長が笑顔で大きく頷きコルバーに向いた。
するとコルバーが扉を出て行く。
少し待つとコルバーがサービスワゴンのようなものを引いてきた。
ワゴンの上には銀色をした半球体の蓋がある。
コルバーはリア町長の指示でそれをゆっくりと開ける。
私の目に映ったのは棒状の食べ物だった。
「これは?! 」
「ヴォルト。これが何か知っているのか? 」
「え、えぇ……」
ヴォルトが驚く。
私は見たことのない食べ物だな。
「これはエンジミル・ビーンズと言います。初代リア男爵、つまり私の御先祖様が開発したもので、その昔戦時中の携帯食として食べられていました」
「へぇ……。携帯食」
「リア男爵家は戦で武功を挙げて興った家です。当時食事に栄養が無かった時分、この携帯食で助けられた人は多いとか」
「現在は戦争もなく安定しているので軍でもこれは食べられていないと聞きます」
「最初はエルゼリアさんに食べてもらう食事はリア焼きにしようかと考えていたのですが、アロム老に先を越されたようなのでこちらにしました。我が家発の栄養携帯食。是非食べていただければと」
言い終わるとコルバーがワゴンを私の前にまで引っ張って来る。
そのまま私は席に着く。
ゆっくりと音を鳴らさず目の前に置かれる。
匂いはしない。
意図的に隠しているのだろうか。
そう思いながらもナイフとフォークを手に取る。
「恵みに感謝を」
そして切り込み、サクッと口に入れた。
★
気が付くと暗闇の中に私はいた。
森の中だろう。
多くの木々に周りを囲まれている。
少し遠くを見ると火の光が見えた。
足を進めると声が聞こえる。キャンプまで歩くと男達が焚火をしながらエンジミル・ビーンズを噛み千切っていた。
恐らく当時の軍隊だろう。
「ちっ。ついてねぇ」
「全くですな。派遣先でスタンピードとは」
声の方を見る。そこには地面に座った男性が二人。頬に傷を負った男性と黒いローブに身を包んだ男性だ。
一人は騎士風、もう一人は魔法使い風である。
周りを軽く見渡すが魔法使いのような格好をしているのは彼だけだった。
「ヴォルト。お前なんでそんなに落ち着いてられるんだ」
「冷静さを失えばそれこそ自滅を歩むだけですから」
お。まさかあれが転生現象前のヴォルトか?!
けど、なるほど。
この時代に生きていたからヴォルトはあれほどに驚いていたのか。
「確かに、そうだな」
「王城のいざこざが無ければ弟子を引き摺ってきたのですがね」
「貴族のボンボンどもの魔法使いなんて役に立つのか? 」
「壁くらいには」
「はは。言うなぁ」
金髪ロングのヴォルトがエンジミル・ビーンズを食べてそう言った。
毒舌っ!
ヴォルト毒舌キャラだったのか。
「しかしこのエンジミル・ビーンズ。貴方が開発したと聞きましたが」
「おうよ。これで少しは力が入るだろ? 」
「確かに。腹は膨れ力が漲るようですねぇ。僅かながら強化魔法の気配を感じますが? 」
「魔法は使ってねぇよ。単に味を改良してたらそうなった」
「……いつも思いますが私よりも貴方の方が無茶苦茶ですねぇ」
「言うな……お前」
「敵襲! ま、魔物が来ました! 」
その声で全員立ち上がる。
武器を手に取り臨戦状態となる中、隊長と思しき男性が指示を出した。
「全員隊列を組め! 後ろには村がある。一匹たりとも魔物を通すな! 」
すぐに隊列を組み始める。
しかし一人ヴォルトだけ違う動きをしていた。
「では私は粗く削るとしましょう」
「頼んだぜ。親友」
「過度な期待はしないでくださいね」
その言葉が聞こえた瞬間視界は光に包まれて、景色が変わった。
「お前こっちに来てよかったのかよ」
「王城のいざこざはこりごりですので」
「給料出せねぇぞ? 」
「私の貯蓄を舐めないでください。これから隠居しても暮らせるだけの貯蓄はあるのでご心配なく」
先ほどの頬に傷を持つ男性がエンジミル・ビーンズを齧りながら机に座っている。
金髪ロングのヴォルトは幾つか書類を彼の前に置いて瞳を向けた。
「先日の功績でここに町を作るように指示を出されたんだが……」
「全く馬鹿貴族共は本当に碌なことをしませんねぇ。足の引っ張り合いで英雄をここに追いやるなどありえない。ここは不毛の地。町を作るにしても食料が無さすぎる」
「お前も貴族だったような気がするんだが? 」
「そういう貴方も貴族になったと記憶しておりますが? リア男爵」
ヴォルトが言うと男は「ぐっ」と唸り声を上げて机に突っ伏した。
この頬に傷のある男性が初代リア男爵ということか。
しかしまだ町は出来ていないようだ。
ロイモンド子爵領は鉱山が発見されて町が出来たと言っていたが……、恐らくこの町は違うのだな。
考えてみれば頷ける。
周りの町は鉱山を中心に作られているがリアの町はそうではない。
町民は出稼ぎに周りの町へ行くが、思い出すと鉱山が無い。
不自然さは確かにあった。
「これからどうするつもりで? 」
「一先ず移住を募る」
「来ないでしょう」
「名物一つでもできりゃ、集まるだろ」
「そんな単純な」
ヴォルトの呆れる声が聞こえてくる。しかし彼の言葉からは不快な感じはしなかった。
また視界が変わる。
そこには一つの墓があり豪華な服を着たリア男爵が汚れを気にせず地面に座っていた。
「早死にの馬鹿野郎が。なんでお前が先に死ぬんだよ」
ガリッ、ガリッ、と何かを齧る音がする。
彼の手を見るとそこにあるのは、やはりというべきかエンジミル・ビーンズだった。
「……お前のおかげでリアの町が出来上がったぞ。だがよ。そこにおめぇがいなくてどうするんだ! 」
声が震えている。怒りに任せるかのように棒を噛み千切った。
彼の怒りが収まる気配はない。
同時に悲しみも収まる気配もない。
少しすると気が収まったのか彼は立つ。そして墓を見下ろしながら呟いた。
「……はぁ。また来るわ。親友」
★
エンジミル・ビーンズを食べ数日が経った。
数日経ったが特に変化は殆どない。
少しあるとするならば私がエンジミル・ビーンズを作るために試行錯誤している事とお客さんの数が多くなったくらいだろう。
「ふむ。お主はアドラの森におったのか」
「その通りなのである。退屈だったのである。故に――」
キッチンの端から精霊組が話している。
出来れば違う所で話してほしいが聞いてくれないだろう。
二人に関しては放置。
そろそろ開店しないといけない。
早く食事を用意しなければっ。
「エルゼリア殿。今日のパンはエルムンガルド殿から仕入れたフルーツを入れて見ましたぞ! 」
「ありがとうヴォルト」
私が料理を作り終えるころにヴォルトが香ばしい香りと共にやって来た。
新作パンだな。
彼の事だ。新作パンだけでなくいつものパンも用意しているのだろう。
私は配膳を終えるとヴォルトにパンを置いてもらう。
今も談笑している精霊組に「そろそろ開けるぞ」と声をかけると「わかった」とだけ声が返って来た。
本当にわかっているのだろうか。
今からは戦場。
そこにいると被弾するぞ?
「「「エルゼリアさん。今日もよろしくお願いします! 」」」
開店前の食堂へ確認に行くとラビを筆頭としたフロアチームが一気に頭を下げる。
私も挨拶しチェックする。
服装オーケー、食堂オーケー、ラビは……いるな。
他の食堂も確認して玄関に向かう。
そして――。
「レストラン「竜の巫女」今日も開店します! 」
戦が始まった。
ここまで読んで如何でしたでしょうか。
少しでも面白く感じていただけたらブックマークへの登録や、
広告下にある【★】の評価ボタンをチェックしていただければ幸いです。
こちらは【★】から【★★★★★】の五段階
思う★の数をポチッとしていただけたら、嬉しいです。




