第42話 精霊の雫
私は一人悩んでいた。
悩んでいる理由は簡単。
精霊女王であるエルムンガルドに普通のエレメンタル・スープを飲ませていいのかというものだ。
「我と同じものでいいと思うが? 」
「そうなんだが……」
「! まさかエルゼリア。エレメンタル・スープの新作でも思いついたのか?! 」
「思いつかないから悩んでいるんだろ」
「なら我と同じもので良いではないか」
エルムンガルドがエレメンタル・スープを求めていると知ってからというもの少しソウの機嫌が悪い。
多分あれだ。
自分しか飲めない特別なスープだったからだろう。
しかし相手はソウより遙かに格上の存在。
嫌ではあるが認めざる終えないといった所だろう。
彼の機嫌の悪さは独占欲からきているのだろうが、彼の機嫌が悪いのは私も困る。
「エレメンタル・スープの新作が出来たら真っ先にソウに飲ませてあげるからさ。機嫌直せよ」
「ふんだ」
子供っぽく顔をぷいっと反らしてソウがむくれる。
はぁ、困った。
また別のものを考えてソウに差し出すしかないかもな。
「求められているのはエレメンタル・スープ。確かにそのままでいいとは思うが一捻り欲しいな」
しなければならないというわけでは無い。
いやこれが人間の貴族社会ならばやらないといけないのだが、相手は国を持たない王。
ヴォルトの時に感じたが、そこまで食の「品」というものにこだわっていない気がする。
それよりかは「味」。もしくは「効果」だろう。
世の中には強化料理というものがある。
戦いの時に戦意を向上させたり力や魔力を向上させたり。
ソウの言葉を真に受けるのならば、エレメンタル・スープは強化料理の一つで精霊魔法を使う時の力を向上させるもの。
エレメンタル・スープはレシピも名前も世に出ていない。
恐らくエルムンガルドはヴォルトに聞き、そして実食しに来たのだろう。
「出来れば楽しんで飲んでほしいが」
思いながら構想する。
食事は楽しむもの。状況が緊迫しているのならともかく余裕がある時くらいは食事を楽しんでほしい。
これは私のエゴのようなもので他人に強制するものではない。
けれど料理人としてこのくらいの芯はあってもいいだろう。
食を楽しむためには味も大切だが見た目や匂い、食べ方や雰囲気なども大切だ。
これらの因子が重なって複雑な味を出すのだが、ことエレメンタル・スープに関しては残渣が残らないほど綺麗に抽出しなければならない。
よってできることが限られてくるのだが……。
「食感か」
これもいい案の一つだろう。
言ってしまえば固いパンと柔らかいパンの楽しみ方の違い。
しかしエレメンタル・スープは「スープ」である。
食感は……無理か。
「スライムの被膜を使ったらどうだ? 」
まだ不貞腐れているような声でソウが私に提案した。
スライムの被膜か。
それは良いな。
しかし被膜に閉じ込めたとして被膜が不純物にならないだろうか。
「それこそエルゼリアの腕の見せ所だろ? 」
「そう言われると引けないな」
私はこれでも負けず嫌いなのである。
その挑戦、引き受けた。
★
「ほほぅ。これがエレメンタル・スープとな」
休業日の昼。
エルムンガルドを呼び、彼女に二つの皿を差し出した。
ヴォルトも興味深そうに見る中私はそれぞれ説明していく。
「こちらは話に出ているエレメンタル・スープそのものでございます」
「うむ。飲まずともわかる。このスープから濃縮された世界の力を感じ取ることができるぞ」
満足気なエルムンガルドに「それは良かったです」と答えて次の説明を行う。
「こちらはそのエレメンタル・スープをスライムの被膜で包んだものになります」
「ふむ……。何故包んでいるのかの? 」
「食感を楽しむためでございます」
ソウも大絶賛なこのエレメンタル・スープの包みの簡単な説明を行った。
「実際に食べてみれば、その食感を楽しんでいただけると愚考致します」
「楽しむ……。なるほど。数多いる料理人の中でもお主は珍しい感性の持ち主のようじゃ」
「左様ですか」
「より美味く美しく仕上げることに注力する者は多くいるが、こうして食感を楽しませるために手間をかける料理人は数少ない。いない事はないがの」
同類がいることに少し安堵しながらも軽く微笑む。
まずはエレメンタル・スープを飲むように促す。
エルムンガルドは素直に木製のスプーンを手に取りゆっくりと金色のスープに入れた。
「おおお……」
軽くスープをすくいあげるとキラキラと輝く。
黄金色ではあるものの透明なはずなのに軽く虹がかかったように見えた。
遅れてエレメンタル・スープ本来の甘い香りを上書きするような様々な匂いを感じ取った。
「興奮するのはわかりますがエルムンガルド殿。少し力が漏れておりますぞ? 」
「おっと、すまぬすまぬ」
どうやら彼女の力にスープが共鳴したらしい。
本当に特殊な効果があるみたいだ。
金色スープ越しにエルムンガルドの蒼い瞳が見える。
そしてゆっくりと動かし、軽く開けられた口の中にスプーンが飛び込んだ。
「! 」
口に入れた瞬間くわっと瞳が開く。
僅かに瞳が左右に揺れたと思うとスプーンを口から離す。
「これは素晴らしい。世界の力が体を駆け巡っておる。甘い香りから、甘いスープを想像したが異なった。野性味溢れる雄々しさに加えて姫のような繊細さを感じる味じゃ。相反するものを組み合わせるとは、見事!!! 」
「ありがとうございます」
一人のシェフとして軽く一礼してお礼を言う。
過大評価だと思うが褒められるのは素直に嬉しい。
少し顔をにやけさせているといつの間にかスープが無くなっていた。
え? と少し戸惑う中エルムンガルドの瞳がもう一つの皿に移っていることに気が付く。
「これはどのようにして食べるのじゃ? 」
「可能ならばスプーンで」
言いながら新しい食器を彼女に渡す。
「なにゆえ食器を換える? 同じ物に見えるが」
「エレメンタル・スープ系は繊細な料理になりますので」
「左様か。ならばエルゼリアの言葉に従おう」
汚れの一つも許さない。
今回使ったスプーンも洗った物ではなく新品を滅菌したものだ。
注意を重ねて悪いことは無い。
エルムンガルドをよく見る。
彼女はゆっくりとスプーンに手をかけ、そして皿へと向ける。
そこには山盛りとなっているスライム被膜で包まれた豆程の大きさのエレメンタル・スープが。
それを何個かすくったと思うと音を立てずに口へ運んだ。
「おぉおっ! ぷちっとした感触の後に荒々しさがっ! 」
「ほほう。面白そうですな」
「ヴォルトよ。これは素晴らしいぞ。このぷちぷち感が堪らん。それに潰した後にぶわっと口に広がるこの感じ。スープも良いが妾はこれが気に入ったぞ! 」
気に入ってもらえたようでなによりである。
一度口につけたかと思うと次々にスプーンを口に運んでいく。
気が付いたら山盛りとなっていたエレメンタル・スープの包みが終わっていた。
「美味であった」
「ありがとうございます」
「礼をいうのはこちらである。この包み。名を何という? 」
聞かれて戸惑う。
これを作るのに必死で名前は付けなかったからな。
エレメンタル・スープ系の包みとくらいにしか認識していなかったからな。
私の動揺を見抜いたのか軽く笑みを浮かべながらフォローする。
「作るのに必死で忘れていた、と見た」
「お恥ずかしながら」
「構わぬ。集中しすぎて他の事を忘れるというのは、職人にはよくある事よ。では代わりに妾が名付けようと思うが、構わぬかえ? 」
「是非」
「……。よし。この料理の名前はこれから『精霊の雫』。精霊の雫と名乗るが良い」
カツン、と音が鳴る。
いつの間にか手にある巨大な木製の魔杖を地面にたたきつけた音だった。
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