第41話 精霊の歌
エルゼリアがエレメンタル・スープを作るまでの間、精霊女王エルムンガルドはヴォルトと共に町に出ていた。
「あ。森の骸骨さんだ! 」
「おはようございます! 」
「はいおはようございます。小さきレディ」
いつものように町を歩いていると声をかけられる。
手を振りそれに応じると元気よく子供達が走っていった。
子供達が過ぎ去ると他の人がヴォルトに気付く。
「おやヴォルトさんじゃないか。今日レストランは休みかい? 」
「いえ今日も開業しますよ。昨日多くパンを作り過ぎましたので今日に回したのです」
「なるほど。それで散歩、ってところか」
「そんな感じでございます」
ドワーフ族の女性に事情を説明すると人族の男性が彼に声をかける。
「そういやパンを卸す予定はあるかい? 」
「今の所ございませんね」
「そうか……。いやヴォルトさんが悪いわけじゃないんだがやっぱり美味いからな。いつ市場に出るか皆楽しみにしてるんだ」
「嬉しいお言葉ですが手が回らなくて申し訳ない」
「いやいやこっちの勝手なわがままだ。いつもありがとよ」
人族の男性は肩を落とすもすぐにヴォルトにフォローを入れる。
ヴォルトも嬉しく思いながらも一礼してそこから離れた。
「好かれとるのぉ」
「はは。この町の人達には良くして頂いております」
「これも人徳かの? 」
「だと嬉しいのですが」
ヴォルトは歩きながら呟くように言う。
エルムンガルドの声だがどこから聞こえているのかわからない。
彼の服を観察するとスーツのポケットが少し膨らんでいるように見える。
ヴォルトが歩いているとポケットからひょいっと小さな女の子が顔を出した。
――エルムンガルドである。
今日ヴォルトがリアの町を歩いているのはエルムンガルドが町を見て回りたいと言ったから。
本当はエルムンガルド一人で歩いてもよかったのだがヴォルトがそれを阻止。
ストッパーがいない状態で彼女を町に放つわけにはいかないのだ。
「廃れていると感じるが、雰囲気は良いのぉ」
「これはエルゼリア殿のおかげですね。食料危機状態を脱することができたのは彼女の功績なので」
小さなエルムンガルドが顔を右に左に向けて言った。
確かに町の雰囲気と住民の雰囲気がマッチしていない。
エルムンガルドの「廃れている」という表現は正しい。
建っている建物はボロボロで今にも崩れそうな建物もあった。
ある所を見ると熊獣人達が建物を解体している。
ボロボロの建物を建て直すのだろう。
今までだと活力が無く怪我の危険性が高すぎて行えなかったことである。
徐々に建物が新しくなる。
これもまた一つの変化であった。
町を行きかう人達の血色は良い。
美味しい食べ物を十分に食べた結果だろう。
それをエルゼリアに言うと「双方にメリットがあるから気にしなくてもいい」と答えるだろうが、彼女の功績であることは間違いない。
「あれは衛兵かの? 」
「最近できたようですね」
「難儀しとるのぉ」
エルムンガルドの目線の先にいたのは衛兵達。
しかし服装はお世辞にもいいとは言えず、衛兵というよりかは低ランクの冒険者のような姿であった。
けれどそれも仕方ない。
万年金欠状態のリアの町の財布から捻出したお金で雇った兵士なのだから。
彼らはこの町のものであった。
なので取り締まる側となっても特に反発されることなく町を巡回している。
エルムンガルドが観察していると衛兵達がヴォルトに気が付く。
ひょいっと顔をポケットにうずめて隠れると挨拶してきた。
ヴォルトも挨拶を返して彼らと別れる。
再度エルムンガルドが顔を出し、そして呟く。
「やはりおかしいのぉ」
「なにが、でしょうか? 」
「精霊の気配を全く感じることが出来ん」
その言葉にヴォルトが無い眉を顰めた。
「精霊がいない? 」
「いや誤解があるような言い方だったのぉ。あの竜、ソウが祝福を施した場所以外に精霊が見られんのじゃ。普通このようなことはありえんのじゃが、やはり……」
「呪いの類でしょうか? 」
「呪いでもないのぉ」
人が集まる場所においてどの国、どの町でも大なり小なり精霊の祝福を受けている。
でなければ作物が育たず住むことができないからだ。
逆にいうと町や国が無い所では精霊の祝福がかかっていないことが多い。
ロイモンド子爵領が、異常なだけである。
「聞くところによると領地全体がこれと同じ状況とか」
「まことか……」
「ええ。しかし鉱山があるためそれを売ってお金にしているようですね」
「鉱山を中心に町を作り、作物を外から持って来たというところか」
「そのようで」
エルムンガルドはすでに「何故精霊が見られないのか」という問いに対して答えを持っている。
本来はあってはならないことなのだが、彼女はそれの確認に町を見に来たということだ。
単にエレメンタル・スープを飲みに来ただけではない。
一応精霊女王としての仕事も兼ねている。
「さてやるかの」
「え? 」
ヴォルトが止めようとする間もなく、彼のポケットから重量が消えた。
★
「意図的に祝福を取り消したのならいざ知らず、これは完全に忘れていたのぉ」
ロイモンド子爵領の遥か上空。
そこには人間大のエルムンガルドが頭を痛めて愚痴っていた。
「大雑把じゃったからの。仕方がないとはいえ住む者には堪らないだろうじゃて」
言いながら手を組んだ。
彼女が思い出しているのは彼女の夫にして、今は亡き元妖精王。
二人から放たれた子供達は原初の妖精族や精霊族となって世界で活躍している。
「妾よりも年若いくせに、先に逝きよって……。愚か者が」
厳しい言葉を放ちつつも、エルムンガルドは思い出を浮かべ少し悲しい表情をする。
しかしそれも一瞬。
聖母の如く慈愛に満ちた表情で領地を見下ろした。
そして――。
「さぁ歌おうかの。精霊の歌を」
優しき歌声が、領内に響く。
★
「こ、これは?! 」
領地に住む人はいきなり聞こえた歌に驚く。
狼狽えるも優しき声に沈静化されていく。
様々な種族が行きかうこの領地においてドワーフ族やエルフ族のは珍しくない。
しかし様子がおかしい。
彼らは涙し、まるで神を崇めるかのように跪く。
「おい! どうした?! 」
「体調が悪いのか? 」
「違う……。違うんだ」
「精霊様だ……。この歌は、精霊様だ」
――地に幸あれ。祝福を。
エルゼリアと会った時のような力の奔流ではない。
蒼白い光が、精霊が、祝福と共に土地に降りる。
土地に馴染んでいく精霊達は土地を活性化させる。
その幻想的な光景に妖精族のみならず他の種族も見惚れている。
歌が、終わる。
祝福は、——成った。
もうこれで、この領地が貧困にあえぐことは無い。
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