第32話 グランデ伯爵領 2 グランデ伯爵領の人達
グランデ伯爵領のある町の一角に大きな二階建ての建物が建っている。
この建物は商会で、その広さと豪華な飾りが規模を表していた。
しかし現在その中へ向かう人は少ない。
繁盛しているという様子でもなく時折職員らしき人物が出入りしているのが見えるだけであった。
そんな中白衣を着たエルフ族の男性と鍛冶の作業服を着たドワーフ族の男性が建物に近寄る。
二人は見知った仲なのか顔を見合わせ共に中へ足を踏み入れた。
清潔感溢れる建物の中へ入ると幾つかの商品が彼らを待ち受けていた。
しかしそれに目をくれず受付まで行くと要件を告げる。
受付が緊張した雰囲気で「かしこまりました。少々お待ちください」と言い、離れると二人は少し息を吐く。
「会長がお呼びでございます。こちらへ」
しばらくすると受付が戻り、二階へ誘導する。
二人はピリついた雰囲気を出しながら扉の向こうへ足を踏み入れた。
★
「ダメだった」
「こっちもだ」
高価なソファーに二人が座ると大きく溜息をついて口にする。
正面に座る人族の男性はその言葉に肩を落として肘をついた。
「商人ギルドも、ですね」
「全く先代も、あの小童も碌なことをしない」
「お前と同じ意見なのが気に食わないが……同意だ」
はぁ、と大きく息を吐き三人とも腕を組む。
陰鬱な雰囲気が流れる中ノックの音がして飲み物が出される。
三人は一休憩と言わんばかりに口をつけた。
彼らはそれぞれギルドの者。人族の男がこの領地の商業ギルドの、エルフ族の男が錬金術師ギルドの、そしてドワーフ族の男が鍛冶師ギルドの支部長だ。
何故こんなにも陰鬱な雰囲気を出しているのかというと原因は先代グランデ伯爵が打ち出した方針にあった。
つまり、ロイモンド子爵領との間に生まれた非常に高い関税により彼らは多大な損害を被っている、ということだ。
「何か突破口があればいいのだが」
「あったら先代の時にわしらがやっとるわ」
「そうだな。まさか貴重な薬草がここまで跳ね上がるとは」
「……何故私の代まで続くか。せめて私の代には終わっておいて欲しかった」
商業ギルド支部長が軽くぼやく。
彼ら――商業ギルドの支部長に関しては先代が――は数十年前までロイモンド子爵領から格安で薬草や鉱物のような素材を仕入れていた。
交渉努力が実ったといえば聞こえはいいが、要は食料事情を引き合いにして商業ギルドが交渉を持ち掛け強請り、本来ならば希少なものを安く仕入れていた。
それにより一部希少薬草・毒草や金属を独占し、品物を高値で外に売っていたのだが、それも経済封鎖により困難となったということだ。
「……材料を仕入れることは出来んのか? 」
「出来なくはないですが、出来上がった品物は売れる値段ではありませんよ? 」
「……安く仕入れることは」
「他の領地で見つけることが出来れば、あるいは」
人族の男性が答えドワーフ族の男性が難しい顔をする。
ロイモンド子爵領でしか発見されていない素材は多い。
その性能に頼った結果今まで高値で売っていた商品が更に高くなってしまった。
それも数千倍に。
原因はその法外な関税だ。
これはグランデ伯爵領からロイモンド子爵領へ向かう商品にかかる一方、ロイモンド子爵領から産出される鉱物などの素材にもかかる。
王家に必要以上目をつけられないために、当時のグランデ伯爵が下した苦渋の決断であったが彼ら生産職にとって致命的であった。
他領に代替えとなる素材はまだいい。
しかしながら代替えがない素材はそうとはいかずこうして彼らの首を絞めている。
一見すると全ての元凶は伯爵に聞こえるが、全て伯爵に責任があるとは言えない。
彼らは独自技術と独自製品に酔いしれて傲慢な態度で他の領地の関係者と接していた。
商品が作れていた時は良かったが作れなくなってからはその人間関係・信頼関係が原因となって、逆に現在通常の素材も足元を見られて高値で売りつけられているのが現状であった。
自業自得ともいえる。
「領内に同じものはとれんかの? 」
「耄碌したかジジイ。あれらはロイモンド子爵領でしか採れないからこそ、交渉努力が必要だったんだぞ? 採れるはずが無かろうが」
「バカか。少しは頭を使え。この領地とロイモンド子爵領は陸続き。環境が同じならば見つからない道理はない」
「一層の事冒険者ギルドに探索依頼をかけるのも一つですね」
無駄を承知で商業ギルド支部長が言う。
二人はそれに反応し「ダメもとでやってみるか」「やらないよりかは」と唸った。
方針を固めながらも商業ギルド支部長が上を向き呟くように言う。
「せめてもの救いはこの領地が作物に恵まれていること、ですな」
その言葉に二人は大きく頷いた。
もしもこの領地に食料が無ければ封鎖の逆風を受け初期段階で領地は潰れていただろう。
それを考えると未だに粘り続けるロイモンド子爵領の人達が異常である。
「ともあれ今日の所は全員収穫無し、ということでよろしいかな? 」
「認めたくはないがな」
「……」
「では引き続き他の領地の支部と交渉していく方向で」
「あぁ」
「ま、それ以外となると領主に直訴くらいしか残っていないが」
それを聞き全員が顔を顰め溜息をつく。
考え得る最高の手段で、考え得る最悪の手段で、考え得る最後の手段だからだ。
★
「誰か助けてくれ!!! 」
「ちっ! またか! 」
「今度は何だ」
「剣が折れちまって」
「相方が死にかけてるんだ! 誰かポーションをっ! 」
グランデ伯爵領のとある町の冒険者ギルドに血塗れの女性が運ばれた。
運んだものは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらギルドに飛び込んだが、全員慣れた様子だった。
「まずは水で洗え。おい! 」
「分かっています」
「消毒と……あぁくそっ! 薬がねぇ! 布をもってこい! 」
エルフ族の女性が指示を出すとそれぞれ手早く動き始める。
床に置かれた女性に魔法をかけて傷口を洗い消毒をする。
少し意識があるのか「うっ」と痛む様子を見るが気にせず包帯でぐるぐるに巻き終えた。
「応急処置はここまでだ」
「悪いが後は本職の出番だ。ギルドではこれ以上は出来ねぇ」
「な、なんでっ! 」
「ないんだよ」
指示を出していた女性が彼女に近付き告げる。
その言葉に戸惑いながらも更に助けを求める。
「先代伯爵と先代商業ギルド支部長がやらかしたせいで普通の傷薬も通常価格の千倍上だ。ギルドで買えねぇんだよ」
そんな、と彼女の顔から表情が抜け落ちる。
力が抜け膝をついたせいか鞘ごと折られている長剣が彼女に当たる。
それを見て彼女は理解し憐れんだ。
――あのろくでなし共の所で買ったんだな、と。
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