第31話 グランデ伯爵領 1 グリド・グランデ伯爵とお抱えシェフ
清楚感のある部屋に多くの調度品が置かれている。
掛けられている絵画は美しく、置かれている武器は輝きを放っている。
統一性のない高価な調度品に囲まれる形で一人の男性が机についていた。
彼は眉間に皺を寄せ一枚の紙を見下ろしている。
「……何故干上がらない? 」
そこに書かれているのはロイモンド子爵領が未だ健在であるという報告書。
本来ならば喜ばしい事でもこの男にとっては不快そのもの。
ここはグランデ伯爵邸の執務室。
報告書を穴をあけるかのように見つめているのはグランデ伯爵家当主グリド・グランデその人であった。
(そろそろ頃合いだと思ったのだが……)
グリドは軽く息を吐き椅子にもたれかかる。
焦っても仕方がないと思うも焦る気持ちが先行する。
額に手をやりながら上を向いた。
グリドの親の代より敷かれているロイモンド子爵領包囲網。
今すぐにでも領地を返還してもおかしくない状況なのに長い間粘られている。
ロイモンド子爵領は鉱山が多く金属の産出量が周辺各国を含めてダントツで多い。
グランデ伯爵家はそれを狙い、周りの領主達と手を組んで包囲網を敷いている。
彼らがとっている方法は単純明快で関税を引き上げるというもの。
しかしその金額は極端で本当に同じ国の物価なのか疑問に思う程である。
幾ら領主に裁量権があるとはいえ、通常国内でこれほど極端なことはできない。
他の国ならばすぐにでも王家かそれに準ずる組織や派閥が介入してくるだろう。
しかしここエンジミル王国では介入がない。
これはグランデ伯爵家とその取り巻きが国内における貴族間の微妙なバランスを利用しつつ、彼らが官僚達に金を握らせている結果であろう。
(早く手放してもらいたいものだ)
疲れた表情から一転、欲望に塗れた表情を浮かべるグリド。
ロイモンド子爵が領地を王家に返還した場合、彼らに鉱山採掘権が渡るよう手回しをしている。
ロイモンド子爵家が領地を手放した際に得られる利益は莫大で、やり方次第では周辺各国にまで彼の影響力を伸ばせることが可能だ。
が叶っていない現在は単なる妄想の域を出ない。
精々自分で妄想し悦に浸るくらいしかできない。
(早急に鉱山を手に入れなければ)
グリドは意気込んで書面に目を移す。
今日の執務を終えると食事の合図がなされた。
★
グリドは食事を終えた後シェフを呼んだ。
シェフは慣れた様子で食堂へ入り一礼した。
「……流石だ。食材を変えたか? 」
「閣下のお口にあったようで何よりでございます。本日の食事は少々調味料を変え――」
とシェフはメニューの内容を伝えていく。
食材・調味料、どれもグランデ伯爵領で採れたものだが、一点外から仕入れたものが良いスパイスとなったようだ。
ここグランデ伯爵領は広大な領地に農地を持つ領地である。
そこから得られる作物は多種多様で食文化も発展している。
今現在ここグランデ伯爵領から各領地へ作物を卸しているほどで、その昔はロイモンド子爵領にも食料を卸していた。
ロイモンド子爵領を鉱山都市とするのならばここグランデ伯爵領は差し詰め農業都市といった所だろう。
「その調味料とやら、気に入った。これからも仕入れることは可能か? 」
平坦な声でシェフに聞く。
シェフはグリドの言葉に口元が緩むも可能な限り表情に出さないようにする。
そして彼は答えた。
「可能でございますが何分貴重なものでして……」
「わかった。あとで報告にあげろ」
「ありがたきお言葉でございます」
再度一礼してシェフは下がる。
そしてそのままキッチンへ戻った。
★
グランデ伯爵家のお抱えシェフ・ジュニルはキッチンへ戻り一人ニヤついていた。
部下がいる中ではあるものの何があったのか聞く者はいない。
このキッチンにおいてジュニルが上機嫌なのは平和な事だ。
そしてその機嫌を損ねるような真似をするものはすでにここにはいない。
上機嫌なジュニルを見つつ彼の部下はごみの処理を始める。
部下の一人は少し不満げな顔をしながらも大量のごみを館の外へ持っていく。
彼が運ぶ木箱の中を覗くと腐った食材にまだ食べることが出来そうなものまでそこにあった。
この館には多くの使用人が働いており作る量は膨大だ。
それに応じるかのように在庫を多く抱えることになる。
毎日仕入れ消費するのならばこのようなこと――腐らせることは少ないのだろうが、この館では大量に一括で買っている。
館を運営する側としては――食材を腐らせないように管理するのならば——合理的な購入方法である。
大量に購入することで輸送費を抑え仕入れ価格を抑えることができる。
しかし消費しきれなかった場合、こうして破棄処分となってしまう食材が多く出ることも事実であった。
食事に困ったことのないこの領地ならではの価値観・方法なのかもしれないが、ロイモンド子爵領の人間がみると暴動が起きてグランデ伯爵領に攻め込んでも不思議ではない光景である。
「俺達に押し付けやがって」
コックの一人が館を出て処理場で愚痴ると後ろから「全くだ」と同意の声が彼にかかる。
ごみを捨てている彼の隣に一人、また一人とランクの低いコックが止まる。
一人では処理しきれない量の生ごみの処理。
これが毎日出るのだから愚痴の一つも零れるのも不思議なことではない。
グランデ伯爵家のコックの採用は館の主グリドが行っている。
けれど実際の所はシェフジュニルが人材を見つけてグリドがサインをするだけ。
むろんその身元はグリドが毎回チェックしている。
だがグリドからすればその者の技術はわからない。
よってシェフに一任している、ということだ。
「俺達は下男じゃねぇっつぅの」
「どうせ雇う分をシェフがとってんだろ? 」
「だろうな」
はぁ、と五人ほどが溜息をついて肩を落とす。
偽の報告書を提出しているわけでは無い。
一度雇い、そして解雇したことを報告にあげていないだけで。
報告にあげていないということはその分、少ないとはいえ給料が出ていることになる。
その給料が彼の元へ入る仕組みとなっていた。
伯爵邸は多くの人材を雇っている。
書面上は知っていても一人や二人減ってもグリドは気付くことができないだろう。
相手が貴族ならばまだしも平民上がりが多い下男。
シェフは訴えてきても不敬と捉え逆に相手を罪に問える立場なので訴えて来るものはいない。
「せめて食材を触らせてくれるくらいはさせて欲しいもんだ」
「全くだ」
「俺達はコックだっつぅの」
また溜息をつき少し小さな荷台をくるりと反転させる。
愚痴はここまで。
気を引き締め直して彼らは館へと戻っていった。
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