第21話 不死王のパン工房
「……話足りないな」
「私もですな」
「いい加減やめておけ。農作業もあるだろ? 」
言われて口をとがらせる。
先日農作業を振り分けたが、寮が出来るまでは朝一の水やりなどは私がやることで落ち着いている。
ソウの言う通りやらないといけないのだが、せっかく話せる相手を見つけたのだ。
物足りないと感じるのは仕方ないだろう。
「農作業、ですか? 」
「あぁ。丁度あそこに種を植えた所なんだ」
事情と状況を話すと納得したようだ。
頷きながらもヴォルトは提案してきた。
「私が水やりを手伝いましょうか? 」
「良いのか? 」
「これでもかなり時間を持て余しておりますので」
そう言いながら畑に向かう。
彼は杖をカツンとならせて散水を発動させる。
見事な手際だ。
感心しながらも私は畑に背を向ける。
「綺麗……というか誰!? 」
上を見ると早起きしたラビが驚いていた。
そういえばラビはヴォルトと会っていなかったな。
というよりも昨日来たばかりだから当然か。
「これはおはようございます。しかし窓から身を乗り出すのは感心しませんぞ。レディー」
「ごめんなさい……ってアンデット?! 」
あ、落ちた。
★
「気にしていないので顔を上げてください」
「へへへへへへ、陛下におかれましては」
ラビが丸く白い尻尾と長い耳をプルプル震わせ土下座している。
話の通じないこのやり取りを何回したことやらと、ヴォルトと顔を見合わせ一緒に溜息をついた。
彼を魔物であるアンデットと間違え驚き落下したラビだが傷一つ付かなかった。
それは良かったのだがラビはヴォルトが喋っていることに気付いた。
そこで「間違いを修正するなら今! 」ということでヴォルトを「不死王」と紹介したら震えあがって今の状態となった、ということだ。
「スケルトンやリッチと間違われることには慣れているので気にしなくても大丈夫なのですが」
「慣れているというのも悲しいが……」
「放置でいいのではないか? 」
「ソウ。流石にそれは可哀そうだろ? 」
「しかし身から出た錆。朝の人参がいらないというのだからラビの分は我が頂こう」
「人参?! 」
「それはソウが食べたいからだろ」
呆れながらも「確かに」と思う。
このままいても昼来る奴らに振る舞う料理の仕込みが遅れるだけ。
ならばこのまま放置でも良いか、と考えているといつの間にか玄関に移動していたラビがまるで従者の様に扉を開けている。
「……陛下、こちらへどうぞ」
「恥ずかしいので陛下はやめていただきたい。ヴォルトとお呼びください」
人参と聞いて身代わりの早いラビに苦笑しながら朝食をとった。
★
食後洗い物をしたのち親子が来るのを待つ。
食堂で私とラビはお茶を飲み、ヴォルトはグミを噛みながら話していた。
そんな時ラビが突然聞いてくる。
「ヴォルトさんもこのレストランで働くのですか? 」
さっきまでの怯えはどこへやら。すっかりヴォルトをさん付けで呼んでいるラビだがとんでもない事を口にした。
まさか不死王を働かせるとは恐れ入る。
「それも面白いかもしれませんね」
「……断っても良いんだぞ? 」
「いえ。私も暇を持て余した身。せめてこのグミの分くらいはお役に立てたいですが」
ヴォルトはグミを手に取ってそう言った。
そこに恩義を感じなくてもいいのに、と思いながらも彼に出来る仕事を考える。
やってくれるのならば嬉しいこの上ない。
「なにか得意なことはあるか? 」
「研究……、という答えは望んでいないのでしょうね。食品関係なら……、そうですね。記憶の中ではパンを作っていました」
「「パンを? 」」
「はい。王城の研究職を辞した後、この町に来る前ですね。パン作りをしていたことがあったのですよ。小さな頃からの憧れだったらしく……」
何か思いだすように、虚空を眺めて思い出にふけるヴォルト。
「ならこの前見つけた窯はどうでしょう? 」
「そういえばあったな」
「はい! 」
「パンを焼く窯がここにあるので? 」
ヴォルトが横を向いて意外そうに聞いて来た。
「私もなんであるのかわからないが……、それがあるんだよ」
「ほほう……。それは良いですね」
「やってみるか? 」
「是非」
そう言いヴォルトが立ち上がる。
少し軽いステップを踏むヴォルトと共に私はレストラン裏へ向かった。
「これはこれは」
「作れそうか? 」
聞くと「ええもちろん」と骸骨の顔で頷いた。
これでパン事情も改善しそうだな。
そう思っているとヴォルトがつけ加える。
「こっちの釜はピザ用ですね」
「……違いがあるのか? 」
「もちろんですよ。そうですね……。フライパンと鍋ほどの違いがあります」
「それは違うな」
でしょ、と言い目線を窯に戻すヴォルト。
だがここで重要なことに気が付いた。
「……材料がないんだよな」
パンを焼くには小麦粉等多くの材料が必要となる。
それだけのものが今ここにない。
肩を落としてヴォルトを見る。
私の呟きに気が付いたのか彼は立ち上がり顎に手をやる。
「……少しお時間を頂いても? 」
「なにをするつもりだ? 」
「少し調達してきます」
調達? と首をかしげていると、ヴォルトが杖で地面を軽く突いて魔法を発動させる。
「転移門」
円形の暗闇がそこに広がる。
ヴォルトは躊躇なくそのへ入り消えていった。
「「……はぁ (えぇ)?! 」」
て、転移魔法?!
何でヴォルトが転移魔法を使った?!
転移魔法は上位精霊のような存在しか使えない、はず。
まさか自分で開発したのか!!!
ヴォルトは、もしかしたら私が思っている以上にすごい奴なのかもしれない。
驚いているとまた暗闇がそこに広がる。
そしてそこから大きな荷台を引いたヴォルトが出てきた。
「お待たせしました。小麦になります」
「小麦って……」
「少々友人に頼み融通してもらいました」
唖然としながらも目線を荷台にやる。
そこには何段にも積み重なった袋があった。
「ヴ、ヴォルトさんがいればこの町の食料事情、解決するかもしれませんよ! 」
ラビが言うと私も気が付く。
しかしヴォルトは荷台から離れて首を横に振った。
「申し訳ありません。この町の需要を満たすことが出来るほど、この魔法は万能じゃないのです」
「というと? 」
「まず一度に運べる量に制限があります。今回、転移先の友人に力を借りることで小麦を運べましたが、本来の用途は転移用。多くの物資は運べません」
「量の制限、か」
「はい。加えて膨大な魔力を消費します。二か三日に一回程度発動できれば良い方で」
なるほどな、と納得する。
ラビが肩を落とし耳をしょんぼりとさせているがこればかりはしょうがない。
便利な能力にデメリットがあるのは定番だ。
あれほどの大魔法。どれだけ魔力を使うのか想像できない。
それにこの様子だと話したこと以外にも何かデメリットが発生しているかもしれないな。
「実力不足で申し訳ない」
「いやこっちこそ非常識なことを聞いた。悪かった」
「存在が非常識なくせに」
「ソウ。それはお前にも飛ぶぞ? 」
「おっと危ない」
ソウがわざと躱すような仕草をするとラビがクスリと笑った。
ラビを元気付けるためにやったのか。
全く人間味溢れる精霊様だ。
「では私はパンを作ってみましょう。まず一つでも……」
ソウの様子をみてヴォルトも「カカ」と笑う。
彼は荷台を見上げて作業に移る。
気分が乗ったのか鼻歌交じりに窯を見るヴォルトに「レストランの方へ行っているから」と言い背を向ける。
角を曲がりレストランへ移動していると挨拶の声が聞こえてくる。
「おはようございます! 」
今日も大勢の人がやって来た。
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