第127話 ヴォルトの日常 3
ある日の午後。
ヴォルトとライナーの前には様々な人が座っていた。
年齢は子供から中年まで幅広く、種族はバラバラ。性別も男女入り混じっているがその表情は真剣そのもの。
彼らはヴォルトに魔法を、ライナーに体術を学びに来た人達である。
ヴォルトは集まった人達をぐるりと見て違和感に気が付く。
気付かれず素質を見抜くために魔力感知を使ったのだが誰もが平均を遙かに上回る魔力量を持っていた。
首を傾げながらもヴォルトはライナーの方を見る。
するとライナーも似たようなことを感じたのか小声でヴォルトに話掛けた。
「旦那。こいつらの潜在値、高くないか? 」
「私も感知した所です。私は計るすべを持っていませんが、気も似たような感じで? 」
「あぁ。少なくても一般人とは思えないほどだな」
言われて「さて教えていいものだろうか」と考える。
魔法や体術を教えるといっても護身程度。
しかし護身程度がとんでも威力に発展することを恐れたのだ。
が首を振り頭の中にあるそれを振りほどく。
「まぁ。得た力をどのように使うのかは人それぞれ。それに護身術を教えないと今後に差し支えそうですし」
それを聞き、同じ不安を持っていたライナーは「確かに」と頷く。
祭りが終わりロイモンド伯爵領の領地が拡大したことによりこの町を通る人達は増えた。
宿泊する人もいればここで商売を始めようとする人もいれば。
最近だと新たな鉱山が見つかりそこから希少金属が採れ始めている。
鉱山都市として発展するには量が少なすぎるがこの町を潤すのには充分だ。
またリアの町付近の山には希少な薬草や毒草が生えているので高値で取引がされる。
よって外から来た新たな冒険者達が腰を降ろし始めた所でもあった。
仕事があり、食事が美味く、住みやすい。
これほど住む条件が揃っているとなると多くの人が注目する。
ヴォルトはこれからも人が増え続けるだろうと予測している。
が同時に問題事が多くなるだろうともヴォルトは予想していた。
喧嘩っ早い冒険者もそうだが種族間での争いごとが増えるかもしれない。
今は秩序が守られて種族間による争いごとは無いに等しいが、これも外から来る人が増えるにつれて多くなるだろう。
そこでヴォルト達が考えたのが「護身術の習得」であった。
「さて皆さんお待たせしました。これから私ヴォルトによる魔法講座とライナー殿による体術講座を行います」
「「「おおおーーー!!! 」」」
「では教える前に幾つか注意事項をお伝えできればと思います」
言いながら手に持つステッキ型の魔杖をくるりと回して、カツン、と地面を叩く。
そこからゴゴゴと音を立て、ヴォルトの背丈ほどある石板のようなものが現れる。
驚く人達に目を配りながら、ヴォルトが虚空に手を伸ばし、白い棒のようなものを取り出した。
「まずは簡単な注意事項から」
石板に「1」と書き受講者に振り向く。
「当然ではありますが、犯罪には使わないでください。あくまで護身術。犯罪の為の力ではありません」
口にした言葉を簡単にまとめながら石板に書き綴っていく。
受講者は真剣な表情で頷いてヴォルトの言葉に耳を傾けた。
それを確認し「護身術講座」を開いた経緯やこれからの日程などを話て行く。
話も佳境に入って来た所で、ヴォルトは全員に問いかけた。
「護身術とは何でしょうか? 」
その言葉に全員が首を傾げた。
「自分を護るためのものではないのですか? 」
「合っていますよ。しかしそれだけでは不十分です」
ヴォルトはなおも首を傾げる受講者達に優しく、しかし真剣な雰囲気を纏って教える。
「自分を護る……。自分を護るために反撃をする。確かにそれは理に適っています。やらなければやられるのは自分ですので。けれどそれが最適かと言われれば疑問が残るでしょう」
「どういうことでしょうか? 」
「つまりですね。反撃をするということは、相手に「自分に反撃をするだけの武力がある」と言っているようなもの。身を護るためとはいえ簡単に反撃に転じるのは最適ではありません」
「ではどのような方法が良いのですか? それだと……殴られ続けろ、と言っているのと同じような気がするのですが」
「殴られる必要はありません。何も自分の身を護るのは攻撃のみではないということですよ」
ヴォルトがライナーの方を向くと、ライナーは軽く頷き一歩前に出る。
「今回俺達が教えるのは何も魔法や体術だけじゃねぇ。襲ってきた相手から逃げる方法も教える」
「可能な限り戦闘を避け、衛兵を頼ってください。私とライナー殿が教えるのはそれまでの時間稼ぎ。出来ればそのような場面に出くわした時、他の皆さんが通報してあげていただければと」
「じゃ、これから講習を始める。それぞれ旦那の言うことをよく聞きな! 」
「……ライナー殿。貴方も講習をするのですよ」
ヴォルトが呆れ周りが笑う中、種族王二人による護身術講習が始まった。
★
第一回の講習が終わると、ヴォルトは自分の工房に戻る。
ヴォルトは工房近くにいるエルムンガルドを発見し、彼女に声をかけると今回の分のパンの材料を持ってきたとの事。
ヴォルトは支払いを済ませて倉庫に収納し終えると、エルムンガルドがレストランの中で話そうという言い出す。
ヴォルトも拒否する理由もないので食堂へ移動し、出された茶を飲みながら二人はゆったりと椅子に背を預けていた。
「お主はこのリアの町に余程執着しとるのぉ。転生現象の影響があるとはいえ少し執着しすぎではないかの? 」
「エルゼリア殿に執着しているエルムンガルド殿にだけは言われたくありませんが……、しかしそうですねぇ」
言われてヴォルトは考える。
不死族が混沌から生まれる時に稀に発生する転生現象。
彼の前世ともいえる記憶の持ち主がこの町に住んでいたからといって、今を生きているヴォルトがこの町に執着する必要はない。
彼の前世の思い残しもほとんど済んでいるので尚更である。
リア町長の手腕によってヴォルトが懸念していた混乱も殆ど起こらなかった。それに直にこの町の急激な成長も次第に落ち着き安定期に入るだろう。
ならば尚更彼がこの町に執着する必要はない。
リアの町の人達と接するなと言うことではない。
しかしヴォルトの町に対する接し方はまるで娘を思う父のようなもので、エルムンガルドの言う通り過剰ともいえるほどリアの町に干渉しており、その必要はないのだが――。
「エルムンガルド殿」
「なんじゃ? 」
「確かに私がリアの町に執着する理由はありません。ですがね。私は、この町に、不死族として、かけがえのない光景を見ているのですよ」
なにか美しいものをみるような雰囲気で窓の外を見るヴォルトに、エルムンガルドは「そうかの」とだけ答えて茶を飲んだ。
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