第9話
ヘザールへと向かう道を進む僕の隣には今、サニーがいる。
「サニー。ホントによかったのか? 今ならまだ村に戻れる距離だぞ?」
「しつこい男は嫌われるんだぞリキョウ。何度目だその質問は! 私はお前についていく。異論は認めん!」
僕の質問に対するサニーの答えに変わりはない。
サニーの顔を見ても迷いや後悔はないようだし、そろそろこちらが折れる番か。
「ふぅ。それじゃ歩きながらヘザールでの当面の行動方針を話すけど、そもそもサニー金は持ってるのか?」「ふふん。私のものは全部お前に奪われたからな。一文無しだ」
「威張って言うことか……そもそもサニーの所持品を貰った記憶なんてないぞ?」
ていうかあの時サニーが言ったのはサエルさんと逃げたらという条件でだったはず。
結局一緒に戦ったんだからあの話も無効では?
「はん! アホ毛のお前のことだからな。忘れてると思って必要なものは自分で持ってきたぞ!」
「アホ毛てお前……強かな女だ」
まあ荷物を持ってるのは見た目からしてわかっていることなのだが、金はないとなるとヘザールでの宿泊費諸々僕持ちか?
しっかり働いて返してもらおうそうしよう。
「ヘザールについたら宿をとって、それから冒険者ギルドを目指す。でもしばらくのうち僕は冒険者活動より道場で修行に明け暮れる予定だから、サニーとは別行動になるかな」
「む。私も道場に通うぞ! 一人で依頼など危ないからな!」
前から思ってたけどサニーお前実はビビりだな?
危機感を持つのは悪いことではないが、この調子で魔物と戦えるのだろうか?
僕がサニーの身を案じていると、近くにいたアーレさんが話に入ってくる。
「サニーちゃんはどれくらい弓を扱えるのかしら? もとは狩人だったんでしょ? 気になるわ~」
「私は……まだまだ未熟な身だ。父さんには遠く及ばない。そうだな……あそこに生えてる木の実をここから撃ち抜くのが精々だな」
そう言ってサニーが示したのは100メートル以上離れた先。
……ん?
「あれに、当てるのか? サエルさんがじゃなくて、サニーが?」
「父さんならもっと先に見えるあの木の実にだって当てられるさ。私は父さんの半分にも届かない……」
いや何処だよ。
サニーがいう更に先の木がどれかすらわからないんだが?
もしかしてこいつマトモじゃなかったのか?
いや、僕の日本人的感覚で考えすぎないほうがいいか。
この世界の人達はそれくらいは普通にやるものなのかもしれない。
「ふ、ふーん。ややややるじゃない」
アーレさんめっちゃ動揺してる。
Cランクパーティーの弓使いが滅茶苦茶動揺してる。
やっぱりサニーの腕前は控えめにいってヤバいのか?
「サニーさんの話はここまでにして、今度はリキョウくんの話を聞かせて頂戴!」
露骨に話題を逸らした……。
Cランクパーティーの弓使いとして認められないなにかがあったのかもしれないな。
話逸らしたけど。
「僕は戦闘なんてからっきしですよ。今まで争いごととは無縁だったんで、今は見様見真似の段階です。……それもカインさんに止められましたけど」
「あら、でもリキョウくんは魔法使いでしょ? なんでそこまで接近戦に拘るのかしら? そういう魔法なの?」
「う~ん……」
こういう時ってどこまで話すべきか迷うな。
リヒトのおっちゃん曰く「個性の魔法は隠せるだけ隠しとけ」だからな。
確かに誰彼構わず話して回るのはどうかと思うが、お世話になってる【点灯竜】の皆さんになら多少話してもいいんじゃないか?
流石に〈転生魔法〉について全部は明かさない方がよさそうだが、技能を覚えやすい……くらいに誤魔化して話せば……。
悩んだ顔をしていると
「あららごめんなさいね。魔法使いに魔法特性を教えてなんて無粋だったわ。身近にいる唯一の魔法使いがオープンな人だったからつい……」
「あ、いえ。僕もそこまで隠したいわけでもないんですが、先達の冒険者さんからの助言もありましたので……ところで、身近にいる唯一の魔法使いってもしかして……?」
リヒトのおっちゃんから聞いた助言は一つや二つじゃない。
その中にヘザールの町で唯一の魔法使いである、彼女には気をつけろと言われたんだ。
Aランク冒険者であり誰とも組まない孤高の魔法使い。
その名も――
「ええ。〈魔女アスタシア〉よ」
「アスタシア!! おいリキョウ聞いたかあのアスタシ――」
〈魔女アスタシア〉。
彼女は貴族の生まれでありながら家を抜け出し冒険者として生きる道を決めた変わり者として有名だ。
冒険者として紆余曲折ありながらも今は実質最高位のAランクに、誰とも組まずに辿り着いた本物の傑物だ。
その武勇伝は至る所で吟遊詩人が謡い本にもなっているのだとか。
「――おいリキョウ無視をするなぁ! あのアスタシアがヘザールにいたら2人でサインを貰いに――」
そしてそんな彼女の魔法特性は当然ながら多くの国民が知っており、アスタシア自身隠す気などないとばかりに派手にやっているそうな。
その魔法特性とはずばり――
「リキョウ! 無視をするなぁ……寂しいではないか……ぐすん」
「ああもう悪かったよ泣くなサニー! なんだっけ? アスタシアに会えたらサインだっけ? うん、一緒に行こうな」
「……うむ! なんだちゃんと話を聞いていたのではないか、このこの~」
こいつ面倒臭いな……。
隣を見てみろサニー、アーレさんが何やら微笑ましい眼で……ってあれ?
ここそういう眼で見る状況?
なんか勘違いしてないですかアーレさん⁉
僕とサニーはそういうんじゃないってのに!
このまま見られ続けたらそのうち「青春ねぇ」とか言いそうで怖い!
「青春ねぇ」
言いやがった!
見計らったかのようなタイミング、この人もCランク冒険者ということか……。
ここで無闇に否定しようものならいじり倒される未来が見える……黙っておこう。
「ところでリキョウくん。アスタシアになにか敬遠するところでもあるの? あの子ハチャメチャなところはあるけど悪い子ではないわよ?」
「ああ、これも先達の冒険者からの助言なんですけどね。なんでも僕が〈魔女アスタシア〉に近づくと碌なことにならないからやめておけって言われたんですよね。詳しくは話してくれなかったんですけど、アーレさんなにか心当たりありません?」
毎度思ったがなんでリヒトのおっちゃんは肝心の部分を省くかね。
おっちゃんが話さないなら生死に直結する問題ではないんだと思うが。
あんまし危険性がない話題だと面白がって出し渋るんだよなぁ。
まぁお世話になったからそう文句も言えないんだけどさ。
「そうねぇ……あ、そうだ! アスタシアって確か昔、魔法使いを殺して回ったお話があるわよ? 聞く?」
「なんですかそれ超怖いんですけど。え? 僕ヘザールで彼女に見つかったら殺されるんですか?」
もしそうだとしたら今のうちに人畜無害な一般市民に転生しておかないと。
ああしかし転生しても肝心の個性魔法は消せないんだった。
魔女アスタシアが鑑定技能とか持ってたら終わるけどそう滅多にみられる技能でもないし大丈夫か……?
「ふふ、安心なさい。アスタシアがそれをやったのはもうかなり昔の事だし、それだって大義があってしたことだって吟遊詩人も謡ってるでしょ?」
僕はこの世界に来てから一度もその吟遊詩人にあったことないからなぁ。
アスタシアの冒険が書かれた本だってゴンボ村にはなかったし、僕が持ってる彼女の情報は全部リヒトのおっちゃん経由なんだ。
「はは……魔女アスタシアのお話は詳しくないもので。殺されないのならよかったです」
「む! リキョウお前アスタシア様の冒険を知らんのか⁉ ならば私が道中語って聞かせてやる! まずある所に――」
その後の道中、サニーは暇さえあればずっと魔女アスタシアの冒険なるものを語っていた。
よく話が尽きないものだと感心するが、考えてみればそれもそうだろう。
だって魔女アスタシアは〈不老不死〉なんだから。
……しかし結局リヒトのおっちゃんは何を危惧して僕にあんな忠告をしてきたんだろうか?
そのことだけがずっと頭から離れなかった。
ヘザールへと向かう道中の、ある晩のこと。
「兎を仕留めたぞリキョウ! ここらの兎は村の近くと違って太ってていいな! あはははは!」
「毎度よく獲ってこれるもんだ。よし! それじゃ僕が腕によりをかけて――」
シュバッ!
「私がが作りますから! リキョウくんは匂いを森から遠ざけてくれませんか? 野営ではとても、とーーーっても大事な役割だから!」
「むぅ。相方が獲ってきた獲物を調理したかったのですが、そういうことなら仕方ありませんね」
「あああ相方……っ⁉」
この道中ではボルさんと【点灯竜】の皆さんにはお世話になってるからな、役目を与えられるなら拒否はできない。
しかしどうしてだろう?
サニー以外の全員が僕の調理を悉く邪魔してきてるような……?
いやまさかね。
最初の晩はあんなに美味しく食べて眠っていたじゃないか。
野営であの味に慣れると戻れないとかあるのかもしれないな。
「(サニーの嬢ちゃんはよくあれを喰えるよな……。きっと魔物だって殺せるぜ)」
「(それが愛……ということなのかもしれんな)」
「(そのうちサニーちゃん毒耐性つくんじゃないかしら)」
「(……危険な、香りだった……)」
向こうでハルマさん除く【点灯竜】の面々がなにか話しているが、きっと明日の予定だろう。
ハルマさんは絶賛料理中、昨日も美味しいものを作ってくれたから楽しみだ。
「リキョウさん、少しよろしいですかな?」
荷台でなにやら漁っていたボルさんが、手に何かを持ってやってきた。
「はい、構いませんよ。ちょうど暇になってしまいましたから」
「ははは。それはよかった。ええ。用というのはお願いしたいことがありまして、こちらなんですが」
若干ボルさんの安堵の方向性が気になるが、それは置いておいてボルさんのお願いの品とやらに目をやる。
見た目は透明な手のひらサイズのベルのようで、ボルさんが特に抑えて運んでいるわけでもないのに音が鳴っていない。
「不思議な印象のベルですね。これは?」
「これは〈魔物嫌いの音鳴り〉といいましてな。魔法具の一種なのですが、使用には魔力を消費しましてな。長年使っていた私個人の品なのですが、これの音を聞くと魔物が遠ざかるのでどうか使えるようにして頂けないかと」
魔法具!
この世界にはそんなものがあるのか!
なるほど魔力は魔法使いしか持たないが、魔法を込めた物に魔力をあらかじめ充填しておけば、一般人でも魔法の恩恵を受けられると。
これは夢が広がるなぁ。
さておき……
「魔力を込めればいいんですね? それくらいなら任せてください! ところで、使えるように、ということは今これ効果を発揮してないんですよね? そんな魔力消費の多い物なんですか、魔法具って」
ていうか恐らくこの道中も使ってないんだろうな。
よほど【点灯竜】の皆さんを信頼してるのかな。
まあ実際もう何度か魔物の襲撃に遭ってるけど問題なく対処されてるし、困ることもないんだろう。
「ははは。魔力消費が多いのではなく、魔力補給が難しいんですよ。ヘザールにも魔法使いはいますが、領主様の魔法兵かあのアスタシア様しかおりませんでしたからな。流石に頼めないというものですよ」
「そういうことでしたか」
魔法使いが一般人にとって縁遠い存在だということを忘れていた。
ほとんどの魔法使いは貴族が確保に動くから一般市民が接する機会も少ないんだろう。
そういう意味では魔女アスタシアはかなり希少な存在だといえるな。
あれ?
ていうかもしかして僕ヘザールで魔法使いってばれたら貴族に声かけられるのか?
もちろん兵隊に加われ的な感じで。
それは嫌だなー。
「……っと、魔力補給できましたよ。綺麗な青色になるんですねぇ。ところで、僕って魔法使いだとバレると厄介事に巻き込まれたりしますかね?」
流れるように情報収集。
「ありがとうございます。そうですねぇ、魔法使いが貴族様の私兵になるのは義務ではないはずですから、断ることはできるはずです。もっとも、そんな勿体ないことなかなか考えられませんけどな。はははは」
よかった、貴族に縛られて生活するルートは回避できそうだ。
せっかく異世界で魔法使いになれたんだから、もっと冒険しなきゃね。
そんなこんなで夜は明け、僕らはついにヘザールの町へと到着するのだった。