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第8話

 行商人のボルさんは、この辺境のゴンボ村に商いに来てくれる唯一の人だ。

 この村の特産のモモンをヘザールという冒険者の町で売りさばいているらしい。

 今日はそんなボルさんについてこの村に来る冒険者の皆さんに稽古をつけて貰えることになった。


「よろしくお願いします、カインさん!」

「おう、どんとこい!」


 カイン、Cランクパーティー【点灯竜】のリーダーだ。

 【点灯竜】はリーダーで大剣使いのカインさん、盾役のゴゴンさん、斥侯のセギンさん、弓使いのアーレさん、錬金術師のハルマさんの5人で結成されたパーティーで、ボルさんがこのゴンボ村に来る時は必ず彼らが護衛依頼を受けるらしい。

 なんでも錬金術師のハルマさんはこの村出身で、自分に錬金術の才能があるとわかったため都に学びに出たが、この村への愛着は消えてないんだとか。


 さてそんな彼らCランクパーティーのリーダーに稽古をつけてもらえるというのは望んだってなかなか叶わないことだ。

 だから今の僕の実力を推し量るこの絶好の機会、カインさんの胸を借りてできる限りやってみようと思う。


「〈身体強化〉〈五感強化〉……行きますっ!」


 まず能力向上の技能で身体機能を底上げし、手に持った木の棒でまっすぐ突きをお見舞いする。


「よっ、と」

「っ! ならっこれで!」

「ほいほい」

「くっ、まだまだ……!」


 しかしカインさんは軽い動作で僕の攻撃を避けきってみせる。

 突きからの薙ぎ払い、からの上段からの叩き落としと昔見た映画の見様見真似で打ち込んでみるがこれが当たらない。

 防がれるのではなくすべて避けられるのだ。

 その後もがむしゃらに棒を振るうが当たる気配はなく、息が乱れて手元がぶれてきた。

 

「はぁ…はぁ…随分と余裕があるようで……」


 一度足を止め呼吸を整える。

 そのための時間稼ぎのつもりで話しかけたがバレバレだろうなぁ。

 ほら、カインさんが苦笑いしながらこっち見てるし。


「息を整える時間くらい待ってやるっての。これは実戦じゃなくて稽古なんだからよ。しかしまあ、なんともチグハグな奴だなお前」

「チグハグ、ですか…?」

「だってそうだろ? 身体能力はDランク上位はあるのに、てんでその力の扱い方がわかってねぇ。一応武術を見たことはあるようだが体験したことはないって感じだな。悪い事いわねぇから慣れないうちは武術を見様見真似で試すもんじゃねぇ。身体壊すぞ」

「は、はい……それもそうですよね。ご忠告ありがとうございます」

「おう」


 なるほど、何事もそう甘くないってことか。

 確かに今の一連の動きで既に身体が痛い。

 転生して足は治したけど柔軟さとかそのまんまだもんな、そりゃこうなるか。


 しかしわかったこともある。

 カインさん曰く僕の技能込みでの身体能力は冒険者としてはDランク上位に位置するらしい。

 もちろん身体能力ではであって、そこに伴うべき武術や知識の不足は言うまでもないが。


 こうなってくると一度転生して身体を創りなおしたほうがいいかもしれない。

 転生は魔力を馬鹿喰いするからやるなら寝る前になるが、出発までに最低限の身体にはしておきたい。


「カインさん。カインさんはヘザールの町の冒険者なんですよね? そこって道場とかありませんか?」

「道場? リキョウは魔法使いだろ? まああるにはあるが、厳しいぞ~あそこは」


 おっ、あるのか!


「厳しくてもいいです! むしろそれで技術を教われるのなら万々歳ですよ! 僕の魔法はなんというか、できることが多くて困ることはないので」


 〈転生魔法〉は魔物を倒せばその能力を得ることができるが、それにも実は限度がある。

 今の僕のステータスは技能を10個会得したことになっているが、これ以外にも保留という扱いのセットしていない技能がまだある。


 例えばレッドマークグリズリーは〈剛腕〉や〈怒りの咆哮〉といった攻撃的な技能をまだ所持していたのだが、これはこの村にいる間はすぐに必要にはならないだろうと、採取などで役立つ土モグラの技能を優先してセットしている。

 セットしていない技能は消えたわけではなく、転生する時に選択すれば会得した状態になれるが、慣れの問題もあるしあまりポンポン転生するのもナシだろう。


 そのうちある程度技能が揃ったら戦闘はこれ日常はこれと決めておくのがいいかもな。


「ふぅん。魔法だけに頼らないその姿勢良し! お前なら冒険者の上を目指せるぜ! いいぜ、ヘザールに着いたらその道場に案内してやるよ。冒険者にも通ってる奴いるし邪険にはされないだろ」

「ありがとうございますカインさん! 決して紹介してくれたカインさんの顔に泥を塗るような真似はしないと約束します!」

「おう、期待してるぜ! さあ、稽古を続けるか!」


 その後数時間にわたり稽古をつけて貰ったが、僕の攻撃が彼に当たることはなかった。

 これが今の僕の実力。

 今の僕がもし冒険者としてパーティーを組むなら、後衛での固定砲台になるしかないだろう。

 でも一般の魔法使いのようにただ後方から魔法を撃つだけというのは勿体ない。

 〈転生魔法〉にはもっと可能性が溢れている。


「ヘザールの町に着いたらまずは冒険者登録。その後ちまちまランクに合った依頼をこなしながら道場で修行かな。個人的な時間が増えるし低ランクのうちはソロがいいか」


 そうなると勉強しなきゃならないことはたくさんあるな。

 ボルさんがゴンボ村を出立するのは二日後の朝、それまでに村の人達に挨拶を済ませておこう。


 差し当ってまずはこの村に来てから一番お世話になってるディートさん一家からだな。

 ちょうど今は夕食も終わって時間も空いてるし早速挨拶に行くか。


 借りていた部屋から普段ディートさんたちが集まってるリビングに行く。

 そこではホーミさんとテミーちゃんが仲良く談笑していた。


「ホーミさん、テミーちゃん。こんばんわ」

「あらあらリキョウくん。こんばんわ~」

「こんばんわ! お兄さん! 今ね、お母さんと新作お肉料理のお話してたの! あのねあのね――」


 テミーちゃんは最初しっかりした子だと感心したものだが、ディートさんとホーミさんの前では割と甘えん坊だ。

 そんな彼女の楽し気に話す姿には毎度癒される。

 僕の狩ってきた猪肉とクマ(長いから略す)の燻製肉はお世話になったお礼として一部ディートさんに渡してある。

 ホントはお金を渡したかったのだが、「そんなものここじゃ使う機会がねぇ」と断られてしまった。


「だからお兄さんにも食べて欲しいの! 今いっぱい研究してる途中だから試食いっぱいできるよ!」

「テミーちゃんたちが作るご飯はほんとに美味しいからね。食べたい! 食べたいんだけど……実はもうこの村を出てヘザールの町に行こうと思うんだ。だからごめんね、テミーちゃん。きっと完成したテミーちゃんのお料理食べに来るから!」


 僕がそう言うとそれまで満面の笑みで語っていたテミーちゃんの顔が悲しそうに歪んだ。

 ……これは存外辛いものがあるな……。

 やっぱり村を出るのをもう少し先延ばししようか?

 きっと一人でだって行けないこともないだろうし……。


 僕がそんなことを思案し始めるとホーミさんが口を開いた。


「あらあらリキョウくんはそんなにテミーの完成した料理を食べたいのね~。ならきっとまたうちに来てくれるわよテミー。リキョウくんには都でも食べられない味だって驚いてもらいましょ?」

「……うん。お兄さんの毒物なんかとは違ったちゃんとしたお料理、食べさせてあげるね!」

「テミーちゃん……うん、これを楽しみに都で頑張っちゃおっかな! そうだ! その時は僕も料理作るから食べ比べを是非みんなに――」

「――お父さーん! お兄さんもう出てくってー!」

「あらあら寂しくなるわね~おほほほ」

「…………」


 チキショーーーッ!!

 そんなに僕の料理が嫌いかいっ!

 この味覚音痴どもめーーー!!

 僕の料理の味はきっと都でも食べられないくらいなんだぞ!

 後悔しても知らないからな!


 僕が一人そんな風に嘆いていると呼びかけを聞いたディートさんが厨房のほうからやってきた。

 その目はまっすぐ僕を見据えて一言。


「ついてこい」


 それだけ言ってまた厨房へと戻っていった。


「まさか僕に手料理を教わりたいとか……?」

「それ以上言ったら怒るよお兄さん」

「あらあら包丁はどこにあったかしら?」


 背後から殺意を感じたのでそそくさとディートさんを追いかける。

 愛されてるね、ディートさん。


 厨房に行くとすぐディートさんが皿を押し付けてきた。

 なんだこれ?


「やる」

「くれるんですか? 見たことない料理ですね。新作かな……?」


 それはサイコロ状に切られたお肉に薄い桃色のソースが絡められた、ここでは初めて見る料理だった。

 肉は厚切りでどデカく焼くディートさんにしては珍しい調理法だ。


「食え」


 僕が料理を観察してる合間もずっと様子を凝視し続けたディートさんはそう一言。

 そりゃ食えと言われたら食べますとも。

 もう夕飯は済ませたけど、ディートさんもそれは承知の上か数口程度の量しかない。


 ぱくり、と一口。


「わ、美味い。この薄桃色のソース、やっぱりモモンですね」

「なぁリキョウ」

「はい、なんです?」

「お前、料理は好きか?」


 唐突な質問だな。

 そんなのここで生活してる僕を見ていたらわかるだろう?


「好きですよ! 最近は美味しく食べてくれるマトモな人も見つかりましたしね!」


 サニーは今日も美味しく食べて満足して眠ってたよ。


「おいリキョウ」

「はい、なんです?」

「もっとマトモな飯作れるようになれよ。その食べてくれる誰かのためによ」

「はい。もっともっと美味しいものを作れるようになりますよ! まぁ、その誰かともここでお別れなんですけどね」

「ふっ、それじゃお前の料理道は絶望的だな。うまいもん食いたくなったらまたここに来な! 俺たちゃいつでも待ってるからよ! あんま来ないと忘れっけどな! がはははは!」


 よかった、いつもの豪気なディートさんだ。

 あんまりしんみり別れるの好きじゃないからこれでいい。


「次来た時には僕の料理でぎゃふんと言わせてやりますよ!」

「何か言えるくらいには毒性抑えとけよ!」


 相も変らぬそんなやり取りの後、僕は部屋に戻って眠りについた。






 そしてその翌日、悪ガキ三人組やリヒトのおっちゃんを始め結局村人全員とのお別れの挨拶をすませ、今日はいよいよゴンボ村出立の日だ。


「では【点灯竜】のみなさん、帰りも護衛の方、お願いしますよ」

「任せてくれボルさん。しっかりヘザールまで送り届けるぜ!」


 ボルさんとカインさんがそんなやり取りをし、荷物の最終確認を始める。

 今回のヘザールへの道中は行きと違い一人増えるが、あくまでも【点灯竜】のみなさんの護衛対象はボルさんとその荷馬車だ。

 僕は勝手に馬車についていって勝手に自衛をするだけ、かといって彼ら熟練のパーティーの連携の邪魔もしたくないので基本歩くだけとなる。


「暇な道中になりそうだ」


 思わずそんな呟きが漏れるが、これはいけない。

 間近で熟練の冒険者たちの護衛する現場を見学できるなんてそうそうないのだから、しっかり学ばないと!


「よし、荷物の積み忘れはありませんね」

「じゃ、早速行きますか」


 と、自分に活を入れているとどうやら出発するようだ。

 と、思いきや――


「ああその前に、今回同行する方たちを先に紹介しておきましょう。お二人とも、こちらへ」

「はい」


 ん?

 2人?


「ボルさんに【点灯竜】の方々、今回同行させてもらうサニーだ。若輩だがよろしく頼む!」


 …………。


「ってなにしとんねんお前っ⁉」


 なしてここにサニーがおるだぁ⁉

 びっくりしすぎて雑な方言はいっちまっただよぉ!


「ふん! リキョウ一人で冒険者など心配だからな! 私がついて行ってやるっ!」

「いやサニーお前、ゴンボ村での生活はどうすんだ?」


 狩人としてこれからもサエルさんと仲良くやってくもんだと思ってたのに。


「リキョウとヘザールで暮らすことにした。もうここで生活はできないからな」

「え? なんで?」


 そんな大事になってたのか?

 相談してくれてよかったのに。

 まさか村の秩序がどうとかの話が今になって――⁉


「忘れたのか……⁉ お前が私からすべてを奪ったんだろう! あの戦いで咄嗟の事だったとはいえ浅はかな発言をした……っ! 私の(部屋の)もの全部あげるからなどと、言ってしまったばかりに……もうお前についていくしかないのだ!! 連れて行ってくれリキョウ!!」

「お、おまっ! そんな誤解を招くような言い方はよせ――」


 しかし時すでに遅し。


「ほーう? まさかリキョウがそんな奴だったとはなぁ。これは村八分にするしかないなぁ! がはははは!!」


 ディートさん⁉


「お兄さんサイテー。二度と顔見せないで」

「うふふ、さようなら~」


 テミーちゃん、ホーミさんまで……!!


「ま、男なら責任とってこそだ。しっかりやれよ!」

「きっと魔法使いなら負担にもならないんだぁね」

「だから言ったじゃん! リキョウは女の敵だって! 言ったじゃん!!」


 悪ガキ共ォ!

 ニヤニヤしながら言うんじゃねぇ!

 これは村全員グルなのか⁉


「諦めろ坊主。冒険者の先達として最後に一つ大事なことを教えてやる。敵地に単身突っ込むな。痛い目を見るからな」


 そりゃそうだろうさリヒトのおっちゃん!

 ああ、もうわかったっての、連れていって一緒に冒険者やればいいんだろ?

 友人と一緒にパーティーが組めるなら願ったり叶ったりかもな。


「ふぅ……。どうもサニーの全てを奪ったクソ野郎のリキョウです。ボルさんそして【点灯竜】の皆さんどうぞよろしくお願いします」


 僕は死んだ魚の眼で挨拶をした。

 もうやけくそだいっ!


「はは。では出発致しましょう!」

「「「おおーーー!!」」」


 そして僕らはゴンボ村を出る。

 これから向かう、ヘザールへの想いを胸に。



     ◇



「行ったか」


 ゴンボ村にてサニーの父、サエルは一人呟いた。

 それを聞き取ったディートが口を開く。


「よかったのか? 大事な愛娘だろう。冒険者は危険も多いと聞くぞ」

「サニーももう子供ではない。いつまでも俺を追いかけていても、その俺は先に死ぬ。だからこれでいいんだ。年若い彼と一緒に、きっと最後まで共にあり続けるさ」


 そのサエルの言葉に、ディートは厳しい現実を突きつける。


「どちらか片方、先に逝っちまうとは考えんのか?」


 しかしディートのその質問に、サエルは笑ってこう答えた。


()()()()()。彼は、()()使()()だぞ」

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