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第7話

「グルオオオオオオオッッ!?!?」


 それまでの怒りの咆哮から一転、地中へと落ちていく自分の体に困惑した叫びをあげるレッドベア。

 土モグラが巣にしていたであろうこの場所は、人が穴を避けて通ることはできても、レッドベアのあの巨体を支えるほどの強度などありはしない。

 大きな音を立てながら、レッドベアの巨体は僕らの目線より下へと落ちていった。


 一つの穴の大きさ深さはそれほどでなくとも、それが横にも下にも無数に用意されているとなればこうなるのも当然だ。

 この穴だらけの天然の罠地帯を突破するには、僕らのような比較的軽い生き物が、穴のない地面を選んで進むしかない。

 このレッドベアのような巨体で大重量の生き物を支えるだけの強度は、この巣の上にはなかったのだ。


 それに見たところ落ちたレッドベアは何やら鼻を抑えている様子。

 きっとこれがサニーの言っていた仕掛けた罠というやつだろう。

 足を挫いていたというサニーは土モグラの残した穴を見破れない、ないし時間がかかるのかもしれないが、匂い袋なら大方の場所さえわかっていれば適当に地面に投げるだけで、あとのことはレッドベアが勝手に進めてくれる。


「……なるほど、サエルさんは先にここで何をしていたのかと思いましたが」

「ああ。サニーは穴の位置がすぐにはわからないだろうからな。目印をつけておいた」


 (サニー)が策を考え(サエルさん)がその策を補強する。

 いい親子じゃないか。


 と言ってる合間にも魔法の準備が完了した。

 これより放つは業火の魔法。

 ボール系、バレット系、ウォール系と覚えて次に覚えたのがこのボム系だ。

 森の中ではあるがむしろレッドベアは土の中、火を放っても問題はないだろう。


 ボム系の魔法は属性によって使い心地がまったく違う。

 土なら大砲。

 水なら衝撃。

 風なら旋風で斬り刻むといったところか。

 なら火ならどうか?


 その答えはこれから目の前にいるこいつで確かめるとしよう。


「いざ、〈ファイアボム〉!!!」


 形はボール系と同じ球形、しかしその火球に籠められた魔力量は段違いだ。

 それはさながら蹴られたサッカーボールのような比較的ゆっくりとした速度で撃ち込まれる。

 しかし地中で碌に身動きの取れないただの的などこの弾速で十分当てられる。


 狙うは頭、鼻は匂い袋の効果で臭いためか抑えられているが、肝心の脳がある部分が丸出しだ。

 着実に狙いに向かって近づく火球は今


「――ボム」


 盛大に爆音と火炎を撒き散らしながら爆ぜた。


「グオオオオオオオオオオオッッ⁉」


 そのレッドベアの悲痛な叫びを聞けば痛手を負わせられたというのは明らかだ。

 更に爆ぜた火炎はレッドベアの毛に燃え移り、それも奴に確かなダメージを与えている。


「魔法とは凄いものだな。俺の矢がまったく通用しなかった相手が、これだ」


 隣でサエルさんが呟く。

 その腕には気を失ったサニーを抱えている。


「魔法が強い力なのは確かです。でも、それだけじゃこの局面は出来上がらなかった。魔法だけでできることなんて、存外少ないってリヒトのおっちゃんも言ってましたよ」

「ふむ……魔法という力を過信した結果が、今のこいつという訳か。納得したよ。道理で魔法を使う人間よりその力を持つ魔物のほうが多いのに、世界は今奴らに支配されてないわけだ」


 ……確かにそうなんだろう。

 魔法は優れた力だが、人はそれを越える優れた知恵を持っている。

 この世界の文明レベルは地球とは比べるべくもないが、それでも時が経てば更に魔物の脅威は減っていくのだろう。


 リヒトのおっちゃん、あんたの言葉、今になって本当に理解しきれた気がするよ。

 僕は日本じゃ成人した大人だったってのに。


「まったく、学びの多い日だ」


 そうぼやきながら僕は2発、3発と〈ファイアボム〉を撃ち続けるのだった。









「……死んだな」

「ええ、間違いなく死んでます」


 結局10発以上も撃つ羽目になったが、あの巨躯のレッドベアは抵抗むなしく〈ファイアボム〉のもとに撃沈した。

 その間レッドベアはずっと叫び続けていたが、それはむしろ他の魔物を威嚇するだけで僕らにとってはむしろ好都合な展開を呼んだ。

 

 最初から最後まで、純粋な武力ではあのレッドベアが勝っていた、それも圧倒的に。

 しかし僕らはそれを知略という武器で覆した。

 結果的に見れば僕らの圧勝だ。

 なんせ僕らは奴から一撃だって喰らっちゃいないんだから。

 それでも……


「疲れるんだよなぁ」


 肉体的にもそう、魔力的にもそう、でもやっぱり一番は精神的に疲れた。

 本来敵うはずのない相手、それを劣った力を自覚し挑む僕らの心労は如何ほどか。

 もともとそんな勇気のあるほうじゃなかったのに、この世界に来てから色々あり過ぎておかしくなったかな……。


 なんとはなしに周りの景色を見回すと、荒れた森の姿と倒れたレッドベアの姿、そんな凄惨な現場に涎を垂らして眠るサニーの姿が目に入った。


「あんな激闘を繰り広げたあとだってのに、気持ちよさそうに寝てやがるな。まったく呑気な女だぜ」


 でもその呑気な女が、この戦いの勝機を運んできたって考えると、怒るより「お疲れ」と眠る彼女に声を掛ける僕がいた。



     ◇



 あのレッドベアとの激闘から一月が経った。


 あの事件は村では村長をはじめ秩序秩序と騒ぎ立てる人もいたが、最後は僕らの無事の帰還を祝ってくれ、再度お肉祭りが開催されることとなった。

 肉祭りに使われた肉はもちろんあのレッドベア。

 幸いなことにレッドベアは森の浅い場所にまで引っ張った上で、地中にて倒しきったおかげか他の肉食の生物に食い荒らされることもなく残っていた。

 

 その時チラチラと姿が見えた土モグラには申し訳なさが募って辛かったが。

 彼らの巣を天然の罠とか言って無断利用してレッドベアと一緒に焼き殺した個体も少なからずいるだろう。

 こうして改めて言葉にすると鬼畜が過ぎると痛感するが割とこの世界の人は魔物に対してドライのようで僕以外こんなことを気にしている人はいない。

 しかし僕はこれでいいと思う。

 偽善的と言われれば否定はしない。

 その偽善に僕は今まで何度も助けられたから。

 今後土モグラを見つけたらおやつでもあげよう。


 さておきそうして手に入れた極上のお肉は連日村で食され、一月が経った今、村を訪れた行商人を介して僕の懐を温めてくれている。


「ほっくほくや」


 ニコニコ笑顔が僕の顔で煌めく。


「おいリキョウ。気色悪い笑みを浮かべるな」

「おっ、サニーまた僕の手料理を食べに来たのか? 仕方のない奴だな~ほれ」

「くっ……もとは悪くないのにどこまでも「残念」がついてくる奴だ(ぼそっ)」

「なにか言ったかサニー?」

「お前の手料理が美味いって言ったんだ! ホント吐きそうなくらい美味いよ!」


 そうかそうか美味いか。

 やっぱりわかる人にはわかるんだな、僕の料理の良さが。

 他の村人たちは相変わらず全然食べてくれないけど、サニーだけは毎日食べてくれる。

 どうやらゴンボ村でマトモなのはサニーだけのようだ。


「……こいつポジティブが過ぎるだろ」


 言葉の通り毎回吐きそうな顔で僕の手料理を食べてくれるサニーはきっといいお嫁さんになる。

 前それを言ったらご飯は私が作るとかなんとか意気込んでたけど、きっと料理を振舞う良さに気付いたんだろう。

 いいことだ。


「……なあリキョウ。お前やっぱり村を出るのか?」


 食べるのを止め、サニーが問いかける。

 村を出る、か。

 ここゴンボ村には滅多に行商人が来ない。

 僕はこの辺りの地理に詳しくないし、そもそも一人旅は怖いものがある。

 だから今この村を訪れている行商人のボルさんについていくのがベストなんだよな。


「ああ、ボルさんに馬車に乗せてもらえることになってな。護衛の冒険者さんたちも一緒だから危険もないし、今行くのが一番なんだ」

「……そうか。もう話はつけてあるんだな。わかった」


 僕の答えに数回小さく頷いたあと、サニーはまた食事を始めた。

 吐きそうな顔はしていなかった。


「ま、まああれだ! 時々この村に寄ることもあるだろうしさ! その時はまたよろしくな!」

「うん……」


 なんだかサニーに元気がないように見えて咄嗟に口が開いたが、それに対したサニーの反応は小さい。

 

(そんな好かれるようなことあったかなぁ? 危機的状況を一緒に乗り越えた吊り橋効果ってやつか? それならサエルさんへのファザコンに拍車がかかって終わりそうなもんだけど……)


 僕は鈍感ではないから、サニーが僕に()()を抱いているのはわかっている。

 その友情を築いて一月あまりでの別れ、確かに悲しいものがあるだろう。

 でも僕は行く。

 折角異世界に来たんだから、小さな村で生涯を終えるなんてナンセンスだ。

 それにここの人達は僕の料理の良さがわからない奴らばっかだから、なかなか料理を食べて貰えないしね。


 未だなにかを思案しているようすのサニーを横目に、僕は久方ぶりに今のステータスを開く。


 《 名前:リキョウ

   年齢:15歳

   性別:男

   位階:5

   職業:〈魔法使い〉

   称号:〈迷い人〉 【未覚醒者】

   魔法:〈生活魔法〉〈四元魔法〉〈転生魔法〉

   技能:〈言語理解〉〈魔力操作〉〈魔力感知〉

      〈身体強化〉〈五感強化〉〈赤の刻印(レッドマーク)

      〈自然同化〉〈穴掘り〉〈暗視〉〈気配察知〉  》



 我ながら大分強くなったんじゃないか?

 魔法で中・遠距離を対応、身体強化で近距離でも戦える。

 リヒトのおっちゃん曰く接近戦ができる魔法使いはレアらしいから、僕が冒険者になった時パーティーに入れて貰える確率はぐんと高くなった。


 そして極めつけはこの位階という項目!

 最初ステータスを見た時にはこんな項目なかったのだが、あのレッドベアを倒したあとに確認したら新たに増えていたのだ。

 もしかしなくても魔物を始めて倒したからレベルのシステムが適用されたのかもしれない。

 その位階の数値は〈5〉。

 これが冒険者としてどれほどの位置づけになるのかは不明だ。

 リヒトのおっちゃんに聞いてみても「それは伝聞じゃなくてその身で体感しろ」と教えてくれなかった。

 体感しろと言われても、僕は魔法使いなんだからそもそもの優位性が違うと思うのだけど。


 そう、僕は魔法使い。

 ちゃんとした魔法使いになった。

 もう見習いじゃない。

 あの時、システムが教えてくれた僕の魔法、その名も〈転生魔法〉。

 レッドベアとの対決を前に思い出したようにステータスを確認してわかったその特性は、一言でいうなら“チート”だ。


 僕の現在のステータスにある技能の中で、一つそれなにってのがあるだろう。

 〈赤の刻印(レッドマーク)〉、これは僕らが倒したあのレッドベア――レッドマークグリズリーが保有していた技能だ。

 その他にも〈身体強化〉や〈暗視〉と便利そうな技能もある。

 これもそれもレッドマークグリズリーと土モグラが持っていた技能だ。

 〈転生魔法〉の能力とはずばり、取り込んだ魔素なるものものを解析して己の力にできるというもの。

 実はもう、一度転生して僕の身体は創りかえられている。

 その時なんと僕の足の怪我はキレイさっぱり消えてなくなった。

 

 今まではまだ選択肢の一つとしか思ってなかったけど、これがあるから僕は冒険者を目指そうと決意した。

 この〈転生魔法〉に必要な魔素の解析というのはきっと魔物をこの手で倒すことが必須条件なのだろう。

 ならば冒険者になってお金も一緒に稼げたほうが好都合だ。


 強くなってどうするの、という問いに今は明確な答えはない。

 強いて言うなら生きやすそう、くらいか。

 だが主目的は生活を便利にする技能が手に入るかもしれないという期待からだ。

 

 この先なにがあっても、例え一人になっても生きていける力。

 僕はそれが欲しい。


 と、そこまで考えて横にサニーがいたことを思い出す。

 少し長く思考に耽り過ぎて空気が悪くなっていやしないかと心配したが、そのサニーは空の食器の横で突っ伏して寝ていた。


 やっぱりサニーは呑気な女だ。

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