第5話
サエルさんと合流して川左りの森へ向かう。
今日はサエルさんの娘のサニーちゃんも一緒だ。
「今日は鳥を何羽かと鹿を一頭狙う。そのあと狼も間引くがそれはサニーに任せる」
「任せて父さん」
「了解です」
今日の獲物を伝えるとサエルさんは黙る。
まだ森に入ってもいないが、サエルさんは寡黙な人なのだ。
なので挨拶を交わすならまずサニーちゃんになるのだが……
「今日はよろしくお願いします、サニーちゃん」
「話しかけないで。年下のくせにちゃん付けとか生意気」
……と、毎回なかなか辛辣な返答を頂いています。
いやまあ確かに今の僕はサニーちゃんからすれば年下で、ちゃん付けを嫌うのも理解できるんだけど、つい僕の心のお兄さんが表にでちゃうんだよな、気をつけなきゃ。
でもちゃん付けとは別になんか距離を置かれてる気がするのは気のせいなんだろうか……?
しかし年頃の女性に話しかけないでと言われるとお兄さんショックで黙るしかないです。
その後もしょぼしょぼと2人の後ろをついていくとやがて森が見えてきた。
「……サニー、お前はリキョウの側でいろいろ教えてやれ」
サエルさんはそう言って一人森に溶け込むように先に進み始めた。
え?
僕としてはありがたいことだけどそれサニーさんは納得するのだろうか?
恐る恐る横目でサニーさんを確認してみるともの凄い嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。
ひぇっ。
「……はぁぁぁぁぁ。仕方ないですねついてきなさい下僕。道すがら教えてやります。ああ風でこちらを風下にするのは忘れないように。下僕の拙い技術じゃ父さんの邪魔になります」
「は、はい。ありがとうございますサニーさん。お世話になります」
「チッッ!」
怖えええぇぇぇ!
あからさまに長い溜息に隠す気のない舌打ち、加えて下僕呼びとは、僕ホントになにかした⁉
ちゃん付けとか仕事の邪魔してるとかの自覚はあるけど、魔法や日常生活で恩返ししてるつもりだったが足りなかったようだ。
この狩りが終わったら僕特製の日本料理で機嫌をなおして貰おう、そうしよう。
だから今は2人から学べるだけ学んで今後に役立てるぞ!
とりあえず今はサエルさんを見失わないよう慎重について行こう。
森での歩き方はサエルさんから直々に教わったのだが、どうしてもこの怪我した足では自分のようには動けないと言われてしまった。
まあ当然だろう、こればっかりは仕方ない。
しかし教わったことすべてが無駄になったかというとそうでもないのだ。
「あ、サニーさん、そこ土モグラの穴ありますよ」
「……わかってる。いちいちうるさい」
怒られてしまった。
どうやら余計なお世話だったらしい。
そりゃそうだよな、サニーさんはサエルさんの娘で幼いころから森での歩き方を学んでる。
僕なんかでわかることがわからない人ではないだろう。
土モグラは森の浅い箇所でも活動している魔物なのだが、温厚な性格で危険はない。
ただ土モグラの通った森の土は見た目まったく変わりないように見えるのに、踏むとスカスカのスポンジのように沈み込んで転ぶ原因となるので注意が必要だ。
僕は土モグラの通った魔力の残滓でなんとなくわかるのだが、これがただの経験でわかるサエルさんサニーさんは凄いと思う。
リヒトのおっちゃんに魔法だけに頼るなと言われたばかりなのに、この分だと及第点に届くのは大分先になりそうだ。
「もっと集中しなきゃな」
少しでも早く魔法一本から脱却するべく、気合いを入れなおして森を進むのだった。
◇サニー視点◇
最近なんだかおかしい。
もの凄くイライラする。
原因はわかってる、少し前にディートさんに運ばれてやってきたこの人間だ。
こいつが来て村で生活をしはじめて、狩りに参加することになってからというものこのイライラを感じるようになった。
始めは狩りの邪魔をする奴が現れたとしか思わなかった。
図々しくも父さんから直々に森で活動するためのノウハウを指導してもらって、その上今では父さんについて狩りに連れて行ってもらってる。
なんて烏滸がましい野郎なんだ。
魔法が使えるからなに?
そんなもので父さんのこいつへの株は私を上回るの?
大体こいつは父さんに指導してもらっても足が悪いだか何だかで碌に技術を吸収できてないじゃない!
今だって折角父さんと狩りに行けてるのにこいつが居るせいで御守りを任された!
許せない、私はこいつが許せない。
だというのに――
「あ、サニーさん、そこ土モグラの穴ありますよ」
「――ッ! ……わかってる。いちいちうるさい」
――これだ。
なんで土モグラの残した穴があるってわかるのよ?
確かに父さんならこんなの考えるまでもなく見抜けるだろう。
でも私は……まだ言われてよく観察しないと気付けない。
10才の頃からこの森で活動し始めてもう8年になるのに、土モグラの痕跡は自然との同化が上手すぎてまだ父さんの領域に届く気がしない。
それにこれだけじゃない。
「――あ、アベッカ草。確か高く売れるはず……採ってこ」
「――あの木の裏、兎がいるな。でも遠いしスルーするかな。ふふ」
「――この辺土モグラの巣でもあるのか? 凄い穴の数だ」
なんであんたはド素人のくせにそんなことがわかるのよッ⁉
アベッカ草は雑草と区別なんかつかない。
木の裏の兎ってどこ見てるの?
土モグラの残した穴なんて言われたってすぐに看破なんてできないのに、そんなスイスイ進まないで!
……悔しい。
こんな奴の後ろをついて行って土モグラの穴を回避してる自分が情けない……。
たった数週間で森に順応してるこいつと自分を比べて恥ずかしくてたまらない。
私より父さんに頼られてるこいつと一緒に歩くのが惨めすぎて死にたくなる……!!
そんな今でさえ劣等感を押し付けてくるこいつは更に言うのだ――
「もっと集中しなきゃな」
――やめて……これ以上私を置いて行かないで……。
◇リキョウ視点に戻る◇
サエルさんについていくと時々いいものが手に入る。
さっき採ったアベッカ草なんて行商人に売れば高値で取引できる貴重な草だ。
なんでサエルさんは採らないのだろうかと前に聞いてみたら
「見分けがつかん。そういうお前はよくわかるな」
と、言われた。
いや僕も目で視てるっていうかアベッカ草に宿ってる魔力を感じ取ってるだけなんだけどね。
遠い木の裏の兎も風下にするための風魔法でたまたま流れの中にいたからわかっただけだし、土モグラなんか魔力が残ってなかったら絶対気付かない確信がある。
だから言っちゃえばこれはズルなんだ。
それを自覚しているからこそ魔法無しに森で活動できる2人のことはホントに尊敬するよ。
……尊敬、してるんだけど
「………ッ」
チラと横目で見るサニーさんの顔は険しい。
なにかに焦っているような、なにかに圧し潰されそうになっているような、そんな危うさがある。
一体なにが彼女をそこまで追いつめているのか、聞いてあげたい、けど……
「サニーさん、なにかありましたk――」
「うるさい黙れ。黙って進め」
……と、こんな調子で話してくれない。
しかしこのまま放置というのも愚策だろう。
なんせここは森の中。
まだ素人に毛が生えた程度の僕でも認識できる、油断してはならない場所だ。
まして僕らはそこで生き物の命を奪う行為に勤しんでいるのだから。
サニーさんがなにに悩んでいるかはわからない、わからないけど、このまま森を行くのは危険だ。
「サニーさん、一旦森を出ませんか? サエルさんには風の魔法で声を飛ばしますから、落ち着くまで少し休憩を――」
しかし僕は甘かった。
この場ではこうしたほうが良いと、森に関しては素人に毛が生えた程度の僕は、そう判断してしまったんだ。
それがあんな結末を呼び寄せることになるとは知らずに――。
「うるさい黙れえええぇぇぇぇッッ!!!!」
僕の言葉を遮り、サニーさんは叫ぶ。
「お前になにがわかるッ⁉ 森の歩き方なんて知らなかったくせにッ!! 自然との調和なんて考えたこともなかったくせにッ!! 私たちの森を舐めてる、お前みたいな奴にッ! なにがわかるって言うのッッ!!!」
突然のことに一瞬呆けてしまった。
しかしすぐにハッと我を取り戻す。
「落ち着いてくださいサニーさん……!! 今は狩りの途中で――」
「――お前がぁ……お前なんかが父さんの側に立てると思うなぁぁぁぁ!!」
「ちょっ⁉」
抜き放たれる短剣。
僕の首目掛けて振るわれるそれは、間違いなく喰らえば――死ぬ。
「こん、のぉっ!」
刃が首を斬らんとする間一髪のところを相棒の杖2号で防ぐ。
しかしただの木の枝だった相棒はあっけなく斬られ、速度と威力の衰えた刃は僕の頬に一筋の傷を残した。
後ろに倒れ込みながら必死に距離をとり、手で頬を拭うと付着する赤い血。
眼前には未だ血走った目でこちらを睨みつけるサニーさんの姿。
その手に握られ続けるは血の付いた短剣。
「―――ッ!!」
――殺される――
刹那
「うあああああああああっっ!!」
「アアアアアアアアアアッッ!!」
狩るモノと狩られるモノ、両者の叫びが木霊する――。
しかし再びサニーさんが動き出そうとしたその時、僕らの横から飛び出てしてきたサエルさんが彼女を抑え込んだ。
「サニー! お前なにやってるッ⁉ 森の中でこんなこと――森の秩序を乱すつもりかッ!!」
「……あ…父、さん……わた、わたし……あ、ああああ⁉ ち、違うの! 聞いて父さん! 私こいつを殺さなきゃ――」
――バチンッ!
サエルさんの手が、サニーさんの頬に振るわれた。
「落ち着け、サニー。お前は森の狩人。俺の一人娘にして、一番弟子だ。なら今なにをすべきかは、わかるな?」
「あ……」
ゆっくりと紡がれるサエルさんの言葉に、サニーさんの目に冷静さが灯る。
そんな光景を前にしながら、しかして僕の脳は真っ白な渦を巻いていた。
(なにが起きた? いったい何故サニーさんは僕を、殺そうと――? 彼女のあの焦りは、悩みの元凶は僕だったのか? わからない、なにが彼女をそこまで駆り立てる? 僕のいったい何が――)
そんな自問をし続ける。
目は確かに目の前の2人の状況を認識しているのに、頭に流れるは同じ問いばかり。
平和な日本で生きてきた。
足が不自由でも誰かが助けてくれる平和な国で。
確かな自然を見てきたつもりだった。
それは管理された森、またはテレビに映る遠くの映像。
僕はまだここにはいない。
僕はまだ――日本で生きている。
決意だなんだと言っておきながら。
けじめだなんだと言っておきながら。
(――現実を見れていないのは、僕だったのか――)
それを今、真に理解した、理解させられた。
僕は異世界で生きる限り、この世界で死ぬしかないのだと。
――【システム通知】
――【魔法発現:〈転生魔法〉】
――【詳しくはステータスウィンドウをご確認ください】