第4話
肉祭りが終わってから1週間が経った。
巨大猪肉を手に入れてからというものこの村は毎食肉にありつける日々を過ごしたが、それでも消費しきれない肉は干し肉に加工され行商人との取引に用いられる予定だ。
その時手に入る金銭は一部討伐者の僕にもくれるということで、実はこっそり楽しみにしている。
なんせあの時倒した巨大猪は体長2メートルを超える巨体だった。
日本じゃまずありえない大きさだ。
あれで魔物の部類ではなくただの自然界の動物だというのだから驚きだ。
その巨体からできた干し肉はそれなりの量あるらしく、村で保存する分を踏まえてもいい支度金になるだろう。
その支度金をなにに使うかはまだはっきりとは決めていないが、僕はこれからもずっとこのゴンボ村に留まるつもりはないんだと思う。
なにをするにしてもまずは大きな都市に行って、それから自分にできることを探そうと思う。
商人、旅人……冒険者もいいか?
この世界に来た時に確認したステータスでなれそうだった職業は候補としてありだろう。
まあ冒険者は……この足じゃ無理か。
「そうなるとやっぱ魔法かな」
ディートさん食堂で村の爺さんに聞いた話だが、聖都の大神殿にはどんな病も怪我もあっという間に治してしまう聖女様がいるらしい。
もちろん僕みたいなどこの誰とも知れぬ輩が会えるなんて思っちゃいないが、その聖女様のお力も魔法なら、僕にも習得できないかな? とここ最近鍛錬に力を入れている。
そうそう、その魔法のことも新しくわかったことがある。
どうやら魔法にはその人の個性が現れる……とのこと。
個性の魔法を発現できて初めて見習いから一人前になれるのだそうだ。
これを教えてくれたリヒトさんは元冒険者で、いろいろなことを教えてくれた。
そしてその中には僕がずっと疑問に思っていた〈レベル〉の話もあったのだ……。
◇
ある日、食堂でリヒトさんに冒険者について尋ねてみた。
「リヒトさん、冒険者って稼げる?」
「……おめぇガキのくせにもう金、金、金か? ったく魔法使いってのは……。まぁいい、ランクによるな。最下級のG級ならガキの小遣い程度、最上級のA級なら王都に屋敷が持てる。ま、その分面倒なしがらみも増えるがな」
「へ~。リヒトさんはなにランクだったの?」
「おりゃCランクどまりだったよ……ってなんでお前にそんなこと…まあいい。冒険者目指してんなら先輩から一つアドバイスをくれてやる。……魔法だけに頼るな。そういう奴は大抵Aランクになっても、死ぬ」
「……どうして?」
「ばっかお前そりゃ自分で考えな! 何でもかんでも他人に答え求めてるようじゃ冒険者なんてできねーぞっと!」
「あいたっ!」
ポカリと殴られた頭でリヒトさんの言葉を考える。
きっと今言ったことが答えなんだろう。
魔法だけで解決できる問題で溢れているほど冒険者は甘い職業じゃない。
魔法でどうにもならない状況に瀕した時、自分で最適の行動をとれないようじゃあっさり死ぬ……ということか。
もちろんこれは一朝一夕でできるようになることじゃない、だからこそパーティーを組むというのが主流なんだろう。
自分でわからないことなら先達から学ぶ、わからない者同士で組んだとしても仲間と手を取り合えばきっと脱せられる危機もあるだろう。
魔法だけに頼るなとはつまりそういうことだ。
「なんだかんだで答えをくれちゃうリヒトさんはツンデレさんか?」
「あぁ? つんでれ? 意味はわからねぇがなんかムカつく言葉だな。……ったく、ガキのくせして妙に察しがいいんだよな。こういう生意気なガキが将来Sランクとかになんのかね……」
そんなリヒトさんの言葉は最後小さくて聞き取りづらかったけどちゃんと聞き取った。
ふ~んSランクとかあるんだ?
さっき最高はAとか言ってたくせに、さてはSは触れてはならぬ的ポジションか?
しかしパーティーを組むとは言ってもなぁ……。
「お? お前今、魔法も使えねぇ奴らとパーティー組んで役に立つのかとか思ってんだろ?」
「え? いやただ魔法使いって組む相手間違えると大変そうだなってさ。控えめに言って利用価値ありすぎて」
「はっ! 甘い甘い! 俺が現役の頃にも魔法使いの冒険者はいたけどよ、そいつのできることなんて敵を殺しまくることだけだったぜ? 戦いってのはそうじゃねぇんだ、魔物や賊の索敵偵察から魔法行使までの盾に囮役、長期遠征で野宿のための荷物持ち。確かに魔法使いってのは秀でた一つのことをやらせると凄い、が、一般人が下手に手を出すほどのメリットはそうでもねぇんだ。 なんでかわかるか?」
「う~ん……扱いきれないってことか?」
「そうだ。御せない馬なんて返って危険でしかない。そういう意味では魔法使いは敵に回すなってのも納得できる話だろ?」
なるほど、そう言われるとそんな気もする。
しかしそれだと魔法使いの冒険者は敬遠されるのでは?
御せないってことは機嫌を損ねたら爆発する爆弾みたいな感じだろ?
危険な冒険を生業とする彼らがそんなデメリットを受け入れるか?
聞いてみた。
「お前……今までどこで暮らしてきたんだ? そこまで御せない魔法使いは国にとっても要注意人物だ。そういう輩は国が管理する魔封じの首輪をつけて生活させられんだよ。お前はなるなよ」
「なるほど……」
この世界って結構魔法が優遇される世界かと思ったけど、魔法が使えない人たちでもやりようはあるんだな。
感じからしてその魔封じの首輪ってのを付けられると魔法が使えなくなる?
いやそもそも魔力を練れないのかも……この国がまともな国政をとる国であることを願おう。
冤罪で魔封じの首輪つけられたんじゃ堪ったもんじゃないぞ。
「……ていうかさ、よく魔封じの首輪を付けられるよね? 抵抗しないの、魔法使いの側は」
御せない問題児なら絶対すると思うんだけど、もしかして被害覚悟の特攻か?
「どんな魔法かにもよるけどよ、魔法使いってのは後衛で役立つやつが多いんだよ。接近戦を得意とする魔法使いなんてそれこそレアだ。つまるところ、一流の戦士なら一人でも無力化は難しくねえ」
魔法使いは個性の魔法が発現して一人前……だというに後衛に偏ってるのはそもそもの魔法の性質によるものかね。
見習いの段階で四元魔法なんて便利な遠距離戦闘手段なんて得たらそりゃそういう風にもなるか。
だけどそれはそれ、これはこれ。
遠距離で完結できるだけのポテンシャルが魔法にはある。
それを一人の戦士で対抗できるというのはどうにも納得いかない。
これってもしかして……
「やっぱりさ、魔物を倒したら魔法使いに限らずレベルアップとかするの?」
「あん? れべるあっぷ、てのは位階のことか? そりゃ魔物倒せば位階は上がるだろ」
「ほうほう!」
やっぱりレベルのシステムはあるのか!
いやこの世界だと位階? という言い方をするようだが、その辺もっと詳しく。
「位階が上がると身体能力が上がる?」
「おうよ。一緒に五感とかも上がるって聞いたな。第六感まで敏感になるっていう奴もいる。Aランク冒険者なんか並みの魔法使いじゃ相手にならねぇって言うぞ。やっぱ加護が違うのかねぇ……」
加護?
「加護ってなに?」
「お前……ちょっとマジで何処出身か聞かせろや。加護も知らねぇとかあるか? 神殿いきゃ貰えんだろ。それがねぇと位階も上がんねぇぞ」
「ダァニィッ⁉」
「落ち着けって……魔法使いならもう加護は授かってんだろ。この村じゃ無理だが、多少大きな街にいけば見てくれんぞ。ま、魔法使いなら魔法神様で確定だろうがな」
これはちょっと聞き捨てならないぞ。
加護? とやらを既に得ているならいい。
しかし僕はこの世界にきてそんな加護を授かれる場所なんか行ったことない。
自動で授けてくれてるんなら問題はないが……確認しないまま放置ってのもな。
よし、決めた!
冒険者を目指すならまずは大きな街を目指そう!
どの道この村では森の奥で魔物狩りとか絶対怒られるしな。
◇
というわけで、ここ最近は村の人達のお手伝いをしつつ、支度金確保のために行商人が村にやってくるのを待っている。
村長曰くそう頻繁には来ないらしいからまだ待つ必要があるとのことだが、こっちもこっちで村での生活は楽しいから不満はない。
魔法の修行も隙間時間でやってはいるが、未だ個性の魔法の発現には至っていない。
なにか特別な修行法とかやらないと発現しないものだったりするのだろうか?
その辺のことはゴンボ村の誰も詳しくない――魔法の希少性からして当然かもしれない――から聞きようがないし、本はないのかと言ったらそんな貴重なものあるわけないだろと言われた。
魔法に関しては引き続き変わらぬ修行をするとして、本格的なのは都市部に行ってからになりそうだ。
「おーいリキョウ! 魚釣りに行こうぜ!」
だから今はこの村でできることをやる。
村人と親睦を深めるのもこの村でしかできないことだ。
「ようバース、それにタロンとモニカも。実家の手伝いはもういいのか?」
「ちゃんと終わらせてきたっての! お前まで村の爺さんたちみたいなこと言うなよな!」
このちょっと子供っぽさが残る少年バースは14才。
この世界での成人は15歳らしいからこんなのんびりできるのも今年までだろうな。
この世界では誕生日という概念はなく、季節が廻り一周すれば一つ齢を重ねたという扱いになるとのこと。
そういう意味でも15歳で成人扱いの僕がいつまでも村の厚意に甘えてるわけにもいかない。
バースたち未成年組にも示しがつかないからな。
……そういやリヒトのおっちゃんは僕のことガキガキって言ってたけど年齢伝えたことなかったかも……。
いや見た目からして察しないということは内面ガキすぎて成人に見えないとか思われてないだろうか?
ちょっと今度会ったときその辺問い詰めてみよう。
「てかリキョウ籠持ってるってことは森に行くのか?」
「ん? ああこれから狩人のサエルさんについて行って手伝いをね。魔法を当てにされてるんだけど、こっちも解体のレクチャーを受けられるから万々歳だよ。てことで釣りはまた今度な」
狩人のサエルさんはその道30年の大ベテランさんだ。
解体だけでなく、生き物の残した痕跡の見つけ方から森の歩き方まで、様々なことを教えてくれる。
僕は解体のときに水を出したり、風を使って匂いを森の手前側に流したりして貢献している。
「ちぇっ! やることあんなら仕方ねぇ。行こうぜ、タロン、モニカ! こんな釣れない奴ほっといてよ!」
「魚が釣れればそれでいいさぁね」
「だから言ったじゃん! リキョウは成人してて釣れないって! 言ったじゃん!」
のんびり屋のタロンといつもぷりぷりしてるモニカ。
こいつらもバースと同じ14才、今しかできない青春を謳歌したまえ。
「リキョウその顔キモイって」
「幼女を見るおじさんの目だぁね」
「だから言ったじゃん! リキョウは私を狙ってるって! 言ったじゃん!!」
うっせ!
僕はおじさんじゃないしモニカの発言には断固抗議申したい!……が、そろそろサエルさんとの約束の時間が迫ってるから行く。
悪ガキ共の発言は大人を嫌う反抗期故のことと大目に見てやろう。
悪ガキ共と別れてサエルさんの待つ川辺まで行く。
手にはこの世界で新しく相棒となった杖2号。
まあ森に落ちてたただの手ごろな木の枝だけどね。
そして背中には背負い籠。
これはサエルさんについていきながら隙を見て採取するためのものだ。
サエルさんについていくと言っても素人の僕がぴったりくっついてたら獲物に逃げられるから、見失わないギリギリを風魔法で風下にしながらついていくだけ。
行きは置いて行かれないので必死だから採取は基本帰りになるけどね。
さあ、狩りの時間だ!