第35話
土亜竜との殴り合いが始まってしばらく、戦況は徐々にこちらが押す展開になり始めていた。
土亜竜の正面はレッドマークグリズリーと化した僕が対応し、直接痛手は与えられないにせよとにかく隙を作ることでアスタシアの攻撃の援護をする。
そのアスタシアが自由に攻撃を加えることでできた傷は、〈赤の刻印〉の効果で僕の力を強化することに繋がるわけだ。
もうここまできたら僕らにとっては好循環、対する土亜竜は打開できる何かがない限りこのまま果てるだけだろう。
「アルケイさん、このまま勝てると思うっすか?」
「はて、それはモグラ君とアスタシア殿にかかっているとしか言えないね。しかし君も勝ちをただ信じるだけではなくなったか」
「はは……さっきから俺が勝ったと思ったら戦いが続くもんすから、ちぃと気を引き締めました」
「正解だ。戦いに絶対はない。だからこそ、世界の最強種と言われる竜が相手でも、勝てないということはないのだよ」
――もっともそれも、信じるだけでは叶うことのない理想だがね。
そんなカインさんとアルケイさんの会話が、激闘の最中聞こえてきた。
まったく、こっちは死を覚悟しながら土亜竜にグーパン入れてるのに、あっちは呑気なもんだよ。
けどこの状況にまで持ち込めたのは彼らの尽力あってのこと。
さっきは僕が土中で穴掘ってるだけの役割に徹してたんだから、ここは選手交代ってことでゆっくりしててもらおうか。
「グルオオオオオオオオオッ!! (〈渾身撃〉ッ!!)」
「グゴオオオッ……!!」
「ナイスだよ旦那様ぁ! 〈付与〉――嵐刃!」
「グゴオオオオオオオオオッ⁉」
今までと比べても大きく作られたその隙に、すかさずアスタシアが深い斬撃を浴びせる。
〈渾身撃〉も連発できる技能ではないが、土亜竜の〈竜の息吹〉と比べれば微々たる待ち時間だ。
今や土亜竜の身体は剥がれた外殻の中に無数の刀傷をつけられ、荒い息遣いで命の灯を減らしている。
満身創痍、というには少し早いかもしれないが、実のところこの土亜竜につけられた傷は見た目よりも与えられたダメージは大きいはずだ。
『ボクの刀ってば魔法武器でねー、魔力を流すと猛毒属性が勝手につくんだよー。だから〈付与魔法〉と相性いいんだよねぇ。付与と猛毒で二重付与みたいな芸当ができるのさぁ! たっはっはっは!』
これは戦いの前にアスタシアから聞いた情報だ。
彼女の刀――銘を【紫月】というらしいが、魔法で片付けるはずの今回の作戦でそれを使うことはないだろうと、「はー自慢うぜー」としか思っていなかった。
だが蓋を開けてみなければ実情とは見えぬもの。
実際戦いがこうなっては彼女の刀――【紫月】の力を頼りにしないわけはない。
〈付与魔法〉はその行使時に物体に魔力を流す必要がある。
アスタシアが持つ【紫月】はその付与とは別に属性を発揮するから二重付与、というわけだ。
まったく羨ましいロマンス武器だね。
そういうわけもあって、このまま時間をかけて戦い続ければ勝つのは僕ら……と思ってはいるが、そう時間をかけたくない事情も僕らにはあるわけで。
まず一つ目に、ヘザールで今頃始まっているだろうスタンピードの問題。
町に向かった魔物は土亜竜の威圧に逃げ出した弱小のモノとはいえ、戦わずに去ったのだからその数は相当だろう。
当初の予定では土亜竜に挑んで敗残した一部の魔物を叩く作戦だったはずだが、想定した戦力との差が心配だ。
二つ目に、土亜竜が先程放った〈竜の息吹〉の再発動時間。
再発動に丸一日以上かかるとかなら安心なのだが、これには個体差があると戦いの最中アルケイさんが教えてくれた。
個体によって丸一日かかる竜もいれば、一回の戦いの中で何発も放ってくる化け物竜もいるそう。
最初発見した時からこの土亜竜は弱っていたし、弱らせられるということは然して強い個体ではないと思いたいのだが……楽観視して〈竜の息吹〉をまた放たれたら今度こそ死ねる。
三つ目に、そもそも暗い時間に戦いたくない。
〈暗視〉を持ってるサニーは別として、普通の人間は暗くなったら活動が難しくなるものだ。
今の僕もこの形態なら夜目は効くだろうが、それでもできることなら日中に終わらせたい。
一つ目の理由である町の心配もあるし、帰り道だって夜の森を進むのはリスキーだからね。
以上、三つの理由により僕はここで打って出ることにした。
アスタシアの攻撃のおかげで最初の頃より〈赤の刻印〉の効果も高まっている。
対象の傷や怒り、興奮具合によって上昇率の変わるこの技能。
弱って興奮具合や怒りは少し冷めてしまったようだが、代わりに傷はそれ以上、問題はない。
このレッドマークグリズリーにもまだ使ってない技能があるんだが……あれらは使う機会なんてこないだろうな。
自分が怒り状態になって狂暴化する〈怒りの咆哮〉。
それより更に狂ってヤバくなる〈血の狂乱〉。
どちらも肉体強化値は凄まじいものがあるんだが、仲間と戦うこの状況で使う訳にはいかない。
だからここでできることといえば、ただ攻めに転じるというだけなのだが……
『かっかっか! リキョウ主のぅ、気の持ちようを馬鹿にするでないぞ? 守るという意志、攻めるという意志、それらと己が身体の動きが合わされば、それはもう一種の技よ。なんも考えず戦うより者よりも、強き意志でもって戦う者が生き残るとはつまりそういうことよ』
――心で負けるな。戦いはまず心からじゃぞ。
師匠と仰ぐ、アカネのそんな言葉を思い出す。
(わかってるよ、アカネ。君から教わった技ならば、ただの一つだって忘れるもんか)
土亜竜との戦いは、ただの前哨戦だ。
ここで、こんなところで躓いたりなんかしてられない。
早くお前をぶっ倒して、アカネの抱える問題もぶっ倒す。
僕はハッピーエンド主義者なんだ。
ではどう攻撃に移ろうかと隙を窺っていたところ、限界が近いのか土亜竜が体を揺らし動きが遅くなった。
これは間違いなく大きな隙だ、がここで我武者羅に攻め始めたりはしない。
気持ちも大事とはいえそれだけで勝てるなら世界は熱血で溢れかえってるだろう。
忘れちゃいけない、アカネの教えてくれたものは全部〈技〉だ。
技とは一つで完成するものに非ず、組み合わせ繋げてこその武術というものだ。
僕はアカネからその武術を教わったのだ。
地力で勝る相手に対抗するための術、それが武術。
魔物の身体になったくらいでそれを忘れるような甘い稽古は受けてないんでね。
〈赤の刻印〉の力の濁流にももう慣れてきた頃だから……ここからは全力でいく!
「グルオオオォォォォ……」
まずは呼吸。
武術を扱うにあたってこれは欠かせない工程だ。
下手な呼吸で技を繰り出してるとすぐにばてて倒れるからな。
自分が見せた明らかな隙に攻撃してこず、呼吸を整えだした僕の姿に土亜竜は訝し気だ。
しかし――僕の覇気とでもいうものを感じたのだろう。
己を奮い立たせるような、強い雄叫びを僕に向け放ってきた。
「グゴオオオオオオオオオオオオッ!!」
この土亜竜も同じだ。
戦いはまず心から。
この土亜竜はこれだけ弱っていてもなお、まだ戦う意志を持っている。
己の意思と行動が一致したこの土亜竜は、舐めてかかっていい相手じゃない。
ふと、何故これだけ強い心を持つ土亜竜が弱り果てていたのか、気になった。
劣化種とはいえ土亜竜は最強の竜種だ、そこにこの強靭な精神を併せ持つこの個体。
それをここまで追いつめたナニカ……か。
ふふ……相手がなんだったのかは知らない、わからない、けど。
きっといつかお前の身体で仇は取ってやるよ。
「グルオオオオオオオオオオオオオッ!!」
雄叫びと共に肉薄する。
睨めっこはお終いだ。
ここからは、純粋な魔物であるお前が知らない武術というものを見せてやる。
噛みつきを上へ逸らし
翻るように裏拳を振るい
下から顎を再度殴る
こんなのアカネが見たら笑ってしまうような雑な動きだろうな。
でもこの身体で今できるこの武術を、きっとアカネは笑いながらも馬鹿にはしない。
他人の武術を嘲笑するような性格はしてないからな、あいつ。
この土亜竜相手に気を付けるべきは第一に噛みつき。
今はとにかく頭を狙って殴打し続ける……
「……ありゃあ、クロスロードの武術か?」
「魔物の身体でよくやるわねぇ。拙い動きなのはわかるんだけど、でも……」
「……本来レッドマークグリズリーは武術に頼る魔物ではない。衝動に任せて暴れるだけの魔物。だからこそ、Bランク指定の扱いで済んでいるのだよ。それが力の使い方を覚えたら、こうなるというわけか……興味深いな」
向こうからなんだか話し声が聞こえるな……。
まだ集中しきれてない証拠だ。
もっと深く、深く、深く……ただ武の領域に入り込まなければ……。
今土亜竜はなにしてる?
こいつは次どんな動きを?
目線はどこだ、どこを見てる。
武術は先読みができればそれだけ有利に戦える、もっと観察してもっと効率よく。
顎の下部の外殻に罅が入ってるな。
ずっと殴り続けた結果だろう、狙うならここだ。
だけど純粋なパワーが足りない、破るには時間がかかる。
時間をかけるわけにはいかない、別の場所を狙うか?
いや、違う、まだ足りないだけだ。
足りないなら、持ってくればいい。
僕にはまだ、使える手札が残っているだろう?
そう、あれが……
(――〈怒りの咆哮〉)
「グルァァァァアアア――」
(――〈血の狂乱〉)
「――アアアアアアアアアアアッッ!!!!」
発動完了
力が漲る……
視界が紅く染まる……
でも、それだけだ。
(――掌倒破――)
「グゴッオオォォォッ……⁉」
下顎破壊完了。
外殻がなくなれば僕の物理攻撃もようやく通る。
アスタシアの小さな刀じゃ深く届かなかった攻撃も、この身体なら首だって千切れるさ。
そういえばアスタシアが攻撃してる感じがしないが、譲ってくれたのだろうか?
ありがたいことだ、この土亜竜は僕が仕留めたいから。
下顎から血を垂らし、未だ僕を睨みつける土亜竜。
わかるよ、最後の足掻きをするんだろう?
付き合おうじゃないか……!!
「リキョウの奴はどうしちまったんだ……? 随分とハイになってるようだが」
「〈怒りの咆哮〉と〈血の狂乱〉を同時に発動した姿を確認した。今のあれはその代償を尋常ならざる精神力で押さえつけている状態だろう。……もっとも、本人は自覚なしのようだが」
「たはは……これはもうボクの出る幕ないねー。巻き添えで一回くらい死んじゃうよきっと」
終わりの近づく僕らの戦いを、固唾を飲んで見守る仲間たちがいる。
「リキョウ……帰ったら一緒に飯を食いに行こうな。私が作ってもいい。約束だ」
勝手に約束を取り付ける我儘で最高の嫁もいる。
フィナーレにはこれ以上ない舞台だな、土亜竜……!!
「ゴォォォォォオオオオオオオオオオオオ……!!」
「「「「!?!?」」」」
空気を吸い込む、強烈な音。
それは魔法を喰らうための〈顎〉か?
否。
すべてを、いや目の前のこの僕を消し飛ばすためだけの〈竜の息吹〉。
(最高だよ、土亜竜)
弱っていたはずなのに。
先程撃ったばかりのはずなのに。
それでも死に際には飾りたくなる。
竜を象徴するその一撃、邪魔はしない。
「――オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
〈竜の息吹〉が放たれる、その刹那。
僕は全力の拳で下顎を殴り上げた。
(――〈渾身撃〉!!)
曇天だった空に向けて放たれたその〈ドラゴンブレス〉は、雲を払い晴天を齎した。
「オオオオ……ォォォォォ……ォ……」
あの下顎への一撃は致命傷であった。
倒れ往く土亜竜は、それでも自身の象徴を掲げた空を見上げ、どこか満足気に目を閉じたのだった。




