第33話
作戦は継続。
アルケイさんのテレパシーが通じない今、それを直接伝えることはできないが問題ない。
永き時を生きた不老不死の魔法使い〈魔女アスタシア〉と、バルトハルト辺境伯お抱え魔法師団の団長を務めるアルケイさんならば、この状況で作戦継続以外にはないと理解しているはずだ。
先程僕は土亜竜の〈土震脚〉を喰らってそこから動けずにいた。
その状態で魔力隠蔽を行使したのだから土亜竜にこれは死んだと思われても不思議ではない。
僕が魔力隠蔽をしようとしていたことを知っていたアルケイさんと、それを知る由もなかった土亜竜。
今度油断で足元をすくわれるのはお前だぞ!
魔力反応からするに地上の状況は悪くない。
もとの作戦通りアスタシアが前衛で土亜竜の気を引き、アルケイさんが後方から魔法で攻撃する。
アスタシアは不死身だから万が一でも死ぬことはないし、そうなるとこの布陣が一番安全なのだ。
地上の様子を確認したところで、改めて僕も行動を開始する。
僕の魔力が抑えられてからというもの、アスタシアの動きがその場に留まるようなものになった。
これは土亜竜の足を止めるからさっさと落とせということだろう。
一時は作戦の行方を怪しくしたこの身だが、今は廻り廻ってむしろそれが好機に繋がっている。
ここでやらなきゃいつやるんだという話だ。
狙うは土亜竜の後ろ脚。
その次に這い上がるのを防ぐために前脚側を。
土亜竜は巨体で体重も凄まじいものだろうから、後ろ脚が落ちるだけで引きずられるように前脚側も落ちるだろう。
なにより尻についたあの厳つい尻尾はとっても重そうだから、これは期待できるぞ!
まだ痛む体を必死に動かしながら穴を掘る。
先程の〈土震脚〉で相当のダメージを負った僕だが、まだ動けない程じゃない。
正直もう一度アレを喰らったらお終いな気はするが、魔力隠蔽で魔力を隠して行動している今ならばその心配もない。
掘って掘って掘りまくって、一度土亜竜を落とせばあとは体勢を立て直す前に決着をつけてくれるだろう。
あの熟練魔法使い2人なら必ずやってくれると信じて、僕はただ穴を掘るのだ。
そしてそう時間も掛からずにその作業は完了し、あとは地表近くのこの部分を掘ったら即座に離脱!
駆け抜けるように前脚側に掘り進んだそのすぐあと、狙い通りの絶叫が鼓膜を震わした。
「グルアアアアァァァァ⁉⁉」
「よっしナイスだよ旦那様!」
「デカいのいくぞ開けろ魔女アスタシア!!」
土亜竜が絶叫を上げると共に好機を掴む2人の魔法使い。
アスタシアは一度下がりその場で魔力を練り始め、その前からこの状況を予期していたアルケイさんはすぐに大魔法をぶっ放した。
いや、僕魔力隠蔽しながら行動してたはずなんだけど、なんでアルケイさんタイミングわかってるの?
僕の魔力隠蔽を見抜けるナニカがあるならそれも後で教えて欲しいな。
そんな疑問と希望を抱えながら穴を掘っている自分だが、前脚側を崩落させる前にアルケイさんの大魔法で土亜竜は完全に穴へと落ちていった。
空から落ちる風の螺旋が土亜竜の顔面を飲み込み、そのまま穴の奥底に押し込んだのだ。
穴の隙間からそれを覗いてしまった僕は、確かに自分は下級の魔法使いなんだなと自覚しました。
しかしあの風の魔法は土亜竜を倒すためのものではなく、完全に穴に落とすことを目的としたものに思える。
土亜竜の硬い外殻を破壊し肉を裂きたいのなら他の属性――火などが最適のはず。
だが強力な火属性をあの地表付近で当てれば当然火は横に広がるから、一度縦に長い穴の底に落とすという判断をしたのだろう、流石だ。
それにこの場にはもう一人、火力を期待できる魔法使いがいる。
先程からずっと魔力を練り続けてそろそろ魔王でも倒すんじゃないかと思えてきたその頃、遂にそれが放たれる。
「いっくよぉ~! 複合魔法――〈落火星〉!!」
大体必要な穴を掘り終えて見物していた僕はそれを見た、見てしまった。
空中に出現した巨大な魔法陣から、これまた大きな岩石が徐々に火を纏いながら落ちてくるその光景を。
(なんだあの魔法⁉ デカすぎんだろ……)
しかし驚愕に値するその魔法を、土亜竜も黙って受けるほど馬鹿ではない。
まず土亜竜は穴から脱しようと前脚でよじ登ろうとするが、残念。
そこは既に僕が土モグラ先輩の力で脆くした箇所であり、君が穴を登ろうとすればまず後ろ側を向く必要があるのだよ。
しかし、君の巨体ではいくら広めの大穴にしたと言ってもそんな動作をするには狭くて難しいだろう。
君は黙ってそこであのメテオを喰らう他ないんだよぉ!
「きゅきゅきゅきゅきゅっ!!」
「…………」
見えた勝利に思わず高笑いが出てしまったが、まだ決着はついてない。
アスタシアの奴、あんな上空に魔法陣を出すもんだから弾着まで少し猶予が出来てしまった。
僕も高笑いが早すぎて、後ろから冷めた視線が刺さるのを錯覚してしまいそうになる。
あの位置はちょうどサニーが弓で魔力ポーションをアスタシアに渡してる場所だから、彼女なら寄越しかねない視線だと錯覚してしまったのだろう。
だが今はそんなことどうでもいい。
注目すべきはこれに土亜竜がどう対処するのか。
まさかこれで終わりだなんて、そんなあっけないことはないだろう。
だって奴は劣化種で更に弱っていたとしても、世界最強種の竜であることに違いはないのだから。
果たして土亜竜がとった行動とは――
「――ゴォォォォオオオオオオオ……!!」
聞こえるなにか吸い込むような音。
音源は穴の奥底、つまりは土亜竜。
離れた地上に顔を出している僕の位置からでは奴がなにをしているのかなど見ることはできない。
しかしそれでもわかる、予想できる、嫌というほどに、それがわかる。
それは竜の代名詞。
【竜】を象徴する技能。
その一撃でもってすべてを蹂躙する竜にのみ許された固有技。
その名を
――〈竜の息吹〉――
「グォォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
閃光が、放たれる。
穴の奥底から放たれたその閃光は、アスタシアの大魔法を半分消し飛ばした。
というのも、土亜竜はその体の構造上、支えもなしに二本脚で立ち上がることはできず、また頭だけを真上に向けることもできないのだ。
支えとなる穴の壁面は僕が脆くした、アスタシアの大魔法は土亜竜の真上から降ってくる。
もうこうなれば土亜竜にできることは、〈竜の息吹〉を大魔法に掠らせることくらいだった。
だがその掠った部分の〈落火星〉は一瞬で消し炭にされていた。
だから半分。
上下で半分ではなく、左右で半分だ。
「たはは……城も墜とせるボクの大魔法が、あんな簡単に消されちゃった……。でも、半分でもその威力を見せられるのはやっぱり嬉しいかなぁ!」
アスタシアのその歓喜の声と共に、半分の〈落火星〉が今、穴の入り口に侵入した。
そして数瞬の後、鼓膜を破るかのような爆音と、激しい地響き、視界を埋め尽くす閃光がこの戦場を支配した。
「やったか⁉」
しばらくの後、落ち着きを取り戻した戦場を見てカインさんがそう口走る。
それは言ってはならないワードであったのは間違いないのだが、この状況を見ればそれも無理のないことだろう。
大穴は消し飛び、眼前にはクレーターが広がっていた。
その余波が僕らに齎すはずだった被害はどうやら皆無で、これはアスタシアかアルケイさんが守ってくれたものと見える。
しかし逆に言えば、あれだけの穴の奥底で、これだけの距離を取っていても、アスタシアの〈落火星〉なる大魔法の前では無意味だったということになる。
その圧倒的な破壊力は、クレーターの中心で土亜竜に微動だも許さなかった。
確かにこれなら「やったか」と言いたくもなる。
確認できる土亜竜の姿もボロボロで、あれで生きているとは考えづらい。
考えづらい、のだが……。
「……あれほどの魔法を受けてなお、原型を留めているのは流石竜種と言わざるを得んな。いやはや全く、本当に流石だよ。あれでまだ生きているというのだから」
「っ⁉」
やはり、そうなのか?
アレはまだ、生きているのか?
アルケイさんは確信を持った声音で「まだ生きている」と断言した。
他のメンバーの様子を窺うに、同じ確信を抱いているのはアスタシアだけのようだったが、強者2人がそうなのだからもうそれで十分だろう。
土亜竜は生きている。
その認識に応えるかのように、僕らに覚えのある、されどより強力な〈竜圧がぶつけられた。
「グォォォ……ォォォオオオオオッッ――!!」
その雄叫びは、正に背水の陣を彷彿とさせる。
土亜竜も満身創痍に近い状態であるのは間違いないのだろう。
元から弱っていた状態から更に追い打ちを掛けられたのだから、もう後がないことくらい察しているはずだ。
殺るか殺られるか。
今の土亜竜に残された選択肢はそれだけだった。
「第二回戦の始まりだねー。状況はボクたちのほうが圧倒的に有利だけど、油断しないでいくよっ!」
「〈竜の息吹〉は連発できない技能と聞く。速攻で片付けるぞ」
動き出した土亜竜を確認した2人は、再び先程と同じ陣形で攻撃を開始した。
アスタシアが前に出てその紫の刀を振るう。
時に空を蹴りながらどんどん加速していくアスタシア。
小柄な彼女があれほどの動きをしては流石の土亜竜も捉えられないだろう。
先程は土の中で穴を掘っていたから地上の状況は詳しくわからなかったが、なるほどこれなら土亜竜の気を引くのには十分だ。
そしてその隙を突いて痛手を与えるのがアルケイさん。
然しものアスタシアでも完全に土亜竜の動きは固定できず、的がブレることもお構いなしに彼は砲火の嵐を浴びせる。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを再現するアルケイさんは、しかしその一撃も鉄砲というより大砲だ。
土亜竜の外殻が砕けている箇所に当たれば、血肉を抉り痛打を負わせる。
土亜竜の動きも徐々に弱々しいものになり始め、これは決着が見えたかに思えた。
だがそう簡単にいかないのが竜種を相手取るということだ。
土亜竜はアスタシアを追うのを諦め、その場で静止した。
「力尽きた…ってことでいいんだよな?」
「…………」
楽観的なカインさんの言葉に対し、未だ土亜竜を見据えるアルケイさんの眼差しは厳しい。
しかしそうは言っても土亜竜が動かないのなら魔法を直撃させる好機であることに違いはない。
少しの逡巡のあと、アルケイさんは再び砲火を弾幕にして放った。
魔法が接近するその間にも、土亜竜は依然動きを見せない。
身体をこちらに向けたまま、静かに迫りくる魔法を眺めている。
その様子に違和感を覚えたのは、きっと僕だけではないだろう。
先程まで背水の陣で〈竜圧〉を放っていたあの土亜竜が、今になって死を受け入れる?
そんな馬鹿なことはないと、この場の全員が理解していた。
そしてそれは起こる。
「ゴォォォォオオオオオオオオオオ……!!」
強く空気を吸い込むその音は、先ほど聞いたものと同じ。
つまりあれは……?
「まさかもうブレス撃てんのか⁉」
「いくらなんでも早すぎる! それはあり得ないわよ!」
……違う。
あれは、〈竜の息吹〉なんかじゃない。
「……空を飛べぬ土亜竜にはな、個体によってその能力の異なる技能が存在する」
土亜竜の吸い込みを見届けながら、アルケイさんが語り出す。
誰だって信じたくないその現実を、それでも受け入れるために。
「――〈顎〉。その技能の詳しいことはわからない。ただ一つ判明していることがあるとすれば、それは喰らうことに特化した技能ということだ……」
そのアルケイさんの目線の先では、魔法を喰らい回復する土亜竜の姿があったのだった。




