第32話
「アスタシア殿の予想通り、逃げ出す魔物がかなり多いようだな」
予定ポジションにて亀荒野で行われる戦いが終わるのを待ちながら、索敵役のサニーからの報告を受ける。
サニーには〈気配察知〉や〈魔力感知〉などで状況を逐次把握・報告してもらっているのだ。
「逃げ出してる魔物の種類はわかるかい?」
「微弱な反応だからな、大方ゴブリン共ではないかと思うぞ」
「つーことは町の防衛は対ゴブ戦になるか。強力な魔物をあの土亜竜が倒してくれりゃあ、俺たちも楽できんだよな」
力の弱い魔物ほど先の〈竜圧〉で逃げ出し、そのままヘザールへと押し寄せる。
強い魔物はそのまま土亜竜に挑み、無念たらたらご臨終……。
町で防衛をする者達にも楽な稼ぎ場ができて、土亜竜は強い魔物に力を使って更に弱体化が望めるかも、と。
素晴らしいな。
「このまま大体の弱い魔物がいなくなったら行動を開始しようかぁ。この辺で強い魔物ってそんな多くないから直に戦いも終わるだろうしねぇ」
「いよいよか……」
ここまでは予定通り順調に事が進んでいる。
しかしこれまでの事などすべて些事で片付けられてしまうほどの強敵が、まだ残っている。
土亜竜という今回の中軸をなんとかしなければ作戦は終わらないのだ。
未だ遠方より聞こえる戦いの衝撃音を聞きながら、僕らはサニーの合図を待った。
そして
「……もういいだろう。弱きは去った」
「なら、行動開始だよ」
遂に僕らの命を賭けた、土亜竜討伐戦が始まる。
まず始めに僕が土中より亀荒野に行き罠を張る。
視界が土一色の土中であってもあれほどの魔力を持つ土亜竜がいれば目印には十分。
土モグラも魔物であるからして〈魔力感知〉は持っているのだ。
罠を仕掛けるにあたり現在の土亜竜、またそれと戦う魔物の立ち位置など様子を確認する必要はあるが、基本土中に潜り続ける土モグラ先輩なら気付かれることはない。
今戦っている魔物も強力な個体であることに違いはないから、できればここで死んでもらいたい、のだが先に罠にかかる魔物を見て土亜竜に警戒されては本末転倒だ。
となると逃げ出す魔物が踏まないだろう位置を狙って罠を仕掛けていくのがベスト。
『――亀荒野は広い。魔物が逃げる時にわざわざ見晴らしのいい荒野側を通ることはないんじゃないかなぁ。たはは』
アスタシアから貰ったその助言通り、罠は森側ではなく荒野が続く方へと仕掛けていく。
土モグラ先輩の身体は土中に限り恐ろしい速さで進むことができる。
とにかく手あたり次第に穴をあけ地盤を緩くし、土亜竜が落ちる構造を作り上げるのだ。
――ゴガアアアアアアアッ!!
土中にいても響く土亜竜の怒りの咆哮。
地表で行われる戦いの衝撃が、土の中にまで届いてくる。
これを聞いていると不安になって仕方がない。
――こんな穴を掘るだけの罠で本当に土亜竜を倒せるのか?
と。
しかし既に賽は投げられたのだ。
怖気づいている暇はないぞリキョウ!
日和始めた自分に活を入れ今はとにかく穴を掘る、掘り続ける。
僕の役目は土亜竜を土中に落とすことだけ。
攻撃はあの熟練魔法使い2人に任せておけばいい。
自分の役目さえ全うすればこの戦いは勝てる、そういう作戦なのだから。
大丈夫、勝てる……そのはずだ。
そして穴を掘り進めること十数分、遂にその時はやってくる。
一際大きな衝撃音が鳴り響いたあと、絶え間なく聞こえてきた戦闘音が聞こえなくなった。
魔物たちと土亜竜の決着がついたのだ。
(魔物が全滅…だよな。さあここからが僕らのターンだぞ、土亜竜)
今土亜竜は目に見える魔物を倒しきって油断している可能性が高い。
故に初手で大きなダメージを与えられればそれに越したことはなく、それをより確実なものにするために今僕がすべきこと、それは。
穴を掘る、だ。
もうね、これしか今の僕にできることないのよ。
だって土モグラって穴を掘ることに生涯を捧げた生き物なんだもの。
他のことなんて期待されるだけ困るってもんよ。
まぁでも。
(穴を掘ることだけは誰にも負けない力が、この土モグラ先輩にはある! この戦いでそれを証明してやるぞ!)
そうだ、穴を掘る力が跳び抜けていて、その跳び抜けた力を期待されてここにいるんだから僕はここでも穴を掘るのだ。
土亜竜の後ろ脚付近の地面を潜り続けていれば、あの巨体だ、自重で落ちる。
落ちてしまえば這い上がるのに時間を要するし、こちらの次の一手も打ちやすくなる。
ここは最初にして一番の好機であることに間違いはないのだから、上手くいってくれよ……!!
(……ただ、懸念すべき事項はあるんだよな……)
土亜竜の真下を潜り始めてすぐ、その僕の嫌な予感は当たってしまった。
「――グオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
轟く雄叫び。
それは勝利を喜ぶものではなく、新たな敵に対する威圧の、いや怒りの咆哮であった。
――〈土震脚〉
空を飛べぬ土亜竜が、しかして陸でなら他の竜にも劣らぬと強く主張するかのような技能。
地上から見ていた者からすれば、大きく脚を振り上げた土亜竜がそれを地面に叩きつける光景が見えただろう。
しかしその動作が齎した効果の程を知ることができたのは、土中にいる者だけである。
「きゅぅっ……⁉」
土中に轟く爆音と共に、僕の身体にトラックに撥ねられたかのような衝撃が叩きつけられた。
いやそんな生易しいものではなかったのかもしれない。
実際にトラックに撥ねられた経験などないからわからないが、そう感じるほどの衝撃を受け僕の意識は暗転した。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに意識を取り戻す。
だが……
(痛ってぇ……!! こんなん何発も喰らってらんねぇぞ⁉ それにやっぱ土亜竜の奴、わかってやがる!)
まだなんとか動ける程度の怪我ではあるが、まったく安心できない。
先程土亜竜は〈土震脚〉という、地中に限定した技能でもって攻撃を仕掛けた。
それはつまりそこに敵が、僕がいるとわかっていたということだ。
魔力を持つ魔物には〈魔力感知〉という技能が必ず備わっている。
それはかつて僕が戦ったレッドマークグリズリーにも、ここ最近狩り尽くす勢いで倒しているゴブリンでもそう。
魔物に限らず魔力を持つ者、つまり人間の魔法使いでも同じことなのだが、ここで重要なのはあの土亜竜だって例外じゃないということ。
ただ土モグラ先輩は元々強い魔物ではない。
魔力の大きさはその個体の強さによって決まり、それは〈魔力感知〉で基本見通すことができる。
土モグラ先輩の持つ魔力なぞ微々たるものであったはずなのだ。
この世界で最強種と呼ばれる竜種とも、土亜竜が先程まで戦っていた魔物たちともまったく比較にならない弱さ。
気付かれるはずがない、その油断がこの事態を招いたのだ。
(まあ薄々こうなるかもとは思ってたけどね! さっきまで戦闘状態で警戒心強い時だったろうし、そもそも弱ってるんだったらそりゃ尚のこと警戒するわな!)
なんて心の中で気丈に振舞ってみるが、本音は荒れ荒れである。
確かに気付くには気付くだろう、しかしそれで終わると思っていた。
考えてみて欲しい。
重厚な戦車に乗った人間が町中のヤンキーを見つけたところで、全力発砲するだろうか?
否、答えは否である。
進路の邪魔をするなら轢き潰すくらいはするかもしれないが、わざわざ大切な砲弾を使ってまで処理するほどの脅威ではない。
だから今の状況はおかしくて、作戦立案時にもいけると油断したのだ。
だが、なったからには現実を見るしかない。
土亜竜は僕のいる土中を最大限警戒していて、恐らくまだ僕が生きていることもわかっている。
となると下手な動きをすれば再度アレが来ることは間違いないだろう。
一体どうすれば……!
と、その時、頭の中に線が繋がるような、そんな感覚がした。
「――もしもしモグラ君? 私だ、魔法師団長アルケイだ。聞こえるかね?」
(えっ⁉ アルケイさん? これは一体――)
急に頭に響くアルケイさんの声。
電話とも違う、テレパシーのような感じだ。
しかし驚く暇などないとなかりに、アルケイさんの声は続く。
「説明してる暇はない。結論から言おう、魔力を抑えたまえ」
(魔力を、抑える……?)
「はぁ、やはり知らんのか君は。いいかね? 君の今の魔力は土モグラのそれではない。普通に魔法使いとして下級のそれだ。しかし魔法使いなら魔力隠蔽くらいできるものと思っていたが、読みが外れたよ。しっかりと確認しておくべきだった」
(は、はぁ、なんかすみません)
切迫してる状況だと思うんだけど滅茶苦茶毒舌いれてくるなこの人。
魔法使いとして下級とか、言われなくてもわかってんだよぉ!
こちとら魔法覚えて一年経たないペーペーだぞ!
しかし言われたことには真摯に向き合わなければならないのも事実。
心は大人な自分だからして。
で……魔力が土モグラ先輩のそれじゃないって?
普通に僕自身の魔力量だって?
はは、冗談はやめろよ。
それじゃこの作戦の根本が捻じ曲がるぞ……。
(教えてくださいアルケイさん。これ作戦継続できますか?)
「それは君次第だよモグラ君。君がやると言うなら続けるし、できないなら引くまでだ」
この状況で僕に判断委ねるのやめれ~⁉
責任の重みが胃に来るぜ……すまん土モグラ先輩。
しかしそんな2択迫られたってこの状況じゃ撤退しか――
「――道はある。アスタシア殿も言っていただろう。勝てる戦いなんだよ、これは! 君が今! ここで! 魔力隠蔽を覚えれば! 勝ち筋はあるんだ!」
(――っ!!)
それは……そうかもしれない。
もともとそういう作戦で練られたから、僕らは今ここにいて。
僕が魔法使いならできて当たり前のことをできてさえいれば、今頃はもう勝っていたかもしれないんだ。
いや、今からだって、まだ僕の成長によっては勝てる戦いだ。
なら……
(……教えてください、アルケイさん)
「ではまず私に教えてくれ。作戦は継続か?」
決まってる。
(継続ですよ。勝てる戦いなんだから!)
「よろしい、では手短に講義するぞ。魔力を源泉である丹田に密集させろ。欠片の例外もなく、全てだ。それで魔法を使わぬ限り魔力は隠蔽される。これが〈魔力隠蔽〉というものだよ」
魔力を丹田に……欠片の漏れもなく……
大丈夫、土モグラになったって魔力には湧きどころが必ずある。
人間だけじゃない、魔物にも魔力隠蔽は可能なはずなんだ。
魔力を丹田に、欠片の漏れもなく……魔力を丹田に、欠片の漏れもなく……魔力を丹田に、欠片の漏れもなく……魔力を丹田に、欠片の漏れもなく……魔力を丹田に、欠片の漏れもなく……魔力を丹田に、欠片の漏れもなく……魔力を丹田に、欠片の漏れもなく……なく……なく…………
頭の中で、渦を巻いていた魔力が圧縮されるのが見えた。
渦として流れるところに流れていた魔力が、堰き止められ、濃度を濃くしていく。
ただの紫が更に濃く、その濃い紫が更に黒く。
魔力の色を紫とイメージするならば、密集され固まったソレはもはや黒と呼ぶ色になった。
(…できた気がする……魔力隠蔽)
時間にしてどれほどかかったか定かではない。
集中し過ぎて時間を気にしていなかった。
しかしその甲斐あって魔力隠蔽には成功したはずだ。
アルケイさんに外の状況を聞いて作戦続行……あれ?
(アルケイさん? おーいアルケイさーん!)
返事はない、ただの屍の――って違うだろ⁉
さっきのテレパシーみたいなのが使えなくなったのかも。
単に時間切れか、そんな暇がないのか。
(でもそれがなんだってんだ。僕の魔力が消えたのをあの2人ならもう察知してるはず。そして土亜竜の警戒も……)
土中から魔力反応が消えれば、息絶えたと思うだろう。
逆に事情を知るこちら側からすればそれはチャンスだ。
つまるところ――
(作戦続行!!)
これ以外にないよな!




