第31話
バルトハルト辺境伯の屋敷から戻り、その翌日。
帰宅後は疲れを癒すためにサニーの手料理を目一杯食して、幸せな気分で眠りについた。
そして現在、僕の気分は最悪です。
「マジで言ってますか? ギルド長」
「マジのマジじゃよ。お主には土亜竜討伐戦で最前線を張ってもらう」
今朝は幸せ気分でギルドを訪れたのに、そのまま一人ギルド長室に連行され叩きつけられた用件がこれだ。
土亜竜討伐戦?
あれはこの町の戦力で挑むものではないって結論にならなかったか?
いったいどうしてそれが討伐方向で、しかも僕が最前線張るなんてことになってんのさ?
もう意味がわからない。
「ちゃんと説明頂けます? とても納得できません!」
「まあそうじゃろな。先に結論を言ってみただけじゃから安心せい。説明しちゃる」
説明はありがたいけど結論はもう決まってるんですね!
どうあっても僕は土亜竜相手に最前線張れというんですね!
どうにも先日会った貴族様の薄笑いがチラつくけど、まさかこれが指名依頼なんてこと……ないよね?
「まずこれは正式に出された指名依頼じゃ。依頼人はバルトハルト辺境伯。指名先は、お主じゃ」
「デスヨネー」
もうわかってたけどね。
この流れで察せないほど僕も愚かじゃないよ。
けど現実問題どうしろと?
とても劣化竜相手に最前線で生き残れる力量なんて僕にはないぞ。
まさか本当に死んで来いと言ってるわけでもあるまいし、辺境伯閣下にはなにか思惑がありそうなんだが……。
「事の発端はの、先日の閣下との謁見の際明らかになったお主の能力。レレイ様相手にあれを見せたのを儂らも窓から見ておったのじゃ。お主が土モグラという魔物に化けるその瞬間をな」
あれか。
まあ見られてもいいかと思ったからやったわけだけど、それでこんな無茶ぶり振られてるんじゃ早まったと思わなくもない。
しかし起きたことは仕方なしとして、何故あれで僕に土亜竜討伐戦での可能性を見たのか、そこが気になる。
「……お主は知らんようじゃがの、土モグラはその気になれば陸を蹂躙する力を持っておる。ただその気にならないのが彼らじゃから今儂ら人間はここにいるだけのこと。この意味がわかるか?」
土モグラ先輩のその可能性についてはつい最近考えたばかりだよ。
それを踏まえて意味、意味ねぇ……。
「飛べない竜ならその蹂躙対象になるってことですか?」
「そういうことじゃ。土亜竜には翼がない。地に足をつけ陸に生きるあの竜じゃからこそ、土モグラ相手には苦戦を強いられる。その可能性を、先日閣下は見てしまったのじゃよ」
「なるほどなぁ……」
言われて気付く。
確かに竜という最強種でも色眼鏡なしで見れば、その可能性には十分期待できる。
いくら竜がこの世界最強の種族といっても、真の対陸地最強種族である土モグラ先輩にならやり様はあるのかもしれない。
土モグラ先輩たちは非好戦的な性格で、それもあって大した脅威とも認識されない種族だからこそ見落としていた可能性。
「……いけるな」
土モグラ先輩なら土亜竜相手に有利に立ち回れる。
可能性を示されて行き着いた結論がこれだ。
その可能性に最初に気付いたバルトハルト辺境伯は流石というかなんというか、話に聞くだけの御仁ではあるようだが、ならば討伐までの道筋も期待していいのだろうか?
「作戦の全容を教えてください。土モグラ先輩の力なら確かに有利的状況は作れる。でも肝心の殺傷力には欠けています。そこを一体誰が補うのか……」
言いながらもおおよその予想はついている。
今この町にいるAランク冒険者はただ一人。
しかし流石に彼女だけというわけでもないだろう。
なにせ作戦立案者は辺境伯閣下であるからして、貴族の軍から精鋭くらいは出してくれるはず……。
「土亜竜討伐には少数精鋭で挑む。Aランク冒険者アスタシア。Cランクパーティー【点灯竜】。閣下お抱えの魔法師団長に、お主を加えた計8人での作戦じゃ」
「……随分と少ないですね。メンバーに僕の知らない人が1人しかいませんよ」
ていうかこれって僕の魔法特性を隠匿しようとしてるのか?
劣化種とはいえ竜との対決なんだからそんなこと気にしなくていいのに。
あとサニーは不参加だと絶対怒るからなんとか対土亜竜パーティーにねじ込みたい。
「閣下はお主の魔法に計り知れぬ可能性を感じておられる。他所の貴族に取られたくない程度にはな。じゃから信頼のおける者だけでパーティーを組み、土亜竜に挑んでもらうのじゃ。これでも戦力としては今出せる最高でな。竜には数で挑むものでもなし、スタンピードの対応にも残すとなると、これが限界じゃよ」
そういえばカインさんも言ってたな、竜種は頭数揃えればどうこうなる相手じゃないって。
その点ではAランク冒険者一人に魔法師団長なる方一人……いやこれホントにいける?
どちらも魔法使いだから無問題?
まあ土モグラ先輩で足止めはできそうだし、火力さえあればなんとかか……?
「ん~……」
「納得いかんという顔じゃの。あと1人2人なら連れてっても構わんが、信頼できる者で頼むぞ。他所の貴族にお主のことを知られるのだけは避けたいんじゃよ」
それは僕も同意……。
ここはやっぱりサニーにご同行願おうかな。
彼女なら索敵や遠距離射撃ができるから、戦力外ということもないだろう。
あと頼りになりそうな人と言えば、やはりクロスロード道場の方々が思い浮かぶんだが……。
「ゼフ師範や他の師範代は討伐に参加なさらないのですか? ゼフ師範など元王国騎士団長の地位にいたとも聞きましたが」
「ぬぅ……ゼフ殿は動かせん。スタンピードが起これば町の防衛には協力してくれようが、あそこもあそこで問題を抱えておるからな」
それってもしやアカネのことか?
ギルドも彼女の抱える問題を知っていて、対処できずにいるのだろうか。
土亜竜といいアカネといい、一筋縄ではいかない問題がこんなにも……。
「……でも順番に解決していけば当初の予定よりうまくいくかもな」
当初、アカネの問題を解決するために考えた技能は最低限といってもいい。
それを集めればなんとかなるかも、という大分希望的憶測を孕んだ作戦であった。
しかしそこに登場した土亜竜という存在。
こちらも当初打倒などとても考えられる相手ではなかったが、バルトハルト辺境伯のおかげで討伐に可能性が見えてきた。
劣化種とはいえ竜は竜、もしその力を取り込めれば……。
「……ふふ、いいね。面白くなってきたじゃんか」
これは人生一番の頑張りどころになるかもと、そんな予感がした。
◇
森に偵察に出ていた者から連絡がきたのは、ギルド長と話した日から3日後だった。
『魔物の軍勢、土亜竜に向け進軍開始』
この知らせを受けたギルドの行動は早かった。
かねてより準備を進めていたこともあり、この時点で森に続く門は封鎖。
門前にはバリケードが張られ、冒険者たちが交代で待機する。
バルトハルト辺境伯にも連絡がいき、閣下お抱えの領軍も出撃準備はできているとのこと。
ここまでの動きはバルトハルト辺境伯の作戦通りだ。
魔物が土亜竜に敗れこの町に雪崩れ込むまでにもまだ余裕はあるだろう。
しかし悠長に構えている暇はない。
僕も土亜竜討伐パーティーの最前線を張る者として、この時点で町の外に出る。
「準備はいいか? リキョウ」
「きゅ(問題ない)」
「何度見てもその姿可愛いねぇ~癒されるねぇ~。ボクのペットにしちゃおうかな」
「きゅ(やめろ)」
「きゅ、としか言ってねぇのに思ってることが伝わってくるぜ。これは俺もテイマーになれっかな?」
「きゅ(その後彼の姿を見た者はいなかった……)」
「おっ? リキョウもいけると思うか? やっぱチャレンジだよな……」
「きゅぅ……(やれやれ……)」
もうお察しだろうが、こんな他愛ない会話をしている今の僕は土モグラ先輩形態だ。
土亜竜戦が始まってから転生したのではその後魔力が足りなくなるから、そろそろ怪しいという時点で転生しこの形態で生活を始めていた。
しつこいほどにアスタシアがベタベタ触ってきて、これが猫の気持ちかとちょっと悟りを開いたのはまた別の話。
これより僕らは出撃し魔物の群れを避けながら離れたところで潜伏する。
スタンピードが始まってからでは外に出るのも苦労するからだ。
結局今回の土亜竜討伐メンバーは9人になった。
Aランク冒険者〈魔女アスタシア〉。
Cランク冒険者パーティー【点灯竜】の5人。
バルトハルト辺境伯直属、魔法師団長アルケイ。
そこに僕とサニーが加わりこの編成だ。
役割としては僕が土亜竜の足元を崩し、アスタシアとアルケイさんが攻撃、【点灯竜】とサニーは後方援護という形だ。
正直これでも本来の竜討伐としてはありえない過小戦力なのだが、今回は相手が手負いということと、噂に名高い〈魔女アスタシア〉が期待されて作成開始と相成った。
「たはは……責任重大だね」
そう愚痴るアスタシアの表情はしかし飄々としたもので、気負いなど一切ないように見える。
竜種が相手だというのにこの佇まいは、流石というかなんというか、伝説に語られるだけはあるな。
「アスタシア殿は随分と軽い調子ですが、いざ土亜竜と対面して泣きださないでくださいよ」
そんな彼女の様子に慣れないこの場で唯一の人、魔法師団長アルケイの態度は厳しいものだ。
アスタシアが見た目幼女ということもあって不安になる気持ちはわからないでもないが、魔法使いとしての力量は彼女のほうが何倍も上だろうね。
しかしそれはこの場で言っても詮無き事。
戦えばわかるさ、土亜竜と戦えばね。
そんなこんなでメンバーの調子を確認した僕らは出発した。
まず目指すは町からも土亜竜からも離れた、しかし逐次状況は確認できるポジション。
そんないいところあるのかと言えば、そこは技能に頼って索敵できるメンバーがこっちにはいるからね。
「きゅ(頼むぞサニー)」
「うむ、任せろ」
サニーとの意思疎通も良好。
これは愛の成せる技だな。
土亜竜との対決が始まっても彼女だけは守ってみせる。
そして移動中、その音は聞こえた。
――ゴオオオオォォォォ……!!
「なんだ今の……あれが生き物の咆哮だってのか?」
「震えが止まらないわ……」
「りりりリキョウ! お前は私が守るからな!」
その音はあの土亜竜が魔物に向かって放ったものなのだとこの場の全員が理解した。
話には聞いていた、竜が恐れられる所以の一端。
――〈竜圧〉
それが一度放たれれば辺り一帯に知らしめられる。
『ここは俺の領域だぞ』、と。
〈竜圧〉を受けた者は委縮しそれだけで戦えなくなる者も多い。
これを克服するには強靭な精神力が必要なのだが、今ここにいるメンバーを見る限り震えはあるものの戦意喪失にはなっていないようだ。
流石は荒事に対処する職の者達である。
と、思ったのだが……
「随分と覇気のない雄叫びだねぇ。これは相当弱ってるよ」
「劣化竜種としてもありえない弱さのオーラだな。土亜竜が目視するまで見つからないわけだ」
熟練魔法使い2人は今の〈竜圧〉を鼻で笑い、先ほどアスタシアを貶したアルケイさんですら幾分緊張感をなくしている。
飛べない土亜竜が亀荒野に辿り着くまでにはかなり森の中を歩いたはずだが、なるほど〈竜圧〉を抑えていたから発見が遅れたということか。
……僕今の〈竜圧〉に結構な強者の気配を感じたんだけどなぁ。
「本物の竜種が放つ〈竜圧〉ならそれだけで死者が出るさぁ。魔物が自分を倒しにやってきたのを見て放った〈竜圧〉としては矮小も矮小。ま、それでも今頃魔物たちは戦意喪失で逃げ出してる奴もいるだろうねぇ」
アスタシアはケラケラと笑いながらそう言い、そして
「勝てるよ、この戦い」
自信に満ちた顔で僕らにそう言い放ったのだった。




