第29話
僕を変態呼ばわりしたその銀髪少女は、メイドさんを後ろに庇うようにして立っている。
どうやらなかなか熱い心を持った少女のようだな。
しかしそんな少女に変態と誤解されているといらぬ被害を被りそうなので、僕は即座に否定することにした。
「僕は変態じゃないですよ。とっても紳士です」
「社交界で同じことを言ったおじさんがこの前捕まったわ。他家の幼女に手を出したんですって」
おいこの世界にもいるのかロリコンとかいう人種は。
じゃなくて!
知らないおじさんのせいで僕まで変態にされてしまう⁉
冗談じゃない僕は至ってノーマルだ、サニーという嫁までいるんだぞ!
「誤解ですよ。僕には年上のお嫁さんももういますから」
「そのおじさんもいたようだけど手を出したのよね、幼女に」
おい知らないおじさんが僕を犯罪者に仕立て上げようと暗躍してるんですが!
既に捕まった身でありながらも他の男が幼女少女に近づくのを許さない心構えか……っ!!
僕はただ一般的なマナーとして挨拶をしたいだけなのに!
汚い!
流石貴族汚い!
ぐぎぎぎ、これはどう弁明しても知らないおじさんの影が僕を貶める気がする……!!
一体どうすれば……⁉
「ま、冗談なのよ。噂の魔法使いが訪れたというから挨拶をしに来たのだけど、そこで自分を叩いて恍惚としている姿を見てしまったからつい、ね。受け身の変態さんなら別にどうとも思わないわ」
「変態じゃねぇって言ってるのに……!!」
肝心の変態認定が解かれていないことがこの上なく遺憾なんですが。
でもこの少女は変態でも受け身なら許容できるとか、一部の人間が大喜びしそうだな。
しかしもちろん僕は喜ばない人種なので大人しく挨拶を済ませよう。
この強気な紅い目といい平民には見られない光沢のある銀髪といい、十中八九この少女が件のご令嬢、レレイ様であろう。
初印象が変態で終わったことはもう考えないようにして、ここから巻き返していく!
「ごほん。ご挨拶が遅れました。僕はEランク冒険者のリキョウと申します。この度は麗しきご令嬢にお目通りが叶ったこと、誠に嬉しく思います」
「あら、ご丁寧な挨拶をありがとう。私はバルトハルト辺境伯が一人娘、レレイ・バルトハルトと申しますの。以後お見知りおきくださいな」
僕が切りかえて学んだ通りの挨拶をすると、レレイ嬢もそれまでとは打って変わって令嬢らしい挨拶を返してくれた。
このお嬢様は話に聞くご領主様と同じで誠実なお方のようだ。
傲岸不遜や我儘が過ぎるという印象も受けないし、僕のような平民に対しても丁寧な挨拶をしてくれる。
きっとお父上であるバルトハルト辺境伯の教育がいいのだろうな。
話に聞く限り、貴族令嬢には我儘な方が多いらしいから、これは応援したくなるなぁ。
この娘には損得なしにでも力を貸したくなるよ。
このまま育って民に寄り添う理想の貴族様になってほしい……。
「さ、挨拶は済ませたのだから移動するわよおじさん。噂の魔法を見せて頂戴!」
「おじっ……⁉ 僕はまだ15歳ですよ…? ははは……」
「笑い方や話し方がおじさんなのだからおじさんよ。これからはリキョウおじさんと呼ぶわ」
ぐぎぎ、このガキィ……。
この世界に来る前だって僕はお兄さんで通る年齢だったのに、おじさんなんてそんなことあるわけないだろ!
しかしレレイ嬢の中では既に決定事項なのか、僕の抗議など聞く気はないと前に歩き始めていた。
「……ゴンボ村でも悪ガキ共におじさんって言われたな。僕っておじさんなのか……? いやまさかな」
一人その場で良くない思考を振り払ったあと、僕もあの失礼なお嬢様のあとを追った。
僕の魔法を見たいとのことだったが、果たしてどうするか。
〈転生魔法〉に見せられる派手なものなんてないというか、そもそもあれは魔法というより技能を見せることにしかならないんだが。
しかし噂の魔法使いを呼んだらそこそこできる普通の冒険者みたいなことしか見れなかったとか、失望もいいところだろう。
うーん、と頭を悩ませながらレレイ嬢の後をついていくが、なかなかいい案は浮かばない。
そりゃそうだ、だって〈転生魔法〉ってそういう魔法なんだから!
「……あ、いや。あれがあったか」
ふと思いつく。
あれを魔法として見せるのは少し躊躇うが、まあ大丈夫だろう。
僕はギルドで既に問題児扱いを受けている馬鹿野郎だからな、とほほ……。
披露する魔法を思いついたところで、レレイ嬢の足が止まる。
どうやら目的地に着いたようだ。
この領主屋敷、流石貴族様の家というだけあって広い広い。
着いたここは訓練用のスペースなのか、一面の芝生に障害物となるような物は一切なく、魔法でも撃ちたきゃ好きに撃てという感じだ。
「ここならどんな魔法でも使って構わないわ。騒ぎが大きくなるようなのは先に一言欲しいけど、今日は屋敷にも通達済みだから遠慮なくやって頂戴」
「それはそれは……腕の見せ所というわけですか」
いやホント、腕の見せどころだね……ふふふ。
「レレイ様、始める前に一つお聞きしたいことが」
「なしかしら?」
「――ここの地形、変えてしまっても本当によろしいので?」
「っ!!」
これは重要な確認だ。
やったあとになってご領主様やそれに連なる者たちに怒られるのは御免被るからね。
「……えらく自信のある魔法を披露してくれるみたいだけれど、そう簡単にこの稽古場の地形を変えられるなんて思わないことね。ここにはある特殊な魔法が、ある魔法具によって施されているの。だからそんな心配はいらないわ」
なるほど、特殊な魔法、か。
どんな魔法かも気になるしそれを施しているという魔法具も気にはなる。
魔法具なんてしっかり見たのは前に行商人のボルさんに魔力補給を頼まれた時だけだから、一般に出回っていないことも含め興味は尽きない。
が、しかし――
「レレイ様。僕は臆病な平民の生まれですので、地形を変えても罪には問わないという確約が欲しいのです。その施された魔法というのも興味深いですが、万が一の保険としてご理解のほう頂ければ…と」
貴族令嬢相手に少々失礼な物言いになってしまったが、これは大事なことだ。
これから見せる魔法の結果地形が変わるのは避けられないと、僕は考えているからね。
決してバルトハルト家やそのご令嬢を軽んじているわけではない。
だからメイドさんや、人をその視線だけで殺せそう(というかもう何人か殺ってそう)な眼で見るのはやめてくれないか。
いやホント誤解だから。
「……我がバルトハルト伯爵家を舐めている、という訳ではなさそうね。それほどの自信、いえ確信がある魔法を見せてくれるというのなら、いいでしょう。確約致しますわ! ここの地形を変えても、罪に問うたりはしないと!」
「ありがとうございます、レレイ様」
ふぅ、理解のあるご令嬢で助かった……。
いやむしろそんな素晴らしいご令嬢だからこそのあのメイドさんの忠義か。
今はメイドさんも目を閉じて落ち着いた風に控えているし、嵐は去ったと考えよう。
ならば僕も見せるもの見せて、レレイ様のご期待にお応えしなくてはならないね。
「これよりお見せしますは我が魔法究極の奥義……」
「……ごくり」
「解き放たれたソレはここらの地形を使い物にならなくするでしょう……」
「随分と焦らしてくれるじゃない……!! 前置きはもういいわ、始めて!」
僕の前口上にレレイ様は十分興奮してくれたみたいだ。
ではその昂った心をあっと驚かせてしんぜよう!
「〈転生魔法〉究極奥義――完全転生っ!!」
瞬間迸る光の渦。
その渦は僕を中心に回り続け、観戦するレレイ様やメイドさんに強風を浴びせた。
そして数秒の後、僕に吸い込まれるように収束していったその渦は消え、そこには……
「きゅっきゅっきゅ。きゅきゅきゅー!(はっはっは。これぞ我が究極奥義!)」
……土モグラと化した僕の姿がぽつんと置かれていた。
「「……は?」」
ふふ、あまりの魔法に驚きメイドさんまで声を上げている。
しかし、これで終わりと思うな!
僕には土モグラになってすべきことがまだ残っている!
「きゅきゅっ! きゅきゅきゅきゅー!!(有言実行! 掘りまくれー!!)」
ズゾゾゾ……と音を立てて土の中に潜航する僕、いや土モグラ。
そう、僕はこれからこの稽古場を天然のトラップ地帯にするのだ!
なぜこんなことするのかって?
それはただ土モグラになっただけでは侮られるかもしれないと思ったので、実績を残して名誉挽回しようと考えたわけだ。
特殊な魔法の施された稽古場の地面を穴だらけのトラップ地帯にするという実績。
土モグラ先輩の御力を世に知らしめることもできるという一石二鳥の作戦だ。
魔法具で特殊な魔法が施されていたのはむしろ都合がよかった。
土モグラ先輩の実績により拍車がかかるからなぁ!
「きゅっきゅっきゅっ。きゅきゅきゅきゅきゅ。(はっはっは。我ながら完璧な魔法だな)」
この土モグラ形態、地面を掘るのが恐ろしく速くて楽だ。
土の中には岩などの硬いものもあるようだが、それなんのそのと縦横無尽に動き回れる。
完全転生して始めてわかったが、土中に限り土モグラ先輩は無敵の存在ではなかろうかと思う。
まったく、人に害を為す魔物でなかったことが幸いだ。
もし敵対していたら人間の町などあっさり陥落してしまうぞ。
と、楽しくなってあっちこっち掘り進めていたら、土の中に異物が落ちるのを感じ取った。
どうやら土モグラ先輩の〈気配察知〉は土の中でなら異常なほど強化されるらしい。
これも完全転生して始めて知ったことだったが、その辺のことは後回しにして異物の様子を見に行こう。
まあ異物、というか形状や気配からしてまずレレイ様で間違いないだろうが。
なにやってんだあのご令嬢……?
地表に感じる振動からしてメイドさんが穴を避けてレレイ様を救出しようと動いているようだが、土モグラ先輩の〈自然同化〉の力の前に悪戦苦闘している様子。
それでもなんとか穴に落ちずに済んでいるのだからあのメイドさんも只者じゃないな。
しかしこれ以上遊んで彼女(注:メイドさん)を怒らせるのは怖いからそろそろ顔を出そう。
あそれ、ひょっこりとな。
「もぉ~!! なんなのよこの地面は! 見た目はいつも通りだったくせに~!!」
「落ち着いてくださいお嬢様! 私めがすぐお助け致します! くっ、あのモグラ男め、許さん……!!」
土からひょっこりと顔だけ出して地上の様子を確認したら、メイドさんが般若の形相で地面を睨んでいた。
ひぇぇ……これ今見つかったら僕殺されるんじゃないの?
防波堤のレレイ様も今は土の中でじたばたしてるし、ここは一旦引いて落ち着いたころに……あ。
ぐりん、と音がしたような、そんな仕草でメイドさんの顔がこちらを向いた。
「ミ、ツ、ケ、タ」
「きゅいいいいいいいい!?!?(ひぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉⁉)」
あの眼はヤバい!
あれに捕まったら――死ぬ!!
生きろ土モグラ、また人間に殺されるなと本能が叫びをあげる。
その叫びが僕に力と勇気をくれる!
いっそ地上で全力疾走するより速いんじゃないかと思える潜航で奴から逃げるのだ!
それは生きるため。
それは安穏とした日々を取り戻すため。
今の僕の身体には、土モグラ先輩の命も懸かっているのだから――!!
「きゅっ――」
しかし現実は無情なり。
突如地表より接近する鎖のような物体が避けられない速度で迫り、僕の、土モグラ先輩の体に巻き付いた。
(あぁ、ごめんよ土モグラ先輩……せめて死なば諸共……!!)
巻き付いた鎖は強く引き締められ、そのまま――
「害獣一匹、釣れましたね。どう処理致しましょうお嬢様」
「とりあえず私に抱かせなさい! この子かわいいわ!」
――なぜかレレイ様の胸の中に抱きしめられる結果となったのだった。
……土モグラ先輩、あんたやっぱすげぇよ。




