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第28話

 土亜竜は一体、まずこの情報がアスタシアによってギルド長に伝えられた。


「ふむ、一体でも頭が痛い話じゃが二体以上いたら町の存続は危ういものになるからの。吉報と受け取ろう」


 今回発見された竜種は劣化種であるはずだが、それでもこの反応だ。

 これだけでどれだけこの世界で竜種が特別視されているのかがわかろうというもの。

 劣化種であっても竜に連なるものであれば町の存続を脅かすくらいどうということもないのだろう。


 しかし未だ絶望の影も見せないアスタシアによって報告は続く。


「土亜竜出現によるスタンピードの可能性だけど、これは猶予がありそうだねぇ。森の魔物の動きは逃走じゃなくて、討伐に傾いてる気がする。なんでか知らないけどあの土亜竜、手負いみたいだからさ」

「なんじゃと?」


 手負い?

 あの土亜竜は今弱っているということか?

 劣化種とはいえ竜種を手負いにさせたのが何なのかも気になるが、今はそれより手負いという事実が重要だ。

 アスタシアの言うことが正しければ、これは千載一遇の好機なのでは……。


「ふぅむ、竜同士の縄張り争いで負けでもしたか? それで手負いならば確かに我らにも勝機はあるか……」

「手負いにまで追い込んだのが同じ竜種であるならば、相当の弱体化が望めますからね。そうでなくとも付近の魔物が討伐に意向を固めているということは相当の手傷を負っているのは間違いないかと」


 ギルド長もテレサさんも見えてきた光明に少し安堵している様子。

 本来ならばAランクパーティーが5組必要らしい亜竜討伐に、もしかしたらこの町の戦力で対抗できるかも……!!


「たはは、そんなに甘くはないさー、竜を相手取るのは。今のヘザールの戦力じゃまず勝てっこないよ」


 少し浮かれた空気になりかけたこの場を、アスタシアが無情の一言で一蹴する。

 この場の視線がアスタシアに集中するが、彼女は最初この部屋に入った時と同じくいつもと変わらない、つまりは普段通りの姿勢だった。

 焦っても、慢心してもいない。

 しかしそんな彼女から発せられたその言葉の重みは、この場の全員が理解した。


 彼女は、アスタシアは不老の身で長年この世界で生きてきた大先輩だ。

 高齢のギルド長でも、元王国騎士団長という話のゼフ師範でも、まだ会ったことのないこの町のAランクパーティーでも、彼女の経験という強みを上回る者はいない。

 例え軽い調子で放たれた言葉でも、戯言と一蹴するには築かれた伝説が大きすぎるのだ。


 アスタシアの言葉は無視できない。


「……劣化種とはいえ、竜は竜。手負いじゃからこそ恐ろしいこともある。ここは付近の魔物が勝手に自滅するのを待つべきかの」

「はい。完全に自滅することはないでしょうが、それでも土亜竜に可能な限り減らしてもらえれば十分防衛は可能かと」


 アスタシアに浴びせられた言葉の水で冷静さを取り戻したギルド長とテレサさん。

 2人はこの一瞬で手負いの土亜竜討伐から町の防衛に考えをシフトしたようだ。


 正直妥当な判断だと思う。

 こう言っては身贔屓に聞こえるかもしれないが、ヘザールの戦力で倒せるかわからない土亜竜を近辺の魔物たちで倒せるとは思えない。

 魔物が土亜竜討伐に動き始めているというならどうぞ勝手にやってもらって数を減らして貰おう。

 その後この町に向けスタンピードを起こそうが、敗残兵と化した有象無象が相手ならば対処は容易という魂胆だ。


「まぁその辺りのことはそれでいいとして、ボクの言いたい問題は倒せない土亜竜をどうるかだよ。魔物のスタンピードなんて最初から脅威に思ってないさ。ボク一人でも一つの門くらいなら死守できるしねー」

「一人で……?」


 アスタシアが今最後に言った言葉が信じられないんですが。

 一人で城門防衛できるってどんな戦闘力だよ。

 いやそれ以前に体力は持つのか?

 いくら不老不死でも体力は有限だろ……だよな?


 珍しいツチノコを見た気分でアスタシアを見つめていると、彼女はにっこり微笑んでVサイン。

 かわいいんだけど直前の発言のせいでもう素直に和めない。


 しかしそんな僕の心中とは関係なく話は進む。


「土亜竜に関しては国に援軍を頼むことになろうな。その前にご領主様に報告じゃが、聡明なあの方なら特攻などとは言うまい。まったくこれから忙しくなりそうじゃ」


 要するに土亜竜討伐は国に任せて僕らはスタンピードを対処すればいいんだな。

 今チラっとでてきたご領主様だけど、ギルド長が聡明と太鼓判を押すほどの人物なら心配はいらないだろう。

 

 そういえば僕この町で魔法使いって結構知られてるはずなんだけど、一向に声が掛かってこないな。

 貴族様なら魔法使いを囲い込みたがるものらしいから絶対お誘いくらいは来るだろうと覚悟してたのに。

 まあ来てもお断りするのは決定事項だからその辺察しているのかもな。

 ギルド長曰く、聡明なお方らしいから。


「おおそうじゃリキョウ。お主、この町の領主であらせられるバルトハルト辺境伯からお呼びがかかっておったぞ。アスタシアと肉弾で相まみえた噂の魔法使いを一目見て見たいとな。ちょうどええから儂と一緒についてこい」


 んなこったろーと思ったよチキショ―!

 もう来ないだろうと油断したところを突くそのやり口、流石貴族様だぜ。


「行きたくなさそうな顔じゃの。まあ機会があったらということじゃったし強制ではないが、お主も上位冒険者を目指すなら会っておいて損はないぞ」

「行きますよ。どうせギルド長はもう連れてく気満々でしょうから、無駄な抵抗はしません」

「ほっほっほ。バレておったか」


 それにギルド長の言葉で決めたわけではないが、冒険者をやっていくのに貴族様と面識があるというのはランクが上がった時に利点がありそうだ。

 これで相手が傲岸不遜な貴族なら会うなんて御免被るが、町でも慕われている様子は見受けられたしギルド長も太鼓判を押してるしそこは安心していいだろう。


 あとは礼儀作法だな……これからこの世界の貴族相手のマナーなんかを勉強しなくちゃ。

 冒険者相手にそこまで目くじら立てたりはしないだろうが、印象って大事だから。

 折角の貴族様と謁見できる機会なんだから、なあなあで済ませず得られる利益はどんどん狙ってく。

 目指せ貴族様からの指名依頼!

 そして得られる高報酬!


 僕が内心そんな汚い考えに昂っているうちに土亜竜対策会議は終わりを迎えた。

 

 ご領主様との謁見の日時は3日後と言われ、それまでに準備しておけとギルド長に念を押された。

 3日後までに礼儀作法覚えろとか無茶いうよホント。

 とりあえず会議が終わってだらしなく伸びしてるアスタシアを捕まえて先生になって貰おうかな。

 こんなでももとは貴族令嬢らしいからね。


 その後捕まえたアスタシアは「ボクは都合のいい女じゃないんだよ? たはは……」と若干罪悪感を覚える発言で僕の心を抉った。

 これからはもっとアスタシアと交流をしていこうと思います……。



     ◇



 あれから時は流れ、あっという間にご領主様との謁見の日になった。

 この日までアスタシア先生による詰め込み教育を受けた僕は、「冒険者としてならこれで十分だよ」と無事花丸を貰うことができた。

 ホントの事を言えば僕が目指すところは「貴族様からしても」、だったのだがそんな甘くはなかったようだ、とほほ……。


 しかし今日のために冒険者活動を休んでまでアスタシアに付き合ってもらったのだから、せめて顔くらいは覚えてもらえるよう挑むつもりだ。


「おいリキョウ、顔が緊張で強張っているぞ? ほらリラックスだリラックス」

「すーはーすーはー……。うん、落ち着いた、気がする……」

「大丈夫なのかこれで……? まあ気負わず適当に会って帰ってこい。私がご飯を作って待っててやる」

「ありがとうサニー。それ楽しみにして頑張るよ」


 今は宿の部屋でサニーに出発前の挨拶をしているところだ。

 ……いや、挨拶というか緊張してきたからサニーの顔を見て落ち着こうと思っただけなのだが、そんなこととても本人には言えない、恥ずかしいからね。

 でもその目的は達せられた気がする。

 サニーと話していたらなんだか本当に落ち着いてきた。

 流石は僕の嫁、最高だ。


 サニーは僕が冒険者活動を休んでいた間も角ウサギの納品を一人でやってくれたし、エイトら3人とも会って引継ぎを頼めないかと一緒に訓練をしたりしたらしい。

 彼女は僕の足りないところを何を言わずに助けてくれる。

 だからこそ僕もこういうところで彼女に報いてやらねばと、一層気合いが入るのだ。


「それじゃ行ってきます、サニー」

「うむ。行ってらっしゃいだぞ、リキョウ」


 軽いキスを交わしてから僕はギルドに向かう。

 そこでギルド長の用意した馬車に乗って一緒に領主邸に向かうのだ。


 ギルドにつくと既に準備はできていたようで、アイミスが寄ってきて声を掛けてきた。


「こんにちはリキョウくん。おじい…じゃなくてギルド長がいつものお部屋でお待ちしていますよ。こちらの準備は完了しているのですぐ出発となると思います」

「わかりましたアイミスさん。悪い意味で貴族様に目を付けられないように願って、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 最初と比べ大分仲の良くなったアイミスとの挨拶を終え、ギルド長と合流した僕は遂に領主邸に向け出発した。


 サニーのおかげで程よい緊張感で脳内シミュレートを実行していた僕は、しかし馬車での道中無慈悲な勧告をギルド長から告げられる。


「言い忘れておったがお主がこれから会うのはバルトハルト辺境伯、ではなく、その一人娘のレレイ様じゃから、そのへんよろしくの」

「は?」


 いや突然なにを言い出すんだあんたは。

 ちょっとあまりに突然すぎて意味を頭で処理しきれない――


「お、もう着くの」

「――ってちょっと待ってくださいよギルド長⁉ え? 僕ご領主様が一目見たいから呼ばれたんじゃ」

「ご領主様は多忙での。窓から一目見たら満足じゃろうて。うし行くぞ」

「そんなご無体なぁ……!!」


 しかし僕の悲痛の抗議はあっけなくスルーされ、ギルド長は辿り着いた領主屋敷へと迷いなく進んでいった。

 ギルド長の出迎えは老齢の執事さんがやっているようだが、僕のほうは若いメイドさんがそのまま庭に誘導してくれた。

 どうやら僕には屋敷の中に足を踏み入れることすら許されないようだ。

 チキショー!

 脳内シミュレートが根底からひっくり返されちまったよ……!!


 綺麗に手入れされた庭を歩きながら届かぬ領主屋敷を見上げる。

 煌びやかというより堅牢という印象を受ける屋敷だが、これは貴族として普通なのか?

 魔物が多く住まう辺境の地であるからこんな風なのかもしれないが、見栄よりも命を大事にできる貴族様というのは確かに珍しい気がする。

 くっ、尚更ここのご領主様に顔を覚えてもらいたい願望が強く出てきたっ……!!

 今からでも脳内シミュレートで作戦を練るか⁉


「それではリキョウ様、こちらでお待ちください」

「あ、はい」


 未練に思考を狂わせていたら案内のメイドさんに座らされた。

 すぐにお茶まで出してくれる気配りまである。

 あ、茶に合うお菓子まででてきた。

 え、これ食べてもいいの?

 あ、いいんだ、頂きます……おいし。

 もぐもぐサクサク……。


 ……なんか自分がアホらしく思えてきた。


 確かにご領主様との謁見を想定して準備してきたが、今ただの下級冒険者にすぎない僕をここまでもてなしてくれてるのはそのレレイ様というお嬢様付きのメイドさんであるからして。

 その相手を見くびるのは如何なものだろうか。

 最近この世界で珍しい魔法を得て、更に珍しい魔法特性まで得られたから調子に乗ってたかもしれない。

 一度ガツンと思考を切り替えよう。


「ふんっ!」


 バチンッ!


 自分で自分の頬を叩くのはこの世界で二回目だった気がするが、前よりも痛くできた気がする。

 前は身体強化とか発動したままやって血が出たもんだが、今回は痛みだけ強く感じるな……。


「……ふふ」


 これも成長。

 肉体と技術が足並みをそろえて前よりも強くなった証だ。

 頭も冷やせて気付きも得られる、なんて素晴らしいことだろう。


 と、ここで横には最初からメイドさんがいたことを思い出す。

 少し奇妙な光景を見せてしまったかと笑いながらそちらを見ると


「お前、変態という奴かしら?」


 銀髪の強気な少女が仁王立ちで僕を眺めていた。

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