第24話
「カインさん、少しお時間頂けますか? アカネのことで、お聞きしたいことがあります」
真剣な眼でそうカインさんに訴えると、彼はなにやら目を細め嫌そうな顔をした。
しかしそれは自分の時間を取られるのが嫌なのではなく、きっとアカネの抱える事情に僕が踏み込もうとしているのが気に入らないでのはと思えた。
それでも僕は訴え続ける。
アカネの抱える問題を解決してやりたいという、この気持ちを。
ただ愚直に。
「……場所を変えよう。俺らのパーティーハウスがあるんだ。そこで話そうぜ」
「……!! ありがとうございます、カインさん!」
カインさんは納得したわけではなさそうだが、話をしてもいいくらいには僕の覚悟を認めてくれたみたいで、そう告げると一人先に歩き出した。
近くには【点灯竜】の他の面々もいるのだが、カインさんはそちらには目もくれず、先を行く。
「すみません【点灯竜】の皆さん。この埋め合わせはいつか必ず……」
「いいのよリキョウくん、私たちのことは気にしなくて。……でも、あの件に踏み込むつもりなら、最後までやり遂げて欲しいかな。少なくとも、逃げることはしてほしくない」
アーレさんのその言葉に、他の面々も強く頷く。
どうやら事情を知っているのはカインさんだけではないようだ。
「はい。どこまでできるか、なんてことは言いません。最後までやり切って、アカネとまた笑いたいですから」
それだけ伝えると僕もカインさんの後を追う。
カインさんも【点灯竜】の皆さんも心優しい実力者たちだ。
そんな彼らが事情を知りながらも手を出せないほどの問題。
それがなにを意味するか、わかっているようでわかっていない。
けど一筋縄ではいかなそうだと、覚悟を今一度確かめる。
「……大丈夫。怯えはない」
アカネに鍛えられたこの肉体と精神があれば、乗り越えられるはずだと、強く心に鞭打った。
そうしてカインさんの後を追いながら進み辿り着いたのはそこそこ大きな一軒家だった。
年季のある建物にも見えたが手入れはしっかりしているのだろう、随分と綺麗な外観を保っている。
「入ってくれ。中は綺麗だからあんま汚してくれるな。俺がアーレに怒られる」
道を歩くうちにカインさんも考えをまとめたのか、ギルドを出た時よりも大分温和な雰囲気を取り戻していた。
僕はその姿に少し安堵しながら彼らのパーティーハウスに足を踏み入れる。
「お邪魔します」
「失礼する!」
「おっ邪魔っしまーす!」
パーティーハウスという冒険者の憧れに感動するよりも先に一つ。
「アスタシアお前も着いてきたのか?」
「ボクってばAランクだよ? いてもらって損はないと思うなー」
いやそれはそうかもしれないが、この件は結構踏み入ったことだからカインさんが許すかどうか……。
「構わんぞ。どうせ話したらリキョウは引かない。なら協力者としてアスタシアはありだ」
「うんうん! 話を聞いて協力しないってことだけはないから安心してよ」
カインさんは話す=止まらないとわかってるようだけど、その上で話してくれるのか。
アスタシアもそんな僕の性格を理解してついてきてくれたのだろう、僕の手助けをしようと。
これは2人とも、僕の我儘に付き合ってくれるということなのか……いい友人を持ったな、僕は。
「おいリキョウ! 私もいるんだからな! 忘れるんじゃないぞ⁉」
「サニーはいつでも僕を支えてくれてるだろ? 忘れるわけないって」
「う、うむ。それならいいのだ……」
思えばサニーには特別言葉で力を貸してほしいと言ったことはなかったな。
いつもなんとなく側にいて、なんとなく同じ方向を向いてくれる……。
それはとてもありがたいことで、僕は随分と彼女に助けられているのだろう。
願わくばこれからもそうであってほしいものだ。
「これからもよろしくな、相棒」
「ぬ? どうしたのだ突然。まあよろしくだな、相棒!」
「おーい。イチャコラしてないで話を始めようぜ」
「たはは……ボクの目の前で見せつけてくれるね旦那様」
おっといけない今は大事な時だった。
別にイチャコラしていたわけではないけど、カインさんもアスタシアも自分たちの冒険者活動を休んで僕の我儘に付き合ってくれてるんだから、こっちも誠意を見せないと。
全員がリビングに置かれたテーブルに座り、アスタシアがお茶を淹れてくれた。
茶を淹れる動作からして普段のアスタシアとは思えない令嬢オーラがあって驚いたが、今はそこには触れないでおく。
「んじゃ、リキョウ。なにを聞きたいって?」
茶を出されたところでカインさんがそう切り出すが、その顔には嘘や誤魔化しは許さないと書いてある。
本音で話せってことだろう。
「僕が聞きたいのはアカネの抱える問題についてです。彼女はいつも稽古場で一人。僕以外誰も稽古を受ける門下生がいないのに師範代を任されているのも疑問ですが、サニーから聞いた話だと何やらただならぬものを抱えているようで。それに関して聞きたいんです」
「ふぅ。やっぱそれか……。確かにアカネさんがあの道場で師範代を任されているのには理由がある。それは門下生を鍛える云々ではなく、アカネさん個人の問題を解決するために道場の開祖が招いたのが始まりだそうだ」
門下生の為ではなく、アカネの為を想った人が昔にはいたのか。
それでアカネは道場で師範代なんてものをやっていると……ん?
今道場のかいそ……開祖って言ったのか?
「い、今開祖って言いました? いえいえそんなまさかですよね。だってクロスロード道場ってずっと昔から続く名門道場で……いやアカネの年齢とか別にどうでもいいんですけど、白猫族がそんな長生きってことあるんですか⁉」
しかもアカネってまだ見た目少女だぞ⁉
最初アカネから白猫族って聞いた時はそんな長生き種族とは一言も……。
「落ち着けリキョウ。俺もアカネさんの本当の種族がなにかなんて知らねぇんだ。ただ、俺がまだガキの頃からあの人はずっといたし、その頃からずっとああだった。……ずっとあの稽古場で一人だったんだよ」
それを語るカインさんは悔しそうで、そしてもう諦めているように見えた。
きっとカインさんも挑んだはずだ。
この人はそんなアカネさんの姿を見て無視できるような人じゃないから。
挑んで、そして敗れたのだろう。
その結果が、今のカインさんのこの表情なのだ。
「……でも、諦めちゃったんですね、カインさん」
「……あ?」
悔しいがあるのに、それを前に進む原動力にできなかったのか。
「カインさんにとって、アカネはその程度の存在ですか」
大切ならもっと努力できた。
見捨てたくないならもっと抗えた。
そのはずだ。
「カインさんの過去は知りませんけど、その様子だとアカネは昔もずっと一人だったんですね。誰かが哀れんで手を差し伸べて、それでも届かないとわかると離れて行って。……アカネが可哀そうです」
「……お前はどうなんだ、リキョウ? お前はそうならないと言えるのか? いや今はまだ言えるかもしない、でも事態の重さを知ったらそうはならない! 今までの奴らみんながそうだったように! お前も――!!」
「――舐めないでください」
カインさんはまだ知らないようだから教えてあげます。
地球じゃ魔法なんてなくたって、越えられない壁をいくつも越えてきた人たちがいる。
僕にそんな芸当ができる力があるなんて思っちゃいないけど、それでも抗うことにはきっと意味がある。
それに……そう思ってたのだって以前の話に過ぎない。
この世界に来た今の僕には魔法という力があって、その上で地球の偉人たちの生き方を知っている。
ならここでできないなんてどうして思っていられよう?
「カインさんがもしまだアカネのことを助けたいと思っているのなら、これだけは伝えておきます」
この世界に来てわかったこと。
いやこの世界だからこそ当たり前すぎて、よそ者の僕にしか痛感できていないこと。
それは
「――魔法使いを舐めるなってことです」
人知を超えた力がここにある。
誰もが憧れる力がここにある。
この力を神がくれたというのなら、神に通ずるところを見せてやろう。
「教えてくださいカインさん。アカネの抱える問題は、なんですか?」
◇
【点灯竜】のパーティーハウスから宿に戻る帰り道。
僕は思い悩んでいた。
「どうしたリキョウ? あんな啖呵を切っておいて今更やめるなどと言うまいな?」
「……サニー、それは違う。作戦を練ってるに決まってるだろ」
「ぬ、す、すまない」
おっと、考え事に夢中になり過ぎてついきつい言い方になってしまった。
ただアカネの抱える問題というのが単純明快でそれだけに越えがたいものだから、どう手順を組み立てていくかが難しいのだ。
「すまんサニー、きつい言い方だったな。ただ今の実力ではどうしても足りないものが多い、これは早急に魔物狩りをしなくちゃならない。ギルドの依頼云々抜きでもな」
「それは構わんが、勝算はあるのか? 例え今リキョウが思い浮かべる技能を全て会得できたとしても、成功はするかどうか……。踏み込み過ぎたところで負ければ、それは死以外にないぞ」
そうかもな……。
カインさんがあれから話してくれたことが事実なら、敵はアカネじゃない。
だがアカネとも戦う必要は絶対にでてくる。
それは勝ちを狙う必要は全くないにせよ、そこで負けるわけにもいかないのが難点だ。
「必要そうな技能を改めて考えなきゃな。それに予定より早いが、アスタシアにも僕らの事情を打ち明けて助力を願うべきか……」
そのアスタシアは今一緒ではない。
話が終わり僕らはお暇しようとパーティーハウスをでたが、アスタシアはまだカインさんに話があるようでそこに残った。
アカネが道場の開祖と知り合いならば相当長生きだろうし、もしかしたらアスタシアは事情を知っていたのかもしれないな。
「……あのアスタシアでさえ敵わないなんてことはないよな……?」
彼女がアカネを救おうと動いたのかはわからない。
ただ同じ時間を生きたというだけで大した仲ではなかった可能性もあるし、それならばそもそも無理に挑むようなこともしていないかもしれない。
だがもしアスタシアも挑戦し、そして届かないと思ったのなら……
「……あのいつも『たははは』言って笑ってるアスタシアが、そんなことで諦めるはずないか」
そうだ、なにも僕だけが特別なわけじゃない。
たとえ魔法がなくたって、奇跡を起こせる人間は確かにいるのだ。
忘れていたわけじゃないさ。
この町には優しい心を持つ人たちがたくさんいるんだってことを。
「ん? どうしたのだリキョウ? なんだか吹っ切れた顔だな」
「そうか? いや大したことじゃないんだがな……同じ戦いに何百年も前から一人で挑み続けてる馬鹿野郎が、結構近くにいそうだなって。それだけだ」
「……? ……あぁ、そういうことか。確かにそんなバカ者を想えば色々と吹っ切れるかもしれんな! ははははは!」
まったく、素知らぬ顔してついてきやがって、ほんとは全部承知済みってか。
気に食わないことだが、やはり彼女は大先輩だよ。
冒険者としても、人間としてもな。
「僕が失敗しても、きっと彼女は『たはは』って笑って前に進むんだろうな、諦めずに。それでいつかきっとアカネを――」
そう考えれば少しリラックスできた気がした。
同じ目標を抱いた同士がいるだけで、支えてくれる仲間がいるだけで、随分と歩く道も違って見えるもんだ。
なあ、アスタシア……
◇
リキョウとサニーの去った【点灯竜】ホームにて、2つの影が向かい合って話していた。
「さーてさて、今頃旦那様は気付いてるだろうねぇ。ボクが旦那様と同じで、アカネを救おうとしてるってことにさ。たはは」
片方の小さな影、アスタシアは嬉しそうに笑いながらそう述べる。
その相手はもちろん先程までリキョウと話していた【点灯竜】のリーダー、カインだ。
「……俺があなたにアカネさんのことを頼んだ時には、「もう既に同じこと何回も言われた」って、うんざりして言われてしまいましたね。俺も既にこの世にいない他の奴らも、結局自分で解決することを諦めてあなたに託すばかり……情けないっすよ」
それはカインの独白だった。
カインはリキョウの推測通り、かつてアカネの抱える問題に挑み、そして心を折られた人間の一人だった。
自分ではどうにもできないと悟り、ヘザール最強と名高い不老不死の冒険者に後を託すまで、過去の大勢の者と同じだった。
「俺は最初リキョウからアカネさんのことを聞かれたとき、また俺たちと同じ道を辿る馬鹿が現れたって、あいつのこと心の中で侮辱してたんすよ。それが何故だか今は、彼なら本当にやり遂げてくれるんじゃないかって思ってる……都合のいいことっすよね」
「いいじゃないか別に。都合の話をするならずっと前から君たちは卑怯者さ。ただ君たちが卑怯者であるように、たくさんの時間がありながらそれを成し遂げられず、そのくせ未だ諦めをつけないボクも十分卑怯者なのさ」
そのアスタシアの言葉はカインも初めて聞く、彼女の弱音だった。
アスタシアは不老不死でいつかきっとやってくれる。
そんな身勝手な願望は、一人死なない彼女にのしかかってきたのだ。
「……新しい風が吹く。君もボクと一緒に乗ってみようじゃないか。あの人知を超えた、魔法使いにさ」
そのアスタシアの言葉に同調するかのように、風が外で木の葉を揺らした。




