第22話
今日は光の日。
昨日決めたばかりだが、早速今日からクロスロード道場へ通うこととする。
朝から夕刻まで、みっちりアカネに稽古をつけてもらう予定だ。
今はまだ朝陽が少し顔を覗かせただけの時間だが、この世界では皆活動を始めている。
日本のように暗くなったら電灯が点くなんてこともないこの世界では、陽が落ちたらもう活動できない。
だから皆早寝早起きの実に健康的な生活サイクルを送るのだ。
一部貴族様や大商会なんかの方たちは、灯りの魔法具を使って夜でも構わず活動するらしいのだが、僕らには関係のない話だ。
「リキョウ、暗くなる前には戻ってくるんだぞ。朝帰りなぞ許さんからな」
「心配しすぎだってサニー。僕は道場で稽古をつけてもらいに行くのであって、女と遊びに行くわけじゃない」
「その道場に不安を抱くのだがな……(ぼそ)」
「ん? 今なんて言ったんだ?」
朝、いつものようにサニーと朝食を食べながらの会話。
話題は今日から僕が道場に通うというただそれだけの話なのだが、なにやらサニーには心配事がある様子。
「なにも言っておらん。ただ……先日ギルドで冒険者が話しているのを聞いたんだがな……気を付けろよリキョウ。あのアカネという女が美しい見た目に関わらず人気がないのには、どうも理由があるようだ」
「なんだ、それがサニーの心配事か? 気にし過ぎだって、アカネはただの腕のいい師範代だよ」
そりゃ確かにアカネは猫耳も相まって非常に可愛らしい見た目をしているが、あそこは武を学ぶための道場だ。
単純にそんな不純極まりない考えであそこに足を運ぶ者がいないだけだろう。
武術には強い精神力も必要だってアカネも言ってたしな。
「アカネの稽古に人気がでないのはきっと、指導が厳しいからだろうさ。でも僕はついていけてるし、それで実際強くなってる。名門クロスロード道場で師範代を任されてるんだから、問題なんて起こさないさ」
「……だといいがな」
サニーは晴れぬ表情のまま、一言そう呟いた。
その姿に流石の僕も若干気を引き締めるが、それでも僕はアカネを信用している。
彼女は指導は厳しいが、悪い奴などでは決してない。
確かに道場での記憶はあやふやなところも多いが、それで感じた不利益よりも得られた強さの実感の方がずっと大きい。
ただ僕の心が弱くアカネの稽古に耐えきれていないだけ。
しかしそれを乗り越え肉体はちゃんと技術を学んでいるのだからこれでいいはずだ。
「リキョウ……記憶が跳ぶほどの精神的打撃を、私は乗り越えられる気がしない。果たしてお前は、本当にそれを乗り越えられているのか……?」
食事を済ませ、席を立った僕の後ろでサニーが漏らしたその言葉は、僕の耳に届いてはいなかった……。
◇
サニーと別れクロスロード道場へと辿り着いた僕は、扉の上に掲げられた看板を見て懐かしく思う。
ここに来るのも久しぶりだ。
アカネにはずっと一対一で稽古をつけてもらっていたのに、連絡もなく冒険者活動に移ってしまったのは悪かったなと今になって思う。
しかし冒険者としての活動で得られた課題や実感などは無駄ではなかったはず。
それも含めてアカネと話し合い、これからも稽古をつけてもらおう。
見上げる道場からはまだ朝早いというのに門下生たちの掛け声がここまで聞こえてくる。
これは僕も遅れまいと気合いを入れなおして道場の敷居を跨ぐ。
するとそこには見知った顔の御仁が仁王立ちで待機していた。
「ゼフ師範。おはようございます」
「おお、リキョウの坊主か。おはよう、いい朝じゃの。今日も稽古日和のいい日になりそうじゃ。しかしお主急に来んくなったからアカネのやつが不貞腐れておったぞ。はよ行って顔を見せてやれい」
おっと、これは予想以上に機嫌悪いかもなぁ、アカネのやつ……。
って言っても素直に謝ってまた稽古を頼むしかないんだけどね。
「はい、アカネ師範代の稽古は為になりますから、今後は週一で通おうと思います。……ところで、ゼフ師範はここでなにをされてるんです?」
「ん? 儂はただ来る門下生たちを出迎えて朝の挨拶をしてるだけじゃよ。歳をとると稽古よりこういうことに感性が動いてのう……」
「は、はぁ……朝の挨拶は大切ですからね! では僕はこれで。今日も一日よろしくお願いします!」
「うむ」
仁王立ちを続けるゼフ師範の横を抜けアカネのいる稽古場に歩を進めるが……
「いやあれ朝の挨拶って雰囲気じゃねぇって……」
ゼフ師範の大きな体躯で仁王立ち、そして精神が荒ぶっているのか圧も凄い。
かつて王国騎士団長を勤めたその実力は伊達ではないということだろう。
だがかのゼフ師範があれほど荒ぶって、一体をなにを待ち構えているというのだろう……?
「カッカッカッカッ! 朝の挨拶とな⁉ ゼフ爺さんも面白いことを言うのう! あれはただ最近来ないカイン坊を心配して待機しておるだけよ! にしても朝の挨拶て……くくく、あれで挨拶しとれば門下生の精神を鍛えるのに一役買うかもの! これから毎日やってもらうか! かかかかか!」
いつもの稽古場につくとアカネは一人暇そうに座っていたが、僕が来たとわかると途端に上機嫌になり語らいが始まった。
そこで先程のゼフ師範の行動の真意を聞いてみたところ、アカネの反応がこれだ。
どうやらカインさんとゼフ師範の親子愛は相当なものらしい。
冒険者ギルドで時々カインさんたちの姿は見かけるし、最近も見た気がするからゼフ師範の心配は杞憂なのだが、これは伝えたほうがいいのだろうか?
「よいよい。今のままで面白い……稽古になるからの」
「今面白いって言ったような――」
「それにあやつのあれは最早この道場の風物詩じゃて。カイン坊が顔を見せんと毎回ああなるから、頃合いを見て門下生が冒険者ギルドにカイン坊を呼びに走ることになっとる」
面白がってるのはアカネだけでなく道場全体でってことですね。
あれを風物詩扱いとは流石クロスロード道場の門下生、恐れ入るな。
「最後はゼフ師範を想ってのカインさんをお連れする気配り……感服するなぁ」
「……あれはまぁ、ただ単に面倒事をカイン坊に押し付けているだけなのじゃがな。あの状態のゼフ爺さんにカイン坊の生存を伝えると、丸一日カイン談議に付き合わされて流石の妾も心が折れる……」
oh、気配りじゃなくて自分たちの培った生存本能を発揮してるだけだったよ。
そしてその生け贄に捧げられるカインさん……残念だけど元を辿ればあなたも原因の一端だから同情はしない。
てか丸一日ゼフ師範からカインさんの話を聞かされ続けるってここで一番の精神修行かもね!
あのアカネが遠い目で心が折れるって言うとか相当だぞホント……。
「ま、この話はここまでにして、久しぶりの稽古を始めようかの。長い事さぼりおったお主が、どこまでやれるかまずは見てやろうぞ」
立ち上がり構えるアカネ師範代。
確かに一月以上もここには来ていなかった僕だが……果たして前より弱いかどうか、まずはそれを確認して貰おうか。
「〈身体強化〉〈五感強化〉〈俊足〉――〈突進〉!」
「なっ⁉」
最後にこの道場に通った時はまだ、角ウサギを倒していなかった。
技能構成も一人で索敵やらを視野にいれたものだったが、サニーという相方がそれを担ってくれる今、僕は前よりもパワーアップしている!
文字通りな!
「正拳突き!!」
〈俊足〉と〈突進〉を合わせた超スピードで距離を詰め、勢いそのままに正拳突きをお見舞いする!!
如何なアカネと言えど、これをただの武の技で凌ぐのは難しいはず――!!
拳がアカネの胴を捉えようと迫り、僕は当たると確信した――
「――この短期間でどうやってそれほどの技能を手に入れたかは知らんが――甘いわ」
「ごほぉっ⁉」
――確信した、と同時に凄まじい衝撃が僕の身を突き抜け、視界は何度も回転し、最後は壁に激突して静止した。
(……い、一体……なにが…?)
僕の眼では完全に当たると思った。
あそこからの防御ないし回避は不可能だと、確信していた。
なのに結果は――
「阿呆め。技能を得て天狗になったか? まったく使いこなせておらんわ。確かに一撃の火力は上がったようじゃが、肝心の技を忘れておる。これならまだ前のほうが幾分マシじゃった」
僕が天狗になった、だと……?
天狗ってこの世界にもいるんだな……ってそうじゃなく。
確かに技能は強力で、持っていればそれだけで強くなった気がしていた。
使いこなすのが難しい技能は使用を見送ったが、単純な強化系の技能なら〈五感強化〉もあるし扱え切れないことはないと……思っていたのだが……それは間違いだったのか?
「アカネ……僕は技能に振り回されてるのか……?」
「妾にはそう見えたの。少なくとも、ここに来る意義を今のお主は失っておる」
「意義……?」
僕はただ強くなるためにここへ来た。
技能に振り回されはしたが、それはこれから道場で鍛錬を積み御せるようになれば、意義になるのではないか?
「なにか勘違いしておるようじゃのリキョウ。妾が技能に振り回されとると言ったのは、お主の肉体ではない――精神じゃ」
その言葉に、最初アカネがなにを言っているのかわからなかった。
精神?
精神って、僕が技能のお手軽な強さに誘惑されて、道場通いをやめたことを言ってるのだろうか?
しかし技能はあるとなしでは、技を磨くにしても雲泥の差がでる。
道場に来なかった期間の冒険者活動は、決して無駄ではなかった。
……そのはずだ。
「のうリキョウ。主は何故強さを求める? 強い力で一方的に相手を屠るためか? 弱き者をただ圧倒するためか?」
そんなの、決まってる……。
「誰にも負けないようにするためだ。弱い強いに関わらず、僕らを害するものすべてに負けないように……」
「そうじゃ。主は弱い者いじめをするために力を欲したのではなかろう。じゃが主は今、技能に頼った。それはいかん、いかんのじゃ。何故なら技能とは決まった力しか出せぬもの。己の戦いを技能に頼っていては、そこで成長は止まりゆく」
「………!!!」
そうか……技能はどんな場面でも一定の力を発揮するが、それは一定の力しか発揮しないともいえる。
その一定の力で勝てる相手はもちろん多くいるだろう。
だがそれで勝てない相手には、どうやっても勝てないのが戦いを技能に頼るということ。
つまり技能とはそういうことか……はは、忘れてたよ。
最初の頃はわかってたはずなんだけどなぁ……。
「よいかのリキョウ。技能は自分より弱き者に勝てる力であり、強き者を打倒する力ではない。……主は大事なことを忘れておったのじゃ。武術とは元来、弱き者が強き者に対抗するための術。妾との稽古で技能に偏った戦法を取った時点で、主の敗北は決定したのじゃ」
先程の稽古で、僕が用いた武術は最後の正拳突きだけ。
あとはすべて技能で補った。
足の速さも、距離を詰めるのも技能。
特殊な歩法も使わず、ただ技能による速さのみを重視した、技の欠片もない攻撃。
まるで子供のお遊びだ……。
「ふんっ!!」
バチーーーンッッ!!
稽古場に音が鳴り響く。
それは頬を叩く音。
しかしそれをやったのはアカネではない。
「……技能を使った状態なのを忘れておったのか? 自分で叩くにしても強すぎじゃ。血が出ておるぞ」
「構いません。これは一つのけじめですから。おかげで目が覚めましたよ」
頬が痛いが、こんなもので済んだのは運がよかった。
もし気付くのが稽古の場でなく、自分より強い魔物との戦いの場であったなら、僕は命を代償にそれを知ることになっただろう。
「アカネ師範代。もう一戦お願いします。もう無様は晒しません」
先程の戦い、技能を使ったのが悪いんじゃない。
ただ技能に頼り切ったのが愚の骨頂だったというだけ。
強化系の技能は特に、正しく武術と合わせれば正に鬼に金棒だ。
僕はここに、強い相手にも勝てる力を求めてきた。
ならば技能はあくまで補助、道筋は武術で立てる。
「クク……馬鹿者め。これは戦いではなく、稽古じゃと言っておろう。じゃがかかってくるといい、またボコボコにしてやるわ。カカカカッ!」
まだ今日は始まったばかり、アカネ師範代との稽古は続く。




