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第2話

 森の迷子さんになって8日目の朝。

 昨夜も地面で寝ることになった僕の身体は土まみれだ。

 しかし幸いだったのはここらの気候が夜も過ごしやすいものだったことと、自分以外に虫も動物も生き物がいなかったことだろう。


 幸いじゃないのは腹が減ったということ。

 寝て身体を休めたところで食べるもん食べなきゃ完全に回復などしない。

 そう限界は遠くないんじゃないかと覚悟している現在。


 今日も今日とて川を下流に沿って進む。

 もともと歩く速度は速くないのに疲労も相まってもう亀の歩みだ。

 相棒の杖がなかったらとっくに倒れててもおかしくない。


 人間なにも食べなければ2週間、水分を摂らなければ3日で死ぬらしい。

 食料が尽きてまだ5日目の朝だというにもう腹が減った。

 森の恵みに何度その手を伸ばし木の実や草花を掴んだか。

 もう無意識で勝手に手が動く。

 そして既の所で()()()()()がその手を抑えるのだ。


「これでホントはただの綺麗な森でしたってなったらもう二度と自分を信じない……」


 そう愚痴りながらも覚えたての魔法で水を生成する。

 そう、猛獣や魔物といった危険がないことをいいことに歩きながらも検証して会得したプチ魔法、その名も〈生活魔法〉だ!

 できることは火種を灯す、コップ一杯の水を出す、微風を吹かせる、土をちょっぴり盛り上げる、くらいなのだがこれがあるとないでは大違い。

 この状況下で主に使ってるのは水の生活魔法だが、これのおかげで水分不足には陥らずに済んでいる。

 本当は水筒なんかの容器に確保しておきたいのだが、飲むたびに魔法で水を創り出してるのは入れる容器がない、いや消えたからだ。

 お茶とジュースが入っていたペットボトルだが、飲み終わった途端消えてなくなってしまったのだ。

 本来この世界にあるものではないから長期活用は許さないという神の意思だったのだろうか。

 なんにしてもこれで日本産のものはこの身と相棒の杖だけになってしまった。


「相棒が消されないのは木製だからか?ちょっとかっこつけてダンディーなやつ買って良かったな」


 この状況で杖なしで歩けとか言われたら流石にいろいろ諦めて森の恵みに手を出していたかもしれない。

 それだけこの相棒には助けられてる、歩きやすさが段違いだ。


 だが……そうは言っても。


「今日の夕方まで歩いてまだ抜けられそうにないなら、筏でも造るかぁ……?」


 そう考えるほどに、疲労は肉体にも精神にも蓄積していた。


 しかし現実問題、道具も知識もなしにそんなもの造れるはずもなく、それを理解していたからこそ最初の段階でやらなかったのだが。


 結局のところ歩き続けるしかないのだ。

 それくらいしか生き残る方法を思いつかないのだからそうする以外に道などない。


「こんなことならサバイバル本でも読んでおくんだったなぁ……」


 ふらふら、ふらふらと。

 杖を支えに前に進む。

 例えそれが亀の歩みでも、いつか森を抜けられると信じて……。






 ザバンッ


「――えっ?」


 聞こえる水が弾ける音。

 近い――いやこれは近いというよりもはやゼロ距離。


 つまるところ――


(お、落ちた――⁉ まさか僕、気を失って川に落ちたのか⁉ ま、まずい、息が――!!)


 水を浴びたことで覚醒した意識で咄嗟に掴むものを探すが、前も後ろも上も下も、突然のことで混乱した脳で判断がつかない。

 それが更なる混乱を呼び、もはやこの身はただ流されることを受け入れるしかない。

 そんな中でもそれは生物の本能的な行動なのか、体を丸め手で頭を押さえる行動をとる。


 時々身体に走る衝撃に耐えながら、僕の意識は直に暗闇へと沈んでいったのだった。



     ◇



「……――い―――お――い!!し――ろ―!!―――おい!!」


「ごほっ!!――はぁはぁはぁ……ここ、は……?」


「目ぇ覚めたかよ?大丈夫か?」


 何者かの声によって意識が浮上する。

 すると目の前には熊がいた。


「くくくクマァ⁉ だ、だれkっごほっごほごほ」

「おいおい無理すんじゃねぇよ。そんな瘦せ細って、碌に食ってねぇんだろ?いきなり大声出すもんじゃねえ」


 そのクマ、に見えた男から発せられる落ち着いた声に、咳き込みながらもゆっくり現状の把握に努める。


 確か川に落ちて為す術なく流されていたはずだが、どうやら命は助かったらしい。

 身体のあちこちが痛むが思考はできる、腹が減った。

 そんなことを真っ先に考えられるなら致命傷はないと信じよう。


 いやそんなことよりも腹が減った……。

 水は川に流されてるときにたら腹飲んだようだがそんなもので食欲は満たされない。

 あの森の川の水飲んだのかとかそんなことはあとでゆっくり考えるとしてまずは食事がしたい……!!


「な、なにか……食べるものを……」

「おお、そうだな。生きてはいるみてぇだし村に連れてくか。それまではモモンの実でも齧っとけ」


 村?

 村があるのか、よかったこれでようやく人の生活ができる。

 受け入れられるかどうかはわからないけど、森からは抜けられたんだし人の住める領域ならなんとかなるかもしれない。


 それより飯!

 モモンとやらを喰わせてくれぇ……モゴモゴ……


「よっこらせっと。軽いなぁ兄ちゃん。運びやすくていいけどよ。おっとモモンの実は噛むんじゃねぇぞ、硬くて歯が折れっからな!がはははは」


 もごもご……先に言えやそういうの。

 幸い噛む力も残ってなくて歯は無事だけどね。


 このモモンとかいう実、さっきチラっと見えた感じ見た目は桃色の葡萄っぽかったんだが、石みたいに硬い。

 しかし飴みたいに舌の上で転がすと程よい酸味と甘みが口の中に広がって涎がとまらん。

 めちゃくちゃ涎垂らしながら運ばれる自分が情けないが、モモンが美味いから良しとしよう。


(あ、ヤバい……美味いもん食って安心したら眠くなってきた。さっきまで意識なかったのにな……)


 これから色々聞いたりとやりたいこと、やるべきことがあるというのに、睡魔には抗えず僕の意識は再び暗闇へと沈んでいった。



     ◇



 あれからどれくらい眠っていたのだろうか、差し込む陽射しは暖かい。


「……知らない天井だ」


 当たり前だけどね、言ってみたかったんだこのセリフ。


 と、その時ちょうど僕が寝かされていた部屋の扉が開く、誰か来たようだ。

 僕を運んでくれたクマさんかな? と思ってそちらを見ていると入ってきたのは10才かそこらの少女だった。

 明るい茶髪を短めのツインテールに纏めた可愛らしい子だ、この家の子供だろうか?


「あ! 目が覚めたんですね! お身体の具合はどうですか? お腹減ってるでしょうからすぐお粥持ってきますね」


 そう言うと少女は「お母さーん!」と叫びながら行ってしまった。


「……なにも聞けなかったな。お礼もしてないし、あとでクマさんのことも聞かないと」


 身体を起こしながらそんな算段をつけているとすぐにまた誰かがやってくる足音が聞こえた。


「おう! どうよ調子は? ちょっとは顔色よくなったじゃねえか」


 クマさんが現れた。


「はは……探す手間が省けたな。まずはお礼を。助けてくださりありがとうございました。おかげさまで大分体力が戻りましたよ。僕はリキョウといいます。一応は、魔法使い…の、見習い?ですかね」


 はっきり魔法使い見習いと名乗れるだけの実力があるのかも怪しいから曖昧な言い方になってしまった。

 早く生活魔法以外も覚えたいなー。


「ほう! 魔法使いとは珍しいな! 生まれて初めて見たぜ。 俺はこの村の飯屋やってるディートってもんだ。まあまずはゆっくり身体休めろよ。お礼はその後でしっかり働いてもらうからな! がはははは」


 ありがたいことだ、こんな何処の誰とも知らない人にここまでしてくれるのは日本じゃ考えられなかったな。

 体力が回復したらしっかり働いて恩を返そう。


「お父さーん! お粥持ってきたー!」

「おーテミ~! お前は今日も可愛いなぁ~~!! お粥持ってこられて偉いぞ~!」

「えへへ~。あ、お兄さんはじめまして! わたしテミー! 8才です! お粥熱いから気を付けてね!」

「お~! ちゃんと自己紹介できて偉いぞテミ~!」

「えへへへ~!」

「……お粥ありがとうね、テミーちゃん」


 礼を言ってお粥を受け取りながら思う。


(どうやってこのクマからこんな可愛い子が?)


 もちろん表情には一切ださず驚愕する。

 ディートさんはムキムキの毛深い大男といった人なのに、テミーちゃんは小柄でまるで小動物のようなかわいらしさがある。

 はっきりいって似ても似つかない組み合わせだ。


(きっとお母さん似なんだな)


 これでお母さんにも似てなかったら踏み込んじゃいけない事情を邪推してしまうところだ。


「……あ、この粥うまい。ほんのり果物の味と香りがするような……もしかしてモモンの実ですか?」

「おう、モモンの実は疲れた体にはぴったりだからな。ここらでしか採れねえこの村の特産なんだ」


 特産ってことは貴重な村の財源だろうに……ありがたいことだ。

 残さずしっかり頂こう。


「そうだ、ここが何処かだけ聞いても?」


 食事処をやってるなら皆さん忙しいだろうし一つだけね。


「おう、ここはゴンボ村ってースカイル王国の田舎村だ。ま、知りたいことありゃうちの客にでも聞いてみな。食事ついでに話してくれんだろ。みんなお前さんのこと気になってるだろうしな」

「新顔は珍しいもんねー!」


 それだけ言うと2人は部屋を出ていった。


 なるほど、ここはスカイル王国の辺境ね。

 ディートさんも田舎村って言ってたけど、そういう小さなコミュニティーだと確かに他所から来た僕はいい話のネタになるだろう。

 ただディートさんテミーちゃんからは感じなかったけど、小さなコミュニティーだからこそ異物の僕を快く思わない人もいるかもしれない。

 それはこれからの僕の行動で信頼を勝ち取っていくしかないかな。


 だがまずは……この粥だ!

 久方ぶりに食べるまともな食事、痩せてしまった身体に染み渡る!

 ディートさん曰くこの村の特産らしいモモンの実だが、きっと栄養満点な果物なのだろう。

 思い返せば川から脱した時もまずモモンの実を舐めさせられたな。

 この世界に栄養なんて概念があるのか知らないが似たような考えはあるのだろう。

 

 いや魔法の存在するこの世界なら不思議効果とかあってもおかしくないな?

 試しにお粥をじっと観察してみる。


「魔力は……ない、と思う……」


 見習いとすら公言できない今の実力じゃそんなのわかるはずもないか。


 とりあえず冷めないうちに食べてしまおう、これからの話はそれからだ。



     ◇



 この村での生活が始まって10日が経った。

 まだ身体に小さな怪我などは見えるが、体力も粗方戻り歩けるようになっている。

 川を流されるときは死を覚悟したのに大きな怪我がなかったのは幸いだ。

 そんなに流れの激しい川じゃなかったのかもしれない。

 

 それから川の水を飲んでしまった件だが、あれはセーフらしい。

 なんでも僕がいた森は呪いの森と呼ばれているそうだが、あそこで口にしてダメなのは動かない自然、つまるところ木の実や草花だけであるようで、常に流れ続ける川の水は問題ないらしい。

 ディートさん曰く、「川の水までダメだったら俺たちも今頃呪われてんだろ」とのこと。

 確かにこの村もあの森から繋がってる川を利用して成り立ってるんだからそりゃ安全は立証済みだろう、安心安心。

 因みに呪いの森のものを口にしたらどうなるの?と聞いたところ、「呪われるに決まってんだろ」と欲しい答えは返ってこなかった。

 その呪われた結果が知りたいんだけどなぁ。


 あと実は失くしたものがある。

 背中に背負っていた革のリュックはともかく、手に持っていた相棒の杖に関しては行方不明となってしまった。

 結構愛着のある杖だったのだが川に流されたのでは見つかるはずもないだろう、諦めも肝心だ。


「これで故郷のものはこの身一つか。新天地に挑むにしては少し寂しいけど、これもけじめってことで」


 そう、僕は今この世界で生きている。

 帰る方法も連絡すら繋がらない現状で、いつまでもうじうじしてたって仕方ない。


 今やるべきことを、今やれる方法で。


 これからの僕の人生はここから始まるのだ。


 差しあたってまずするべきことは――


「おいリキョウ! こっちのも一口サイズに切っといてくれ。 火は使うなよ! また毒飯作ったら承知しねぇからな!!」

「うっす!」


 命を救ってくれたディートさんたちに恩返しだ!


 ……でも毒飯ってちょっと失敗しちゃっただけじゃん!!

 チキショォ~~~~!!!!

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