第12話
コンコン
受付嬢テレサがギルド長室の扉を叩く。
「マスター。お連れしました」
「……入れ」
中から聞こえてきた声はしゃがれた老人のもの。
しかし扉越しにもの凄い圧を放ってきてるんだが、さっきから圧飛ばす奴多すぎだろ。
いやテレサさんに関してはこっちが勝手に感じ取っただけなんだけどさ。
「失礼します」
「しまーす!」
テレサさんに続いてアスタシアも声をあげて入室する。
僕もその後にサニーと共に、更にその後にはカインさんとアーレさんも続いた。
ギルド長室の中は如何にも執務室といった様子。
中央奥に執務机が置かれており、その背後に窓。
部屋の真ん中には机と三人ほど座れそうなソファが二つ。
部屋の壁際にはぎっしり本が詰まった本棚が置かれている。
一通り部屋の様子を見たところで正面奥に座る老人に目を向ける。
齢70といったところだろうか、髪も髭も真っ白に染まっておりその顔には濃い皺が見て取れる。
しかしやはりというべきか、これだけの老体を前にしてもこの人物を侮る気など起こりはしない。
このご老体から感じる強い圧が、僕に反抗を許さないのか。
僕とサニー、そしてアスタシアが部屋のソファに座り、テレサさんとカインさん、アーレさんは近くに立って話を聞く。
あくまでこの議題の主役は僕ら三人だということか。
「さて、まずは自己紹介をするかの。儂はこのヘザール冒険者ギルドのギルド長、アイゼンという爺じゃ。初めに言っておく、ここでの話し合いに儂は中立の立場で参加する。Aランクのアスタシアの味方も、一般人の君たちの味方もしない」
ギルド長――アイゼンのその言葉に偽りはないだろう。
まだギルドについても、その纏め役の権限についてもまったく知らないが、どうせ話が始まれば嘘かどうかなどすぐにわかることだからだ。
それに、このアイゼンという老人からは如何にも実直な雰囲気を感じる。
経験則だが、こういう人間がこの場面でいう言葉は信じてもいい。
「ボクはアスタシア。〈魔女アスタシア〉だよ! このヘザールで一人と一組しかいないAランク冒険者さ! まあボクはパーティーでAランクじゃなくて一人でAランクだから最強はボクで間違いないね! あ、ボクの年齢聞いたら殺しちゃうから♡」
やけに自慢の多い自己紹介だこと。
魔女アスタシアの話は本人以外から聞いていたが、この分だと彼女自身が話した内容がそのまま伝わってるだけなのか?
なんか残念な子なのかも。
彼女が年齢について先に触れるなと言うだけあって、その見た目もまんま幼女だし。
〈不老不死〉の個性魔法だとは聞いているが、これは隠してたら逆に面倒な感じで話してた感じか。
……しかし、丈の短い和服に下駄を履き、頭には簪。
どこの国の品なのか実に気になる所だ。
これで髪色や瞳の色が濃い紫じゃなかったら、同郷を疑ってたね。
「なになに~? そんな見つめて、ボクに惚れちゃった? ダメだよ~ボク年下の子はそういう眼で見れないから」
「ああ、それは僕も同じです。この状況に問わずね」
「………」
「………」
「コロスッ!!」
「この状況に問わずって言ってんだろこのクソガキィッ!!」
話し合いの前に白黒つけたろかボケェ!
と、額と額をくっつけてガンを飛ばし合っていると左右から手が伸びてきた。
「おいギルド長の前だぞリキョウ! 頼むから大人しく話し合いをしてくれって!」
「はいはいアスタシア、そこまでよ。今は喧嘩するための時間じゃないの。年長者としてしっかりなさい」
カインさんとアーレさんが僕とアスタシアを宥めに入ったことで一旦は離れるが、それでもお互いガンを飛ばし合っていたら目を手で覆われた、くそ。
「ふぅ。ではこんな姿勢で自己紹介失礼。僕はリキョウ、魔法使いです。初めに言っておくけれど、僕はちゃんと人間ですよ」
「あ、さ、サニーだ。よろしくたの――」
「はん! そんな魔物の気配漂わせといてよく言うね! 目を塞がれてたってボクの目は誤魔化せないよ!」
おい今サニーが自己紹介しようとしてたろ。
さっきからアイゼンの圧を受けて委縮したなか頑張ってしたんだから最後まで聞いてやれよ。
ていうかアスタシア、お前も目を塞がれてるんだな。
ナカーマ。
「では主要人物の自己紹介も済んだことじゃ。さっそく話し合いを始め給え。いいかね、話し合いじゃぞ。わかったな」
「こいつの出方による」
「同じく」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」」」
ギルド長室に誰のものともわからない長い長い溜息が木霊する。
いやしかし参ったね、どうもこのガキを前にすると僕までガキになった気になる。
いつもならこんなガキ、軽くあしらってやるのに。
「む。今なんか失礼なこと考えなかった?」
「…………別に」
「今の間は絶対考えてたでしょ!! ムキー! アーレどいて! こいつ殺せない!」
その言葉、本当に同郷を疑いたくなるけど、別にこの状況じゃそうおかしな発言でもない。
ていうかいい加減本題に入らないとサニーが可哀相だ。
最初に増してアイゼンの圧が強くなって、サニーが震える振動が同じソファの僕にまで伝わってくる。
「話す前に約束してほしい。僕は自分の魔法特性を誰彼構わず打ち明けるつもりなんてない。ここで話す僕の情報について、決して言いふらすような真似はしないと」
「うむ。それは約束しよう。テレサくん、誓約書を」
ギルド長アイゼンは即答だった。
どうやら初めからその辺のことは決めていたみたいだな。
両目を解放され、テレサさんが持ってきた紙に目をやる。
一枚しかないが、どういうことだろう?
「私からご説明致しますね。これは魔法誓約書。この誓約書にサインをすれば破ることは決してできません。本来もの凄く貴重なものなのですが、今回の件はこれを使うに足ると判断致しました」
「テレサくんの言う通り、今回の件はギルドとして重く受け止めておる。もしアスタシアの言う通り魔物が入り込んでいるのなら我らの沽券に関わる。が、それは大した問題じゃない。問題なのは、もしリキョウくんがただの人間だったなら、これはギルドの認定したAランク冒険者が、一般人に手を出したということになる。信頼云々以前に、この国でそれは重罪じゃよ」
だからこの対応という訳か。
今はまだ真偽のほどがわからないからどちらも責めないが、これは話し合いの結果によってはアイゼンはこちらの味方になるな。
いや、アイゼンだけでなく、このヘザール冒険者ギルド全体が、か。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ! こいつ冒険者登録してないの⁉ ギルドにいたのに⁉ もしかしてフィルス様のお抱え魔法士だったりする……?」
フィルス様って誰だ?
Aランクのアスタシアが様付けして呼ぶくらいだからどこぞのお偉いさん、となるとこの町の領主様か?
僕が貴族様の抱える魔法使いだと誤解、いや心配してるのか。
「僕はどこにも属していない。本当は今日、冒険者ギルドに所属する予定だったが受付嬢に断られてね」
「なんじゃと? その受付嬢の名前は?」
「アイミス、だったな」
「呼べ」
険しい顔のアイゼン。
なにやらただならぬ雰囲気だが、まだ事の真偽を確かめられていない状況でそこまで怒るものか?
いや、なり立てとはいえ冒険者登録さえ僕らがしてれば、ここまでの問題にもならずに済んだのか。
そう考えれば確かに悔しい思いもあるだろうが、それでもやはりこのアイゼンの雰囲気は……。
「マスター、連れてきました」
そうこうしてるうちに件のアイミス登場。
凄く怯え切った表情でぷるぷる震えて立っている。
「あ、あのギルドマスター、私になにか御用でしょうか……?」
「この者の冒険者登録を拒んだという話は本当かね?」
「そ、そちらの方が登録用紙に嘘の情報を書かれたので、訂正しないようなら登録は許可できないと――」
「――馬鹿もんがっ!!」
震えるアイミスの言葉にアイゼンは大きな怒鳴り声をぶつける。
その目はきつくアイミスを睨みつけており、体からは怒気が溢れていた。
「ただの偏見で登録に来た者のいうことを嘘と断ずるなど、あってはならんと最初に教えたはずじゃ!! 例え百の嘘吐きの中に一しか真を述べるものがいなかったとしても、その稀な一こそ冒険者ギルドが必要とする人材なのじゃぞ! なんのための確認用器具をギルドに設置していると思うておるのかお前は!!」
「ひっ、ご、ごめんなさいお爺様! ただあまりの荒唐無稽な内容につい……」
顔を赤くして説教を始めるアイゼンに、アイミスは必死に頭を下げ謝罪する。
ていうか今、お爺様って言ったか?
あ!
アイゼンとアイミス、似てる名前だと思ったがそういうことか!
アイゼンのあの怒り様も実の孫娘に対するものだからという面もあるのかもしれない。
なんにせよ、アイゼンのあの説教からしてアイミスの対応はギルドの本意ではなかったということか。
確認用器具? というものがあるのならさっさとそれを出してほしかったが、そこはアイミスの語る通り僕の書いた内容は荒唐無稽だったのだろう。
全部本当だしあれでもまだ書いてないのもあるのだけれど。
未だ怒りを収める様子のないアイゼンに、テレサさんが声をかける。
「マスター、そのくらいで話の方を進めませんか? アイミスにはあとで私からもきつく言っておきます」
「……うむ、そうじゃな。リキョウくん、アスタシアの件とは別に謝罪致す。孫のしたことは受付嬢として許されん。すまなかった。しかし孫のいう荒唐無稽な内容というのも気になる。どんなことを書いたのか教えてくれんか」
アイゼンの怒りも収まったようで、今は冷静に僕に訊ねてくる。
書いたことか……確か
「簡単な身体能力強化に、少し索敵もできる。あとは魔法を使えるとも書きましたかね」
こんなんだったよな?
アイゼンの怒る様子を見てたら逆に冷静になって、敬語口調が戻ってきたがまあそれはいい。
これでも全部を書いたわけじゃないんだけど、やはり冒険者登録に来る若者としては荒唐無稽なのだろうか?
「ううむ、確かに俄かには信じられん内容じゃな。とくに「簡単」とか「少し」とか妙にぼかしてるところが実に怪しいの。これは確かめねばならんて。テレサ」
「はい。持ってまいります」
冒険者ギルド長のアイゼンからしても荒唐無稽、と。
僕の年齢の問題なのかこの世界の平均戦闘力の問題なのか、気になるところだ。
ていうか日本人の癖で下手に謙遜いれたの逆効果かよ!
確かにそういう風に言われれば怪しい気しますね、ええこれは僕のミスですごめんなさい。
「簡単な? あの身体能力強化、かなりの増幅幅だと思うけどなー。それに〈渾身撃〉書いてないの? 思いっきし自覚して使ってたじゃん」
テレサさんが確認用器具を取りに部屋を辞したあと、アスタシアが胡散臭い目で僕を見つめる。
僕は自分以外に〈身体強化〉などを使う人を見たことがないからわからないが、レッドマークグリズリーから獲得したあの〈身体強化〉は他と比べて強力なのだろうか?
というかそもそも技能というものは個体差がでるものなのか?
とくにステータス上でも技能にレベルの項目は見えなかったが。
「技能の質には個体差ってあるんですか?」
「ないよ。人間が使う技能、得られる技能はすべて同一の効果を発揮する。威力なんかに違いがでるのは基となる使用者の肉体の違いであって、技能の質の違いじゃない。だから君の使った〈身体強化〉なんかはおかしいってわけさ」
急に真剣な眼でそう丁寧に説明をしてくれるアスタシア。
技能に関しては彼女にも譲れない矜持でもあるのか?
アスタシアの言うことが事実なら、威力の違いとはつまるところ筋力×〈身体強化〉のような図式なのだろう。
僕がおかしいと彼女が語る理由は、その×〈身体強化〉の度合いを数値で表すなら×10だとして、僕の場合は×20とかそういうことなのもしれない。
「僕自身自覚なんてありませんが、Aランク冒険者がそういうのならそうなのでしょう。しかしただ技能にも実は個体差があったというだけでは?」
「人間が使う技能に個体差はない。これは絶対だよ。ボクが言うんだから間違いないさ」
相変わらずの自信だが、今のアスタシアから感じる自信には真面目さが窺える。
さっきまでの何処かおちゃらけた様子とは違う、自身の誇りにかけた発言だ。
彼女には間違いないと言わせるだけの根拠と、確信があるのだろう。
「……それで?」
もう彼女の言葉に強調して含まれる単語から何が言いたいのか想像はつくが、ここまできたら最後まで言わせてやろう。
「人間が使う技能に差はない。人間が、使う技能にはね」
その言い放つアスタシアの眼には、再び警戒心が宿っていた……。




