第1話
「――えっ?」
始まりは唐突だった。
いやもしくは終わりは唐突だったとも言えた。
日本生まれ日本育ち、海外なんて一度も行ったことなくしかしそれに不満はなく。
幼少の頃に負った怪我により足が悪く、生涯の相棒は杖になるだろうと悩んだあの頃も懐かく思う立派な大人。
灰崎利京、25歳、男性。
そんな僕が今、唐突に深い森に跳ばされた。
人工物も人の影も見当たらない、自然が支配する森の中に。
「……どこここ…?」
いや思考を止めてはならないだろう!
いきなりすぎてそうなるのも無理はないと叫びたいけどここは森の中、必死に抑える。
よーく思い出すんだ、僕がここに来るまでに至った経緯を……
仕事が定時で終わって……
なら久しぶりに自炊でもしようとスーパーに寄って……
買い物して帰り道……
「気付いたらここに居たってか?」
役に立たね~。
「ダメだ直前の記憶は当てにならない。もっと他に考えるべきことが……そうだ持ち物は?」
ここに居る理由はまたあとで考えればいい。
それより今はこの状況で生きるための持ち物チェック!
幸い木々から零れる陽射しを見る限りまだ日は高そうだが、森の出口もわからないこの状況はまずい。
有り体に言って遭難だろう。
そんな中で生きるための何かを持っていれば……!
欲を言えば携帯とかあれば……!!
ガサゴソと周りや身体を漁ってみると出てきたのは
日頃から使ってる杖
スーパーで買った食材諸々
革製のリュックサック
よくわからない麻の服
以上
「なんでだ⁉ もっといろいろあっただろ? おーいどこ行っちゃたんだよ~」
これはどういうことだろうか?
相棒の杖や帰りに買った食材は持ってるのに、着ていたスーツや持っていた鞄はどこにも見当たらない。
それどころか服に至ってはいつの間にか着替えさせられていてもはや意味不明だ。
「これってもしやあれだろうか? 最近ブームの異世界転移ってやつ? 神様になんて会ってないんだけどな~……とほほ」
勿論ブームというのは創作物の中での話だが、諸々の状況を鑑みてもそう考えてもいいのでは? と思うのは僕に少なからずの憧れがあったからか。
しかし厳密に言えば憧れていたのは異世界転移ではなく異世界転生のほうだったのだが。
「この足でこの深い森の中を歩いて抜けろって? 神様も無茶いうよホント……」
しかしそうは言うもずっとこの場に留まるわけにもいかない。
実はこれがテレビ局のドッキリでしたなんて話ならいいのだが、そんな楽観視で行動しないのはこの状況では「死」を意味する。
「とりあえず食料は3日分はあるか。水はお茶とジュースが一本づつ、菓子類は飴ちゃんがあるな。大事な糖分だ。慎重にいこう」
持ち物を確認したところで早速移動を開始したいのだが問題はどっちにいくかということ。
まだ日は高いようで相変わらず木漏れ日が身体を温めてくれるが、そんなものは些細なこと。
日本では季節は秋で少し肌寒いほどだったが、ここは暖かくちょうどいい。
そんなところからもここが日本ではないのだと推察できて背筋が冷える。
しかしこの森は木々が隙間なく葉をつけていて太陽の位置が確認できない。
背丈の高い木が多いから登ればなにか見えるかもしれないが悲しいかな、この足では無理だ。
他になにか当てになる方法はないか考えるが、そもそもこんな足でアウトドア派なはずもなく、勿論インドア派な僕にそんな知識はない。
結局適当に彷徨うしか考えは浮かばなかった。
「……遭難したときって下手に動くなってなんかで見たっけかな」
そうは言っても助けなど来るのだろうか?
「無理だろうなぁ。それに……」
もしここがホントに異世界だというのならいてもおかしくないのだ、アレが。
魔物が。
それに魔物のいない世界だとしても動物くらいはいるだろう。
草食動物がいるなら肉食動物もいると考えるのが妥当。
どの道、足の悪い僕じゃ敵対生物に出会うだけでアウト。
ホント無理ゲーだ。
「あ、そういえば、異世界転移おなじみのアレ、まだやってなかったな」
アレとは勿論アレだ。アレ以外にないだろう。
「ん゛っん゛ん! ……ステータスオープン!」
ちょっぴり恥ずかしい。
「おっ、なんか出た!見える!見えるぞ!よかったぁこの機能はあったみたいで」
恥ずかしい思いをした甲斐があったってもんだ。
出現したステータスウィンドウを確認すると
《 名前:リキョウ
年齢:15歳
性別;男
職業:〈選択してください〉
称号:〈迷い人〉 【未覚醒者】
魔法:未発現
技能:〈言語理解〉 》
となっていた。
「ん~?名前に苗字がないのはまあいいとして、年齢…15歳? 僕若返ってるのか? そう言われればそんな気もする。これがこの世界で吉と出るか凶と出るか。魔法は持ってないのか、でも未発現ってことは素質がないわけじゃない? 練習すればあるいはってか、わくわくするな。で、技能ってのは要するにスキルってやつかな?言語理解か、助かる。人里に行けばコミュニケーションはとれそうだ。でもそれ以外なにも技能ないの地味にへこむんだけど……」
これでも日本にいた頃は趣味で料理とか裁縫とかやってたんだけどな。
そういう日常的なのはそもそもステータスに表示されないだけならまあいいんだけど、これで後々人里行って普通の町娘が技能〈料理〉〈裁縫〉とかってなってたら泣くぞ。
なんだか神様に「お前の料理はクソまずい。裁縫はゴミ量産してるだけ」って言われてるみたいで悔しい。
チクショォ! 神様までとっちゃんかっちゃんと同じこと言うのかよ!(被害妄想)
「…ま、いいさ。味覚音痴に芸術性皆無なとっちゃんかっちゃんは理解できなかったみたいだけど、この異世界でならきっと皆わかってくれる。それより次……気になってる項目いい加減見てみるか」
ステータス欄の職業と称号の欄。
称号はまあ〈迷い人〉はわかる、要するにラノベ的に言う異世界人ってことだろう。
この〈迷い人〉って称号もそうだがステータスなんてものが見れてる時点でここはもう日本じゃないのは確定だな。
日本に未練がないとは言えないが……やめよう、考えたって仕方ない。
こんな足になった時から未練どうこうで悩むのはやめたんだ。
走れない、泳げないなんてのは当たり前、バスや電車では立ってるのも辛い、自転車は乗れない、車は免許を取らせてくれない……困る、勿論困るが、それを未練だと悩むのはバカバカしいと気付いた。
未練未練だと後ろばっか見てても人生つまらない、前を向けば解決策や打開策は案外用意されてるもんだ。
日本だと特にそういう面で恵まれてたなぁ、足悪いからってタクシーチケットとか貰えたし。
やりようはある。
未練を持つなと言いたいんじゃない。
ただ暗い気持ちで未練を持つより前を向いて未練と向き合うべしってな。
「日本に帰る方法なんて後々! まずは今を生きなきゃな! ってことでステータス確認の続き続き。……この【未覚醒者】ってのもこれだけ枠の色が違って気にはなるんだが、それよりこの職業欄……〈選択してください〉ってあるなぁ、ロマンス……」
ロマンス示されちゃ応えるのが漢ってもんだろ。
いや別にロマンス云々なしにこの状況で〈選びません〉とかありえないんだけど。
「では、いざ……職業を選択します!」
《 選択可能な職業
〈魔法使い見習い〉
〈旅人〉〈商人〉〈まいご〉 》
「おぉう……すっくねぇ……」
転移とか転生ものお約束のチートさんがさっきからどこにも見えないんだけど?
チートが欲しかったわけでもないからいいっちゃいいんだけど、せめて職業という人生の選択肢くらいもうちょっと欲しかったかなぁ……。
この中から職業を選択するとするならもう〈魔法使い見習い〉以外ないんだけど。
それ以外そもそも戦闘系職業じゃないっぽいし、〈まいご〉に至っては選んだが最後永遠にこの森から抜け出せる気がしない。
てかなんでひらがななんだよ、むかつくな。
「はぁ~~~……これ以上ここで時間を無駄にもしたくない……決めるか。〈魔法使い見習い〉を選択」
《 名前:リキョウ
年齢:15歳
性別:男
職業:〈魔法使い見習い〉
称号:〈迷い人〉 【未覚醒者】
魔法:〈見習い魔法〉
技能:〈言語理解〉〈魔力操作〉 》
と、転職(就職?)したあとのステータスがこちら。
どうやら僕は無事〈魔法使い見習い〉になれたようだ。
「変わったところはジョブを除けば魔法と技能…ま、あたりまえっちゃあたりまえか。しかし〈見習い魔法〉ねぇ……具体的になにできるか予想つかんのきたな」
正直一番困る奴だ。
こうしてのんびり能力確認なんてしてるが別に警戒してないわけじゃない。
ただなにも頼れるものなしに動くよりはと一途の望みに賭けた行動ではあったんだが……
「魔法使いにはなれた、見習いだけどな。さらにいえば職業上での話だけどな。……この場で魔法の練習なんかしてたらあっという間に夜がくる。できれば頼みの綱くらい欲しかったが仕方ない、どの道一日で森を抜けれるなんて考えてないんだ、野営場所の確保を優先しよう」
しかし魔法なんかのファンタジーが存在する異世界だってことを考えると不安だなぁ……。
どうか生きてこの森から出れますように……。
◇
3日が経ちました。
「やべぇ。食料が尽きた……」
しかし依然として辺りは森っています。
「どうすっかなぁ……」
ここ3日の成果を羅列すると
・川を発見!
・とりあえず下流に沿って移動開始
・移動の間に魔力操作の検証
・プチ魔法を会得
といったところ。
未だ人里には辿りつけず、人の痕跡らしきものも見当たらない。
しかし悪いことばかりではなく、人の気配がない代わり(?)に魔物の気配も感じない。
それどころか動物すら見ていない。
こんな鬱蒼とした森の恵み溢れる中でこれは流石におかしくないかと逆に怖くなる。
もしやここはとんでもない怪物が縄張りにしている危険地帯なのでは……? と。
だがもしそうだったとしても進むしかない今の自分にとってはむしろありがたいことなのかもしれない。
その謎の怪物くんのおかげで他の脅威に出会わずに済むのだから。
まああくまで仮定の話だ。
なんとなくそんな気がするというだけの話。
あとはその怪物くんに出会わず森を抜けれれば大金星だ。
だが目下の問題は食料が尽きたということ。
ここまで手持ちの食料で腹を満たしてきたが、ここからはそうはいかない。
厳密には飴ちゃんが5個残ってはいるのだが、糖分としてはいざ知らず、腹を満たすことはできない。
そうなるといよいよ手を出さざるを得ない、この森の恵みに。
普通ならここで迷うことなどないのだろうが、僕はどうしても躊躇う。
「なんとなく……なんとなーく嫌な感じがするんだよなぁ……」
地面に落ちた木の実を一つ拾う。
見た目は黄色く丸いレモンのようで、顔を近づければ微かに果物の甘い香りがする。
至って普通だ。
だがその普通が気になる。
「……普通の見た目で普通に美味そうなのに……誰も食べた形跡がない……」
そもそも自分以外に生物を見ていないのだからここはそういう場所なんだとわかってはいるのだが……。
「いくら陸上生物が近づかないたって、鳥や虫なんかの空飛ぶ生き物まで見ないなんてあるかね……?」
もちろんそれにも理由をつけようと思えば仮説は立てられる。
ここの怪物は空の支配者だったとか、そもそも空は致死性の毒ガスで満ちている、だとか。
だけど同時にこちらにも仮説は立てられる。
例えばこの森の恵みを食べたら呪われてしまう、だとか……。
「……ははっ、ありえない話じゃない。魔法なんてもんがある世界だからな。まだ限界ってわけでもない、行けるとこまで行こう」
僕はなんとなくを信じて森の恵みに手を付けずに進むことにした。
その選択が正しかったと知るのは、そう遠くない後のことだった。