ゆめの王国
ハムスターのおもちは、どんどん走っていく。
「ちょっ、ちょっと待って……!」
あまり運動がとくいじゃないアオイは、息を切らしながら必死でついていく。
「はやく、はやく。アオイちゃん、はやく」
なぜか話せるようになった白いハムスターのおもちは、アオイのペットで大切な家族だ。
そのおもちは、アオイを急かすようにそう言っては、先へ先へと走っていく。
近所を走っていたはずなのに、へいのすきまをぬけたり、大きな木のわれ目をくぐったり、草をかきわけてすすんだりするうちに、いつの間にか知らない場所を走っていた。
「ほら、『ゆめの王国』はあそこに見えるとびらのむこうだよ」
おもちは、そう教えてくれた。
そこには虹色にかがやくとびらがポツンとある。
アオイはゼエゼエと息を切らしながら、そのとびらの前にたどり着いた。
そして、おもちに急かされながらノブに手をかけると、いきおいよくとびらを開けた。
そこには雲のようなフワフワな地面の上に、たくさんのカラフルなお店がならんでいる、まさにゆめのような世界が広がっていた。
そして、びっくりするほど多くの人たちでにぎわっていた。
「ここが『ゆめの王国』?」
アオイはそうおどろいて、ここにくるまでの出来事を思い返した。
・: * :・… * …・: * :・… * …・: * :・
それは今日の朝のことだった。
いつも通り学校へ行く用意をしていたら、お皿をあらっていたお母さんが急におふとんに入ってねむってしまったのだ。
いつもはすごい早さで会社へ行く用意をしているのに、今日はどうしたんだろうと首をひねっていると、今度はテレビのニュース番組の声がとぎれた。
アオイの家では、朝はテレビのニュース番組をいつもつけている。
テレビに目を向けると、ニュースキャスターがつくえに顔をつっぷしてねていた。
いつもとちがうテレビの様子に、ぽかんと口を開けて見ていると
「アオイちゃん。ねえ、アオイちゃん」
いつもはゲージの中でカサカサと音を立てたり、ペレットをかじったり、ホイールであそんでいるハムスターのおもちがとつぜんしゃべったのだ。
(ちなみに名前はアオイがつけた。白くてまんまるだったので「おもち」にした)
「おもち、しゃべれるの?」
「なんか急にしゃべれるようになったみたい」
「すごい! わたしずっとおもちとおはなししたかったのよ!」
「それはボクもだよ。ボクもアオイちゃんとおはなししたかったよ」
「じゃあ、これからおはなししましょ」
「今はだめだよ。いそがないと大変なことになっちゃうよ」
「大変なこと?」
そして、しゃべれるようになったおもちは、おどろくようなことをアオイに伝えた。
それは、多くの人たちがゆめの王国に行ってしまったということ。
そして、ゆめの王国に行った人たちは、この世界ではねむったままなのだということ。
「それって、お母さんもゆめの王国に行っちゃったってこと? これからずっとお母さんがねむったままってこと? そんなのぜったいにイヤよ」
わが家にはお父さんがいない。
アオイが小さいころに、お母さんとお父さんはお別れしたのだ。
今まで、ずっとお母さんとふたりきりだったから、お父さんが家の中にいる毎日はそうぞうできない。
もちろんアオイは、時々会うお父さんのこともきらいなわけではない。でも、物心ついたころからお母さんとふたりでいたから仕方がない。
なによりアオイは、お母さんのことが好きなのだ。
それなのにお母さんがねむったままになると、アオイはこの先ひとりきりになってしまう。
「ねえ、おもちはなんとかできないの?」
とつぜんしゃべれるようになったおもちなら、なんとかできるかもしれないと期待して聞いた。
「ボクはねむったみんなを起こすことはできないけど、『ゆめの王国』の場所ならわかるよ」
「そこに行けばお母さんに会える?」
「たぶん」
そうして家を出ると、いつもとちがう近所の様子にとまどった。
スーツを着た人が道路に横たわってねむっていたり、電柱にぶつかった車が止まっていたり。
道のあちこちに大人がたおれていて、それを助ける人がだれもいない。
アオイ以外の人がみんなねむってしまったのか、他にも起きている人がいるのかはわからないが、多くの人がねむってしまったのはまちがいない。
さっきまではお母さんに会いたい気持ちでいっぱいだったけど、急に不安になってきた。
大人の人がみんなねむってしまったら、お店も開かないし、バスも走らない。学校でも給食を食べられない。
「よく考えたら、電気や水道も大人の人たちがいないと止まっちゃうんじゃ……」
このままじゃ本当に大変なことになるんじゃないかと、アオイは気がついた。
・: * :・… * …・: * :・… * …・: * :・
そして今、ゆめの王国にいる。
みんなを起こす方法はわからないけれど、まずはお母さんをさがそうとアオイは雲のような道を歩いて、お店をひとつずつ見て回った。
ゆめの王国にはたくさんの人がいた。
近所のおじさんがなぜかカフェのマスターになっていたり、スーパーのレジ係のお姉さんがケーキ屋さんをやっていたり。
ならんでいるお店ではたらく人たちは、とても生き生きしていた。
よく見ると大人が多い。
子どももいるにはいるけれど、数えられるくらいだ。
つまりねむってる人の多くは大人ということになる。
アオイは本当におもちの言うとおり、大変なことになるのではと青ざめた。
やっと見つけたお母さんは、ぼうしやさんで色んなぼうしをかぶって楽しんでいた。
「お母さん」
アオイが声をかけると、お母さんはおどろいた顔でふりかえった。
「アオイ! どこに行っていたのよ。さがしたのよ」
「お母さんをむかえにきたんだよ」
「むかえにって? ここ楽しいわよ。アオイの好きそうなポーチがあちらにあったから、いっしょに見に行きましょう」
そう言って、アオイの手を引いて歩きだした。
「お母さん! ちょっと待って!」
「どうしたの?」
「このままじゃ、みんなが大変なの!」
「大変なことなんてないわよ?」
「だめなの! このままじゃ大変なのよ!」
「大丈夫よ。ここは安全よ」
お母さんはアオイをさとすようにそう言う。
「ちがうの! ここじゃなくて、あちらの世界が大変なんだってば」
「あちらの世界?」
「そう、あちらの世界ではお母さん、ねむったままなんだよ!」
「なに言ってるの? お母さんはここにいて、ちゃんと起きているでしょ?」
話がうまく伝わらなくて、アオイはどうしたらいいかわからなくなってしまった。
そして、こわい顔をしてだまりこんだアオイのきげんをとろうと、お母さんは手を引いてお店へ向かった。
そのお店の中は、女子中高生や、それより年上のお姉さんたちでにぎわっていた。そして、たしかにアオイの好みのポーチや小物がたくさんあった。
よく見ると、ちいさなヒツジのマークがどの商品にもついている。そのヒツジもモコっとしてかわいい。
本当はゆっくり見たいところだけど、大人のいなくなったあちらの世界のことを思うと落ち着かない。
もしかしたら、取りのこされた小さい子たちが泣いているかもしれない。
アオイはポケットにいるおもちに声をかけた。
「ねえ、お母さんにわかってもらうにはどうしたらいい?」
おもちはアオイを見上げて答える。
「お母さんだけ起きても、ここにいるみんなが起きないと意味がないかも」
たしかにそうだ。
しかも、お母さんひとりをせっとくする方法もわからないのに、ここにいる全員を起こすなんてアオイにはムリだ。
「それなら、王様に会いに行ってみようよ」
おもちは黒いつぶらなひとみでアオイを見た。
「王様? ゆめの王国の王様ってこと?」
「うん。ボク、たぶん王様のいる場所わかるよ」
「ほんと?」
「うん」
おもちはそう言って、鼻をヒクヒクさせた。
「それなら王様に、ここからみんなを出してもらえるようおねがいしてみよう」
お母さんにこれからのことを説明するのがむつかしいので、「ごめんなさい」と心の中であやまって、だまってお店をとび出した。
人が多すぎるので、アオイはおもちを両手で運びながら小走りに人ごみをぬけた。
「アオイちゃん、あっち」
おもちが指さしたのは、大きなお城だった。
シンデレラに出てくるようなきれいなお城ではなく、マカロンやマシュマロのような、モコモコしたものでできたパステルカラーのかわいいお城だった。
「すっごくかわいい! こんなにかわいいお城に住んでる王様なんて、一体どんな王様だろう?」
王様というと、やっぱり王かんをかぶって、ヒゲを生やしたおじさんのイメージがある。
「すみませーん! だれかいませんかー」
アオイはお城の門の前でさけんだ。
本当はインターホンをおしたかったのだけど見当たらないし、門番もいない。
勝手に入るのはよくないので、中の人に声をかけたのだ。
すると中から出てきたのは、ぬいぐるみのヒツジだった。
しかもアオイと同じくらいの背たけで、テクテクと両足で歩いてきた。
「あ、あなたが王様?」
アオイはこのお城にピッタリの、かわいいヒツジのぬいぐるみに聞いてみた。
ヒツジのぬいぐるみはちがうよと首をふると、門を開けてアオイを中に入れてくれた。
「わたし、王様に会いたいの」
前を歩くヒツジのぬいぐるみに声をかけると、わかったというふうにうなずいた。
やさしい人だといいな、とアオイはドキドキしながらヒツジのぬいぐるみについていく。
両開きの大きなとびらの前で、ヒツジのぬいぐるみはポフっと立ち止まった。
「この中に王様がいるの?」
アオイの質問にこくりとうなずく。
そしてヒツジのぬいぐるみがポフポフッとノックすると、中から「どうぞー」と声が聞こえた。
すると、とびらがひとりでに開いた。
アオイの目に真っ先にとびこんできたのは、おしろと同じくモコモコとしたパステルカラーのイスやつくえ、ベッドなどの家具と、たくさんのぬいぐるみと布やリボン。
それらに囲まれて、真ん中ですわってこちらを向いている子の顔をみておどろいた。
「イズミ……タツヤくん?」
アオイの言葉に、タツヤもおどろいて
「竹内さん?」
そう言って、手に持っていた何かをサッと後ろにかくした。
アオイは自分の名字である「竹内」とよばれて、クラスメイトのイズミくんにまちがいないとかくしんした。
「どうして竹内さんがこんなところにいるの?」
何か作業をしているぬいぐるみたちの間を歩きながらこちらにやってくる。
「それはこっちのセリフだよ。なんでイズミくんがここにいるの? イズミくんがゆめの王国の王様なの?」
イズミタツヤくんはアオイより少し小さくて、メガネをかけた男の子だ。教室ではいつもしずかに本を読んでいて、他の男の子たちとあそばないイメージなので、王様なんて言われてもピンとこない。
ヒツジのぬいぐるみはおつかいをちゃんとできたことをほめてもらおうと、タツヤのそばに歩いてきて、頭を軽くさげた。
タツヤはやわらかい笑顔で、その頭を両手でワシャワシャとなでてあげる。なでられているヒツジはしっぽをうれしそうにフルフルふっている。
その様子を見てアオイはいいなぁと思いながら、手のひらのおもちをなでた。
タツヤはすぐにおもちに気がついて、目を細めてほほえんだ。
「もしかして、そのハムスターは竹内さんの?」
「うん。おもちって言うの」
「ぼくもハムスターかってるよ。おもちと同じ白いやつ」
そう言うと、タツヤの肩におもちとよくにた白いハムスターがのぼってきた。
「ほんとだ! おもちとよくにてる。この子はなんて名前?」
「ユエ」
「ユエ?」
「うん。月って漢字を中国語で言うとユエだって教えてもらって」
「たしかに月っぽい。ユエってすごくステキな名前ね」
すると、アオイの手のひらにいたおもちが「やっとユエに会えた」と言って、ユエを見上げた。
その言葉を受けて、ユエも
「うん。おもちのこと、待っていたよ」
そうしゃべった。
「え? ユエもしゃべれるの?」
「おもちもしゃべれるの?」
アオイとタツヤはお互いにおどろいて、ふたりしておもちとユエを見た。
おもち 「だってボクとユエは兄弟だから」
ユエ 「そう、おもちはボクのお兄ちゃん」
そっくりな二匹は、さらにアオイとタツヤに説明する。
おもち 「そして、ボクはユエによばれたんだ」
ユエ 「そう、ボクがおもちをよんだんだよ」
その言葉にタツヤは肩にいるユエをやさしく手にのせた。
「そうなの? どうしておもちをよんだの?」
「だってタッちゃんが心配で……」
「心配……?」
そのやりとりを聞いて、アオイはハッとした。
「そうなの。今あっちの世界が大変なことになってるの」
「あっちの世界ってげんじつの世界のこと?」
「そうなの。大人の人がみんなねむっちゃって」
「ええ⁉︎」
どうやらタツヤがみんなをねむらせたわけではないらしい。
「どうしてそんなことになっちゃったの?」
タツヤがとまどってユエにたずねると、ユエはうでを組んで答えた。
「たぶん、あの門を開けちゃったからかも」
「え? 門?」
タツヤはユエの言うことに心あたりがないようだ。
「話がよくわからないから、さいしょから教えてもらってもいい?」
まったく話についていけないアオイは、タツヤとユエにおねがいした。
「じゃあ、あちらですわってはなそう」
タツヤはクッションがたくさんある場所を指した。
そこでふたりと二匹はすわってこれまでの出来事をまとめた。
・: * :・… * …・: * :・… * …・: * :・
学校では風邪でお休みしていると聞いていたが、実はタツヤは少し前から、あちらの世界でねむったままだという。
そして……
▶︎タツヤは、ゆめの中で好きなことをしようと、まずヒツジのぬいぐるみを作った
▶︎一匹だけだとかわいそうだからと、他にもたくさん作った
▶︎いつの間にか作業場がお城になっていた
(どうやら作ったぬいぐるみたちが、タツヤのためにがんばってこのお城を作ったらしい?)
▶︎ぬいぐるみたちは、お城だけでなく町も作った(らしい?)
▶︎せっかく作った町にだれもいなくてさみしいからと、人をふやそうと門を開けたぬいぐるみがいた(らしい?)
▶︎その門から、ねぶそくの人たちがなだれ込んできて、みんな好きなことをはじめた
(これが今朝の出来事らしい)
ユエが言うには、あの門は他の人たちとつながっている門で、本来は閉めておくものらしい。
そして、タツヤの深いねむりにひっぱられた、ねぶそくの人たちが集まってきたという。
そんな大ごとになっていることを知らないタツヤは、ずっと頭をかかえている。
「どうしてイズミくんはねむったままなの?」
「それは……」
タツヤは言いにくそうに、でもちゃんと教えてくれた。
クラスでもしずかなタツヤは、実はかわいいものを作ることがしゅみだった。
それをだれにも知られないようにしていたのだが、よくできたぬいぐるみをお母さんがほめて、ついクラスメイトのお母さんに話してしまったそうだ。
それを聞いたクラスメイトの男子から
「男なのにそんなしゅみキモチワルイ」
と言われたのだ。
それからからかわれるようになり、学校に行くのがイヤになった。
でも、急に学校を休むなんて言ってもゆるしてもらえないし、それなら目がさめないくらい深くねむってしまえばいい。
そう強くねがったという。
その願いがかない、今日までねむりつづけているという。
アオイは男子の間で、そんなことが起きていたなんて知らなかった。
「その子たちなら、さっき見たよ」
ゆめの中なら、なにかあの子たちをこらしめる方法があるんじゃないかと思ったが、タツヤは力なく首をふる。
「別に仕返しをしたいわけじゃないんだ」
ただ、からかわれるのがイヤなのだという。
実はアオイもあの子たちには、お父さんがいないことをからかわれたことがある。
せっかくのきかいだから仕返ししたかったけど、イズミくんのゆめをつかうのはひきょうだなと考え直した。
「じゃあ、からかわれない方法を考えるのね」
アオイはうでを組んで考えた。
そういえば、さっきイズミくんが急いでかくしたのってなんだろう?
アオイは立ち上がって、さっきイズミくんがいたところまで歩いていった。
「た、竹内さん?」
アオイのあとをついて、タツヤもやってきた。
「これよ!」
「え?」
「今度、学校でバザーがあるでしょ? そこでこれを売るのよ」
アオイは少し前に、おばあちゃんのところに行って不用品をもらってきたのを思い出した。
たしか、バザーでは手作りしたものを売る人もいる。
「それって、もっとたくさんの人に、ぼくの好きなものがバレるってことじゃないか」
「でも、すごく人気者になれるよ」
「どういうこと?」
どうやらタツヤはお城から出たことがないらしい。
「さっき、イズミくんが作ったポーチとかキーホルダーが売られているお店にいたんだけど、すごいにぎわっていたんだよ!」
「え? そんなお店があるなんて知らない……」
そう言って、タツヤがヒツジのほうを見ると、ヒツジはほこらしげにむねをはって、親指をピッと立てた。
「でも……、それはゆめの中の話だし……」
タツヤが自信なさそうにうつむいて言うので、アオイは先ほどタツヤがかくした作りかけのポーチを手にねつべんした。
「わたしはほしいわ。このポーチも、あのお店で売ってたキーホルダーも! お母さんもかわいいってほめてたし、ぜったいに他の子たちもほしいって言うよ」
「そんなにほしいって言ってもらえるなら、今度、竹内さんにあげるよ」
その言葉にぐらりときたが、今はそうじゃない。
「ちがうよ! バザーで売るんだよ。それでまわりの人たちにもほめられたら、きっとあの子たちもイズミくんをからかうのをやめるわ」
「そんなうまくいくかな……」
「わからないけど……、でもやってみようよ! わたしもなにかできることあれば手伝うよ!」
しつこくアオイがすすめるので、タツヤは根負けした。
そうして、タツヤは起きることになったのだ。
「じゃあ、また学校でね」
アオイがタツヤに声をかけると、タツヤは少しきんちょうした顔でぎこちなく笑ってうなずいた。
「ねえ、アオイちゃん。さいごにお願いがあるんだけど……」
そうおもちがアオイの肩にとび乗って、こそっと耳打ちした。
そして、タツヤを中心にだんだんと世界が光りかがやいて、アオイは思わず目を閉じる。
次に目を開けた時には、アオイは家のリビングにいた。
そうして、ゆめの王国は消えたのだ。
・: * :・… * …・: * :・… * …・: * :・
ゆめからさめた世界は、アオイが心配していたようなひどいことにはなっていなかった。
お母さんも首をかしげながらおふとんから出てくると、すぐに会社へいく用意をはじめた。
ニュースキャスターも「失礼しました」と言って、次のニュースをよんでいた。
もしかしたら、少しの間ねむってしまっただけで、ひがいはなかったのかもと思うと、アオイは安心した。
それから、アオイとタツヤは仲良くなった。
ずっとねむったままだったタツヤは病院でけんさをしたりと、しばらくは学校にこられなかった。そのため、アオイがタツヤの家に行って、タツヤが休んでいた間に学校で習ったことを伝えたり、バザーのじゅんびをしたりしたのだ。
そして、計画を聞いたアオイとタツヤのお母さんもとちゅうから手伝ってくれた。
タツヤが学校にくるようになると、学校でも話すようになった。
そして、バザーはアオイが思ったよりもすごいことになり、学校の子たちだけじゃなく、近所の中高生にまで知れわたった。
「これはバズったわね」とお母さんは言っていた。
しかもタツヤの作ったキーホルダーは、なぜか男子高校生の間で人気になったのだ。
そのため、タツヤは町内の有名人になり、すっかりからかわれることもなくなった。
・: * :・… * …・: * :・… * …・: * :・
ある日、わたしはお母さんに頼まれてイズミくんの家をたずねた。
バザーでは完売してしまったが、実はわたしのお母さんもイズミくんのポーチを買いたかったらしい。
それを知ったイズミくんが作ってくれたのだ。
ただ、受け取りに行くと約束した今日、お母さんは急な仕事で出かけてしまった。
それで、わたしが代わりに受け取りに来たのだ。
「竹内さんのおかげで、何もかもうまくいったよ。本当にありがとう」
すっかり元気になったイズミくんはそう言って、ポーチと手のひらサイズのぬいぐるみを持ってきた。
そのぬいぐるみのかわいさに、わたしは思わず見とれた。
だけど、たしかお母さんがお願いしていたのはポーチだけだと首をふった。
きっとぬいぐるみは他の人の分だろう。
わたしはポーチだけ受け取ろうとすると
「竹内さんはぼくの恩人だよ。もしイヤじゃなければ、これもお礼として受け取ってほしい」
と、まっすぐわたしを見て、イズミくんはポーチといっしょにぬいぐるみをさし出した。
恩人なんて言われて、わたしはくすぐったいような、ほこらしい気持ちになった。
そして、目の前にさし出されたかわいいぬいぐるみに、思わず笑みがこぼれた。
なぜならそのぬいぐるみは、ゆめの王国で案内をしてくれたヒツジにそっくりだったのだ。
わたしは、「すっごくうれしい。ありがとう」と言って笑顔でそれを受け取った。
「これからおかいもの?」
「そう」
わたしの持っている、エコバッグでふくらんだイズミくんお手製のポーチを見て、イズミくんはたずねた。
ゆめの王国からもどってから、わたしはお母さんのやってくれている家事を、少しずつだけど教えてもらっている。
お母さんがねぶそくだとわかったからだ。
お母さんがたくさんねられるように、わたしのできることをふやしているのだ。
「今日はニンジンがなくなったから、ニンジンを買いに行くの」
そして、今はもうしゃべれなくなったおもちが、あの時、さいごのおねがいとして、耳元でささやいた言葉
「ボク、時々でいいからニンジンが食べたい」
そのリクエストにこたえて、時々だがニンジンをあげている。
わたしはニンジンが苦手だったのだが、おもちがおいしそうに食べるのを見ていると、つい食べてみようと手がのびてしまう。
ニンジンが食べられるようになって、お手伝いをするわたしを見て、お母さんはうれしそうに泣いていた。
でもまだ泣かないでほしい。
だって、いつかお母さんには、ゆめの中でかぶっていたぼうしをプレゼントするんだから。
おしまい