この手に触れる確かなものを
この作品は
『神様の加護を貰う場合、蹴りも一発くらいは貰うかもしれません』
https://ncode.syosetu.com/n8222ib/
の二次創作です。
作者のコロン様
https://mypage.syosetu.com/2124503/
から許可を得ています。
男はひとり、そこにいた。
紙袋を提げた高齢女性。
足早に過ぎるスーツ姿の男性。
ベビーカーに幼子を乗せた若い夫婦。
駅前の賑わいは夕方になって更に増し、男の前を人が次々に通り過ぎていく。
笑みを浮かべて歩く人。
険しい表情で進む人。
気もそぞろに見える人。
道行く人は皆様々な表情をしているのだと、今になって気付いた。
上着のポケットに手を突っ込み、中にあるそれに触れる。
少し固い布地の感触と、指先に絡みつく細い紐。
そろりとポケットから手を出して、側にあるビルを見上げた。
あそこに行けば、何かが変わると思っていた。
あそこに行けば、自分に向き合ってもらえると思っていた。
行けるだけの金を持たない自分には過ぎたものであったからこそ。行くことができれば救われると思っていた。
だが。
ビルから再び周囲に視線を戻し、もう一度ポケットに手を入れる。
あの日の痛みを思い出し、ひとり笑った。
何もかも諦めていた。
しかしどこか諦めきれなかった。
だから何かに縋りたかった。
だけど何にも縋れなかった。
どうしていいのかわからずに、ただ街を彷徨った。
そうして当てもなく歩くうちに、気付いたらそこに辿り着いていた。
何をしたいわけでもなく。
何を思うわけでもなく。
ただそこに立っていた。
何もかも色がなく無機質で、ただ流れていくだけの現実味のない景色。
吹く風も聞こえる音もどこか遠くて。自分はひとりなのだと、この世界からそう言われているようだった。
何もかもから隔絶された自分。
そんなことを思った、その時だった。
不意に足を襲った鈍い痛み。
現実に引き戻されて振り返ると、ひとりの高齢の男性が立っていた。
中年というにはいささか年がかさみ、老人というには若々しいその男性は、ここの氏子だと告げた。
その言葉に、男はここが神社であることに初めて気付く。
次々と質問を被せてくる男性の勢いに呑まれ、男は聞かれるままに己のことを話していた。
気をつけて帰れよ、と言われながら神社をあとにした男。
上着のポケットの中には三百円で買ったお守りがひとつ入っていた。
どうすればいいのかわからなかった。
だから何かに縋りたかった。
金さえ出せば、こんな自分の話も聞いてくれる。
高ければ高いほど、きっと確実に導いてくれる。
そう思い、有名な占い師に見てもらいたかった。
しかし自分にその金はなく。
途方に暮れるうちに、気付けばここに来ていた。
そう話した自分に。
『占いに金使うなんてくだらねぇ』
男性はそう言い、これを買わせてくれた。
立ち止まり、ポケットからお守りを取り出す。
突然のことに、どこかまだ夢のようでありながら。
それでもこのお守りは確かにここにある。
誰かに話を聞いてほしかった。
誰かに導いてほしかった。
導かれたのかはわからない。
それでも、話を聞いてもらえた。
その証が今、ここにある―――。
辺りの街灯が点灯し始めた頃、男はゆっくりと立ち上がった。
あれから目に見えて何かが変わったわけもなく。
相変わらず金もなく、どうすればいいかもわからない。
それでももう、手に届かないものに縋るのはやめた。
ポケットの中の確かな感触。
たいしたことのない自分。この手に相応しい、そんなささやかな喜びは。
きっともっと身近にあるのだから―――。
お読みいただきありがとうございます。
コロン様の作品
『神様の加護を貰う場合、蹴りも一発くらいは貰うかもしれません』
↓下にリンクがありますので、ぜひ。
この場をお借りして。
コロン様、二次創作の許可、ありがとうございます。
彼が前を向くきっかけになっていればいいなぁ、との願いを込めて。