表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この手に触れる確かなものを

作者: 小池ともか

 この作品は

『神様の加護を貰う場合、蹴りも一発くらいは貰うかもしれません』

https://ncode.syosetu.com/n8222ib/

の二次創作です。

 作者のコロン様

https://mypage.syosetu.com/2124503/

から許可を得ています。


 男はひとり、そこにいた。

 紙袋を提げた高齢女性。

 足早に過ぎるスーツ姿の男性。

 ベビーカーに幼子を乗せた若い夫婦。

 駅前の賑わいは夕方になって更に増し、男の前を人が次々に通り過ぎていく。

 笑みを浮かべて歩く人。

 険しい表情で進む人。

 気もそぞろに見える人。

 道行く人は皆様々な表情をしているのだと、今になって気付いた。

 上着のポケットに手を突っ込み、中にあるそれに触れる。

 少し固い布地の感触と、指先に絡みつく細い紐。

 そろりとポケットから手を出して、側にあるビルを見上げた。

 あそこに行けば、何かが変わると思っていた。

 あそこに行けば、自分に向き合ってもらえると思っていた。

 行けるだけの金を持たない自分には過ぎたものであったからこそ。行くことができれば救われると思っていた。

 だが。

 ビルから再び周囲に視線を戻し、もう一度ポケットに手を入れる。

 あの日の痛みを思い出し、ひとり笑った。





 何もかも諦めていた。

 しかしどこか諦めきれなかった。

 だから何かに縋りたかった。

 だけど何にも縋れなかった。

 どうしていいのかわからずに、ただ街を彷徨った。

 そうして当てもなく歩くうちに、気付いたらそこに辿り着いていた。

 何をしたいわけでもなく。

 何を思うわけでもなく。

 ただそこに立っていた。

 何もかも色がなく無機質で、ただ流れていくだけの現実味のない景色。

 吹く風も聞こえる音もどこか遠くて。自分はひとりなのだと、この世界からそう言われているようだった。

 何もかもから隔絶された自分。

 そんなことを思った、その時だった。

 不意に足を襲った鈍い痛み。

 現実に引き戻されて振り返ると、ひとりの高齢の男性が立っていた。

 中年というにはいささか年がかさみ、老人というには若々しいその男性は、ここの氏子だと告げた。

 その言葉に、男はここが神社であることに初めて気付く。

 次々と質問を被せてくる男性の勢いに呑まれ、男は聞かれるままに己のことを話していた。



 気をつけて帰れよ、と言われながら神社をあとにした男。

 上着のポケットの中には三百円で買ったお守りがひとつ入っていた。

 どうすればいいのかわからなかった。

 だから何かに縋りたかった。

 金さえ出せば、こんな自分の話も聞いてくれる。

 高ければ高いほど、きっと確実に導いてくれる。

 そう思い、有名な占い師に見てもらいたかった。

 しかし自分にその金はなく。

 途方に暮れるうちに、気付けばここに来ていた。

 そう話した自分に。

『占いに金使うなんてくだらねぇ』

 男性はそう言い、これを買わせてくれた。

 立ち止まり、ポケットからお守りを取り出す。

 突然のことに、どこかまだ夢のようでありながら。

 それでもこのお守りは確かにここにある。

 誰かに話を聞いてほしかった。

 誰かに導いてほしかった。

 導かれたのかはわからない。

 それでも、話を聞いてもらえた。

 その証が今、ここにある―――。





 辺りの街灯が点灯し始めた頃、男はゆっくりと立ち上がった。

 あれから目に見えて何かが変わったわけもなく。

 相変わらず金もなく、どうすればいいかもわからない。

 それでももう、手に届かないものに縋るのはやめた。

 ポケットの中の確かな感触。

 たいしたことのない自分。この手に相応しい、そんなささやかな喜びは。

 きっともっと身近にあるのだから―――。



 お読みいただきありがとうございます。


 コロン様の作品

『神様の加護を貰う場合、蹴りも一発くらいは貰うかもしれません』

 ↓下にリンクがありますので、ぜひ。


 この場をお借りして。

 コロン様、二次創作の許可、ありがとうございます。

 彼が前を向くきっかけになっていればいいなぁ、との願いを込めて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お金さえ出せば、話を聞き、導いてくれるはずの占い。けれど、神社で出会った男性は、ただで多くの話を聞いてくれたうえ、三百円でお守りという確かな『形』もこの手に握らせてくれて。不意に足を襲った…
[良い点]  冒頭からハードボイルド展開を予想しましたが、男性の心理、とりまく世界を描いた偶像劇ですね。ポケットの中の感触は何かにすがりたかったのか、それとも心を入れ替えるある意味、儀式の様なものだっ…
[良い点] 蹴られたこと、ちゃんとお金を払ってお守りを買わせてくれこと。 どちらにも神様のご加護で、ちゃんと意味があるのだと、こちらの作品で改めて思いました。 冒頭の雑踏を眺める描写では、この男性の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ