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終末世界の地下暮らし(仮)  作者: 八角の奇児
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第五話 翌日

 そこは学校らしきところだった。しかし、日本の学校とは似ても似つかない、そんなものだった。しかもそこは日本でもない場所だった。学校とは言うものの、その劣悪な環境から俺はそこを檻に見立てていた。


 何故俺はここに居る?日本には確かに帰った筈だ。なんでだよなんでだよ…。何がどうなったって耐えられない!何故またあんな目に遭わないといけないんだ?もういいだろ、もう十分だ。十分すぎるんだよ…。


 嫌気がさして俺は学校から逃げ出そうとした。そっと、そっと、階段を降り、校門の見えるあたりまでやってきた。しかし、待ち構えるのは留学を取り仕切る現地の強面のジジイだった。禿げていて、それに額の端には古傷が残っていた。


「こっちへ来い!」


ヤツは英語でそのような意の言葉を発した。ぞわり、背中に不快感がした。だが、そんなことはお構いなしにアイツはこっちへ歩みを進めた。目を見れば死ぬんじゃないか、そう思わせるくらいにアイツの目力は強力だった。殺人光線を放っているようにさえ見えた。俺は必死に抵抗した。けど、だけど…腕をガシッと掴まれて、外れない。抗うこともできず、俺は裏門へと連れてかれた。


 門の向こうには下層階級と見られる人間が押し合いへし合いと何かを訴えている様子だった。英語ですらなかったから大体の意味すらわからなかった。恐らく、碌な教育も受けられずに大きくなってしまったのが彼らなのだろう。ただ単に汚らしいだけの者もいれば、土埃に(まみ)れた農民らしき者までいる。ジジイは俺の腕を強く掴みながら彼らから何かを選ぶかのように彼らを見た。


「お前のホストファミリーは今日からこいつらだ」

ジジイが薄汚れた服を着たインド系の男とその家族を指差して言った。


 しかし、俺がそこで見た人間の全てがインド系の人間だった。ジジイまでもそうだ。


 そんなことを思ったって俺のホストファミリーは貧困層の人間になってしまうのか。最高に最悪な未来が簡単に予想できる。カースト制度の下位の実態はこうなのか?


「आपसे मिलकर अच्छा लगा」


やめろ、訳の分からない言語で話しかけてくるな。やめろ、やめてくれ。片時も安らぎを得られない。ああ、日本に帰らせてくれ…。



 パッと目を開くと上半身が異様に暑かった。内側から焼けるような、そんな感覚だった。そして俺はいつまでこの類の悪夢を見続けなければならないんだとも思った。照明は明度を損なわずに燦々と輝き続けている。言い方を変えると今の時間帯がわからない。ポケットに入りっぱなしだったスマホを出して時刻を見る。

——八月二四日、水曜日

           午前五時三六分——


いつもの時間だな。周りを見回すと、寝袋にくるまり、身動きをしない人ばかりだった。遠くの方では老人と思わしき人が体を持ち上げて腰を捻っているのがわかった。朝日を拝めないことに違和感を感じた。ずっと夜の世界にいるような感覚だ。しかしながらこんな時間に起きたって何もすることがない。完全に目が覚めてしまったので仕方なくそこらを歩いてみることにした。


 ホームにいる大半の人間がまだ睡眠の最中だった。音無しでラジオ体操をする謎の老人や欠伸をかきながらよくわからない動きをする人もいた。この人らはペルソナが外れているみたいだ。


 人の大勢居る上の上りのホームも静かだった。多くの段ボール、様々な荷物の数々、その上には寝袋に入り、寝る人々。そんな人々を横目に駅員と思われる人たちは食事の準備をしていた。


「何を用意しているのですか?」


思わず聞いてしまった。


「えー、これは…そうですね…、近くのコンビニなどからかき集めてきた食料です。保存食は非常用として残しておくんです」


俺と年齢の近そうな駅員は愛想笑いを作ってみせた。


「カフェとかありますしね。しばらくは保存食を使わなくても大丈夫そうですね」


「ええ、そうですが、ここのように地下になにか店のある駅は大丈夫なのですがそのようなものがない駅は厳しい状況に置かれてしまうと思います。そのような駅に物資を届けるために今、都議会が歩荷(ぼっか)を募集していると聞いています」


歩荷か…所謂(いわゆる)配達人、背負えるだけ荷物を背負って目的地まで体一つで移動する人間か。まさにアメリカを東西横断するゲームのようなことがこの地下で現実となるのか。だがしかし、気になる点が一つ俺にはあった。


「都議会が?都議会なんてあるんですか?」


「はい、議会は新宿駅にて健在です。僕もさっき知らされたばかりでびっくりしました」


「さっきとは、随分と時間がかかったのですね」


「どうも無線が一駅間でしか繋がらないみたいで。伝言ゲームのように西日暮里駅の者たちから僕たちに伝わってきたんです」


「無線、ですか?この地下鉄で情報を交換するのにもっと良い手段はなかったのですか?」


「ないことはないのですが…この地下鉄には色々な配線があるのですがその中には通信用の配線も仕組まれているのです。ですがこの配線だけでは通信はできません。全てのデータはどこかにあるサーバーに通されそこから相手のところまで行くという仕組みになっているのでサーバーを稼働させないことには始まりません。ですから今は無線しか使えないのです」


駅員は不満そうに言った。


「そうですか…」


俺は駅員の気持ちに同情してみせた。


「貴方、少し面白い方ですね。お名前伺ってもよろしいでしょうか?」


駅員は少し晴れた顔で聞いた。突拍子もない出来事で俺は少し引いていたみたいだ。


「佐久間、風人です…。貴方は?」


「僕、首下げ名札をしてるつもりだったんですけどわかりましたか?」


ん?と思い彼の体を見ると確かに名札が首に下がっていた。「吉野」という明朝体の文字と都営地下鉄の紋章が描かれていた。


吉野文幸(よしのふみゆき)と申します」


「そうですか…」


何か言葉では言い表し難いが、俺はその時突風が吹きつけたような感覚を受けた。


「では、僕は仕事に戻らせていただきます」


吉野文幸と名乗った駅員はそう言い自分の持ち場らしきところへ戻って行った。暇になったから俺もマサルたちがいるところへ戻ることにした。



「なんだ?これは」


つい声に出してしまった。俺たちが寝ていた場所の近くのベンチに脚を組み、肘をベンチの背もたれの上に置き、天井を見上げている警察隊員らしき人間がいた。歳は見たところ三十くらいで目に覇気がない。俺がまじまじとその人間を見ていたら、彼も顔をこちらに向けてきた。


「何見てんだ?お前」


えらく腑抜けた声だ。不真面目さがムンムンと伝わってくる。


「あ、いや、別に…」


まさか話しかけてくるとは思っていなかったのでびっくりして言葉が出なかった。


「お前、どうしてこんなとこにいんだよ?」


彼は俺に指を差し、聞いた。警察ともあろうお方が指を差すのか、いよいよこいつが警察隊員なのかわかんなくなってきた。


「俺、この近くで友達と寝てて、それでここにいるだけです。貴方こそさっきここにいなかったじゃないですか。貴方こそどうしてここにいるんですか?」


少しムカついたので強めに言ってみた。歳上のように見えるが、それなのに教養がないように見える。一体全体どうして警察隊なんかに入ったんだこいつは。


「んん?ああ、ああ。ま、言っちまえばサボりだな」


「サボり…ですか…。貴方は本当に警察隊の一員なのですか?」


「まあまあ、そう急かすな。時間なんていくらでもある」


彼は気怠そうな顔で警察手帳を出し、それを開いて見せた。


「神田刑事巡査だって?」


「そうだ、町屋交番勤務、神田刑事(かんだけいじ)だ。それと坊ちゃん、言葉使いには気ィつけな」


刑事(デカ)はキメ顔でそう言った。神田は全くその名に似合わない行動をしているのは誰が見ても一目で分かった。


「はいはい、気をつけますよ刑事(デカ)


しまった、つい…。背筋がぞわりとした。


「ハッ、言ってくれんじゃねーか。まァいいか」


神田のその言葉に内心ホッとした。


 神田はさっきから態度一つ変えていない。俺の考えてることなんて分かるのだろうか。そんなことまで考えてなさそうだな。


「こんな狭ェとこならまた会いそうだな。そん時までに直しとけよそれ。まァ俺にならいいけどよ。じゃな」


神田はそう言い残して去っていった。その背中には少し哀愁が漂っている気がした。


「なんだあの人?」


マサルが起きてきたようで目をこすりながら俺に話しかけた。


「ああ、あいつは神田っていう人だよ。また会うかも知んないから覚えとけば?言葉使いは気をつけなくていいよあいつは」


「ん?おう、わかった」


そろそろ朝飯の時間だな。


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