第四話 今後の生活
リアルに忙しい
大富豪をやっていると駅員らしき人が訪ねてきた。
「お楽しみ中にすみません。このリストにサインをしてください」
彼は紙が重なり分厚くなったボードとボールペンを差し出してきた。この騒ぎのおかげで激務だったようで疲れきった表情をしていた。
「わかりました」
ボードとボールペンを受け取り、名前を書いて回した。
「どうしてこのようなことをする必要があるのですか?」
少し気になったので俺は聞いた。
「ええ、それはですね、この駅の人数の把握や食糧の配給の時の点呼などに使う必要があると聞きました。ああ、あと数週間は水もこちらで管理させていただきます。水回りが復旧され次第こちらは心配されなくてもよくなりますが」
「そうですか、教えて頂きありがとうございます。それとこの分厚さですが、ここには何人ほど収容されているんですか?」
「そうですね…ざっと数えると八百人弱かと思われます」
「八百人弱…」
地上の人通りは何千人を優に超える規模だった。なのになぜ俺はここに入れたんだ?先を見越して死を選ぶなんてそんな人間はいても少数派なはずなのに。確かにこの先、地獄が待ってる。だが、どうしてあの状況で死を選んだんだ?どうにも分からない。
情報を信じていなかったやつなんていたのか?この騒ぎが馬鹿馬鹿しいと思ったやつがいたのだろうか。人が洪水のように溢れているという光景をスマホに収めてSNSに拡散でもしようと思ってたのだろうか。こういうことをミイラ取りがミイラになるって言うのか?まあ、知らんけど。
日本人の平和ボケの度合いがここまでだったなんて思いもよらなかった。いや、違うのか?多くの人間が現実を目の当たりにしてから避難をしようとしていたのかもしれない。言葉で分かっていても、それはただの言葉か……。真に自分を突き動かすのは目の前の現実のみか?
ダメだ、考え込んでしまう。今は現実に集中しよう。
我に帰ると駅員はもう姿を消した後だったようだ。
「そういえば俺ら風呂どうすんだ?」
あぐらを描いて座る倉野がアホみたいな顔で言った。でも、そのことについて考えてなかった俺たちは沈黙を招いてしまったみたいだ。
「……ドラム缶風呂だな」
壁にもたれたツバサがしかめた顔で大真面目に答えた。ワードとコイツの顔が絶妙にマッチしてなくてなんかシュールだ。
「水があっちで管理されなくなったら風呂くらい入れるだろ」
とりあえず俺は楽観視しておいた。
「それまで我慢か、辛いなあ」
マサルがため息混じりに呟いた。マサルはいつも、天まぎの目の前にある[竹の湯]という銭湯で湯船に浸かっていたからなあ。大浴場が好きな人間にはショックなんだろうな。風呂についての会話はそこで終わってしまった。どんな夢を語ろうとそれが夢の領域を出ることはもうないからだろう。
周囲に流れる環境音はたまに流れるスピーカーからのホワイトノイズだけだった。
「ん?あれ?もしかして…」
ツバサが複雑な表情をして首を捻って言った。
「どうした?」
マサルが俺の言いたいことを代弁した。
「コロナ終わるんじゃね?」
「あ、そうじゃん」
案外、俺たちの反応はしょっぱいものだった。二年くらい俺たちを脅かしてきたウイルスが思わぬところで終わりを迎える。でも今はそれどころじゃないし、終わったわけでもなかったからだ。
「まあもうマスクを手に入れる手段なんてないしなあ」
「そうだな。まさか流石のウイルス様も今まで殺してきた人間の数を一瞬で他のやつにぬかされるとは思っても見なかっただろうな」
倉野の言ったブラックジョークに不覚にも俺は笑ってしまった。
「不謹慎だぞ」
彼らはそう言うも、どうも説得力が感じられない。目が笑っているのがはっきりとわかる。釣られて俺も微笑を浮かべてしまう、いや苦笑だろうか。
それからと言うもの流石に疲れが出たのか四人には沈黙の空気が流れ込んだ。俺は重苦しくない沈黙には慣れているからこんなものは全くもって苦ではなかった。あまりにも静かだった。皆の目はあたかも死んだかのように光が失われ、焦点はどこにも合わせていないようだった。
ふと、無造作に散らばったトランプのカードが目に入った。裏返しのカード群が正方形を描くように四つ対に並べられ、その四角に囲まれた中心には表に返されたカード群が小さな山のように積み重ねられていた。俺は基本的には血液型占いとやらを信じはしないのだが、こういう時は頭の中でこう思う。
(A型である性なのか、あのトランプが気になる。片付けるか)
ということで俺は少し腰を上げ、トランプを元あった箱に戻した。
トランプを箱にしまい終えた後、タイミングよく構内アナウンスが流れた。
「駅構内に居られる皆様にご連絡です。只今、壱番出口付近の改札で寝袋の配布を行なっております。ご必要な方はご手数ですが壱番出口付近の改札へお越し下さい。ちゃんと人数分ございますので、焦らず、ゆっくりとお越しいただければ幸いです。
食糧につきましては申し訳ございませんが明日からの提供とさせていただきます。ご理解の程よろしくお願いします」
無線味の効いた音声がスピーカーを媒介に俺たちの耳に入ってきた。
「だってさ、行こうぜ」
マサルが言った。その声に応じ、俺はさっと持っていたものを鞄に入れ、立ち上がった。念には念をと言うことで持ち物は全て持ち改札へ四人で向かった。
改札はそこまで混んでいなかった。本当に焦らずゆっくりと来るのかもしれないな。改札の機械たちは光を失い次にいつ来るかも分からない目覚めの日を待っているように見えた。駅員が配っていた寝袋はアウトドアに使うような寝袋よりも少々薄いような気がした。仕方ないか、駅の備品だ、ないより全然マシだ。生かされてもらっているのに文句を垂れていたら今後が危ういこと仕方なし、だな。
階段を降り、下りのホームの最奥にまた戻った。やはり人はまばらだ。
寝袋を広げ、眠くなった頃合いに各自眠りについた。天井の照明は着きっぱなしで眠りに落ちることに手こずった。