第八話 平穏な駅
西日暮里駅。町屋からどのくらいの距離なのだろう。だいぶ良い運動になった。駅の構造は大体町屋と同じだ。ホームは上下の階に分かれている。違うところといえば壱番線のホームと改札が繋がっていてNNR(国営鉄道)の駅へアクセスできるよう乗り換え口が用意されているところくらいか。暗い顔をして俯いている人間が大半だった。
さて、肝心の…いや、それは肝心なのだろうか。高校時代の友人がこの辺りだからいると思ったが、どうなのだろうか。駅員にでも聞こうか。
「すみません、この駅に永田悠介と言う人はいますか?」
「貴方はこの駅の者でないのですか?」
駅員の男は怪訝そうにこっちを見た。
「まあ、はい。ここらを彷徨っているただの通りすがりですが、この近所に住んでいたであろう友人がここで生きていないかと、気になったのです」
これだけで引き下がればラッキーだが、どうだろう。
「しかしですね、プライバシーというものがありましてね」
なんだそれ、どう言うことだ?
「つまりですね、個人情報を私的には使えないということですよ」
俺の考えていたことが顔に出ていたのか駅員はそのまま淡々と続けた。
「名簿を確認してもらって、いるかいないかだけでも教えてはくれませんか?」
「いやぁ、ですがね、お兄さん。貴方のために割く時間なんてここにはないんですよ。それに、貴方はここの人間でもない。それなら尚更ですよ。なので、他を当たってもらえませんか」
頷く以外の選択肢は俺に示されなかったらしい。駅員の言う通りに他を当たるか、なんてったって俺は、稀にも見なかった部外者だからな。
なら、ここの警察隊員に聞こう。そこらをぶらついていればすぐ見つかる。
とは思ったものの、ぶらつく前に見つけてしまった。体格から見るに婦人隊員だろう。周囲を見回っているだけと見えることからパトロール中と分かる。話しかけるには良い機会かもしれない。
ん?この姿には見覚えがある。痩せ型で中年、怖いくらい白い肌、なあんだ、知り合いだったか。
「清水さん、久しぶりですね」
彼女は清水さん。下の名は知らない。
「んー?君は…フウトか!」
彼女は一瞬首を傾げ、顔に皺を寄せたが俺のことを覚えていたらしく、嬉しそうに微笑んだ。俺は話が通じたことに小さくガッツポーズをし、本題に切り込んだ。
「あの、清水さん?この駅に永田悠介という男は居ますか?」
「うーん……聞いたことないねえ」
「そうですか、もしも居たならば……、アイツは特徴的ですからね」
「その永田何ちゃらって人は君とどういう関係なの?」
「そんなの聞きたいんですか?まあ、アイツは高校時代の友人、とでも言いましょうかね」
「友達なら友達ってハッキリ言いなさいな。で、何でちょっと濁したの?」
「うーん、言いづらいですが……、アイツとはよく罵り合う様な関係だったんです。聞かれる前に言いますけど、俺が適当なあだ名を勝手につけて遊んでたんです。ナガッターwwみたいなあだ名でした。それをアイツも真似してきてなんか変なことになって罵り合いが始まったんです。まあ、じゃれあいですけどね」
それを聞いていた清水さんはニッコリと笑った。途中で興味が失せたのだろう。俺は続ける。
「アイツの一番の特徴は何と言ってもその斜視です」
「わかったよ。もうういいって」
俺の熱弁に食い気味に入ったことで彼女のターンが回ってきた。
「永田って言う人はここにはいないよ」
「え?」
ツマリ、死ンダトイウコト?さっきまでテキパキと動いていた俺の腕が力なく俺の肩からぶら下がっていた。
「でも、死んだかどうかはわからないよ。出かけててどこか別の駅にいるかもしれないし。そもそも西日暮里駅は複数あるから別の西日暮里駅にいるかもしれない。だから、死んだかはわからないよ?」
「そう……ですか」
希望的観測はあまり好きではない。それをし続けた結果、現実さえ受け入れなくなってしまうだろうから。
ここに寄ったのはあくまでついで。俺はそれを忘れそうになっていた。機会があれば探したいが、今はやめておこう。
「君、そんなことのためにここに来たの?」
溜め息混じりで清水さんは言った。
「いや、そうではなく、警察隊に入りたくて自分のいた駅を飛び出してきたんです。まあ、肝心の入隊の仕方はわかりませんがね。そうだ、清水さんは何か知ってますか?」
「地下鉄の駅に警察学校でもあればそこに行けって言えるんだけどもね。手伝いはさせてあげられるけど、タダ働きなんてしたくないでしょ?正式に入隊するにはどうしたらいいんだろうね。お偉方は本部があった近くの桜田門駅に沢山居るって聞いたし本部は今や大都会の新宿駅にあるって聞いた。お偉方の推薦状が貰えれば入隊なんてすぐ出来ちゃうかもね」
「と言うと?」
俺は何となく次の言葉がどんなものかわかった。
「媚び売ってきなさい」
満足げな笑みを浮かべて清水さんはそう言った。まあでもこの助言は真摯に受け止めておこう。
「で、君歩いて行くの?」
清水さんは口角が下がらないまま話を続けた。
「今のところは。満足な移動手段もありませんし」
「君がそうならいいのを紹介してあげるよ」
清水さんは俺に背中を向けてどこかへ歩き出した。そして通りの良い声で誰かに呼びかけた。
「須藤!”足”、出して!」
その声に反応した女性はビクリとして振り返った。
「私の足ですか?」
「違う違う、移動手段の方だよ。フウト、上のホームに行くよ」
清水さんは素で速足で小走りでようやく追いつけるほどだった。
上階のホームのホームドアの向こうにはブルーシートが被せられてテント状になったものが鎮座していた。清水さんが勢いよくそのシートを剥がした。それは長方形で真ん中にレバーのようなものがVの字のように二つついた乗り物らしきものだった。
「これは?」
「トロッコだよ。このレバーを押したり引いたりして動かすんだよ。須藤はメカニックでね。0からこれを作りだしたのさ。優秀だよね」
清水さんはレバーに手を乗せて言った。
「これくらいはまあ簡単なことです」
須藤さんは誇らしげに笑ってみせた。
「日比谷まで行くよ、乗って」
俺は清水さんに言われるがまま、そのトロッコに乗り込んだ。




