警察隊東川口駅駐在員たちの地上調査 中編
想定以上に長くなってしまいました。
佐久間の方だってやっと町屋を抜けたばかりなのに
モールのちょうど真ん中あたりにエスカレーターが点対称になるように配置されていた。そこから地下へ向かうものは流石に階段だった。その階段を下りると、どっしりと鋼鉄でできた扉が彼らの目の前に現れた。ドン、ドドドン、と独特なリズムをとって男は強く扉を叩いた。すると、扉が重い腰を上げ、彼らの目の前から消え去った。
中に入り、扉が閉まるのを確認すると全員がマスクを外した。空気は不味かった。
「海野さん、早かったですね。あら、後ろの方々は?その服装から見るに警察隊の方々と見受けますが」
シェルター内で初めに出迎えてくれたのは眼鏡をかけていてやや痩せ型の女だった。海野と呼ばれた男より早く黒田が口を開いた。
「ええ、そうです。僕たち、東川口駅からやって参りました。今日で爆発から二週間なので外へ探索へ出まして、このショッピングモールへやってきました。ちなみにここに警察隊員はいますか?」
「私たちとお話したいのであれば一つ条件があります」
女は眉をひそめた。
「それは…なんと…?」
黒田も同様に眉をひそめた。
「あなた方は外からいらしたのでしょう?ならはじめに除染してきてください。話はそれからです」
「それでいいのなら、呑みましょう」
「では、備品倉庫で待っています」
女はそう言うと、黒田たちに背を向け、歩いて行った。
「除染室は左手です。行かないと、義務ですから」
カツカツというヒールの音が消えた後、海野は黒田等にそう言い、除染室へ歩みを進めた。
除染室はコンクリートの箱の中のようになっており均等な感覚で穴が空いていた。海野が壁に着いたスイッチを押すとそこにいた全員が無色透明の液体を被った。この液体は簡単に言えば付着した放射線を吸い取るといった効果を持っている。放射性物質は中性子を放出し、次第にエネルギーを失って行く。これを半減期と言う。しかし、半減期を待っていることなどできない。そのため、その放射性物質から中性子を取り出す作用のある物質がそれには入っている。それをうまく作用させることによって、放射線を除去することができる。これを、人は”クリーナー”と呼ぶ。この液体の誕生により放射線の危険性はより軽視されることとなった。
「こんなところに生存者か。こんなところで俺の勘が当たるとはな!」
黒田は高笑いこそしなかったものの、酒に酔ったような声量とご機嫌さだった。
「濡れるのは、慣れません」
佐藤は顔を歪めた。
「我慢だ。いずれ慣れる」
黒田は佐藤の背中を強く叩いてそう言った。
「——ッ!?イタッ!ちょ、浮かれるのは構いませんけど、人と話す時位は落ち着いてくださいね?」
「おうおう!わかったわかった!」
黒田の興奮は除染が終わるまで冷めることはなかった。
除染室を出て、黒田たちが海野に着いて行くと色々とモノが置かれている部屋に出た。倉庫と呼ばれてはいたが、何が置いてあるのかはさっぱり分からなかった。大小の段ボールが積まれているだけだった。出迎えをした女がソファに腰掛けていた。
「さあ、座って下さい」
言われるがまま四人は女と対になるように置かれたソファに腰を下ろした。津田は座れなかったのか横にスツールを持ってきて座り、複雑な表情を浮かべた。
「突然押しかけるような形でここへ来てしまってすみません。ご挨拶まだでしたね、私は黒田と申します。そして佐藤、田中、津田です」
それを黒田が言うと同時に四人は警察手帳を開いてみせた。
「いえいえ、こちらこそ。私は西川と申します」
西川は肩の力を抜き、微笑んだ。
「こういうことがあってですね……」
黒田は斯々然々とことの一部始終を語った。
「しかし、このようなところでよくご無事で」
「備えあれば憂いなしと言いますし、私たちは生存本能に生かされているとも言えますね」
哀しそうに彼女は笑った。
「どうかしたんです?」
佐藤は前のめりの姿勢になった。
「備えあれば憂いなしとは言いましたが……食料品や水が乏しいのです。探しに行こうと思っても周囲はもう殆どなにもありません」
「……どのくらい持ちそうですか?」
「一ヶ月程度持てばいい方です……。なので、協力してほしいのです。勿論、タダでとは言いません。地上階、すなわちこのショッピングモールにはまだかなりの日用品が使える状態で散らばっています。私達はそれを貴方方に提供する代わり、ここに足りないものを恵んでほしいのです」
西川は佐藤の手を強く握り、懇願した。
「そうですね。こちらも足りないものは山ほどあります。なのでこのような協力関係は必須となり得るでしょう」
佐藤は西川に手を握られながら黒田の方をチラリと見た。それを察して黒田はゆっくりと首を縦に振った。
「協力しましょう、お互いのため」
「あ、ああ、ありがとう……ございます!」
天から垂れる蜘蛛の糸を掴んだかのように、彼女の目は喜びに満ち溢れていた。
「さっき聞きそびれたのですが、ここに警察隊員は居られますか?」
佐藤が手を握られているのを横目に黒田が聞いた。
「いえ、ここには。ここにいるのはここの職員とお客様だった人たちだけです」
「そうですか。もしここに居られるのであれば無線でやり取りできるかもと思いましたが。外に人を出しているようですが、ここらにはここ以外にシェルターのようなものはありましたか?」
「そんな情報は一切……ですが、一人、もう亡くなってしまいましたが、その一人がこのようなことを言ったのです。
『俺は途轍もなくデカいクレーターを見た。そこはここらで一番放射能レベルが高かった。こんな布切れ、意味ないんじゃないかってほど我が身で放射能を感じたよ。それと、俺の腕や肩や腹なんかにできた傷は薄汚い化け物が着けていったよ。クソ……こんな傷じゃあ長くはもたない。最悪だ』
彼等は三人で外へ出たはずですが、彼以外再び見ることはありませんでした。彼も、ここへ帰ってきてから一日と経たずに逝ってしまいました。私たちの持っている情報はこれで全てでしょう」
西川はそこまで話すと一息ついた。
「巨大なクレーター?爆心地でしょうか……」
西川から手を解いた佐藤が聞いた。
「おぉ!やはり何か、その何かがあったな。今日は勘がキレるな〜。よし、じゃあそこに行ってみようか」
「悪い方へキレさせないでくださいよ」
「それは、すまないことをしたな」
当の本人はそんなことを思ってはないだろう。
「取り乱して済みません、食糧が必要なら、可能な限り早くここに歩荷を向かわせますので、ご安心ください」
「歩荷……ですか……?」
「ああ、貴女達は地下鉄住まいでないので歩荷は知らないですよね。歩荷というものは、そうですね…背中に大荷物を背負って配達をしてくれる人間のことですよ」
「本当ですか!?ありがたいです」
途端に西川の目がキラリと輝いた。
「困ったときはお互い様、ですよ。ああ、それと、クレーターの場所について、彼は何か言ってましたか?」
「ずっと北にあったそうですよ」
「わかりました。では、我々はもう行きますので」
「お気をつけて」
西川のその言葉を聞くと、黒田達は立ち上がり、シェルターのエアロックに歩いた。
黒田はエアロックの前で立ち止まり、三人の方を向いた。
「ガスマスクのフィルターの替えはあるか?」
「勿論です」
と佐藤が。
「まあ、一応…あります」
と田中が。
「…………」
津田の動悸が速まった。その後から続くように脂汗もダラダラと湧いて出た。
「おい津田、お前もしや」
「はい。今マスクに着けているものの替えはありません」
津田の言葉に黒田はため息をついた。そして黒田はしばらく考えてからこう言った。
「余裕を持って行きたいところだったが、まあいい。外に出たら急ぐぞ」
「わかりました」
津田は渋々そう言った。
「開けてくれますか?」
「はい、では開きますよ」
海野はそう言うと、扉の横に設置されたレバーを引いた。黒田達は無言でガスマスクを装着し、扉が開くのを待った。
「幸運を」
「ありがとう。ではまた」
扉が開いた。足音が四つ、シェルターから消えていった。
かくかくしかじかって振り仮名振れなかったんですが。




