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終末世界の地下暮らし(仮)  作者: 八角の奇児
10/13

警察隊東川口駅駐在員たちの地上調査 前編

この話、長くなってしまったので前後編で分けます。

 少しだけ黒ずんだタイル。明るいオレンジと白の配色。年季の入った蛍光灯。どこか古めかしさを感じるホームが彼らの家だった。壁に設置された電光掲示板の真ん中には大きく東川口と書いてあった。


 警察隊と思わしき人が四人集まっていた。一人が三人に向かって話していると言うような状況だった。


「点呼をとる。佐藤」


まず初めに声を上げたのはこの四人のなかで一番年長と思われる中年の男だった。頭頂部を尖らせたような独特な髪型をしており、目の奥には人を震え上がらせるような深い黒があるように見える。体格は中年にしてはがっしりしていて腹も出ている気配がない。持っているボードに付いていた紙には四人の名前が手書きで書かれていた。それぞれの名前の書いてあるところの左には四角形が描かれており、内側は空欄になっていた。


「はい!」


そう言ったのは佐藤と呼ばれた男だった。見たところ、年齢は三十代前半のように見える。中年の男と並べると細身に見えるがその分背が高いため、実はそれほどの筋力差は二人にない。中年の男は佐藤という名にチェックマークを付けた。


「田中」


「はい!」


今度は女だ。年齢は見たところ二十代中期とでも言えばいいのだろうか。スラっとしていて四人の中で一番背が低い。まだ新人なのだろう、おどおどしているのが目に見えてわかる。今話題のジェンダー平等に於ける対策の一環として用意された女性枠というものを使い、彼女は警察隊に入ったと言う。中年の男はまた彼女の名の空欄にも同じようにチェックマークをした。


「津田」


「はい!」


男の声。こちらも新人だ。田中とは同期だろう。しかしこちらは真っ直ぐ前を向き、目は泳いでいない。実にタフな男だ。同様に中年の男はチェックマークを付けた。


「そして俺。はい」


残った空欄は彼のものだった。名は黒田と言うそうだ。黒田はボードを持ったまま休めの姿勢をとり、前に立っている三人に向かって口を開いた。


「今日はなんの日だ?わかるな?」


「はい、地上の調査を開始する日であります」


津田が気が引けたような顔をして言った。


「そうだ。作戦コード:再始動(リスタート)、これの開始日だ。今日はここから浦和美園まで行き、周囲を探索する」


「黒田さん、お言葉ですが、なぜこの上でなく、浦和美園なのですか?」


佐藤はまるで言わされたかのように表情を変えず言った。


「ああ、それは俺の勘がそこへ行けと言ったからだ」


佐藤は黒田の言葉を聞いて、また勘か、と心の中で落胆した。黒田はいつも勘を働かせていると言うがそれが当たったことは万に一つ、ありはしなかった。


「黒田さん、今度はがっかりさせないでくださいね。まだ新人もいることですし」


「任せとけって。今度は当たる…多分な」


黒田は苦笑いを含めてそう言った。佐藤と黒田のやりとりをそばで聞いていた田中と津田は訳もわからずポカンとした。それを横目で見た佐藤は体ごと二人に向けて話した。


「すまないね、こんなみっともないやり取り見せちゃって。この黒田さんはことあるごとに勘を持ち出してくるけどそんなの全然当たらないんだ。だからこの人の勘=出鱈目って覚えといて」


佐藤は申し訳なさそうに笑った。


「は、はあ…」


二人は口を揃えて言った。


「お前ら三人コソコソと何を喋っているんだ?まあいい、その腰に携えた銃に弾薬が入ってるか確かめろ」


黒田は佐藤が言ったことを気にせずにそう言った。だから、いつまでも勘に執着しているのだろう。


「ですが、銃を使う必要など、もう無いのでは?」


田中がまるで何も知らない子供のように首を傾げた。


「銃が大事なのはこれからなんだ、田中。ここらはもう無政府状態に等しい。だから、無法地帯ともなりうるし、いつ賊が産まれてもおかしくない。こっちだって面倒事は御免だ。そういう賊供を生かしていても貴重な物資の無駄使いとしかならないだろう。まあ、なんだ…少し、言いにくいんだが…」


黒田はそこで言葉に詰まってしまった。


「襲ってくるような者がいれば自らの正義を持ってその者の生を終わらせてやれ、と言いたいんですか、黒田さん?」


佐藤は黒田の思っていたことを彼なりに代弁してみせた。


「あ、ああ…大部分はその通りだよ…」


黒田は新入りたちに恐怖を与えまいと気を使っていたが佐藤が躊躇いもなく言うことだから不安半分、安堵半分というようになった。案の定田中は「この銃で…私が…?」というようなことをボソリボソリと呟いていた。ただ、津田はそこら辺がしっかりとしているのか意外と表情はこわばってなかった。


「ほら、わかったなら弾を確認しろ」


「はいはい」


黒田の言ったことに反応したのは佐藤だけだった。四人が腰のホルスターに入れていたリボルバーを手に取りシリンダーの中身を確認すると、田中だけ弾が入っていないようだった。田中は焦って弾を込め始めた。余程焦っていたのかなかなかシリンダーの穴に入っていないようだった。


「まあまあ、そう焦らずに、田中さん」


津田が穏やかな顔をし、励ました。それで少し落ち着きを取り戻したのか、田中はおぼつかない手つきで弾を五発込めた。


「よし、準備も万端。行くか」


黒田は田中の様子を見てそう言った。


 津田は気がかりなことが一つあった。それは、外へ出るにしては装備がおかしいからだ。四人全員が放射線防護服を着ていないことが津田にはおかしくておかしくて仕方がなかった。


「く、黒田さん。こんな装備で本当に大丈夫なのですか?」


津田は黒田のことを『黒田さん』と呼ぶことに毎回気が引けていた。そんな呼び方をして、相手に失礼ではないのかと、津田はそんな不安に取り囲まれていた。ただ、黒田は別にどうとも思っていなかった。むしろそう呼んでくれた方が気が楽とまで思っていた。…話を戻そう。


「安心しろ、これで十分だ。足下が一番放射線がある。だからそこを守れて肌を隠してさえいれば大丈夫だろう。放射線が服に着くだけだろうからここに戻ってきたら”クリーナー”を吹きかければ安全なはずだ。そして有害な大気を吸わぬようにガスマスクをするんだ。寿命は幾分縮むだろうが、こうすれば生命の危険は大分無くなるはずだ」


黒田はそこまで言うと、ふう、と息をついた。四人は既に頭以外は素肌が隠れていた。鉛の入った安全靴を履き、警察隊の制服を着て、その上から防弾チョッキを着用していた。


「そろそろ行こうか」


気を取り直し、黒田は言った。


「はい!」


ヤケクソ気味な声だった。だが、その声も黒田の士気を上げることには役立った。


 四人はベンチに置いたヘルメットを被り、ホームドアを乗り越え、線路上に降り立ち、地上にある浦和美園駅へと歩みを進めた。ほぼ真っ直ぐの道のりだが、出口の目印であろう日光の照らす大地はどこにも見当たらなかった。


 黒田たちは大きな壁の前、いや行き止まりともおぼしきところで立ち止まった。


「山本、応答しろ。黒田だ」


黒田は無線機を取り出しそれに話しかけた。


「こちら、山本。準備はできています。いつでもどうぞ」


無線機の向こうの声は温度を持っていなかった。


「開けてくれ」


黒田がそう言った数秒後、壁が唸りを上げた。


「いよいよ…か」


佐藤は言葉を漏らした。目の前の壁は徐々に左右にゆっくりとスライドしていった。


「ガスマスクを」


黒田はガスマスクに手を伸ばしながら三人に言った。言われるがまま彼らも手早くマスクを装着した。


 壁がスライドしてできた隙間から日光が差し込んだ。二週間地下にこもっていた彼らはその光に目が眩んだ。隙間はどんどん大きくなり、光も沢山入ってきた。開き切る頃には彼らも目が慣れ外の様子を見れるまでになっていた。


「隔壁は開きました。皆さん、幸運を祈ります」


黒田の無線の奥からそんな声がした。


「ああ、礼を言おう」


黒田はそう言い、外を見た。彼らが身につけていたガイガーカウンターがジジジと唸り始めた。


「……街が…」


田中がつぶやいた。皆、同じ気持ちだった。線路は左右を壁に囲われていたがその壁も線路を覆うように倒れていた。瓦礫がそこらじゅうに散乱し、彼らは足元を(すく)われた。空を見上げると、どんよりと曇っていた。しかし、雨が降るような曇りではなく、それほど空は低くなかった。周囲を見渡してみれば以前は考えられないくらい街は開けていた。


「ねえ…津田くん…あれ見てよ…」


田中の指差した方向には巨大な施設があった。彼らから見た建物の左端から半ばまで、まるで抉り取られたように消えていた、あるいは吹き飛んでいた。あれはショッピングモールだったらしい。


「ひどい。なんて景色だ」


津田は表に出さなかったが内心深く哀しんだ。思い出が詰まっていたのだろうか。


 前方を見ると崩壊した浦和美園駅が(たたず)んでいた。至る所に亀裂が入り、駅の線路内にはここ以上に瓦礫が積まれていたことが遠目でも分かった。


「黒田さん、浦和美園駅、ダメになってますね」


佐藤は呆れたような身振りをしてそう言った。


「駄目だな。じゃあ他のところへ行こうか」


黒田はそう言うと、くるりと振り返り、ショッピングモールを眺めていた二人にそこへ行こうと言った。


 ショッピングモールはまだ建物としての原型は保っていた。入り口の扉はガラスでできていたから警棒を一振りするだけで建物の内部に入ることができた。


 中はもう電気が通ってないらしくトンネルの中よりも暗かった。彼らは懐中電灯を灯し、周囲を見た。彼らの入ったところの近くには食料品店があった。新鮮な生野菜とか、料理なんかに使うような食材が立ち並んでいた。だがそれもほぼ全て駄目になっていた。放射線の影響もあるだろうが冷蔵しなくてはならないものは傷み、生野菜も干からびしぼんでいた。


「服です!」


 田中が声を上げた。食料品店から大通りと思わしき道を道なりに進むと服屋が数店建ち並んでいた。マネキンの形状から察するにはレディースの多い印象だ。だが、そのマネキンには服が着せられてはいなかった。


「裸のマネキンですか…誰かが服でも剥いだのでしょうか」


津田は首を傾げた。


「そうだな…誰かいるのかもしれん」


黒田がそう言った次の瞬間、大通りの暗がりの奥からガタッと音がした。


「誰だ!」


黒田が怒鳴り声を上げ、四人は音のした方向に懐中電灯を向けた。すると人の動く影が一瞬見え、店の柱の裏に隠れた。


「危害は加えない。顔を見せなさい」


佐藤は温かみを持たせてそう言った。それでも人影の正体は姿を現さなかった。


「佐藤、ここはお前が行け」


黒田は小声でそう言い佐藤の背中を押した。佐藤は小さく頷き、人影が隠れた柱に向かって歩いた。周囲には彼の足音だけが響いた。佐藤の周囲を他の三人が照らした。佐藤は柱の前まで近づくと、一気に裏まで回り込んだ。


「うわああああ!やめろ!殺さないでくれ!」


ガスマスク越しに男の声がした。その男は声を上げると同時に腰を抜かして床に尻餅をついた。そこから身動きが思うように取れず、少しの間ジタバタとしたが、次第に落ち着いていった。


「大丈夫ですよ。我々は警察隊です。しかし、なぜ一般人がここにいるのです?」


佐藤は冷たい笑みを浮かべた。彼は内心暴走族でなかったことに安堵した。


「このモールには…シェルターが備わってるので…、そこに数百人が身を潜めています…。僕は食料などを探しに地上階に上がりました」


男は声を震わせて言った。ガスマスクをつけていても怖気付いているのがよくわかる。


「生存者がですか?そこを教えてくれますか?」


「え、ええ。いいですとも」


男はそう言い、黒田たちを連れてシェルターに向かった。


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