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アンガー・メイジ  作者: 赤い酒瓶
第二章 鬼神
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第26話 サコン対エデン

 中々上手く行かないものだな。そう嘆息する。

 憎たらしい敵の首級を掲げて勝鬨を上げ、さてこれでやっと潜伏生活も終わって町中で一息吐けるかと思っていたのだが、まだもう一仕事しなければならないようだ。

 エデンに捕虜は寛大に扱ってやって欲しいと一方的に告げた後、討伐軍の面々の間を通って陣の後方に進んでいくと、オドマンからの使いがやって来て本陣へと呼び出されたので、五本の太刀を担ぎながらコノエ、ヘイオスを伴ってそちらへ向かった。金毛は軍勢と合流した段階で引き取ってもらってある。

 面会したオドマンが何やら立腹している様子なのは一目で分かった。そのため、心中ため息を漏らしていたという経緯だ。


「何かご不満でしたか」


「君には大人しくしているよう言ったはずだ。まずこの命令に対する無視が一つ。それから私の追討命令が出ているにも関わらず、軍に参加してすらいない君が独断で投降を呼びかけ、実際に戦場へ影響力を行使した。指揮権を乱した罪は大きいぞ」


「前者は必ずしも問題とは限らなかったはず。後者についてですが……何か問題ですか?」


「開き直りか!」


「殺さずに済んだのですから構わないでしょう」


「君は秩序に対する罪というものを理解する必要がありそうだ。それと捕虜にした魔術師達もそのまま免罪というわけにはいかない。ある程度の見せしめがなければまた同じことになりかねん」


「恐怖はもう十分に植え付けてありますよ」


「貴様が判断することではないわ! 一介の魔術師風情が」


「それで結局、用件は?」


 面倒になって本題を促す。オドマンは少し息を落ち着けて、それからまた口を開いた。


「以上の罪状で君の身柄を拘束する。異論があるならば都で直接申し開きをするが良い。シャルルの死体はこちらで預かろう」


 予感はしていたが、こうなってしまったか。想像が付いていて何ら避けようとはしてこなかったし、構わないと言えばそうなのだが、ここから更に派生する難儀を思うと、つい天を仰いでしまう。

 恐らく、正念場はこの次だ。


「俺の前に立ち塞がるんだな?」


「生意気な口を」と言いかけた彼を、発動させたままだった上位の式神で拘束する。小太りの身体が突如宙吊りにされ、口も塞がれて、沈黙を余儀なくされた相手はただ目を見開いて身動ぎするばかり。


「サコン様!」


 凶行としか思えない俺の動きにコノエが制止しようとするが、構いはしない。


「洛中では暴動が起きてるんだったな?」


「……はい。それより、オドマン様を」


「彼らにとってシャルルの首は価値がないだろう。むしろ希望の消失か? それだけでは可哀想だ。違うか?」


「まさか……早まった真似はお止め下さい。都で弁明すれば必ず」


「ヘイオス、こいつの南部での評判はどうだ」


 相棒の発言を声高に遮って、もう一人の従者へ問う。


「最悪ですが……マジでやるんですか? いや、ここまでやっちまったら今更ですが」


「群衆へは良い手土産になる」


 異変を見てこちらへ駆け寄る敵の従者を式神で吹き飛ばし、宙吊りの宰相の首をへし折った。

 どさりと音を立てて彼の身体は地面に下ろされ、うつ伏せに横たわる。


「何ということを」


 コノエが唖然としている。ヘイオスも少々顔色が悪かった。

 事態から少し遅れ、遠巻きに騒然としていた者達の間を通ってエデンがやって来る。その傍らには従者の魔剣士の姿もあった。

 さあ、正念場がやって来た。


「流石にこれは見過ごせないでしょうね」


 声を掛けるも反応はなく、彼は黙ってオドマンの死体に近付き、その生死を確認する。そのまま暫くじっと亡骸を見下ろしてから、やがて立ち上がり、俺の方を向いた。


「乱心でもしたか」


「正気ですよ。以前よりもずっと、ね」


「何があったというのだ」


「エイカ尊から神託を授かったのですよ。立ちはだかる強者全てを捻じ伏せて、女王の前に凱旋せよと。当初は賊軍ばかりを指し示して告げられたものかと思っていましたが、どうやらそうでもなさそうだ」


「オドマンは強者ではなかろう」


「巨大な権力の担い手は強者ですよ。間の抜けた発言ですね」


 正面から睨み合う。


「さて、貴方も立ちはだかる強者の一人ということで宜しいか。俺も良い加減人里が恋しい。さっさと終わらせて帰りたいのですが」


「如何にも、私こそがこの場で君を捻じ伏せ、その蛮行を止めてみせよう。魔王の信託など実現させて、この国のためになるとは思えない」


 相手の視線が俺から逸れた。


「コノエ様、どうか私共へ加勢願います」


「様?」


「オドマンもロウグもいなくなった今、彼を抑えることが出来れば派閥闘争は我々の勝利です」


「僕は……」


「おいおい」


 ちらと傍らの彼を見ると、俺からもエデンからも視線を外して逡巡している姿があった。

 何やら俺には分からない事情が生じているらしい。最悪の場合、ただの反逆で終わり得るこの試みへ無理に加勢しろと言うつもりはなかったが、敵対されるとなると事情が違う。戦力として彼は脅威だ。

 そういえば式神で再会した際、彼はどうしてもシャルルを討たなければならない事情があると言っていた。


「俺に味方しろとは言わないが、せめて中立でいてくれないか?」


「分かりました。エデン様、僕はこの戦いに介入しません。お二人で、一対一で決着を着けて下さい」


「…………良いでしょう。我々の決闘で全てを決します」


 コノエは苦しそうに承諾の返事をしたが、実際には俺の味方のようだった。エデンとその魔剣士を同時に相手取らなければならないと思っていたところ、一対一の決闘に持ち込んでくれる。

 ヘイオスを引き連れて彼は後方へ下がっていき、エデンも自身の従者を下がらせた。

 周囲の者達が十分に離れたのを見計らって、相手は右手を天へ掲げる。


「君は先程から式神を展開したままのようだ。このまま始めて構わないね」


「いつでもどうぞ」


 応じるとその手に光のようなものが現れる。話に聞いていた雷槍の魔術だろう。

 俺は式神を前面に展開し受け止める構えを取りつつ、この地で身に着けたもう一つの新しい力も発動させた。

 肉体に変化が生じる。

 それを見たエデンは迷わず雷槍を放った。


 雷は式神と相打ち。魔術を押さえつけようとした姿なき思念体は吹き飛ばされて消滅する。

 上位の式神は実態こそないものの、こうした魔術的攻撃は有効であったし、オドマンにしたような攻撃を魔力ある相手にするのは難しいという性質があった。不可能ではないのだが、魔力が強い程、思うように動かし辛いのだ。エデン相手にこの魔術で直接攻撃は難しいだろう。

 尤も、式神で操った太刀ならば有効である。


「その姿は」


「鬼の力ですよ。上位の式神共々、シャルルに殺されかけた際に切っ掛けを掴んでものにしました」


 今の俺の額からは二本の角が生えている。全身の筋肉も幾分膨らんでおり、目付きの悪さにも磨きが掛かっているはずだ。


「鬼退治、というわけか」


「退治されるのは貴方だ。かつて退けた神々の力に屈する時代が来たのですよ」


「そうはならない。そのために古の先祖達も力を貸してくれている」


 エデンは俺を油断なく見据えながら祝詞を唱え始めた。先祖に畏まって助力を願い、雷槍の威力を強化しようというのだ。

 俺もまた、俺の神に祝詞を捧げ、この身の力を強化する。


「偉大な王の長子にして鬼神セイガ尊よ、我が六根に宿るあらゆる惰弱、祓い清め給えと白す事を聞こし召せと畏み畏みも白す」


 額の角が一層大きくなり、筋肉も力強くなる。内側から闘争心が湧く。

 鬼の魔術は何らかを施して身体を強くする術ではなかった。魔術師自身の心身に生まれながら備わる枷を外す術だ。

 俺自身、疑問に思ったことはあるし、学院の書庫にも同様の謎を扱った書物はあった。獣が魔力を持って生まれれば肉体は変異し、その心には生まれながら言語が宿っているにも関わらず、何故人間の場合にはそうならないのだろう。魔術師も生まれながら強靭な肉体を持って言語を解する、人とは一線を画した存在であって良さそうなのに、どうしてそうならないのか。


 未だその原因は分からないが理由は掴めたように思う。人間には例え魔力が備わったとしても、それ以外の部分はそのままでいさせようとする何らかの力が備わっているのだ。

 それを神の力で一時的に取り除くのが、鬼となる方法である。

 そして幾度も取り除かれるうちに枷が弱まったのか、少しずつ自力での変貌も可能となっていた。

 祝詞を終えたエデンが次は呪いを唱えだす。決して大きな声ではないが、鬼となって聴力も上がっている今は聞き取れる。どうやら雷槍の呪いらしい。全力の雷を以て、次は式神の防御の上から俺を吹き飛ばすつもりなのだ。


 俺はエイカへの祈りの言葉も唱え、敢えて正面から応じる。討伐軍へ参加した大勢の魔術師の前で正面から彼を捻じ伏せるのだ。

 先程の比ではない雷槍が放たれて、姿なき式神がそれを受け止める。

 式神は敗れた。またしても消滅し、雷は俺にまで届く。

 奇妙な感触の攻撃だった。落雷に撃たれた経験などなかったが、きっとこうした感覚なのだろう。或いはもっと強力なのか。

 一瞬身体の力が抜け、片膝を着いた。担いでいた太刀を地面に落とす。


「立てるのか」


「案外平気なものですね。式神である程度威力を殺したのが良かったのでしょう」


 そこから平然と立ち上がり、腰の太刀を引き抜いた俺へエデンが眉を顰める。

 元のそれであればいざ知らず、鬼の身体なら大したことはないものだ。

 再び頭上へ手を掲げる相手に対し、こちらも式神を再展開して真っ直ぐ斬り込んだ。

 魔力を込めた太刀でその脳天から股に掛けて真っ二つに斬り裂く。実態ではなく月の神の力が作った幻影だ。それを今、消失させた。


 右方へ少し離れた位置に彼の実態が現れる。その掲げられた左手は既に光を帯びており、右手は太刀を抜いている。

 雷槍を式神で受け、再び月の力で姿を暗ませられる前に接近すると、相手は右手の太刀を突き出し迎撃してくる。身を捻って回避し、蹴りを放って攻撃したところ、僅かに当たったものの後方へ転がるようにして避けられてしまった。

 星の神の力を借りて先読みでもしたのだろう。魔剣士ならば兎も角、今の俺の攻撃を常人が回避出来るはずがない。


 追い縋ろうとしたところへ太刀が投げつけられ、自身のそれで地面へ叩き落とすと、その隙にエデンは倒れ込んだまま両手を頭上に掲げていた。

 左手にはこれまで同様、雷槍の輝き。

 右手の先には太陽神の力、火球が煌めいていた。

 火球が落とされ、式神の守りと視界が大きく損なわれる。炎の中、視界が晴れて雷槍を撃たれる前にとエデンのいた場所に迫ったが、攻撃は回避され、空振りに終わった。

 次いで飛来する雷槍を、既のところで飛び退いて回避する。態々幾度も受け止める理由はない。


「三神の加護というのは便利なものですね。まさか接近してからもここまで抗われるとは思いませんでした」


 炎が晴れるとエデンは既に立ち上がっていた。そしてその姿は幻影の気配を帯びている。それでは本体はどこにいるのかというと、それは鬼の感覚でも曖昧にしか分からない。月の加護による隠蔽の力は強かった。幻影と本体の気配が大きく離れれば察することは出来そうだが、両者が近い限りは無理だ。二つの曖昧な気配が混同されてしまう。

 相手は返事もなく、呼吸を乱しながらこちらを見ている。


「このくらいで息が上がるとは、歳ですか」


 言いながら火球によって崩された式神を修正し、更に祝詞を唱える。


「彼の地に坐して天地に御働きを給う日金神は我が御祖にして萬物を支配あらせ給う神なれば――」


 金色の獅子が召喚される。火球や雷槍による妨害でもあるかと思ったが、ただ放っても最早回避されるだけだと分かっているためか、動きはなかった。

 金毛が彼の幻影を引き裂き、俺が接近を始めた段階になって火球と雷槍が用意されようとする。

 それに合わせて、俺は懐の形代で生み出した式神を左手で振りかぶり、鬼の力で思い切り顔面へと投げつける。火球と雷槍の同時使用で星の力による先読みまで手が回らなかったらしい彼は直撃を受け後ろへと倒れた。二つの術は消失する。


 投げつけられた小猿の式神はそのまま相手の頭にしがみついて視界を塞いだ。

 起き上がり、猿を引き離そうと藻掻いていたエデンの背中を金毛が押し倒し、踏みつけに。

 視界の端では見ていられなくなった相手の従者が動き出そうとしていたが、そちらは結局、コノエが間に立ちはだかって魔剣を抜き、引き受けてくれた。


「これ以上、俺の道を妨げないというのなら命はお助けしますが」


 首筋に太刀の刃を触れさせて、宣言する。


「この後は、どうするつもりだ」


 地面へうつ伏せにされたまま、彼は応えた。


「シャルルとオドマンの死体を持って都へ凱旋ですね。陛下に謁見して、俺と、それから反乱へ加担した彼らの赦免も願うとしましょう」


「魔王の言葉とはいえ、君自身は結局、今回の行動で何を得るつもりなのだ。ただ言われたからやったと言うには、あまりに大それた行いだ。まさか赦免を求めるだけで終わりではあるまい。……第二のシャルルでも目指すか」


「…………陛下には今回の件を功績でもあるとして言い張るつもりです。それが通ったのならば、賊の頭とその供回り達を単騎で討ち果たし、この国最強の魔術師も凌駕する実力を示したわけですから…………」


「爵位でも望めば、手に入るだろう」


「それも面白いですが………………ここまでやったのです。腹を括りましょう。戻ったら陛下にプロポーズしてみますよ」


「馬鹿な」


「冗談ではありません。実は前から幾度もお会いしてまして。ご存知でしたか?」


「いや、そのような話は聞いていない」


「ナイア様は知っているのですがね。結構、良い関係なのです。忍んで口付けを交わすくらいにはね」


「…………だからか。君の消息が分からなくなったと報告が入った際、初めて陛下が公式の場で怒りを示されたよ。反乱の勃発で御心を乱されているのかと思っていたが」


 地面から深いため息が聞こえた。


「良いだろう。最早止めはしない。これも神々の導きと思って諦めるさ」


 こうして、北西における俺の戦いは終わった。

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