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アンガー・メイジ  作者: 赤い酒瓶
第二章 鬼神
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第25話 前線の景色

 戦場というのは僕が想像していたものよりも、ずっと悲惨なものだった。人が次々に惨たらしく死んでいくとか、そういう倫理的な意味合いもそこにはあるのだけど、それ以上にここまで戦い難いものなのかという、環境的な過酷さを指してそのように表現している。これまで経験してきたものに比べ、状況が圧倒的に複雑だ。

 いつどこから攻撃が来るか分かったものではない。それは正面からの、僕を狙った、或いは他の味方を狙ったものの当ての外れた攻撃だったり、時には味方の放った攻撃の余波が及んだり、敵へ飛び掛かった拍子に、味方の攻撃の射線上に入ってしまったり。

 他の皆もそうした戦い難さは感じているはず。建国以来戦らしい戦のなかったこの国で、このような乱戦に慣れ親しんでいる者はまずいない。


 自身の力を十分に発揮出来ている気がしなかった。

 前線には敵のゴーレムが四体繰り出されており、その足下や後方から魔術、魔剣による攻撃が飛んでくる。

 こちらはロウグの用意したゴーレムが四体、他の魔術師が用意した一回り小さいゴーレムが一体、数の上では今の所優勢。

 自陣に連れられていた魔術師でも魔剣士でもない兵卒達は火球を受けて焼かれていく。


 東西に伸びる街道の中央から南側に掛けてロウグのゴーレムが集中されており、敵のゴーレム三体を四体掛かりで突破しようと試みている様子だったが、しかしながら彼のゴーレム達は無理に密集した結果、身動きが取りづらくなったために数の優位を上手く活かせず、思うように前へ進めてはいないようだ。

 対して僕とエデンは街道の北側で戦っており、一体のゴーレムとその背後に控える戦力へ手を焼いていた。

 エデンが雷槍を放つとゴーレムの巨躯が半壊し、それでも核が無傷の場合にはまた身体の別な箇所に雷槍が飛んで、二発も撃てば崩壊する。僕やもう一人の魔剣士は彼を狙って放たれる攻撃を魔剣で迎撃し、その身を守って術へ専念出来るよう補佐する。そのような戦いを続け三体程、敵のそれを崩壊させてきたのだが、直ぐに後方から新たな個体が現れてしまい、切りがない。


 とはいえ南北とも、ほんの少しずつではあるが戦線を押し上げ、前進している。この調子ならばいつかは向こうに見える岩壁前まで辿り着けるはず。

 そう思っていた矢先、事態が急変した。


「コノエ殿、一度撤退です」


 雷槍が目の前のゴーレムに直撃し、その身体が半壊しながらも原型を留めているのを見つつ、エデンに背後から声を掛けられる。同時に退却の合図も後方から聞こえてきた。


「何故ですか」


 正面から視線を逸らすことなく大声でそれへ答える。


「南を御覧下さい。ロウグが倒れました」


 驚きに声を上げ、目を向けると先程まであったゴーレム四体の姿が消えて、シャルルのゴーレムに南部から中央の戦線が圧倒されている。


「気配からして既に命はないでしょう。このままでは戦線が持ちません」


「承知しました。我々で少しでもゴーレムを足止めし、皆が逃げる時間を稼がなければ」


 そう言って背後の彼を振り返ったその瞬間、そこにいた彼の頭部へ矢が飛来する。矢尻に何かが付いており、それが魔術まで用いた狙撃であると察したのは一拍遅れてのことだった。

 矢はエデンの側頭部へ確かに命中し、そのまますり抜けるようにして地面へ突き刺さる。


「私も狙われているようだ。ロウグもこの手法でやられたのでしょう」


 方角からして、相手は樹海から狙い撃ってきたと考えられる。


「もう少し、こうした不意打ちへの対抗策を考えておくべきでした」


「仕方ありません。それより、今のは……」


「月の神の力です」


 同時にまた、エデンは雷槍を振りかぶり、ゴーレムを攻撃した。街道の南側で暴れていた一体に命中し、その身体が半壊する。

 一方、先程半壊させられていた最北の個体は身体の修復を終わらせ、一目散に僕らへと向かってくる。

 本当にロウグが倒れてしまったというのなら、この先はどうやってこの戦力と渡り合えば良いのだろう。

 考えつつ応戦しようとしたところ、不意に、目の前の巨躯は崩れ去った。他の三体のゴーレムもだ。一回り小さかった自陣営の一体を残し、戦場のゴーレムが全て消え去る。


 何事かと、シャルルが陣取っているはずの遠方の岩壁を見ると、いつの間にかそこには一頭の見慣れた獅子がいた。金色の巨体が壁上に陣取っており、目を凝らしてみても、そこにいたはずの、シャルルを含めた魔術師達の姿は見えない。

 金毛、日金神の咆哮がここまで響き渡った。

 味方の魔術の消失によって動揺していた敵方も、それによって後ろを振り返る。

 戦争が止まった。


「凄まじい怨念です。どうやら、彼に先を越されたのかと」


「……これで戦が終わるのでしたら、何よりです」


 金毛が岩壁の手前へ飛び降りる。

 撤退命令を受けた僕らと、突然に大将を失った彼ら、両者共暫し立ち尽くしていると、やがて敵陣の後方から悲鳴のような声が響いた。耳を澄ませて聞いてみると、それは本陣への襲撃とシャルルの死を報せるものだと分かる。

 続けて僕らの後方からは敵方の体勢が崩れたことを見て取ったからか、再度前進して賊軍を殲滅するようにとの命令が聞こえたが、戦意の曖昧になった相手へ気勢を上げて襲い掛かれる程、僕らは統率されていない。


 皆が動きかねているうちにまた敵陣の後ろから声がする。今度は落ち着いた高らかな声だった。

 投降するならば武器を捨ててその場で腹這いに。抵抗する者は殺す。声はそう告げる。

 やがて次々地面へ伏せる者が現れた。幾らかの立ち尽くした者を除いて皆が腹ばいになると敵陣の向こうの景色も見えやすくなり、とても久しぶりに、慣れ親しんだ姿を目にすることが叶う。


 サコンは、恐らくシャルルのものだろう首を片手に悠々と歩き、傍らには首のない死体を掲げて歩く栗毛の人物、ヘイオスの姿もある。投降を呼びかけていたのは彼だった。更にその後ろには金毛が続いて、彼らは這いつくばった人々の上を堂々と進んでいる。

 その周りには五本の太刀が舞っていた。サコンが使っているのは明らかだが、僕の知らない魔術だった。


 太刀は腹這いにならなかった残りの者を容赦なく仕留めて回っている。

 途中、彼を狙って森から飛来する矢もあったが、どうしてそんなことが出来たのか、彼はそれを片手で掴み取り、逆にその矢を森の中へと投げつけた。矢は勢い良く飛んでいき、木々の間へと姿を消してしまう。

 二本目の攻撃が放たれることはなかった。


 やがて敗者の背中の上を渡り切ると、彼らは僕の姿を見付け、こちらへやって来る。

 いつも通りの座った瞳が僕を見据えた。


「この面、覚えてるか?」


 手に持っていた生首が目の前へ掲げられ、彼の口角が持ち上がる。


「確かにあの日、浜辺で見た顔です」


「ああ、俺達の勝利だ」


 反乱軍の長、シャルルはこの俺、サコンが討ち取ったぞ。更に高々と首を掲げ、居並ぶ討伐軍の面々へ向けて彼は叫んだ。そこにヘイオスが続いて勝鬨を上げ、僕も習って声を上げる。思い掛けない戦の終わり、突如として現れた味方らしき人物に困惑していた人々も、徐々に落ち着きを取り戻して歓喜の叫びを上げた。

 魔剣士やただの兵卒達は何の含みもなく。サコンのことを秘密裏に動いていた奇襲部隊程度に捉えているのだろう。

 魔術師達の顔色は皆、どこか一様に優れないものがあった。

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