第21話 陣中への使者
討伐軍が無事に編成されたのはヘイオスを送り出してから一月近く経過した後のことだった。
彼は無事に北西へ入れただろうか。
大規模な人数による行軍は想定していた通り遅々として進まず、普段の旅路の半分以下の距離しか一日に移動出来なくて、ともすると苛立ちそうになった。しかしながら人数が必要な以上、仕方ない。
行軍速度以外の点で道程は順調だった。北部へ差し掛かり、徐々に北西の、反乱軍に制圧されている地域との境界線が近付いてきた。この頃になると、或いは引き返してきたヘイオスと合流することもあるかと案じたりもしたが、幸いにしてそれはなかった。彼にはこちらが討伐軍に参加する旨を伝えてあり、仮にサコンの死を確認して戻ってきたならばここを訪ねてくる手筈だ。
未だ、生存の望みは繋がれていた。
予期していなかった知らせが入ったのは北部から西進し、いよいよ決戦の地が近いとなってから。都から伝令が来て、南部を中心に洛中で暴動が起きたという報告だった。
オドマン、エデン、ロウグで話し合った結果、反乱を迅速に鎮圧し、急ぎ引き返すとの方針で一致したらしい。悪い事態が立て続いている。エデンによれば恐らく分離独立派の工作によるもので、こちらが戦力の一部を割いて都に戻すのを期待したか、或いは短期決戦を煽るためのものだろうとのことだった。
その可能性が分かっていても、都の異変を看過するわけにはいかないため、短期決戦に臨む他ないらしい。
北西地域へ入るための街道のうち、僕らは南側の突破を目指すことになった。そちらの方が近いからだ。
僕が通行を試みて断念した時にはただ反乱軍側の人員がいて検閲を行っているだけの境界地帯だったが、その後の時間で防御を固めてしまったらしく、今は頑丈な石造りの壁によって遮断されているそうだ。
そして翌朝にはその整えられた防御体制に攻撃を仕掛けられるという位置まで、やっとの思いで辿り着いたその日の夕暮れ、それは訪れた。
エデンと明朝の決戦について話しながら野営地を歩いていたところへ、バサバサと羽音を立てながらカラスが舞い降りて僕らと向かい合う。その姿を見て直感的にサコンの式神だと分かった。
「コノエ、元気そうで安心したよ」
「サコン様、ご無事だったのですね。良かった」
「神々のお陰でな」
「貴方を探すため、ヘイオス……いつかの義賊を使いに出したのですが、合流出来ましたか」
「ああ。彼は役に立ってくれてるよ。何せ俺は町中に入れない」
「今はどちらに? 安全ですか?」
「昼間は森の中に潜伏して、夜間に活動してるんだ。安全とは言えないが、大した危険もないね」
壮健なようで一先ず安心である。
「北西の内情について聞きたいのだが、落ち着いて話す余裕はあるかね?」
「構いませんよ」
「それではこの軍を統率するオドマン殿の下へ案内するから、付いてきたまえ」
何故かちょっとだけ嫌な予感がしたものの、エデンの申し出に従って式神は僕の肩へと飛び乗り、宰相の天幕まで付いてくる。同時に手近にいた人物が呼び止められ、ロウグを呼びに向かわされていた。
道中、都の様子について簡単に話して聞かせる。洛中で起きているという暴動について教えると、彼はマヤ達の身を案じていた。
「オドマン殿、この反乱が始まった際、シャルルに襲撃され行方の知れなくなっていた魔術師がいたのを覚えておられますか。彼から連絡が入りました」
「ああ、覚えている。死んだものと思っていたが」
「こちらのカラスは彼の式神です」
「はじめまして、宰相殿。お会い出来て光栄です」
天幕の中でオドマンは椅子に腰掛け物思いに耽っていたようで、カラスはエデンによって紹介されるなり、その門前にある卓上へと飛び移っていった。慇懃なようでいて、皮肉の混じった声音に感じたのは気の所為だろうか。
「確かサコンといったか。無事に生きていたようで何よりだ。どうやって生き延びていた。報告ではかなり絶望的な状況だったはずだが」
「神々の加護を受けて海底を泳ぎ切り、樹海へ逃げ込んで、魔物に食料を恵まれながら傷を癒やしました」
「……俄には信じ難い話だ。シャルルに降伏でもしたのではあるまいね」
「そのようなことはありませんよ」
遅れて、ロウグが天幕に入ってくる。赤い髪をしたローブ姿の優男だ。禅譲などという大胆な主張をしている割に物腰の穏やかな男である。
「貴方がロウグ殿ですね。お噂は予予」
「如何にも、そうだが……君は?」
彼が入ってきた途端、カラスは相手の目の前まで飛んでいき不躾に挨拶をする。やはり少しばかり振る舞いが不穏に感じられた。
サコンが自身についてロウグに紹介し、それから現在まで判然としていなかった北西地域の現状が語られる。要約すると統治は比較的順調。反乱発生時、現地にいた魔術師や役人も大半が降伏している。住民の中には都からの軍勢がやって来て自分達を開放してくれることを望む者もいるが、シャルルが現状よりもずっと軽い税率を提示し、尚且領内の貧民に富裕層から巻き上げた金を恵んで、病気の治療を初めとした魔術による支援も無償で提供していることから、このまま独立派の決起が上手くいくよう望んでいる者も少なくなくて、全体的に反抗は僅かで安定している。
「悲しい程、都の政治には人望がなかったようですな」
「君、少々口が過ぎるぞ」
「そもそもどうしてこの男が討伐軍の大将なのです?」
嘲笑うかのような台詞をエデンが咎めると、カラスは真っ向から彼を見て疑問を口にする。
「宮中で議論を尽くした末、陛下が決定なさったことだ」
「どのような議論だったのか。政治を預かりながら世を荒ませ反乱や、更には暴動まで起こされて。むしろ責を問われる立場では?」
「だからこそ、こうして討伐軍を主導し、罪を購おうというのだ」
挑発的な発言をオドマンが遮る。
「さて、サコン君、報告は以上かね」
「いいえ、まだ肝心な部分が」
「では続けてくれたまえ」
「先程北西部の統治は比較的順調と言いましたが、ここに来て事情が変わってきております。何のことはなく、私が独立派に与した魔術師を暗殺して回っているからですね。主に戦闘員らしき見回りの魔術師を標的にして。各地が祟りで穢れていくし、貴重な人員がバタバタと死んでいくしで、敵も焦っているようですよ。一見立派な城壁紛いまで用意して長期戦の構えを見せていますが、向こうも短期決戦に踏み切ってくるかもしれません」
「それは……一人でご苦労なことだ。それで君はこの後、どうするつもりだね」
「この数日はシャルルを付け狙っております。現状、供回りも多く中々仕掛ける隙が見つかりませんでしたが、明日からは両軍で決戦のようですし、いよいよ好機が到来するかも分かりません。皆様の奮戦に期待させて頂きます」
その言葉を聞いて、場の全員の表情が難しくなった。僕も含めて。
ここに来てシャルルの首級を狙う競争相手が増えてしまった。それも正面から挑む僕らとは違って、どこかから奇襲による暗殺を企図している。
「こちらに合流出来ませんか?」
「連中は樹海の浅瀬くらいならきっちり監視してるぞ。それに合流して正面からの戦闘に加わる意味もない」
「僕は今回、故あってどうしてもあの男の首を挙げなければなりません。もし貴方が共に戦ってくれるのならば、これ以上嬉しいことはないのですが」
「…………君の頼みでも今回ばかりは聞きかねる。俺にもまた事情があるんだ。何としてもあの男を俺の前で這い蹲らせなければならない」
説得は通じない様子。
「駄目だ、許可出来ない」
次に声を上げたのはオドマンだった。
「許可? 許可が必要でしょうか」
「賊の討伐に関する指揮権は私にある。その私が駄目と言っているのだ。幾ら不意打ちを画策しているとはいえ単騎で戦場の敵大将を狙うなど無謀過ぎる。折角生き永らえていた優秀な魔術師を失うのは王国にとっても痛手なのだ。ただでさえ、この反乱で多くの人材が失われ、ここから更に失われるというのに」
「ご心配には及びませんよ。それよりその指揮権とやらへ本当に私は含まれますか」
「オドマン殿に与えられているのはあくまでこの軍勢の指揮権だ。同時に宰相として国政を預かる立場でもあるが……魔術師についてはそちらも管轄外、よって厳密に、君に対する指揮権があるとは言えない。勿論、討伐のため必要とあらば軍に編成されていない魔術師にも権限を行使し得るとする解釈も有り得るが、明確ではないな」
答えたのはロウグ。
「成程、ありがとうございます。それでは自由に振る舞ってみても良さそうだ」
「ただ、命令もなく独断で行っている以上、殺人として責を問われる可能性もあるのは分かるかい?」
「都に戻ったら直接、陛下へ弁明するとしましょう」
「この戦いは単なる反乱の鎮圧のみならず、誰が功績を上げるかによって国の運命が左右されるものなんだ。君が何故そこまで拘るのか分からないが、あまり引っ掻き回さないで欲しいものだね」
「功績で国が左右…………察しは付きましたが、それならば尚更引っ掻き回した方が良さそうだ。禅譲などという不届きな言説が反乱とどれ程違うのか、私には分からない」
「役割のために地位がある。役割を果たせる者がその椅子に座るのは道理というものだ」
「得心行きました。それでは私も座りたい椅子があるので、死力を尽くすと致します」
「……それは良い。ならば堂々手柄を競うとしよう」
どこか愉快そうに、ロウグが微笑む。
そして次に、カラスはエデンの方を向いた。
「貴方は止めないでしょうな?」
「……好きにすると良い」
最早何を言っても無駄と思ったのか、彼は短くそう答える。
「それでは皆様、お互い無事に生き残れましたら、次は直接お目に掛かりましょう」
カラスが羽ばたき、天幕を出て夕闇の空へと消えていった。




