第19話 姉妹の再会
北西からの脱出は平坦な道程ではなかった。僕の読み通り北西の内側は制圧まで時間が掛かり、その間は携行可能な食料を買い漁り、馬を用意し次の町や村に向かえたものの、東へ向かい、街道が封鎖されているのを確認してからが大変で、それを越えるためには山脈を横断するか樹海を通り抜けるかである。
樹海は、途中で魔物に襲われた場合、単身で対処し切れるか不安だったために回避して山脈越えを決断。付近の町でそのための食料を調達しようとしたところ、反乱側の魔術師に怪しまれ、馬まで失いながら強引に逃走する事態となってしまった。
水と食料が心許ないまま、孤独に山道を進み続けるのを余儀なくされたが、結果的にはどちらも山中で補給出来て問題なく通過に成功する。
山脈の向こうでも街道を封鎖している一群がいたものの、こちらは見たところ王国側の役人と魔術師に見えた。僕の姿を発見し、駆け寄る彼らと警戒しながら接触してみるとやはり反乱側でないと分かる。事情を説明すると近くの町まで迅速に案内され、そこで新たに馬と路銀を渡されて都まで急ぐよう指示された。
そこからは只管に駆け、あるときは町で疲弊した馬を取り替えたりしながら昼夜進み続けた。
それから都に到着し、どこに報告したものかと考えて、タチバナの屋敷に駆け込んだ。
シキは宮中に出ていて不在であり、ケイが応対に出て、知らせを聞くと僕を連れ共に馬車で宮中へと向かった。一度宮殿の前で待たされて、使いが中に入っていき、戻ってくるとケイと二人、中へと通される。
懐かしい場所、とは感じなかった。僕がいたのは後宮だったから、庶民の立場で足を踏み入れ、謁見の間に至るまでの空間は初めてである。
直接現地の様子を見聞きした人間として、僕は玉座の女王やその傍らに立つ宰相、その他貴族の当主達が居並ぶ面々で報告を求められたらしい。
久しぶりに見た姉はやはり、あの日海岸で見かけた人物だった。二つ縛りにした綺麗な黒髪、母を思い出す美貌、豪華なドレス、そこから伸びるほっそりとした手首。
姉は僕が自身の弟だと気付いているのだろうか。気付いたところでそれとして声を掛けられる環境でもないため、分からない。僕はサコンの従者としてありのまま、知っている限りを報告した。反乱の実態を確認し、改めて心を痛めているのか、姉は終始悄然とした顔だった。
「そうか。……もう一度確認するのだが、其方の主、サコンの安否は分からぬのだな?」
「はい。式神による連絡が途絶えて以降については、何も」
「…………エデン、よもや今回の事態について予見しておったのではあるまいな?」
「誓って、そのようなことは……」
「陛下、彼は自身に危難が迫ったからと言って身代わりを立てるような男ではありますまい。どれだけ国家のために戦ってきたかご存知でしょう」
「そうだが」
とても嫌な目付きで、エデンを睨んでいた。宰相のオドマンに宥められてそれ以上の言葉は飲み込んだようだが、得心していないのは見て分かる。今回の仕事が彼からの交替だったことで疑念を抱いたのだ。
僕自身も彼の評判は知っているし、何事かあると予見しながら黙って押し付けたとは思えない。何よりタチバナとの関係もある。共通の政治目標に向かって協力している今、その間柄に罅を入れるような真似はしないはず。
暫く席を離れる旨を告げ、姉は謁見の間から立ち去ってしまった。
何とも言い難い気持ちでその背を見送ると、群臣から進み出てきたシキに連れられて、僕らも退去することに。
「陛下は普段、穏やかな方なのだけどね。あのように直接疑念を口にするのは初めてだ。この騒ぎで気が立っているのだろう」
「この後はどうなりますか」
「討伐軍が編成されるのは間違いなのだけど、詳細が纏まるまで少し掛かると思う。大規模な軍事行動なんて建国以来初だから」
宮殿の廊下を歩きながら話す。
「手元の戦力も改めなければならないし」
「……どういう意味でしょうか」
「魔術師の集団失踪は聞いていないかい?」
「いえ、全く」
そこからシキが説明したところによると、僕らが都を発って少ししてから、幾人もの魔術師が姿を消していることが発覚したらしい。現在では秘密裏に都を抜け出し、反乱へ加わりに向かったものと見られているそうだ。平民出身の有能な者が多数含まれているという。更には魔剣士からも消息の不明な者が出ていると聞かされる。
「まだ洛中に残ってる魔術師の中にも独立派のシンパがいたらいけないからね」
「討伐軍には僕も参加出来ないでしょうか」
「勿論可能だけど…………折角だ、エデンの従軍は確実だし、その従者となれないか掛け合ってみよう。手柄を上げるには彼の側にいるのが良いはずだ。我々の目的のためにもね」
この事態にあって、彼は冷静に動いているようだった。こちらを王族へ復帰させるための手土産として反乱鎮圧はこの上ないと捉えている。
僕自身はそうしたことよりも、早くあの地域を開放して、相棒の安否を確かめたい一心だ。
「姉さんとマヤにはサコンのことをどう報告しようか。……ケイ、頼めるかい?」
「……楽観的にお伝えしても?」
「ありのまま。変に期待を持たせても可哀想だ」
「…………コノエ殿、お疲れでしょうけれど、ご同道願えますか?」
それに承諾の返事をし、宮殿の外で馬車に乗り込む。
「そういえば、シャルルというのは結局、何者なのでしょう」
「うろ覚えなのだけど、我々が生まれるよりもずっと昔、罪を犯して都から姿を暗ました罪人だったはず。当時、平民出身の中でも筆頭格で、要するに今のサコンのような立場にいた人物らしい。罪状は貴族に対する殺人。事件の詳細な経緯まではちょっと思い出せないな。後で調べ直したら教えるよ」
シキを残して馬車は出発し、先にマヤの下へ向かうこととなった。
「ケイ様、お尋ねしたいのですが、マヤさんの近況はご存知ですか?」
「新しいお屋敷に引っ越して……先日、子供が生まれたとも連絡がありました」
気が重い。妊婦へ伝えるよりはマシと思うしかない。
「コノエ殿、サコン殿は無事だと思われますか?」
「そんな予感はします」
それについては、不思議と確信的なものがある。状況的に見て、あの式神が解けた段階で彼は海の藻屑となったと考えるのが妥当だろうけれど、僕にはどうにかして生き延びているように感じられた。願望だろうか。
「やはり、楽観的に伝えてしまいたくなりますね」
ケイが呟く。




