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アンガー・メイジ  作者: 赤い酒瓶
第二章 鬼神
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第17話 敗北

 北西の港町に到着した翌朝、サコンの用意した馬に跨り二人で海岸沿いを駆けて南下する。暫くすると魔物の姿が見えてきた。

 更にその南は魔物の巣食う樹海なので、きっと例に漏れずそこでの縄張り争いに敗れて追い出されてきたのだろう。

 僕らが接近すると丸くなって眠っていたそれはむくりと起き上がり、その全貌が分かるようになった。黒くてずんぐりとしている。熊のように見えなくもない。


「デカイなー」


「後ろ足だけで立ち上がられたら壮観ですよ、きっと」


 下馬すると馬は形代に戻され回収される。

 そのまま堂々と魔物目指して正面から歩み寄った。


「来たか」


 ある程度の距離で立ち止まると、魔物から先に声を掛けてくる。穏やかな声音だった。


「ここは仮にも我が縄張りである。そこに立ち入るのが如何なる結末をもたらすか、承知の上での行いであろうな」


「この地は古より我々人間のものである。即刻立ち退いてもらおう」


「……そうも行かぬ」


「縄張り争いにでも敗れたか」


「そんなところよ。何としてもここで其方と戦わねばならぬ。そちらが勝ったなら、我は大人しく元の森に居場所を求めようぞ。生きておったらな」


「良いだろう。では屈服させてみせよう」


 サコンと魔物の問答を聞き届け、僕は剣を抜いて魔物へ向かった。真っ直ぐに、全速で。そして魔剣の力を発揮しその顔面へ至近距離から斬りつける。攻撃は首を捻って躱され、その肩口を少しだけ傷付けるに留まる。

 振り下ろされた魔物の腕を後ろに跳んで回避し、すかさず前進して再度、僕からの攻撃。

 役割上、左右への回避は避けている。サコンと魔物の間に立ち、決して相手に無視出来ない存在として力を示しながら、彼の祝詞や詠唱が完成するまでの時間を稼ぐのが僕の仕事だ。当然後退も望ましくないので、出来るだけ踏み込んで敵を押す必要がある。


 一進一退で奮戦していると、やがて背後から金色の獅子が加勢して二対一へ、遅れて巨大な式神が現れて三対一、サコンが戦闘用として作り出す式神は毎度種類が違って、今回は狼だった。前に、本人へどのような意図で再現する動物を選んでいるのか問うたら、その場の気分と言っていた。今日は狼の気分らしい。

 相手の図体が大きいため普段より念を入れたのか、いつもはこの三対一で勝負を決するのだが、追加で大きな虎の式神が出てきて四対一に。この大きさの式神を二つ同時に使えるようになっていたとは知らなかった。

 金毛が右前足に食い付き、それに対抗しようとした敵の左前足を僕が魔剣で攻撃して、更に狼がその拘束を引き受けた。両前足の制圧が終わると虎が片方の後ろ足に噛み付いて、僕は残るもう一方での悪足掻きに備え、いつでもその足へ斬りつけられるよう控える。


「参った」


 四肢のうち三つを拘束されてべたりと腹這いになった状態からの潔い降伏だった。


「森に帰るな?」


「うむ、帰る」


「信じよう」


「感謝する」


 金毛と式神がその牙を離しそろそろと魔物から距離を取る。僕はサコンの傍らへ。


「見事な腕前であった。これからも其方らの戦いに勝利と栄光のあらんことを」


 一度縄張り争いに負けて追い出された地へと帰らなければならないというのに、とても余裕に満ちた態度。いっそ不自然に思えるが、魔物がその言葉に反して策略を仕掛けてきた試しもないし、森へ帰ることは確かなはず。


「ではさらば」


 実際、相手は言うだけ言うとそのまま真っ直ぐ森の方へのそのそ歩き出し、僕らは暫くその後ろ姿を見送った。


「妙な雰囲気の相手でしたね」


「変にあっさりしてるとこはあったが、戦いで手を抜いてる様子はなかったし……単なる性格じゃないか?」


「きっと、そうなのでしょう」


 木々の間に入っていった巨体が見えなくなり、金毛と式神も片付けられ、さて僕らも引き返そうかとなって元来た方向を振り返ると、いつの間にかその先には誰かの姿があった。馬でこちらへ駆けてきている。


「誰でしょうか」


 何事かとその場に立ち尽くして待ち受けると、黒馬に跨ったその人物は少し手前で馬を止めた。白髪頭をした壮年の男だった。ローブを着込み、杖を持っている。腰には太刀。魔術師だ。

 馬上から暫し無言で僕らを、というよりサコンを見下ろした後、彼はそのまま話し始めた。


「汝ら、名は何という」


「サコン、こっちはコノエ。そういう貴方は? 何か御用でしょうか」


「おお、最近名の売れておる若手の魔術師か。エデンかロウグでも派遣されると踏んでおったが、それもまた良い。儂はシャルルと申す。知っておるか?」


「いいえ……君、知ってるか?」


「聞き覚えはありません」


 それなりに高名な魔術師だったりするのだろうか。サコンも知らないようだが。


「そうか、そうか。世代というものがあるからな。現役を退いて久しい儂を知らぬのも当然よ」


 僕らの回答を受けて笑いながら、その人物は下馬して近寄ってくる。


「少し二人で話せないかな。相棒の魔剣士殿には離れていてもらって」


「……構いませんが」


 不審そうにしつつサコンが承諾の返事をしたので僕は後ろに下がり、二人の会話が聞こえない位置まで遠のいた。

 サコンとシャルルは浜辺まで歩いていって、そこで何事か海を見ながら語り合っている。

 後ろ姿しか見えていなかったが、間もなく二人の雰囲気が非常に不穏であったと判明する。老人は大股で後退し、サコンは懐に手を入れて形代を取り出した。

 虎の式神が形成されるより一瞬早くシャルルの足元が隆起し、砂の中から何かが現れる。いや、砂の中から現れたというより、砂が形を取ったようにも見えた。足が短く、寸胴で全体的に太ましい人型、顔に相当する部分には目、鼻、口のような窪みが見受けられる。


 それはサコンの生み出した式神に比べ段違いに大きかった。人間の背丈の何倍もある。頭部だけでその肩に乗るシャルルの身長と同じくらい。じっと落ち着いて観察してみると、凡そ五、六倍といったところか。

 虎の式神がその腕の一振りで消滅し、今度は金毛が姿を現して応戦する。

 僕自身も加勢しようと駆け出したところ、敵の視線がこちらを向き、手にしていた杖を一振り。すると僕と相手との間の砂が隆起して、同じような人型がもう一体、出現してしまう。

 完全に遮断される前にと人型が完成しないうちに魔剣による一撃を放ってみたが、砂で出来た太い腕が持ち上がって、それは呆気なく防がれる。


「ゴーレムだ! 身体のどっかに術の核がある!」


 完成した新たな巨体の向こうからサコンの声。金毛を以てしても防戦一方の様子。新たに式神も追加して複数による攻撃を展開しても戦況は変わらない模様だ。

 僕の方も、これだけ鈍重そうな外見であるし、脇をすり抜けて彼と合流するくらい容易いはずだと試みたが、案外動きが早く、どうにも回り込めずにいる。むしろ積極的な攻勢を回避するだけでも大変だった。

 サコンの言う核とやらはどこにあるのだろう。応戦しながら幾ら観察しても分からないので体表にはないのだと思う。背中側に付いていれば彼の側から見えるので、直接知らされているはず。


 頭か心臓に当たる部分にでも秘められているかもしれない。というより他に心当たりもなく、取り敢えずそこに向けて斬撃を飛ばしてみる。腕の防御が間に合う距離ではなかったようだが、それで人型が崩れることもなかった。斬撃で表面に幾らか傷は付けられたものの、直ぐに修復されてしまう。斬撃が浅かった可能性も高く、その場所に核があったのか否かの判別もままならない。

 これがゴーレムか。

 こちらが相手取っている個体の肩に術者がいたのならば良かったのだが、生憎とそうはなっておらず、どうにか不十分な威力の攻撃でこれを破壊しなければならないようだ。直接刃を叩き込める距離から斬撃を放てば、或いは手足の両断や胴体を深く抉るくらいは可能かもしれない。

 まず片足を切断し、相手が体勢を崩したところで胴体に飛び乗って、修復される前に心臓と頭を攻める。これで行ってみよう。


 僕がそうした攻め筋を固めたところでシャルルがまたしても杖を振った。それも二回。

 まさかと思っているとゴーレムが二体、新たに現れて、サコンが三方から包囲されてしまう。背後は海で逃げ場がない。

 いよいよ拙いと焦ったが、僕が即座に打てる手などなく、式神も金毛も最初の一体相手に手一杯。

 苦し紛れのように彼が火球を放つのが見えた。魔術師の攻撃手段としては著名なそれだったが、ここまでシャルルもサコンもそれを用いてはいなかった。太陽の加護を持つ者同士では効果が殆ど見込めないというし、両者共事前に、互いがそれを有していることを確認していたのではないだろうか。


 実際、シャルルはゴーレムに防がせることもなく悠然と自身の片手でそれを受け止めてみせる。その姿を包んだ炎が晴れてみると案の定、彼は無傷。

 その一方で、サコンは遂にゴーレムの一撃に捉えられた。巨大な拳の直撃を受けた身体は宙を舞い、ずっと先の海面へ投げ込まれる。

 そして海に落ちる寸前、その身体から一羽の小鳥が飛び立った。

 僕は声を上げる余裕もなく、目の前の敵の攻撃を避けながらその生存を祈るしかなかった。式神らしき小鳥が消滅せず空を飛んでいるので、即死を免れたのは確かだ。

 しかしながらいつまでも浮かんでこない。徐々に焦りと不安は強まっていく。


 もしも浜まで上がって来ればその場で叩こうという魂胆だろう。シャルルを乗せたゴーレムは油断なく海の方を見据え、残る二体は僕の戦っているゴーレムの加勢に向かってきた。

 三対一はいよいよ拙い。

 しかしサコンが生きているうちに、僕だけが後退する気もない。

 これは本当に、死ぬ羽目になりそうだと覚悟する。この旅への出発の際、東の海岸で見かけた女性の姿が思い返された。


 最後にその姿を見たのはずっと昔で、しかも船から見かけた際には結構な遠目だったが、あれは結局、姉だったのだろうか。根拠はないがあれからずっと、そんな疑念が胸の中にあった。

 薙ぎ払うように振るわれた太い砂の腕から跳び下がって逃れ、再び前へ進もうとしたその時、式神の小鳥が近寄ってきて声を上げた。


「撤退しろ。俺のことは構うな。どうにかなる」


「無事なのですか!?」


「さあな。それより森に向かって走れ。あの図体じゃ木々の間を追うにも難儀だ」


「承知しました」


 小鳥が肩に止まり、魔剣を鞘に戻して真っ直ぐ森へと駆けながら、式神を介してサコンとの会話を続ける。


「彼は何者なのです」


「詳しく話してる余裕がない。都に戻って年配の魔術師にシャルルの名を出せば分かるはずだ。それより間を置かずこの地域全体が拙いことになるようだから、そっちの説明を急ぐぞ」


 そうして、彼はあの波打ち際でシャルルに聞かされていた内容を教えてくれる。

 要約するとこれからこの北西の地域で反乱を起こし、王国からの独立を図ること、彼がその首謀者であること、王侯貴族の抱える問題、そうした事柄を語ってから、サコンにも仲間になるようにと誘いを掛けてきたらしい。本当はエデンかロウグをこの場で不意打ちするつもりだったそうだ。

 彼が誘いを蹴ったことにより、その不意打ちの対象へされてしまった。状況からして砂浜の下に予めゴーレムの核を仕込んでおいたと見られ、魔物があの場にいたのもシャルルの工作だった可能性が高い。お前は都に逃げ帰ってここでの出来事を伝えろ。そうした内容を手早く告げられる。


「どういう段取りで土地を制圧するつもりなのか分からないが、もう既にお仲間が動き出してる可能性もある。北西にいる間は出来るだけ人里を避けるべきかもしれない」


「森の浅い部分を伝って移動することにします」


 僕自身やっとの思いでたった今、森の中へ駆け込んだ。ゴーレム達は途中、真っ直ぐ走る分には追いつけないと見たのか、追跡を断念していた。


「サコン様は、その……どうなさいます。合流出来ませんか?」


「いや、まともに動けそうもない。もし生きて浜に上がれても当面潜伏生活だろう」


「……死にませんよね?」


「多分な。そろそろこの式神も限界だ。形代は記念に持ってけよ」


 最後に軽口を叩いて、肩に止まっていた小鳥は紙切れに戻ってしまう。

 形代を掴んで、思わずその場で立ち止まってしまった。

 暫く無言で佇んで、それをポケットに仕舞うと、再び走り出す。今は兎に角生き延びて、情報を持ち帰らなければならない。

 サコンは彼らが北西を制圧するための手順に見当が付いていなかったようだが、地図を思い返せば容易に見立ては付いた。北部から少し西へ進んだ先に山脈が一つある。南北に伸びた山脈だ。その南は街道を挟んで自分が今駆けているのと同じ樹海地帯、北にも街道を挟んだ先に魔物の巣食う森があって、その向こうは切り立った崖や岩肌が続く海岸線だったと記憶している。そしてそれぞれの街道は決して広いと言えたものではない。


 大陸の一部を切り取って独立を果たすというのなら、恐らくはそこを境に防衛線を築くはず。

 とすれば、シャルルの仲間達がどのくらいいるのか分からないが、今僕がいる位置よりもずっと東にそれは集結していると予想出来た。それと僕らが利用した港。その両方を抑えてしまえば北西地域は遮断されるので、内側の制圧は後回しにされている可能性もある。少なくとも手薄だろう。

 一度、どこかの村や町へ状況を確認しに立ち寄ってみる価値はある。

 生きて帰れたら、マヤとカゲヨシに何と報告しよう。

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