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アンガー・メイジ  作者: 赤い酒瓶
第二章 鬼神
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第08話 珍道中

 学院からの返答は想定よりも早く、一月近い滞在を覚悟していたのだが、そこまでは及ばなかった。

 メリア、デニス親子と出会って以降は様子見の意味も込めて二人と過ごす時間を設けていた。毎日同じくらいの時刻に彼女らの家へ押しかけて、そこで暫し寛いで過ごすというのをしていると、愛人がいるとはこういった感じかと理解させられる。悪くはなさそうだ。

 コノエはデニスに対してあまり良くない印象だったようだが、家の中にまで踏み込んで関わってみても、俺としてはそう悪感情を抱くこともなかった。二人共決して陽気な人物ではないが丁寧に接してくれたし、屋内はどこも掃除が行き届いたこざっぱりとした雰囲気。


 鼠に扮した式神を忍ばせて親子二人きりの会話を盗み聞いたりもしたが、売春婦として暮らしてきた故郷を捨てて都でまともな生活が出来ると安堵しているだけで、それ以上の魂胆は特にない様子である。

 近所の住人へ彼女らの評判を尋ねてみた際には、母親に対しては夫を亡くした上、身寄りもない中で娘を育ててきた苦労人としての評と、仕事のために軽んじられている評の二つがあって、娘については美しいが暗く、何を考えているのか分からないといった評を耳にした。

 実際、家を尋ねている間も彼女とはあまり話が弾まず、専らただ単に隣へ侍らせている状態となっていたが、俺は別にそれで不足はない。ただ、これは母親が嫁の行き手を案じるのも無理はないなと思う。本人に問うてみたら、親しい友人等もいないらしい。放っておいたら碌な相手には嫁げなさそうだ。


 そうしてみると、俺という成り上がり者の最たる部類が逗留しているのを捕まえて、売り付けてみようというのはまるきり悪くない博打だったようである。容姿は良いし家事仕事はてきぱきとこなすようだったから、使用人には良い。

 町から出発する日取りが決まり、魔物は大陸北東にある森林地帯へ連れて行くこととなって、母子はこのまま都に帰るまで、旅へと同行してもらう。金を渡して先に洛中へ向かわせようかとも考えたが、その後どうやって合流するかが難しい。

 唐突に旅の同行者が増えたことをエレナは咎めなかったが、メリアを見ると、ひょっとして西洋系の女がお好みでしたかと少しだけ茶化される。因みに彼女も金髪に青い瞳の西洋系だ。


 馬車の乗員を増やしてしまって中が窮屈となると申し訳ないので、道中、俺は式神の馬に跨っての移動に移る。メリアも同じ馬の上だ。そうなるとコノエも車両から馬上へと移りたがって、馬をもう一頭用意してやった。

 残されたエレナは時折デニスと話をしていたようで、使用人には悪くないのではないかとの評価を頂いた。


「おい、サコン」


 天気の良い中、メリアに背後から抱きつかれながら馬上で揺られて街道を進んでいると、黙って付いてくるばかりだった魔物から声が上がった。


「どうした?」


「この先で人間の血の匂いだ」


「遠いか?」


「近い。悲鳴もする。そこの山で死角になっとるが、もう少し進めば見える」


 現在は進路の東にある山を迂回するように南へ進んでいる最中で、前方に続く道は左へと弧を描くように続いている。山から続く木々に遮られた視界の先で何かが起きているのだろう。


「先に向かって様子を見てきます」


「俺も行く」


 メリアを下ろして馬車へ移動させ、俺とコノエだけで速度を上げ先行すると確かに人の姿があった。武器を持った集団と、それから逃げるように山の反対へと駆ける男、馬の死んだ馬車、転がる死体。


「如何しましょう?」


 山賊という奴だろうか。出くわすのは初めてだ。対処の経験など全く無い。

 向こうも俺達の存在に気が付いたようで、集団の幾人かがこちらへ向かってきた。

 山賊へ対処した経験はないが、殺し合い自体は慣れたものである。容赦はせず、初手から全力で畳み掛ける。それが基本。

 右手を頭上に掲げて太陽神に祈り、火球を生み出して真っ直ぐに放つ。


 実力的には単なる一般人だったようで、俺達へ向かってきていた連中は誰一人攻撃から逃れられず炎に包まれていった。

 こちらが魔術師だと分かったことで山賊側は逃げの姿勢に入り、その中でも一番人の集まっている部分へと、去ろうとする背中目掛けて二発目の火球。


「残りは生け捕りに出来ませんか」


 コノエからそのように声を掛けられたため、火球で楽に皆殺しは止めて、四頭の虎を放ち、一人一人の足へと深手を追わせていく。数人が山の中への避難に成功したようだが、少しすると虎に引き摺られ、泣きながら街道へと連れ戻される。

 終わってみると賊側の生き残りは七人、死体が七つ、炎に焼かれたもののまだ息があり、直に死ぬだろう人物が一人、合わせて十五人の集団だったようである。

 詳しくはないが、結構、数がいたのではないだろうか。

 自身を追いかけていた山賊達が突然打ち倒され、呆然とこちらを見ている、襲撃された馬車の主であろう男を手招きで呼び寄せる。


「山賊に襲われましたか」


「は、はいっ。そこの山から突然出てきて……。お陰で助かりました。もう少しで、殺されるかと」


「馬の近くで死んでるのは」


「近頃物騒なもんで、念の為雇っておいた用心棒です。あの人数にたった二人じゃ、どうにもなりませんでしたが」


 神の加護があるわけでもない、単なる傭兵だったのだろう。とはいえ雇い主が逃げる隙を稼いで戦死しているのだから、性根はかなり立派な二人だったに違いない。


「この後はどうしようか。役人へ彼らを引き渡すにも被害者である貴方の証言があった方が良いだろうし、次の町なり村まで付いてきてもらえますね? 馬車はこちらの馬に引かせますから」


 彼にとっては来た道を引き返す行程になるだろうが、付き合ってもらう他ないし、向こうにとっても馬がいなくなってしまった今、どこであれ町まで馬車を引いてもらえるなら助かるはず。

 遅れて追いついてきたエレナ達に事情を説明し、護衛二人の死体だけ、きちんと弔ってやるために男の馬車の荷台に乗せて出発。生き残りの山賊達は両手のみ後ろで縛った状態にし、傷付いた足で馬車の後ろを歩かせる。

 町までの間、二人が隙を突いて逃げ出そうとしたので迅速に殺した。

 正直、他の五人にも同じようにして手っ取り早く始末させてもらえると有り難かったのだが、それ以降、逃げ出す者はいなかった。


「あいつらきっと、あそこから南に行った先にある村の奴らですよ。今思い出したんですがね、向こうに魔物へ手を出して重税になった馬鹿な集落があるって町で聞いたんでさあ」


「食い詰めて集団で山賊って奴?」


「ただでさえ懐事情が辛いってのに、自業自得とはいえ税がうんと重くなっちゃ道を踏み外すのも無理はないですが、それで殺されそうになっちゃ堪らねえですね」


 男は行商人だそうで、俺は彼の馬車へ同乗している。コノエは馬に跨って再び脱走者が出ないよう目を光らせていた。虜囚となった五人の男達は傷ついた足で懸命に歩いており、馬車の速度も彼らが付いてこられる程度に抑えてある。

 商人は御者台で隣に並ぶ俺に慣れてくると、先程の恐怖体験から来る感情を吐き出すように只管お喋りを続けていた。


「俺の故郷でも馬鹿が魔物に手を出す事件がありました」


「その後はどうなりました?」


「幸い大した費用が掛からずに済んだようで、直ぐに重税は終わったそうです」


 ひょっとしたらエデンが何か気を利かせてくれて、村へのペナルティが軽く済んだのではないかと少し疑っているのだが、今の所それを確認する機会はなかった。


「それは幸運でしたね」


「もし何年も重税が続くようだったら、故郷の人々も山賊稼業に手を染めていたかもと考えてみると、ちょっと興味深いですね。いや、かなり不謹慎な発想ですけれど」


「でも確かに興味深い問題ですよ。追い詰められたらどこも外法に落ちるもんなのか、それとも最後まで法に殉じる村もあるのか。世の中がこうも順調に荒んでく時代だとね」


 商人は一度背後の男達を振り返り、それから更にその後方にいる魔物へ視線を向ける。


「ところで旦那、命の恩人で、その上魔術師様ともある方にこんなこと聞いて無礼だとは思って欲しくないんですけどね、あの魔物、本当に大丈夫なんですかい? そのうち後ろから襲ってきたりしないか、おっかなくて仕方ないんですが」


 心配になるのは無理もないだろう。魔物が連れ歩かれること自体珍しいし、その上、彼が今後の人生でもう目にする機会がないような飛び切りの大物だ。これまで通過した町でも必ず騒がれてきた。


「魔物は約束に関して人間よりも信頼が置けますから、案じる必要はありませんよ。先程説明した通り、人間を加害しない代わりに新しい住まいとなる森へ案内すると約束してもらって、今は引っ越しの道中です。これまで複数の町中に滞在してきましたがいずれでも大人しいものでしたし、今更トラブルもないでしょう。それと、貴方が山賊に襲われていることを一番に嗅ぎつけて知らせてくれたのは彼ですからね。そうでなければ救援に間に合わなかったかも」


「それは……後程お礼を述べなければなりませんね。まさか魔物のお陰で救われようとは」


「因みに彼は羊が好物のようです」


「良いことを聞きました。町に着いたら手に入れられないか、探してみようと思います」


 そんな話をしながら暫く進んでいくと、前方から再び武装した集団を先頭にした複数の人間の姿。身形と方向からして役人達だ。エレナ達の馬車が先行して町へ知らせを入れに向かってくれたので、それを受けて派遣された者達だと思われる。

 実際に合流してみると予想通りで、彼らは一部が囚人の護送のための応援であり、一部はあの場で野ざらしにされている死体を回収するための人員らしい。荷車を引いて、俺達の後方へと消えていく。


「話では、賊の生存者は七人と伺っていましたが」


「二人、逃げようとしたので殺しました」


「承知しました。残りはお任せ下さい。我々が必ず町まで連行します」


「それなら俺達はもう少し馬を急がせましょう。宜しくお願いしますね」


 そうして山賊達ののろまな足並みから解放され、速やかにエレナ達のいる町へと急ぐ。

 町まで辿り着くと魔物は外で待機させ、役場でエレナ達と合流し、商人とは別れた。役人へ魔物のための食料を用意するよう頼んでおいてから外に出て、今日はもうこの町に滞在しようと一同の意見を確認し、それから皆で一息つこうとなって、ついでに腹も空いていたので食堂へ入った。

 俺と、エレナの魔剣士は普段通りに食事を注文したのだが、エレナとコノエ、メリア、デニスは何故か食欲がないと言って断る。


「どうした君、珍しいじゃないか、食欲がないなんて」


「まだ先程の出来事が頭から離れなくて。サコン様は平気なのですか?」


「殺し合いなんていつものことじゃないか」


「そう、ですね。僕が気にし過ぎなのかもしれません」


 この時は彼らが何故、まるで手応えのない一方的な戦闘にそこまで動揺しているのか不思議だったが、後程になって人間が死ぬ姿は魔物のそれを見るより衝撃が強かったのだろうと思い立ち確認したところ、焼け焦げた無残な死体が辛かったと言われてしまった。

 あの場で平然と、香ばしく焼き上がった分厚い肉を貪っていた俺は少々、無神経だったろうか。

 思い返せばエレナの魔剣士が注文していたのも、肉の含まれないあっさりとした食事だった。

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