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アンガー・メイジ  作者: 赤い酒瓶
第一章 金色の獅子
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第34話 金毛

「コノエ!」


 魔物の右足を斬り落とした次の瞬間、彼が頭部に攻撃を喰らい、弾き飛ばされて動かなくなってしまった。大声で呼びかけたことでまた咳き込む。先程蹴り飛ばされてから左半身が強烈に痛んでおり、未だまともに動くことが難しい。腕からは出血もあった。

 その安否を気に掛けつつ、視線は魔物へ。


 痛みのために血が上り、相手に対して強い殺意を抱いている一方、コノエを巻き込んで火球を行使する決断が出来ず、残った手足でこちらへ這い寄るその姿から、どうにか距離を取れないか試みるしかなかった。吹き飛ばされた彼の位置が近すぎるため、小規模の火球でも憚られる。

 自力で動けそうもないので人型の式神を使い、運ばせようとしても、そのために生じる強い痛みで術の維持が難しい。

 直ぐに魔物が目の前へ、俺へと覆いかぶさる程の距離へ迫ってきた。


「冥土の土産に貴様も道連れだ!」


「無益な殺生はよせ。最後くらい功徳を積むんだ」


「ぬかしおる」


 恨めしげな声と共に手を伸ばしてくる魔物に、苦し紛れの軽口を叩く。相手もその身体では長く生存出来ないと理解している様子。これでも村人くらいは脅せるだろうが、アキミツか、そうでなくとも次に派遣されてくる魔術師には勝てまい。


「初めから本気で俺を殺しに掛かっておくべきだったな」


「それはお主の後悔でもあろう?」


「……さあ?」


「いずれにせよ後の祭りよ。この地は儂らの祟りで滅びるだろう。人間共には治められまい」


 そいつは自意識過剰じゃないかという台詞は、首根っこを掴まれて口にしそびれた。左腕で持ち上げられ、宙吊りにされる。苦しい上、傷が痛んだ。どっしりとした重々しい魔力が伝わる。


「斬り落とされた手足の恨みだ。嬲り殺しは覚悟せよ」


 そんな言葉に恐怖を感じる以上に、脳内は俺を脅かす者への憎悪で一杯だった。

 じっと敵の赤い瞳を睨みつけ、呼吸も困難な中、声にもならない声で「祟ってやるからな」と呪詛の言葉を浴びせる。

 その瞬間、それは現れた。


 視界の端から金色の体毛をした巨大な獣が襲来して、俺を掴む黒い腕へと食らいつく。魔物から悲鳴が上がり、俺は地面へと取り落とされた。

 落下した拍子に激痛が走る。

 痛みに耐えながら顔を上げると、それは間違いなく幼少期に出会った魔物。故郷で金毛と呼ばれる金色の獅子だった。


 正式な名を、日金神。

 この土壇場で奇跡を起こし、俺を助けてくれたらしい。

 拝んできた甲斐がある。


「彼の地に坐して天地に御働きを給う日金神、エイカ尊は我が御祖にして萬物を支配あらせ給う神々なれば――」


 この奇跡を物にするべく、身体に鞭打って金毛と魔王へ祈りを捧げた。目の前の獅子の勢いが増し、魔物との戦いを激しくする中、俺は残っていた白紙の形代を取り出して、そこに己の血で「獅子」の字を書いて呪いを唱える。

 俺自身の全身全霊と魔王の助力によって生み出された巨大な獅子の式神は金毛と争う魔物に向かっていき、勝敗が決した。


 残っていた手足を無残に潰された猿の魔物が獅子と金毛に両の上腕を咥えられ、引き立てられるように俺の前へと連れてこられる。

 いつの間にか目を覚ましていたコノエが、両膝を付いてそれと向かい合う俺の傍らへやって来ていた。


「止めは僕が刺しましょうか」


「いいや。それでは君への祟りが重くなる」


 彼へ預けていた太刀を受け取って魔力を込め、コノエに左脇を支えられて立ち上がる。物凄く痛いが、もう一押しなのだ。最後の一押しのための助力を太陽神に請う。


「この恨みは高く付くぞ」


「知ったことか」


 息も絶え絶えに俺を睨む魔物の言葉など、勝利し、生存を勝ち取った今となってはどうでも良かった。これだけの神々にここまで味方されて、猿一匹の祟りを恐れる理由はない。

 敵の傍らに立って刃を振り上げると、諦めたように頭を垂れていた相手から笑い声。それは力ないものだった。


「いや……、全ての縄張り争いに敗北し、山を下りた挙げ句、たった二人の人間に敗れて死ぬのだ。最早恨む気力もないな」


 惨めだ。そんな独言を聞き届けた後、太刀を振り下ろす。

 魔物の首が地面に転がった。

 無念を帯びた重々しい魂の気配が辺りに広がる。

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