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アンガー・メイジ  作者: 赤い酒瓶
第一章 金色の獅子
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第28話 新生活

 母屋の縁側では誰かが横になって日に当たっており、こちらの足音に気が付いたのか起き上がる。家の中へ向かって呼びかけてから、その男はこちらへ駆け寄った。マヤ同様に東洋系で、多分、兄ではなく弟。着流し姿で、俺よりも少しだけ背が高い。


「こんにちは。タチバナの方でしょうか」


 男は俺達の前に立つと、俺とケイを交互に窺って、それからケイへと声を掛けることにしたようだ。一行の中の力関係を一目で判断したらしい。リゼとコノエを後ろにして俺達が先頭に立っており、俺は自ら荷物を持っていて、身形も明らかにケイより劣っている。妥当な判断だ。

 男は彼女の身分を確認すると俺達を母屋へと案内する。戸口の前まで来たところで中から女性が出てきた。年齢からして男とマヤの母親だろうなと推測する。


「貴方がサコン様ですね。娘がお世話になっております」と、ケイへの挨拶を済ませた彼女が早速その点を切り出してきた。「こちらこそ、お世話になってます」と答えるのに精一杯。彼女の名はセリナというそうだ。


「サコン様にはあちらの離れを使って頂こうと思っておりますが、宜しいでしょうか」


 そう言われて承諾した。先程小屋と評したが、俺一人が寝起きするには狭いどころか広い大きさだ。早速ご案内しますと、そちらへ連れて行かれる。引き戸を開けると土間があって、後は板張りの空間。中央には囲炉裏。他は何もない。

 家賃の割にかなり立派な待遇だなという印象だった。


「少々手狭かもしれませんが」


「とんでもない。広さも造りも十分過ぎるくらいですよ」


「そう仰っていただけると助かります。娘も時折帰ってきますので、その際も離れの方が都合が良いでしょう?」


 笑顔で言われてかなり戸惑ったが、最終的に同意する。

「出来れば末永く可愛がって差し上げて下さいね」と言われ、そちらも曖昧に肯定しておいた。別にマヤが同意するのならば、最早それで良いかという気構えなのだが、端から縁談として勧めてこなかった以上、シキの意図にはそぐわない可能性もある。


 マヤ自身か、シキから何かしらの働きかけがない限りは様子見のつもりだ。

 早速上がりこんで申し訳ばかりの荷物を置く。家具類は最小限で、多少調達する必要がある。自分で選ぶのも楽しそうなのでむしろ好都合だ。コノエの雇用が思ったより安上がりで済んだことから予算にも余裕がある。


「サコン殿、わたくし達はそろそろ失礼しようと思うのだけど、その前に少しだけ、二人でお話させてもらっても良いかしら?」


 ケイがそのように申し出たことにより、荷物を下ろすため共に小屋の内部へと入っていたコノエが退室し、俺とケイを残して引き戸を閉める。

 戸が閉まって薄暗くなった室内で、二人きりに。俺は靴を脱いで床に座った状態、相手は土間に足を着けたまま床に腰掛ける。


 それから手短に、以前にシキから受けた制約について確認。自由を得て羽根を伸ばすのは良いが女遊びだけは止めてくれとのことだ。

 次いでもう少し近くによるようにと手招き。


「今からすることは、誰にも秘密ですよ? 姉様にも、兄様にも」


「……アリサ様やシキ様に関しては、問い質されない限りは、としか」


「なら、それで構いません。では、お手に触れても良いですか?」


 つまり魔力を確認させろということだ。むしろ俺が貴族の肌に触れてそれを確認しても良いのかと躊躇いがあったものの、名門魔術師の魔力というものに俺も興味がある。「はい」と答えながら右手を差し出した。

 ケイはその手を恐る恐る両手で包み込む。

 彼女の手から伝わってきたそれは穏やかで、以前エデンの手に触れた際のような不安は微塵も感じられない。むしろ暖かで安らげるものだった。


 果たして相手には俺の存在がどのように感じられているのか。強張った表情でこちらを見上げるその姿から判断するに、俺が感じているような印象は、持たれていないのは分かる。

 握手の格好で片手を繋いだまま、少女の左手が俺の額へ伸びて、前髪を掻き分けた。

 何のつもりだろう。傷痕を露出させられるのは、あまり良い気がしないのだけれど。


「兄様が、初めて貴方にお会いした際に仰っていました。傷のためなのか歪んだ部分もあるけれど、無事な部分は整っている、と」


 容姿に関して褒められたことはなかったので、反応に困る。


「わたくしも良い部分に目を向けましょう」


 それからケイは立ち上がり、リゼと共に帰っていく。

 これでタチバナの兄妹は三人共、俺に対して好意的になったと思って良いのだろうか。長い付き合いになる可能性もあるし、良好な関係であるに越したことはない。

 コノエが小屋の中へ戻ってくる。


「一先ず俺の用事は済んだことだし、君の下宿先に行ってみようか」


「はい。幸い僕がお世話になっている先もこちらから近いので、往来にさして時間は掛からないでしょう」


 実際、足を運んでみると彼の下宿先は近場だった。ただしマヤの実家よりも更に立派なお屋敷。彼の家の伝手らしい。富裕層出身の力を思い知る。

 その後は彼と二人で市中を散策し、それから分かれて新たな住まいへと帰った。

 小屋に戻ると何故かマヤに出迎えられた。俺が無事に新居へ移り住んだことを知ったシキが休暇を与えて寄越したらしい。何のつもりか分からないが有り難く受け取って、その夜は彼女と二人で過ごした。


 彼女に家族のことを尋ねると、父親が既に他界していて、家には母親と弟がいるのみらしい。弟はかつてその父親がそうであったように同心の職に就いているそうだがまだ新米で、密かに心配しているという。今日、家にいたのは非番だったかららしい。

 訊くべきなのか迷いつつ、俺との関係について問うてみると、シキは将来の保証を約束しており、彼女としてもここで妊娠すれば、自分の子供が魔術師となる可能性が高いと見込んでいるので不満はないとのことだった。


 その翌日、朝から訪ねてきた者があって、マヤと二人でセリナの用意してくれた朝食を食べている際に戸を叩かれた。

 事務局からの使いで、何と転居の翌日にして仕事の知らせ。地方の寒村に現れた魔物に対処しろ、だそうだ。無難な祭祀の仕事ではなくいきなりの荒事。厳密な期限はないので出発まで数日あっても良いそうだが、無駄に日を空ける意味もなく、早速出発することにした。

 コノエが俺の家を訪れるより先に彼の下宿先へ押しかけ、早速仕事が決まった旨を告げると彼も当日の唐突な出発に肯定的な反応を示す。


 一度マヤの下に戻ってから正装に着替えて旅支度も整え、コノエが来るのを待ってからセリナに挨拶をして、マヤを含めた三人でタチバナの屋敷へ向かった。アリサとは転居が終わって落ち着き次第、再び彼女の部屋へ通って勉学を共にする約束だったので、暫く顔を出せなくなることを断っておく必要があった。

 屋敷では昨日留守にしていた二人が在宅で、応接室での対応となり、随分と迅速に仕事を振られたことへ驚かれつつ、彼らの注意はコノエに向いているようだった。幾分、彼の出身に対しての問いが執拗だったように感じたのは気の所為だろうか。


 今回の旅にもシキの命令でマヤが同行することになり、三人で学院へ向かって、事務局から仕事のための太刀を受け取ってから馬車を借りて出発となる。前回はヘレナが御者を務めていたのだが、今回は学院が雇っている人物に任せ、コノエ、マヤと共に目的地までの道程を揺られていくことにした。


 因みに後になってシキに教えられたことだが、俺とコノエの演習場での行動が即日事務局へ伝わったことが原因らしい。それだけ戦えそうな新人なら早速使ってみるか。そういう判断だったようだ。

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