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アンガー・メイジ  作者: 赤い酒瓶
第一章 金色の獅子
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第15話 魔王

 三人で屋敷に戻り、ヘレナとは別れて、それからアリサの自室で二人きりになる。午後からはいつも通りだと言われ、昼食を頂いてから実際に普段と同じように学習を始めたのだが、彼女は昼寝から目覚めるともう一度出かけてみようかと告げた。


「サコンって、もう海の方まで行った?」


 ベッド縁に腰掛けてこちらを見ながら語りかけてくる。


「そういえば、まだ海は見てないですね」


「見に行こっか」


 内陸で育った者として都に来た当初から海というものに興味はあったのだが、見習いとしての生活に忙殺されているうちに忘れてしまっていた。

 都の東の端には港という場所があって、海はその先に広がっているらしい。

 学院は都の北部にあって、見習いとしての学習の暇を見て眺めにというには少し距離があった。


「良いんですか?」


「うん。それに、一箇所寄りたいところもあるし」


 そう言って立ち上がった彼女と共に部屋を出る。屋敷の玄関を出たところで待っているように指示され、アリサはヘレナを再び呼び出しに行った。

 二人と合流すると今回は敷地内にあった馬車へと押し込まれ、アリサと並んで座る。ヘレナが御者になり、出発となった。目的地は知らされているようで、会話も少ないまま進んでいく。

 今回乗っている馬車はかつて乗せられたのとは異なって壁に囲われているわけでもなく、高い位置から存分に周囲を見渡せて中々面白い。


 港へは一旦南に向かってから東へ向かう進路を取るようで、都の中央は相変わらずの賑わいようだった。学院のある北部は落ち着いた雰囲気であり、洛中も地域によってかなり空気が異なるらしい。

 馬車が進路を東へ変えた頃、遠く前方に北部でも見かけない巨大な建物が見えてきた。

 あれが宮殿か。


 その敷地の前を通り掛かる際にぼんやり観察していたが、その位置からでは石材建築の塀の向こうは見えず、門の前を通過した時にその向こうを一度拝めただけだった。

 王宮の広大な敷地が背後へ過ぎ去った頃には既に港が見え始めていた。


 果てしなく続く水面が近付いていくのを感嘆しながら見つめる。地面が石畳に代わり、岸辺が目前になったところで馬車が止まった。「降りよう」と促されてそれに従い、石の地面に足を着ける。そのままふらふらと海面まで近付いていき、ギリギリの所で立ち止まった。岸辺に幾つも並んでいるのが船だろう。こんなに大きな物なのか。

 内陸とは異なる独特の空気を感じながら暫し景色を堪能していると、背後から「そろそろ行くよ」とアリサの声。ハッとして振り返り、その後に続いた。馬車を置いて歩くらしい。ヘレナは馬車に残って、二人だけで向かうようだ。


 どこに行くのだろうと思いながらその背中を追っていくとそのうち足元が石畳から砂浜に変わる。先程までの場所は石材で埋め立てた土地で、元来はこうした足場が広がっている土地なのだろう。

 浅瀬で遊ぶ地元の子供達の姿を横目に、靴の中に砂の入る感覚を味わいながら進んでいくと、林で囲まれた土地の前に辿り着いた。林の中へ続く道があって、その手前には鳥居。

 寄りたい場所があると言っていたが、もしかしてこちらのためにもう一軒、社へ付き合ってくれたということだろうか。


 鳥居の手前にはその両脇を固めるようにして警護らしき男が二人立っており、学院の中のものと違って物々しい雰囲気だった。


「ここ。思い付きだけど、最後にここの神様との相性だけ確認してみようと思ったの」


「態々ありがとうございます。因みに、ここは誰の社なのでしょう?」


「魔王」


「えっ?」と思わず驚いて声に出してしまった。しかし改めて考えると察して然るべきことだった。高祖が魔王の乗る船を海に沈めたのは都の沖合である。間違いなく強かったであろうその祟りを鎮めるために、社が海辺に建てられていることは必至だ。

 こちらの反応を見て何を思ったのか、アリサは少しだけ口角を上げてから、鳥居の先へ進んだ。警護が立っているが、特に入っていけないことはないようだ。

 続けて俺が鳥居を潜ると、どこからか澄んだ鈴の音がした。


 アリサは何の反応も示しておらず、聞こえていなかった様子。

 鳥居から社までの道程はこれまでのものよりも長かった。

 社が見えてくるとそこにはまた警護が二人立っている。合わせて四人の常駐。


「先程、鈴の音が聞こえました」


「うん。相性良いみたいね」


 社の目の前に立って振り返ったアリサへと鳥居での音について報告する。鈴の音の幻聴は歓迎の合図と本に書いてあった。

 高祖のそれと同等の規模を誇る、しかしながら高祖のそれと異なり他の参拝者の見えない社にじっと見入った。


「良いんですかね、魔王様と好相性なんて」


「もう神様だから大丈夫。特に問題視されたりしないよ。悪さして死んだ挙げ句、祟り神になっちゃった魔術師の社も学院の敷地にあったでしょ? それより折角良い相手が見つかったんだから、ちゃんと拝むんだよ。少し、学院からは遠いけど」


 ここまで付き合ってくれた彼女へ感謝を述べつつ頷く。そのうち自分でアミュレットも用立ててみよう。


「太陽と魔王が味方してくれるんだから、サコンはきっと、魔術師として一流の戦力になれるね」


「…………そうなれるよう、精進します」


 正面から期待を掛けられたことに戸惑いつつ、どうにか答える。どこまで本音で言っているのか。

 彼女に対してもそうだが、それ以上に、支持してくれた神々に応えられるよう、励もうと思う。

 アリサは依然として、じっとこちらを見上げてきていた。


 まだ何かあるのだろうか。

「サコンはさ」と、幾らかの間の後に語り出される。


「見習いが終わった後も私達を、タチバナを支えてくれる?」


「はい。所詮平民出の自分がどれだけ力になれるか、自信はありませんが、誠心誠意、ご指導に報いたいと思っています」


「そう…………、頼りにしてるね」


 表情からは言葉以上のものを読み取れなかったが、単純に便利な手駒として期待されているとだけ、今は捉えておこう。

 俺にとっても貴族から期待されるのは悪いことじゃない。

「帰ろ」という言葉と共に、帰路へと着いた。

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