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アンガー・メイジ  作者: 赤い酒瓶
第一章 金色の獅子
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第10話 入寮

 今後生活の拠点となる学院の寮は、広い敷地の奥に位置していた。どっしりとした四階建ての建物が二つ並んでおり、男子寮と女子寮で分かれているらしい。見習い用の住まいでありながら立派な威容を誇っていて、思わず感嘆してしまう。

 ここで暮らせるのか。


 中に入ると事務局員から寮の管理人へと案内が引き継がれ、寮の一階部分について説明を受けながらそれぞれの空間を回っていった。二階から先は各見習いの部屋があるだけらしい。寮内にはあまり人の姿がなく、談話室に一人見かけただけだった。

 一通りの説明を受け終え、俺に与えられた部屋の前まで連れてこられる。「サコン」と書かれた表札が扉にぶら下がっていた。中に入るとベッドに机、椅子、棚、これからの生活に必要となる最低限の品々は揃っているらしく、机の上には筆記用具と書籍が置いてある。


 部屋の鍵を渡し、談話室にいた人物は同じく新入りなので、声を掛けてみると良いと言ってから、管理人は去っていった。

 室内で一人きりになる。


 僅かばかりの荷物を棚へ仕舞い、それからベッドへ腰掛けてみた。柔らかい。少し寝そべってから机へ移動し、そこにある書籍を開いてみる。

 分厚く、表題からすると祭祀に関する知識が纏められた物らしい。眺めてみると、自分が故郷で行っていたもの以外にも広範なやり方があると分かる。見習いが学ぶのは読み書きと祭祀くらいと聞いてどこか甘く見ていた部分があったようで、これを修めるのは大変そうだ。

 他の本を確認したところ、これらは辞書の類のようだった。ノイルでは社に一人でいるところを村長に連れ出され、何故か俺だけ手ずから読み書きを仕込まれたのだが、その際にも辞書自体は見た経験があって、こちらはそれよりも新しく分厚い。現在では馴染みのないような古い表現、単語に関するものを纏めた本もあった。


 書籍の確認を終え、椅子に凭れ掛かって天井を見上げる。目の前にある祭祀の分厚い本と先程受けた占いを思い返して考える。本当にこれを全部修めてぐいぐい出世していける未来があるだろうか。正直、自信はない。あの魔術師の見立てによると数年後にはお偉方との関わり合いの中で何か拙いことになるようだが。しかも俺の行動とは無関係に命が左右されると来ている。


 まあ、それは良い。悪い結果に終わると決まっているわけでもないし、結末が俺次第だと言われれば一体何をすれば良いのかと迷い、焦りもするだろうが、熟練の魔術師がはっきりと、運命は俺の手に無いと告げたのだ。ならばそれまでは当座の勤めを果たして、良い暮らしを満喫している以外に道はないだろう。基本的には出世街道を進めそうな予言である。

 そのうち都で自分の家を持ち、上等な美味い飯を食べて暮らせるのだと思うと現実感は薄かったが、それでも期待に胸は膨らむ。女性だって、こんな風貌だが、金と手柄を積んでいけば一人くらいは良い相手が、と希望を抱けた。


「他の新人に挨拶してみるか」


 天井から目の前の書籍に視線を戻し、それから独り言。あまり対人関係に良い思い出はないが、都では少し、違った展開があると願いたい。

 鍵を手に、室内を後にした。






「やあ、君、僕も今日、ここに入ったばかりなんだ。お互い新入り同士、仲良くしようか」


 談話室に入って近寄っていくと、相手の方から声を掛けられる。ソファにぐったりと横たわったまま、ニヤけた赤ら顔でこちらを見上げている。傍らのテーブルには瓶とグラス。どう見ても酒だろう。東洋系の、痩せた小柄な男だった。

「うん、宜しく」と答えながら、向かい側のソファに腰掛けた。

 見たところ歳は近そうだ。そんな相手が昼間から酩酊している様はあまり見慣れたものではなかったが、目の前の男が特殊なのか、ここではこんなものなのか。


「きっと明日から厳しくなるんだ。飲めるうちに飲んでおかないと」


 そう言うと男は立ち上がり、どこかへと歩いていってしまった。再び戻ってきた際にはもう一つグラスを手にしていた。


「うちは町の方で酒蔵をやっててさ。実家を出るついでに持ってきたんだ。君も飲みなよ」


「ありがとう。ご馳走になるよ」


「それにしても君、中々迫力のある面構えだねえ」


 早速顔の傷について触れられたかと思い、反射的に自身の左顔面に手をやると、相手は「違う違う」と言って否定した。それから自分の右目を指差して「こっちの話さ」と続けた。


「目付き凄いよ? まるで祟られそう。さ、どうぞ」


 酒を注いで差し出されたグラスを受け取りながら「そんなに悪いのか……」と呟いた。


「ああ、そんなに深刻に受け取らないで。ほんの感想だよ」


 気楽な調子で自身のグラスから酒を飲みつつ告げる。特に悪意はないらしい。こちらも自分の容貌に関しては色々言われ慣れているのであまり気にしていないと答え、受け取った酒に口を付けた。


「つよ……。蒸留酒って奴?」


「そう。飲めそうかい?」


「大丈夫だと思う。都の酒は美味しいんだな」


「まあね。すると君は地方の出身ってわけか。どこから来た?」


「ノイルっていう、中央辺りにある村」


「聞いたことないなぁ」


「うちより西の先には人里がないっていう辺境だからね」


「そりゃ凄いや。そんなとこでも満足に生きてけるものなのか」


「どうにか、ね。都にいると想像が着きそうにない生活だろうけど。俺も都がこんなに豪勢な土地だなんて想像も着かなかったし」


「見習いが終わったら、そのうちそういう地方にも派遣されるんだろうなぁ。楽しみにしとくよ。ところでやっぱりその顔の傷、気になるから、経緯聞いても良い?」


「子供の頃に魔物に襲われて出来た傷さ。一緒に逃げてた祖母は死んだし、この程度で済んだのは運が良かったよ」


「魔物に襲われるなんて、やっぱり田舎は大変だなぁ」


 と言いながら、相手は顔を近付けてこちらの左顔面をじろじろと窺った。

 泥酔のためなのか、中々無遠慮なようにも思えたが、あまり腹は立たない。


「都会の暮らしはどうなんだい? こっちはこっちで大変なこともありそうだけど」


「んー……金のない人達を見かけると大変そうだなって思うよ。特に浮浪者とか。来る途中にも大勢いただろ?」


「町中の様子は馬車の小さい窓から眺めただけだから、そういうのは気付かなかったかな」


「多いんだよ。特に最近は増えてきてる。僕はまあ、そこそこ豊かな家に生まれたお陰でそういう苦労はしたことないんだけど。それにお互い魔術師になったら貧困とは無縁なんだ。気にしても仕方ないね」


 そう切って捨てながら、彼は自身のグラスに酒を継ぎ足した。


「ところで名前聞いても良いかい? 僕はタダツグ」


「サコン」


「改めて宜しく」と、タダツグが一度こちらへ手を伸ばしかけ、その動きを止めた。「魔術師同士で握手は拙いんだっけ」とそれを引っ込める。


「俺は別に構わないけど」


「止めといた方が良いよ。お互いの力量差なんて曖昧にしといた方が良い」


「確かに。そうしとこうか」


 それからは他の見習い達が帰ってくるまで、二人で取り留めのないことを話し合った。

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