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山で女に逢う  作者: あぐさん
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柔道場にて

「いいぜ、こいよ」


 そう言われて、崎小次郎は三歩前に出た。


その部屋に入った瞬間から、小次郎の鼻をついていた張り直したばかりの畳の匂いにも、ようやく慣れ始めている。素足の裏に感じる感触はさらりと心地よい。


 とある高校の柔道部用の道場内でのことである。


柔道館と呼ばれるその建物は、十年前に建てられた二棟の新校舎と、今は部室として使われている木造の旧校舎に、弾きだされたように校内の端に建っていた。もっとも、旧校舎よりも古い建物であるので、本当は弾きだされたのではなく、柔道館の周りに旧校舎と新校舎が建てられたというのが正しい。柔道館は古い建物であるので何度か改装をしているらしいが、そのたたずまいは明治から変わっていない、と言われても信じてしまうだろう。


その歴史の古い柔道館の中で、崎小次郎は柔道部員である溝口と対峙していた。


その他の柔道部員ニ十名ほどは、その二人を遠巻きに囲むようにして見つめている。


小次郎は高校に入学したばかりの一年生だ。自分の名前の入った真新しい柔道着を着用しているが、柔道部員というわけではない。授業に柔道が組み込まれているので、道着を持っていただけだ。

なぜ柔道部員でもない小次郎が、その部員と試合することになったのか。その理由はふたつあった。


ひとつは、小次郎の身体能力が優れていたこと。


入学後すぐに実施された運動能力を測るスポーツテストにおいて、群を抜く値をたたき出したことにある。それを知った運動部の顧問は、こぞって小次郎を勧誘したのである。

今年の四月から柔道部顧問になった愛田も例外ではなかった。今も遠巻きの部員に混じって楽しそうに、ことの成り行きを見守っている。

柔道部を見学してみないかと小次郎を誘ったのも、一年生部員の溝口に相手をしてみろと言ったのも愛田である。新しく柔道部の顧問となった愛田には、県内でも上位の強さを誇る柔道部を全国レベルに鍛え上げるという野心があった。


溝口は中学の頃から柔道をやっており、基本は全て出来ている、素人の小次郎では勝ち目はない。

愛田顧問の考えとしては、身体能力に優れた小次郎は昔から力で負けるということを知らない。だがそれが同じ一年にあっさりと負けてしまえば、小次郎も悔しく思い、柔道部に入部するかもしれないということなのだろう。


理由のふたつめは簡単である。


小次郎が柔道部を見てみたいと思ったからだ。


 県内でもトップクラスに入る柔道部の強さを、肌で感じてみたいと思ったのである。


そこに入部したい、と思う気持ちは無い。強い柔道部と闘ってみたい、そう思っただけだ。愛田が試合をやってみろ、と言ったのは小次郎にしてみれば好都合といってよかった。柔道の授業のように受身ばかりでは面白くない。それは格闘技をする上で必要なことであることは当然知っている。柔道自体はやったことがないが、どう転べばいいか、どう受ければいいか、ということは、すでに身に染みついている。


中学生の時、武術をやっている師匠と知り合い、そこで基本的なことは全て身につけていた。

それを使って柔道部と闘ってみたかったのだ。

柔道のルールの上という不利な条件ではあるが、ためしてみる価値はある。


「こいよ」


 目の前に立つ溝口が、繰り返すようにそう言った。

 その顔に余裕がある。

 素人同然に見える小次郎を前にして、自分の実力を愛田にアピールしようとしているのだろう。


小次郎はその態度に腹が立った。


 ―この人、普通の人間なのに、ぼくより強いつもりなのか。


とはいえ、溝口は本当に小次郎よりも強いのかもしれない。

小次郎は今まで闘った事がないのだ。師匠にはよく稽古をつけてもらうが、まだ一度も勝った事がないし、他の格闘家とやりあったという経験もない。今日、ついに自分がどれほどのものなのか、それを知ることが出来るのである。同年代の柔道家と闘うことによってそれが分かるのである。

しかし、と小次郎は思う。


相手は柔道家というよりは、ただの柔道部員というのが、少し不満だなあ


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