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第2話「来ちゃいました♪」


 休日に二度寝をするこの瞬間。

 まどろんで、夢の中に落ちていくようなこの浮遊感。

 ……最高だ。

 

 俺は今日も今日とて惰眠をキメこんでいた。

 一人暮らしだから、誰にも邪魔されやしないこの時間。

 この為に平日頑張って学校に行ってると言っても過言ではない。


 まあ、今週も一回遅刻したから頑張っているかと言われたら疑問が残るけど。

 それはそれ。これはこれ。

 人には人のペースがあるんです。

 サボらなくて偉い、生きてて偉い。


 自分をこれでもかと甘やかしながら、心地いい眠りの底に着こうかとした時。


プルルルルル。


 枕元に置いてあるスマホの着信音が鳴り響いた。


「なんだよ……うるせえなぁ」


 こんな休日に俺に電話してくるのはどこかのセールスか、あったとしても両親くらいなものである。

 二度寝の邪魔なので即切断しようと思いつつも、気まぐれで電話をとる事にした。


「はい、もしもしぃ」


 あくび交じりの気怠そうな声で、横になったままスマホを耳に当てる。

 予想と反して電話口から聴こえてきたのは明るい澄んだ声だった。


『おはようございます。太一さん。もしかしなくても寝てましたか?』


 誰だ?

 俺にこんな知り合いは……

 いたわ、というかできたんだった。そういえば。


「詩織さん、どうかした? こんな時間に」


 「こんな時間に」という非常識な時間(といっても時刻は10時を回っているから非常識なのは俺の方だが)に連絡してくるなよ、という圧を加えるのを忘れない。


 あまりにも雑な対応だと非難したくなる気持ちは分かる。

 でも、昨日詩織とやり取りをする中で、遠慮とか礼儀とか、その辺の感情はあの教室に置いてきてしまった。


 クラスの女子と話す時は若干キョドるのに、その中でも一番の美少女と話す時に限ってキョドるどことかぶっきらぼうになるというのも変な話である。


『実はですね、今太一さんの家の近くまで来てまして』

「は?」

『朝食を作ってきたのでご一緒しませんか? その様子でしたらまだ何も食べていないのでしょう?』

「いやいやちょっと待って。家の近くに来てるって!?」


 寝起きの頭では処理速度が足りない。


『はい、もう目と鼻の先です』

「まず俺、住所教えたっけ?」

『いえ、先生から教えてもらいました』


 個人情報の取り扱いが問題になってる今日この頃!

 どこの誰だよ教えた先生は。

 逆の立場になって見ろ。

 仮に俺が先生に詩織の住所を聞いたらどうなると思う?

 即座に生徒指導室行きだよこんちくしょー。


 何が違うんだ? 日頃の行いか?

 ……日頃の行いだな。うん。

 俺も昨日までなら普通に何の疑問も持たず教えてた気がするわ。


『あ、もう見えてきましたね』

「ちょっと待って! 家に来る気なの?」

『はい、だから朝食をご一緒に、と』

「そうじゃなくて、女の子が一人で男の家に来るものじゃありません!」

『友達ならこのくらい普通ではないのですか?』

「普通の基準が異世界なんだよなぁ……」


 いつの間にか起き上がった俺は頭を抱えてため息を吐いた。

 世間知らずのお嬢様設定の演出にしても雑すぎるだろ。

 何されても文句言えないぞ……まあそんな勇気はないんですけどね。


 それ以前の問題として、今の家はとてもじゃないけど人を招ける状態にない。

 脱ぎっぱなしの服。積み重なったコンビニ弁当の容器。中身の微妙に残ったペットボトル。

 それらが散乱して足の踏み場がほとんどない。

 ゴミとゴミの隙間に道が、獣道のようなものが形作られ、辛うじて生活できるスペースを保っている程度だ。


 こんな場所に人を入れる?

 ないないない。


「すまんが、無理だ。悪いがまた今度にしてくれないか?」


 当然の答えだ。

 ここまで来たのに帰れというのはさすがに胸が痛むがこれは詩織のためでもあるのだ。

 こんな掃き溜めみたいな所に来ていい人じゃないでしょうが。


『ダメ……なのですか』


 電話越しでも一転してシュンとしたのが分かる哀し気な声。

 ぐっ……心が、痛む。


「そうだ、今日は都合が悪いからさ」


 そう、都合が悪い。

 今日に限らず365日都合が悪い。


『そうですか……朝早くから楽しみにしていたのですが……ご迷惑だったようですね』

「ぐはっ」


 悪くないよ。

 詩織は別に悪くないんだ。

 悪いのは自堕落な俺なんだ。

 だからそんな哀しそうな声を出すのは止めてくれ。


『どうしても……ダメ、なのでしょうか? サンドイッチ、頑張って作ったのですが……』

「ダメ……じゃ、な、い」


 こんなことを言われて断れる男が世にいるだろうか。いやいない。

 なんて健気なんだ……そしてそんな健気な子がどうしてダメ男好きなんだ……

 神様、そのバランスの取り方は酷いぜ……


「分かった、何ももてなせないし……何なら足の踏み場もないくらい、黒光りするGも出るかもしれないくらい汚い部屋でもいいなら……来てもらってもいいぞ」

『本当ですか! ありがとうございます! すぐに伺いますね』


 少しも躊躇わないのかよ……。

 

 とりあえず、片付けよ。

 俺はインターホンが鳴るまでのほんの少しの間を、部屋のゴミを一か所にまとめるのに費やした。




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