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第1話「私にあなたを管理させてください」

本連載の合間に書いた息抜き作品です。

頭を空っぽにしてご覧いただければ、と思います。

「私……あなたのことが好きです!」


 金曜日の放課後、空き教室。

 目の前には学校一の美少女と名高い御白詩織。

そんな彼女がその珠のように美しく白い頬を教室を照らす夕陽より紅く染めて、俺に告白をしてきた。


 どうして俺がとか、どう返事しようかとか、そんな言葉より先に脳裏に浮かんだのは悪戯の可能性だった。

 哀しいかな俺は第一にその発想が頭に浮かぶくらい冴えないダメ男、生田目太一なのである。

 同じクラスメイトで、事務的な話をしたこと程度しかない彼女に告白される理由なんてまるで思い浮かばなかった。


「本当に……俺のことが?」

「本当に、本当に太一くんのことが好きなの!」


 前のめりになって、俺の手を取る彼女。

 艶めく長い黒髪が光を反射しながらキラリと揺らめき、甘い香りが風に乗って鼻腔を刺激してくる。

 その手の柔らかさに、その甘い香りにクラリと昏倒しそうになってしまう。


 更には宝石のように煌めく大きな黒い瞳を潤ませながら、上目遣いで縋るように俺を見ている。


 これが演技だとしたら、今すぐにでも女優になるべきだ。

 そう思わせるくらいの真剣さがあった。


──本気だ。本気で俺に告白してくれたんだ。


 瞬間。

 俺は舞い上がる。

 幾千の妄想が頭を駆け巡る。


 自然と頬がダラしなく緩みそうになるのを必死に抑えて、凛々しい表情を保とうとした。

「だから……」


 彼女は、詩織はぎゅっと目を瞑って、勢いよく頭を下げながら言葉を続ける。

 このシチュエーションで続く言葉なんて誰にだって予想できる。

 そう……付き合って──


「私にあなたの生活を管理させてください!」

「へ?」


 落ち着こう。

 詩織は一体何を言っているんだ。


 驚愕した俺は目を右へ左へと泳がせる。

 うん、本当に何を言っているのか分からない。


「えと……御白さん?」

「私のことは詩織、と呼んでください」

「あ、えと詩織さん? それってどういう意味なのかな?」


 頭に疑問符が数千個。

 生活を管理させてください……?

 言っている意味が分からない。

 

 俺が知らないだけで、世間ではこんな告白の仕方が流行ってるとか……うん、あるわけがない。


「太一くんは一人暮らしなんですよね?」

「あ、うん。そうだけど?」

「それで、家事も苦手だから全然掃除も料理も洗濯も出来てないって」

「そうだけどどうしてそのことを?」

「お友達と話しているのを聞いてしまいました」

「そうなんだ……」


 自慢じゃないが俺の生活スキルは壊滅的だ。

 家の事情で高校入学と共に一人暮らしを始めたが、それはもう自堕落な生活を送っている。


「更には遅刻もよくしていて、この前のテストでは赤点も取っていましたよね」

「よく知ってるね……その通りだけど」

「だからです! あなたは私の理想の男性です!」

「どこをどうしたらそうなった!?」


 待って。

 もう一回落ち着こう。

 会話のキャッチボールができていない。

 さっきからドッジボールよろしく、詩織から放たれる剛速球を当てられ続けているだけだ。


「そのボサボサの髪も……ヨレヨレの制服も……全てが愛しくてたまらないんです」

「嬉しくねえ……」

「だから、あなたには私みたいな人がいないとダメなんです。大丈夫です、今日からは私が太一くんの面倒を見てさしあげます!」

「それで生活の管理をさせてくれ……と」

「はい、まず朝は必ず起こして差し上げます。そして十分以内に起きれたら『偉いですね』と言って抱きしめてあげましょう」


 それは……そのシチュエーションは願ったり叶ったりだが……


「掃除洗濯料理だって私がして差し上げます。ドロドロになるまで太一くんを甘やかしてあげたいんです。これって! 愛、ですよね!」


 分かった。

 分かってしまった。


 彼女はダメ男が好きなんだ。

 甘やかして尽くすことを『愛』だと勘違いしているんだ。


 将来絶対ヒモを抱えてしまうタイプだろこれ……。


 清楚で明るく、誰に対しても聖母のように優しい。

 それが御白詩織という完璧人間の評価だ。

 一部の男子からは女神と呼ばれているような高嶺の花。

 そんな彼女の性癖がダメ男好きなんてあまりにも残念が過ぎるだろ。

 世の男子の幻想を返せ、返してくれ。


「というわけで、太一くん。改めてお願いします。私にあなたの全てを管理させてください」


 より一層目を潤ませながら、息がかかりそうになる程近くまで顔を近づけてきた。

 驚くほど整った顔立ちがより一層強調される。


 心臓が跳ねあがりそうになる。

 考えてみろ、太一。

 この美少女に毎日甘やかされて管理される……そんな生活を。


 そんなの、


「うん、嫌です。ごめんなさい」


 嫌に決まってるだろ。

 俺にだって男としてのプライドくらいあるわ。


 正直羨ましい……詩織に起こして欲しい……詩織の手料理を食べてみたい……。

 でもそれ以上に。

 それを受け入れてしまったら人として最後の一線を超えちまうんじゃないかなって。

 マジで二度と真人間として生きることができなくなるんじゃないかなって。

 そう思った。


 そりゃ断るしかないでしょ。


「そんな……どうして!」

「悪い。詩織さんの要望には答えられない」

「ご迷惑……でしたか?」

「迷惑っていうか……俺のプライドの問題というか……」

「これはつまりあれですか? お友達から始めましょうってやつでしょうか?」

「生活を管理っていうのは重すぎるけど……友達とか、俺でいいならまあ」


 しゅんと萎れかけていた詩織の表情がぱっと華やぐ。

 頬を紅く染めて嬉しそうにくねくねとした小躍りをしている。


……いや、友達くらいいっぱいいるだろ。


 詩織はクラスカーストトップ、どころかそれを超えて崇められるような存在だ。

 友達なんて掃いて捨てるほどいるだろうに。


 俺と友達になった所で何の得があるんだか。


「それじゃ、連絡先、交換しましょう!」

「あ、ああ。はい、これ」


 スマホを取り出して、QRコードを読み取る。

 一桁だった俺の連絡帳の宛先が二桁になった。


「それじゃあ、太一さん。またお会いしましょうね」

「ああ、よろしく……」


 跳ねるように上機嫌で歩きながら、詩織は教室から出て行った。


「何だったんだほんとうに……」


 まるで嵐のような出来事だった。

 SNSに投稿したら万バズした末に嘘松乙とか言われそうだ。


「まあでも……管理されるとかは嫌だけど普通に友達としてなら……」


 ほとんどボッチに近い俺からしたら、「友達」という言葉の響きだけで舞い上がってしまいそうになっていた。


 そのせいで頭から抜け落ちていたのだ。

 彼女の言う「友達」と俺の言う「友達」の認識には大きな隔たりがある、ということに。


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