バレンタインデーには愛の花束を
バレンタインデー当日は、日曜日。
それなら当然、俺が愛ちゃんをデートに誘ったとしても……。
おかしくは、ないでしょう?
「全部お任せしちゃっていいの?」
「うん。むしろ今日は、一日わくわくしていて欲しいかな」
あえてどこに行くのかも何をするのかも告げずに、ただデートに行こうと誘った。
愛ちゃんから甘いお菓子をもらったあの日の帰り際に。
実は前々からそのつもりでいたんだけど、それを言う前に愛ちゃんからバレンタインデーのチョコをもらっちゃったからね。
もちろん、正真正銘の本命を。
甘いお菓子と、それ以上に甘い甘い、可愛い愛ちゃん。
それだけで俺にとってはもう、十分すぎるくらいだったけど。
でもね、愛ちゃん。
本来はバレンタインデーって、男の方から女性にプレゼントするんだよ?
だから。
今日はサプライズも一緒に。
ようやく恋人になれた君に、俺は何一つ遠慮することなく。
君に笑顔になってもらえるようなプレゼントを、用意しているから。
「聖也くんにお任せすると、なんだかすごいところに連れていかれそうで……」
「え?それどういう意味?」
「いや、ほら…高級ディナーとか?わくわくより違う意味でのドキドキがすごそう……」
……うん、まぁ…確かに候補にいれようと思っていたのは確かだけど…。
「流石にまだ未成年だし、何より暗くなるような時間まで愛ちゃんを連れ出したくはないかなぁ…」
少なくとも俺が車を運転できるようになるまでは、遅い時間まで愛ちゃんを連れまわしたくない。
一人じゃないから大丈夫だなんて、そんな甘い事を考えられるほど俺は馬鹿じゃないから。
愛ちゃんが傷つく可能性があることは、何であろうと排除するのが一番。
ずっと一緒にいたいとは思うけどね。
「そうなの?じゃあ安心していいかな?」
「それにほら、ドレスコードが必要だったら事前に言っておくから。そんな恰好してきてなんて、俺一言も言ってないでしょ?」
「まぁ、確かに……」
とはいえデートだから、ちゃんとした格好はしてきているけどね。
どうしてもシンプルさが拭えないのは、もう俺の身長のせいだから。そこは仕方がないと諦めてる。
でも今日の愛ちゃんは、バレンタインデーだからなのかチョコレート色のコーデで。
あったかそうなニットも、体のラインが見えそうなタイトなロングスカートも。
さりげなく、けどちゃんと可愛らしいブーツも。
似合っていればいるほど、とても美味しそうで。
正直今日一番危ない男は、俺自身だと思う。
薄く化粧をしているのも分かってるけど、それが余計に普段より大人っぽく見せていて。
なのに不思議と唇だけは、血色がいいのに下手にグロスなんかでテカテカさせてないし。マットな口紅を塗ってるわけでもないし。
不思議に思って、つい手を伸ばして。
その唇を、指先で触ってみる。
「せ、聖也くん…!?」
「ごめん。なんか……気になっちゃって…」
「え?変…!?ティントって落ちないからいいって聞いたんだけど、変だった…!?」
ティント……あぁ、なるほど。だから。
「変じゃないよ?すごく似合ってる。お化粧も、格好も」
「っ…!!」
「ただ不思議だっただけ。いつもと同じリップ以外塗ってないように見えるのに、血色よく見えたから」
「ぅっ……。むしろよく、そこに気づいたよね…」
「俺はいつも愛ちゃんの事だけ見てるからね」
笑顔で言い切れば、途端恥ずかしそうに顔を背けてしまう。
そんな仕草さえ、愛おしくて仕方ない。
でも、そっか。女の子って、そういう所も気にしないといけないんだね。
デートだから、食事の時に落ちないようにって考えてくれたんだろうな。
お化粧直しとか、慣れてないと大変だろうし。
そういう事を愛ちゃんが考えている間、ずっとその思考も俺が一人占めしていたんだと思えば。
嬉しくて仕方なくなるのは、俺が愛ちゃんを好きすぎるからなんだろうな。
重いって思われたくないから、口には出さないけど。
でも、良かった。
だって高級ディナーにするつもりはないけど、ランチはそれなりにいいレストランにしていたから。
カジュアルなランチのコースだから、グラスに口紅やグロスがついたら気になっちゃってたかもしれないもんね。
「…………やっぱり、全部お任せにするとこうなるんだね……」
とはいえなんとなく、納得は出来ていなかったみたいで。
「あれ?もしかして美味しくなかった?」
「美味しかったです…!すーっごく美味しかったですよ…!!」
個室ではないから、流石に声はちょっと控えめだけど。
向かい合って座ってるのに、ちょっと上目遣いで半眼で睨んでくる愛ちゃんは……。
たぶん、それがすごく可愛いって事に、気付いてない。
「それならよかった」
確かにもっと気軽に、けど愛ちゃんの安全を第一に考えて、ホテルのビュッフェでもいいかなとは思ったんだけどね。
でもここのお店は、もう一つ。ランチなのに、相談したら即座にオッケーをもらえたから。
だからね、愛ちゃん。
「へ……?」
デザートを楽しみながら会話をしていたら、唐突に運ばれてきた何か。
それはテーブルのど真ん中に置かれて。
「え、っと……?」
「開けてみて?」
既に運んできたスタッフは、何も言わずに下がってしまっている。
この状態で困惑したままの愛ちゃんに、俺はただそれだけを促して。
本来ならクローシュは自分で開けないのがマナーだけど。
預かってほしいと言った俺に、折角ならこういう演出はどうだろうかと持ち掛けてくれたのはお店側だった。
慣れている感じからして、おそらくそう言ったことがよく行われているお店なんだろう。
ありがたいので、今後も重宝しそうだなと思ったのは余談だけど。
「わぁっ…!!……え…?え…!?」
自分で開けた瞬間に、目に飛び込んできた色とりどりの花たちに目を輝かせて。
けれどすぐ、また困惑顔に戻ってしまう。
「ねぇ、愛ちゃん。バレンタインデーって、本来は男性から女性に花束とメッセージカードを贈るものなんだよ」
「え、そう、なの…?」
「うん。だからね?」
甘い愛ちゃんをもらったお礼が、この花束とメッセージカードだと思って?
お菓子のお礼は、ちゃんとホワイトデーにするから。
そう少しだけ顔を近づけて告げれば、途端真っ赤になる顔。
うん、まぁ、そうだよね。
あの日俺、結構やりすぎちゃったからね。
でもこれ、お詫びじゃないから。
あの日の事を後悔もしていないし、謝るつもりもない。
未だにキス一つでくてっとしちゃうのは、俺たちの相性が良すぎるからなのか。それとも俺がしつこいのか。
そこにはあえて触れないでおく。
これから毎年、君にこうして俺からのプレゼントを渡すって、決めたんだ。
ずっとずっと、俺から渡したかったそれ。
バレンタインデーには、愛の花束を。
世界一愛おしい君に。
キスオチじゃないやつ…!!
でも結局、冒頭ですらイチャイチャしないと気が済まないのはもうどうしようもないですね。
聖也くんですから。そう、聖也くんですから。(大事な事なので。。。
ちなみにバラの花束ではないのは、わざとです。あえてです。
それこそ一番大切な日に取っておきたい、聖也くんの男心。
しかしそういう設定に自分でしたとはいえ、この男女性の化粧に詳しすぎじゃないですかね…?
作者の作品のヒーローたちの中では、割と珍しいタイプなのです。
どっかの吸血鬼たちや王族たちは、あんまりそういう事に興味ないので。




