第3話 パンはパンとて、パンはパンである。
私は蝉時雨を浴びていた。
東京にきて4年弱。
初めてこの副都心線を利用して訪れたのは小竹向原駅。
都会の喧騒とは出づ知らず。
深緑が生い茂り、自然と綺麗な一軒家が立ち並ぶおそらく高級住宅街を要するこの駅。
地下からの階段を上がり外に出てまず思ったことは、いつのまに雨が降っていたんだろうということ。
そしてもう一つが蝉うるさすぎてわろた。
である。
駅入口のすぐ横にレンガ造りの歩道者専用通路がある。
その両脇を彩るように並木が続いていて、小雨の降る中でもその自然の傘達が、私が濡れることを防いでくれていた。
実は私ごとなのですが、数週間前に田舎の友達に
「東京ってやっぱりビルばっかりやから蝉とかおらんねん!今年の夏全く蝉の鳴き声聞いたことないねんまじで!東京には蝉おらんねんほんまに!びっくりやわほんま!」
と息巻いてドヤ顔で都会人を気取っていたのが恥ずかしい。
東京にも蝉はいました。普通にいます。うるさいくらいいました。すみませんでした。
気を取り直して目的のお店へ向かう。
今回のお目当ては長年気になっていたまちのパーラーさん。
東京に来てまだパン屋さんを訪れたことのなかった私は少しの緊張と高揚感を胸にお店に向かうことにした。
お店に向かう途中おそらく近所に住んでいるであろうカップルとすれ違った。その手にはまちのパーラーの袋が。
平日の昼間から手を繋いで歩いている幸せオーラMAXのカップルへの嫌悪感を必死に抑えこみ、目的のお店に急ぐ。
すると住宅街の中にまちの保育園と呼ばれる施設を発見。自動ドアを通り、すぐ左手に入ると目的のまちのパーラーに到着した。
店内に入り席に案内される。
お冷やをもらい、メニュー表を受け取る。
私はすかさずローストポークサンドとキッシュ、ドリンクにチョコカプチーノを選択。
程なくして今度は別のことに驚く。
私の周りのお客さんが近所に住んでいると思われるママ友、女性の一人ランチ×2、女子二人でシェアスイーツ、、、
男がいない。
たまたまだろうが男が私しかいなかった。店員さんもシュッとした男の人しかおらず、なんだか私がこの素敵な空間を歪めてしまっている気がして、申し訳ない気持ちになっていると程なくして目の前にサンドイッチが降臨した。
男でもこういうのが食べたくなるのよ!と心の中のオネエが暴発してしまうのを必死に抑え、私は目の前のサンドイッチにかぶりついた。
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まずはローストポークサンド。
見た目からしてうまそうだ。
早速一口、、、
うっまい。
このサンドイッチのセットは数種類のパンの中から自分の好きなパンでサンドしてもらえる。
わたしはあまりハード目なパンが得意ではないのでやや柔らかいとの記述があった雑穀パンにしてみたが、それでもなかなかハードな印象。
元々がハード系がウリのお店なのでハード系のパンが好きな方にはたまらないだろう。
そういう意味では雑穀パンは結構バランスが良い印象。
外はカリッと中はしっとりとした食感で噛めば噛むほどほのかなパンの甘みが広がっていく感じだ。
ハード目なパンって私が食べるのが下手なのか口の中が痛くなるから嫌いなのだが、このパンはそんなことにならない絶妙な固さ。
ハード系が嫌いな人もこれなら食べれるかもしれないな。
そして侮れないのがサンドしてあるローストポーク。
パンが主役だといいつつこちらも主役級の味わい。
臭みは一切なく豚のうまさがダイレクトにくる。
バルサミコ酢のソースの甘さとほのかな酸っぱさとの相性が抜群でどんどん食べ進んでしまう。
グリルトマトだろうか?が凄くいい味出しているなー。
ちょっとした酸味と果物のような甘さがアクセントになって最後まで飽きずに食べることができる。素晴らしい。
そしてこのサンドイッチを食べてて少し自分でもびっくりした。
最後に、パンだけを食べたいなーって思っている自分がいた?
よくサンドイッチやハンバーガーを食べていて具を全部食べちゃってパンだけ残って絶望した、ってことはないだろうか。
その状況を自分から意図的に行おうと思ってしまったくらいここのパンは美味しい。
特別、べらぼうにうまい!というわけではないのだが、じんわりした優しい甘さでずっと食べていたいと感じるようなパンであった。
この辺りに住んでいる人はこんなお店が近くにあるなんて幸せだなーって素直に思う。
ちなみにアルコールも豊富にあるみたいなんでオシャレな昼呑みとかにもオススメのお店なお店だ。
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レジで頭をフル回転させる。
レジ横にあるテイクアウトのコーナーにあるカレーパンが劇的にうまそうで、持って帰ろうか否か店員さんがレジに来るまでの数秒を使って考えていた。
結局、せっかく小竹向原に来たのでこの後も何軒がお店をはしごしようという結論に至り、カレーパンを諦めお店を後にする。
お店を出てすぐに次はいつ来ようか。と考えてしまうお店は久しぶりだった。
その時は必ずカレーパンを食べよう。
そう決意した私はカップルへの嫌悪感はどこへやら至極ハッピーな気持ちでまちのパーラーを後にしたのであった。