第一話 カレーはアトラクションだ。
私は震えていた。
荻窪の交差点で私は一人震えながら立ちすくんでいた。
別に何のようもなく交差点の信号を眺めていたわけではない。私はカレー屋に並んでいたのだ。
荻窪駅から歩いて3分程度。地図アプリを頼りに到着したそのカレー屋は、噂通りシャッターが半分しまった状態だった。
二階に上がる階段で待機しようとシャッターをくぐると並び方を記した紙が。
どうやらお店の前で待つシステムらしい。
だがそこには特に何か目印や看板があるわけではない。
時間は午前10時半。開店の1時間前に来てしまった初見の私はこの店のルールを知らない。
先客は誰もおらず、、。
事前情報から、なかなか注文の多い料理店と聞いて戦々恐々と荻窪に訪れた私に、早速試練が待ち受けていたのだ。
とりあえず所定の位置に並んでみる。
ただすぐ横に交差点があり、これでは信号待ちをしているようにみえ、列に並んでる感がない。
そんなことをしていて、もし階段で待つことが正しいのであれば、抜かされてしまうではないか。
私はここまで来たら一番最初にこのお店に入りたい。
そう思い、私は行列店のお供である本を取り出し、
いかにも私は並んでますよ感を演出することにした。
そしてこの作戦は功を奏し、10分後に常連さんらしき人が私の後ろに並んでくれた。
あとは、もう流れのまま。その後ろにどんどんと人が列をなす。
開店時間になり店長に
どうぞ、、
と囁くような声で呼ばれ、お店に入る。
その際、列をチラッとみると、すでに20人ほどがこの寒空の中列をつくりだしていたのだ。
こんな寒い中並ぶなんてバカなのかな?と完全なブーメランを決めたところで私は階段を上る。
上がりきったドアの前に傘立てが。
そこには
「本当にやる気がありません」
の看板が。
これはなかなか骨が折れそうだ。
私は半分の期待と半分の恐怖を感じながら、吉田カレーの店内へと足を進めた。
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私は席に付き、ミックスカレーにキーマカレーをトッピングした。
運ばれてきたカレーはビジュアルが完璧だ。
二色に分かれたカレー。中央に盛られたご飯の上にキーマカレー。その上に卵黄。
まさにインスタ映えの一言。
崩すのが惜しい卵黄を混ぜて、豪快に頂こう。
まず、辛口のカレーはけっこうスパイシーな味わい。
味わいを楽しむというよりかは、スパイスのピリピリ感を楽しむ感じ。
甘口のカレーは野菜とフルーツ感たっぷり。スパイス感はほぼなく、甘みを前面に押し出したカレー。
どちらも丁寧な作りで高パフォーマンスなルーですが、甘口の方が断然好み。
辛口はもちろん美味しいんですが、けっこうこの辺のレベルのカレー(同じ系統)はあると思う。
なのでわざわざ並んでまで食べる必要はないのか?
ただ、甘口のカレーはあまり他では食べられない味わいだ。
かなり丁寧につくられている印象のルーはパンチ力はないものの永遠に食べていたくなるようなあっさりテイストだ。
そしてもちろんMIXなので甘辛をMIXしてみる。
あー、けっこうこれで完成する感はある。甘さと辛さのちょうどいいバランス。
かなり旨味とパンチを備えたカレーになるが、これならやはりどこかで食べれそうな味になる。
私個人としては甘口でここでしか食べれないカレーを食べるのがいいかなとか思ったり。
そしてキーマ!
これもまためちゃくちゃ丁寧。
スパイス寄りだが決して辛過ぎない絶妙なバランス感覚。
うまくルーとの相性が考えられたあっさり目のキーマと卵黄の組み合わせは絶品だ。
そしてなんといっても特徴的なのはお店の雰囲気。
これを語らずして吉田カレーは語れない。
カウンター3席。テーブルに2人。
テレビが薄っすら流れる中、待ちのお客さんが5.6人の15人弱の人間がいる空間で流れるのは食器の擦れる音のみだった。
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お会計を済ませ、店を後にする。
細い階段を降りる際、何人かとぶつかってしまう。
私は体を捩りながら階段を降り切る。
そこには先ほどよりも長い30名ほどのお客さんが。
本当に良く平日の昼間にこんなに並べるな、とブーメランを投げつけたところで、私は駅の方へと歩き出した。
口の中の心地良いピリピリがまだ残っている。
私はそれを無性に払い去りたくなり、自動販売機で緑茶を買い、流し込む。
心の中の少しのモヤモヤのせいだろうか。
その緑茶は普段よりも少し
苦く感じたような気がした。